ワスレナグサに思いを馳せて
「メリ!!」
…誰かが姫様の名を呼んでいる。
「婚約者さん…?」
クラワの野郎か。
婚約者の名にあぐらをかいて、姫様をないがしろにしていたのに手に入れたつもりだった馬鹿王子。
それでも、よかったんだ。俺が流行病なんかで死ななければ、それでも十分だったのだ。
馬鹿王子が姫様の目の前でひざまずくなんて、いやな予感しかしない。
「メリ、すまなかった。」
「!?どうしてあなたが謝るんですか。」
心底驚いた顔をしている。
なんせ彼は、今まで謝ったことなど無い。
記憶が抜け落ちているにしろ、彼女が変わってからもあんなに偉そうだったのだから、それはまあ驚くことだろう。
「私は、メリを幸せにしているつもりだった。」
はあ?
「安定した国に嫁ぎ、安定した暮らしができることこそが一番だと思いこんでいた。」
まあ、それはそうか。
「だから、国が戦争をしないよう、国民が満足できるよう、すばらしい国であることに尽力してきた。」
…悪いやつではないと思っていたし、無愛想の割には評判の良いやつだったから何かあるのかと思っていたら。
「しかし、私は誰のためにそうしたいのかを告げずに勝手にやっていた。お前がアジーンに依存するのも当たり前だ。
愛してもいない姫を隣国だから、決められていたことだからと私が受け入れたと思っているのだろう?」
おびえたようにこくんとうなずいた姫様は、昔の彼女と今の彼女をいったりきたりしているのだろう。
「私は、あなたが大事だから国のために尽力したのであって、私が良い王子だからでもないし、そういわれたいからでもない。
そもそも、あなたをもらいたい王子などたくさんいたのだけれど、私が強引にもらったんだ。私が、あなたを好きだから。」
「へ…?」
「私は、あなたが好きだ。あなたに相応しい王子になりたいだけだったのに、あなたをおいてけぼりにしてしまった。すまない。」
きっと真摯に謝っているのだろうが、彼女は何とも言えない、顔をしていた。
「…それは、私が壊れる前に言ってほしかった。」
「メリ、」
「もう私は頑張れない。あなたの思いを受け取ることもできない。」
「それでいい。」
「私は良くないのよ!!なんで今まで通りの私じゃなくなっちゃったのよ!なんで無口なあなたにそこまで言わせても心が動かないのよ、うれしくないのよ…」
「メリ。」
「クラワがこんなにも頑張って話してくれているのに、私が頑張れないばっかりに…」
「いいんだ。私はあなたが好きだから。」
今まで見たことの無いような優しい顔をしていた。
「本当に、好きなんだ。5歳で出会って、一目惚れして、アジーンに牽制されても、あなたにどれだけ遠ざけられても、あなたが変わってしまっても。」
「…私も好きだったんだわ。あなたが私のことどうでも良いって思ってるそぶりを見せるたびに絶望していったけど。」
「すまなかった…照れくさかっただけなんだ。」
素直に謝り、話すようになった彼は、
「…こんな私を、アジーンはゆるしてくれるかしら。」
「そんなお前を、アジーンは守っていたんだ。今度は、私の番だ。」
ゆるしたくない。そんなに姫様を追いつめた馬鹿王子との恋愛など。
…でも、それは同時に彼女の幸せを願っていないことに繋がってしまうんだろう。
俺に一番を預けてくれていた彼女は、もういない、何せ俺は死んでしまったのだから。
「ねえ、あなたどこから来たの?」
元々、フィオーレにスパイとして潜入したものの、早々にばれた俺は、母国に切り捨てられて、捕虜として捕まっていた。そのまま奴隷として売り飛ばされるのだろうと思っていた。
それなのに、偶然姫様に見つけていただいたのだ。
「…わからない、ない。」
「肌が私より黒いのね、すてきだわ、かっこいい。」
にっこりとほほえんだ姫様が、不気味で仕方なかった。
捕虜として捉えられている人間に、かっこいいだなんて言うやつをどうやって信じろと言うのだ。
「この子私の専属従者にする!」
ね、いいでしょ?と愛娘にでれでれの王を無理矢理うんと言わせて自分の従者としてくださった。
「あなたの名前は…アジーン!あの中で一番輝いていたから、選べたんだもの。
どこかの国で一番って意味だったと思うから!」
ね、かっこいいでしょう?
そうやってほほえんでくださったあなた様が、一番輝いていたし、人生がぐるっと変わった。いや、変えていただいた。
このもともと捨てていた人生、彼女のために捧げたいと、思えたんだ。
ごめんな、姫様。俺の方が最低だよ。壊れたままこっちに来てくれたらまた会えるなんて思ってしまっていたんだから。
俺が手を放してやれば良かったんだ。
俺の予言が当たっちゃったな、俺がいらなくなるんだもん。
だから、だから。
幸せに、どうか幸せに。
呪ってやるよ、姫様が幸せになれるように。
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