第4話conversation -oo_kamiyo-

ククルスベントの街に設置してあるホームポイントに降り立つ。石畳で舗装されたきれいな街並み。そびえる大風車。お気に入りの景観。だけど今日は素直にその光景をのんびりと眺めていられない。


(アクセス承認メッセージ、龍、送信っ、と)


発売当初から、このゲームはジャンル的にはソロRPGでありながら、最大5人まで、ホストプレイヤーが自身の世界に友人を招待することで一緒に行動ができる仕様になっていた。


強力なモンスターを友人と協力して倒すことはもちろん、異世界の旅を共有したり、冒険者として一緒に旅をして未知を既知に変える感動を共有したり、拠点発展のための作業を分担したり、奇抜な発想の街を協力して作り上げたり。


と各人の思いついた遊び方がそれなりに自由に、そして比較的望み通りに実践できるものとしてすぐさま人気を博した。


ああしたい、こうしたい、といったユーザーの意見を開発側も広く取り入れて頻繁に公式のアップデートを繰り返し、それゆえにゲームの鮮度が落ちることもなく、広く親しまれていた。


それでも。継続した新規売り上げはそれなりにあったものの、パッケージとして購入時のみに徴収するタイプの商品の限界に達したのか、


〈次のアップデートはオンライン対戦の導入。解除キーの購入に3ドルが必要となる、なお、このキーは今後のソロモードにおけるアップデートとは独立で、オンライン対戦モード使用許可のみに影響する。〉


と公式からアナウンスがあったことは懐かしい事件だ。今までずっと無料でアップデートを続けてきた中、今回は異例の課金要求。そのアナウンスが流れてすぐ、コミュニティは阿鼻叫喚の書き込みが続いた。もっと払わせてもらってもいいのよ、というのが大半で会ったのが、ゲームの愛され具合を象徴していた。


ゲーム世界における紛争解決手段の一つとして特別なイベントのいくつかで行うことになる5v5のduelは、対人戦で絶対楽しめる、との評価を早期から受けていた。


そのアナウンスののち、今後このゲームも他のゲーム競技の例にもれず、高額賞金を競う対戦媒体として発展する、という大方の予想通りに進むことに疑う余地がないほどの盛り上がりが見られていた。


気の早い団体によって昨日の時点でそれなりの賞金額の解禁日当日大会が開かれた、とは龍の談。


開発は放映権料や広告収入を含めた継続利益を上げられるようになり、ソロ向けのアップデート維持も問題なくできそうで、誰も困る人がいない。順風満帆な未来予想、とのこと。



私は、そんなビッグウェーブに乗ろうとして漕ぎ出そうかしら、と思った矢先、奇妙な逆位相の波にぶつかってしまっていた。






「おう、待たせたみたいだな。」


突如現れた光の粒子が収束して、ダークグレーのローブをまとった男が現れ、そう私に声をかけてくる。リュウだ。そのゲーム内アバターだ。防護性能のほとんどないその装いは、能力設定を直接戦闘の方面に振っていないせいだろう。


「前とはだいぶ様子が違うわね。」

「ああ、対戦だと職で結構な制限がかかってな。別に戦うわけでもないし、このままでも問題ないだろ?いろいろ付け替えんの、面倒だからな。」

「いいんじゃない?」


一方の私はというと、剣道を嗜んでいることもあって、オーソドックスな剣士の出で立ち。身動きのしやすさを考えて軽量素材で主要器官を守る以外は下にシャツとパンツ、そして革のロングブーツ。西洋ファンタジー風のザ・剣士という感じだ。使う武器はkatana-刀-なので、実は袴がほしかったりする。


「で、話ってのは何なんだ?」

「とりあえずついてきて。大風車前まで行くから。」

「わかった。」


話を聞かせるだけなら場所はどこでもいいはずだ、と思っただろうが、特に言及されなかった。


しばらく歩いていると、横を歩くリュウの様子が少しおかしいのに気付いた。しきりに体の感覚を確かめるように腕をぐるぐる回したり肩や首をいろいろ動かしている。


「どうか、、、した?」


無理やりに引き出した問いかけ。この先に待ち受けているものに、意識のほとんどが占有されていた。まともな発声ができてなかった気がする。


「いや、なんか、違和感があるというか。いや、違うな、違和感がないのがおかしいというか。」


「そういえばベータ以降こっちに来るのは久しぶりだから。そうか、すまん、気にするな。」


一人で納得したようだ。


「対戦フィールドとここでゲーム内の感覚が違うもんでな。」


「おそらく対戦フィールドの方は通常の運動性能に、職ごとに補正でもかけてるんだろうな。」


途中一言も挟めなかった。リュウの一言毎の短い間が苦しい。


もしかしたら昨日の経験は夢で、ヘッドギアをつけて立ち上げたのと同時に寝てしまっていたのかもしれない。難しい問題を解こうとして相当に頭を酷使した後だ。あり得ない話じゃない。


