マリーゴールドは美しき
私は、どうしてこうも何もできなくなってしまったのだろう。
どうしてこんなにたくさんのことを忘れてしまっているのだろう。
ここまでして生きなくてはいけない理由ってなんだろう。
「メリ様?」
「…ごめんなさい、何かしら。」
「調子はいかがですか?クラワ王子が心配なさっていましたよ。」
「…?ああ、婚約者さんね。」
婚約者さんは、私のことは心配していないような気がする。
私は、この国の姫で、彼は王子。
立場上形だけ心配しているんだろうなって、彼の冷たい目を見ていると思ってしまう。
「…アジーン…」
彼がいなくなってしまって、世界が変わってしまった。
覚えていられないことが多くなった。
婚約者さんの名前はいつまで経っても覚えることができないし、なにより、頑張ることができない。
気がつくといつも涙がこぼれていて、自分がまだアジーンの死を受け入れてないんじゃないかと思うとまた悲しくなって、涙をこぼすのを繰り返した。
「ねえ、アジーン。私なあんにも得意なことがないの。」
「はあ?最初から得意なことなんて何もないに決まってるでしょ。」
アジーンはいつだってあきれたような顔をしながら私の話を聞く。
それがどれだけ気楽だったのだろう。
「でもね、みんなができることができないのよ。」
小さい頃、アジーンにそんな話をしたことを思い出した。
「それはね、特技っていうんですよ。」
アジーンの得意な口元だけ笑う嫌みな顔で言った。
「できないことが?」
「そう。それだけ頑張れるでしょ。頑張れるって大きな特技で得意なことですよ。
姫様、胸張って生きなきゃ大損ですよ。」
あと、姫様の笑顔は俺好きですよ、とにっこりと笑った。
アジーンのそんなところが、大好きだった。
でもね、アジーン。あなたがいないと頑張ることすらできないのよ、私。
何でかしらね。
10の歳で知らない国に来ても、あなたがいたから頑張れていたからかしら。
クラワは、婚約者だった私のことなんて興味は無いのよ。頭の中は自分の国のイリスばっかり。
知らない国で、アジーンと2人ぼっち。
でも、今は1人ぼっち。寂しいことね。
みんなが知っている私は、2人ぼっちの私。
ひとりぼっちの私は、どんな私なのかしら。
「メリ様は大丈夫ですよ。いつもできないできないと言いながら頑張っていらっしゃったから。」
「そうね…」
にっこりとほほえむメイドの笑顔が心に刺さる。
それが、できないのだ。
私は頑張ることぐらいしかできない姫様だったのに。
名前が覚えられないし、得意の裁縫もできなくなって、なにより頑張ろうと思えなくなってしまった。
「私、どうしようかしらね。」
「メリ様?」
「なあんにもできないの。もともと何もできない人間なのになおさら何もできなくなっちゃって。」
「メリ様…」
「私が一番、私に失望しているんだわ。」
人の顔と名前を覚えるのはもともとできなかった。
裁縫だって、他にできることがなさ過ぎて、必死に覚えた物だった。
全部全部、私が頑張ること前提。
頑張れなくなった今。
「婚約者さん、私を殺してくれないかしら…」
さっさと見放していっそ殺された方が楽かもしれないと思ってしまうのだから、もう私は終わっている。
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