アイビーを愛する姫君に 【1/18追加】


「…私を殺しに来てくれたの?」


会いに行くたびに第一声は絶対にこれだ。

メリは、この間私を怒鳴りつけて以来、彼女の生気は失われたかのようにぼうっと自室で窓を眺めている。


「そんなことはしないとずっと言っている。」

「じゃあ何で来たの?」

「それ以外では来てはいけないのか?」

「名前も覚えられない婚約者なんてあなたの役には立てないでしょう?」

自分を、嘲笑うようにそうつぶやいては窓の外をずっと眺めていた。


その、庭にあるのは。


「アジーン…」


あいつの墓だった。

どうして私の名前だけ忘れてあいつの名前は忘れないのか。

当たり前なのか?

あいつが死んだからいろいろなことができなくなったり忘れていったのだから。

何が当たり前だ。どうして婚約者の私が一従者の存在に負けなくてはいけない。


「いい加減にしろ、お前はどうせ忘れたふりをして、頑張りたくないだけなんじゃないのか?

そんなにアジーンが大切だったのか?一緒のところに行きたければ自分でどうにかしたらどうだ。」


きっと、言ってはいけない言葉だったのだと、言った後に気付いた。

ものすごく深く、傷ついた顔をしたから。

ぞくりとするほど静かに、彼女は、彼女は。


「…そうかもしれないわね…」


彼女がそんな人間でないことは私が一番分かっていたことなのに?

いつだってがんばり屋の彼女がそんなことを言うはずがあるとおもったのか?




「もうそろそろやめにしないか?アジーンも寝ている。」

とある夜会の前のことだった。

それは、私の成人の祝いで、初のダンスパーティへの参加だったのだが、メリは致命的にリズム感がなかった。

その上、運動能力が著しく欠けているし、記憶力も、体の動きに関しては皆無というダンスには到底向いていない人間だった。私はそんなに苦手なこと、というものがなかったからか、そんな彼女を見てなんと不器用なと思うだけだった。

まあ、そんな人間もいることだし、諦めてへたくそだと公言すればいいと考えていたのだが。


「…へたくそなりにある程度は踊れるようになっとかないと…

クラワ、手伝ってちょうだい!」


何かを決めたとき、呼び捨てになると気付いたのはそのときだった。

アジーンはあーあ、始まったと口の中でつぶやいたのを私は聞き逃さなかった。

そこからは長かった。


一週間ほどずっと執務が終わった後は、12時くらいまで彼女の練習に付き合わされ続けた。

アジーンは眠りかぶりながらもこちらを見ているし、なんだかんだ断ることもできず、ずっと付き合っていた。

同じところで何度も突っかかっては、何度だってやり直す。決して諦めることはない。

「なんで…できないの…」

そう涙目でつぶやきながらずっと練習している彼女を見て、なんとまあ、不器用な努力家かと感嘆した。

結局、ダンスは無事に終えることができ、彼女は本当にうれしそうに笑って飛び跳ねていた。

私には、無いものを持っていた。それは、ずっと私が欲しかったものでもあった。




彼女を責めたのは、私がアジーンに嫉妬しただけであって、彼女のせいじゃない。

彼女が変わってしまったのは…



何で、彼女は変わってしまったのだろう?



今にも死にそうな顔をしている彼女の周りから、けがでもしないよう、自殺に繋がりそうなものを全て取り上げるよう指示をして、足早に外に出た。

私は、今何を考えたんだろう。


きっと、考え始めたら長くなる気がして、彼女の前では考えることを放棄した。



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