「リュウさ、昨日、11時過ぎに私あんたにコールしたっけ?」

「大丈夫か、おまえ。今日は朝からキョドってたし、変なことに考え着くし。おまけに今だ。さすがに俺も調子狂うぞ。」

「コールは。」

「ああ。もらった。対戦準備中だから15分待てって言ったな。終わってからかけなおしたが、お前受けなかったろ。その間に頭でも打って気絶でもしたか?それでねじが外れちまったってんなら俺じゃなくて医者に相談したほうがいいんじゃないか?」


辛辣なその発言だったが、素直に受け入れられた。ああ、たぶんそうなんだ。頭を打たれて気絶したんだ。謎が解けた。


風車前広場。私は迷わず花畑に足を踏み入れる。昨日その華奢な体から私へ向けて特大のハンマーを全力で叩きつけてきた白髪の男の子が、変わらずそこに立っていた。


「やあ、またきてくれたんだね。自己紹介も済ませてなかったね。僕はイクス。君は?」






「この飲み物、おいしいね。」

「イチゴオレほどじゃないわ。」

「イチゴオレ?」

「そのミルクって飲み物に、イチゴっていう果実の風味と甘みをぶっこんだもの。」


外でいろいろ調べてくる、と言って別れることになったリュウに、後で集まるなら話のしやすいところがいい、とホームポイントに一番近い酒場を指定されて、その一席に陣取った私と、イクスというらしい彼は2人向かい合って会話に興じていた。






店に入り、なんだかよくわかっていないイクスをひとまず席に座らせて、私はカウンターで店主にミルクを注文した。イクスの見た目は私と同じか少し下ぐらい。さすがに酒はないか、と現実的なことを考えてしまっていた。


「あのなぁ、ここは酒場だぞ。まあ注文を受けないことはないけどよ。」


店主の苦々しい、不満を隠さない表情に、ほんと細かいところまで凝ったNPCたちだ、と再認識した私は、渋々ながらもミルクを用意する店主の背中に、続けて問いかけた。


「おじさん、近々日本は総選挙があるみたいなんだけど、どこの政党が勝つと思う?」

「なんだ、どっかで戦争でもおっぱじまったのか?」

「ん、なんでもない。忘れて。」


現実の人間と遜色ない反応を基本的には返してくれる彼ら。けれど、そんな彼らには決して超えられないラインが二つある。一つは単純に外の現実世界に関する話題。


この手の話題を彼らに振ってリアクションを求めた場合、意味の判別ができる単語だけを拾って、応答してくるのだ。従って大抵、会話が噛み合うことはない。


もう一つは、私たち、プレイヤーのこのゲーム世界での立ち位置に関するもの。一部の特殊なキャラを除いて、この話題に対して彼らは形式的な応答を返してくる。






「それで、私の素性はわかったでしょ。未来から来た、ある意味この世界の侵略者なんだけど。そんな私に助けを求めるとか、正気?」


イクスとの会話はまず私が一方的にゲーム内設定におけるプレイヤーというものを聞かせるところから始まった。


このゲームには明確に終わりと呼べるようなものは用意されていない。一応の目標として、数百年先から派遣された介入者、という設定の下、好きな時にその派遣元の世界の様子を眺めに帰れる、というものがある。


その様子や情勢がこの世界でプレイヤーのもたらした結果に影響されたものになるので、自身が肩入れした勢力のその後、とか、平和で争いのない世界を、とかいった自身の望む結果になったかどうかを確認し、自己満足に浸ることができるだ。


最もその移動は簡単な操作で行える上、それを行う上でペナルティなど一切ないため、飽きない限りはなんらゲームをやめる要因にはならないのだが。


アーティスティック思考のプレイヤーはこの機能を最大限に生かして様々な作品世界を公表したりしていて、公式に作品コンテストが開かれていたりもする。


猿人種以外を根こそぎ絶滅させて、各所に地球の有名建造物の残骸を配置した世界なんてものもある。すごい労力がかかったんだろうなぁ、程度のことしか私にはわからなかったのだけど、その入賞作品に対して龍と涼子先輩が言うところには、発想の勝利、らしい。



彼のことを今まで以上に高性能なゲーム内AI、と心の平穏のためにも決めつけた私は、その思考範囲の限界ラインを探ろうとしたのだった。


連続で繰り出した私のジャブの前で、のほほんとした彼はよけるそぶりも見せず、運ばれてきたミルクをちびちびと飲んでいた。そうして冒頭のセリフに至る。






「じゃあ次はそれを注文しようよ。飲んでみたい。」

「残念だけど“ここ”にはないわ。」


瞳が閉じられる。彼の考える時の癖なのだろう。昨日のことが脳裏をよぎって、嫌な予感がした。


「そうみたいだね。甘い飲み物は結構な種類用意されているけど、イチゴオレに該当するものなし。」


強烈なストレート。おそらく来る、と準備万端で待ち構えていたとはいえ、ガードの上から問答無用にゆすられる。


「そういうもののこと、もっと聞きたいな。介入者だとかなんだとか、そういうのはたぶん、君から聞かなくたって一人のときにいくらでも参照できると思うんだー。」


ぐ、やばい、足がふらふらだ。ここで倒れたら、起き上がれない。テンカウントのゴングはまだ聞きたくない。


「ここの知識や設定は何でも参照できるのね?」

「うん、たぶん。」


当たり前のことのように首肯してくる。優秀なAI,世界のすべてを知っている、つまりはあれか、世界の神様的な設定のキャラか。まだ、まだこのカウンターが決まれば。逆転勝利の目はつぶれてない。


「イクス、神様的な能力を持ってるキャラなのね、あなたは。主神ネフペトスみたいな。」


再び目が閉じられる。この変な名前の主神はこの世界で広くあがめられているが、イベントで接触することもある小神たちとは違い、ゲーム内イベントで登場するものはなかったはず。つまり設定だけで未実装だ。これなら、私の仮説は覆らない。未実装、という知識まで理解できる、そういうキャラなのだ。


「んー、ん?なんか設定があるみたい。えっと、世界デザイン担当主任はStephenって名前なんだってさ。何のことかわかる?」


主神実在人物だったわー。逆読みとか名付け安直すぎるわー。


カーンカーンカーンカーン、ノックダウン負けである。こうなってしまうなら、ラウンド終了まで適当にお茶を濁して、頼れるセコンドに方針を相談すべきだった。


「あ、リュー。」


テーブルに突っ伏している私の頭の上を緊張感のないイクスの声が素通りする。


「よう、待たせたな。」


(優秀なセコンド、キター、けど、遅いよ。せめてリング脇で大声で指示を叫んでくれていれば。なぜ大事な試合中に神聖なリングを離れたし。)


自分の失態を憤怒のアッパーカットで棚上げにして、空いている席に腰を下ろしたリュウに恨めしい視線を向ける。


「とりあえず俺の方でもククルスベントまで確認してきたが、何もなし。だが喜べ。簡単にコミュニティの書き込みもチェックしたところ、関連情報がひとつあった。今日の早朝、ここの状況と同じような感じになったやつの書き込みがあった。」


結果を事務的に報告してくる龍。


「あとは、玲央と姐さんにも風車前広場で何かないか調べてもらうようお願いした。姐さんなら制作者仲間のつながりもあるだろうし、その書き込みしたやつをたどれるかもしれんぞ。こっちに合流してもらう予定だから、許可送っといてくれ。」


成果が出たと思いこんでいる龍には悪いが、心細い私を一人でリングに立たせたリュウにはここで怒りのラリアットをぶちかまそう。試合終わったし、セコンド相手だし、ルール違反じゃないよね。


「リュウ、たぶんそれ、あたしの書き込み。」

「・・・」

「そんな簡単な可能性にも気づかないなんて、あんたも大したことないわね。」


決まった。完璧に入った。これほど爽快な気分も久しぶりだわ。


「・・・すまん、小学校の時の修学旅行のことが浮かんでな、それで、こんな時間にお前が書き込みできるわけないと結論を、、、その、、、体質を克服したようで何よりだ。」


わが渾身のラリアットは躱され、私はそのままロープに無様に突っ込みそのまま勢い余って頭から場外に落っこちた。


「小学校って何?修学旅行って何?何があったの?」


絵本を読み聞かせられている間に湧き出た疑問を次々親に尋ねる幼児のように、興味津々で問いかけるイクスの声が、まだ早い時間帯で閑散とした酒場内にむなしく広がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る