第49話 地の底からの声
「どうした」
寛斎が腰をあげ、宮子のとなりに立つ。妄念にとらわれていたことが、急に恥ずかしくなる。けれども、怖いことに変わりはない。
心配させないよう、何か言わなければ、と思うのに、歯の付け根が噛みあわず、まともにしゃべることができない。
寛斎の腕が、宮子の肩を抱く。
「いいんだ。俺だって、怖い。闇を恐れるのも、死を怖がるのも、生きぬくために備わった本能なんだ」
その力強さとぬくもりに、涙が出そうになる。
泣いてはいけない。彼に負担をかけてしまうし、体力を消耗する。手の中のライトを握りしめて、宮子は込みあげてくる涙を必死で抑えた。
寛斎が腕を離し、手で
「オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン」
低い声で唱える。これは、
真言の独特のリズムは、呼吸を整える効果もあると聞く。唱えることで、心を落ち着けられるのだ。
「お前も、何か唱えるといい。
そう言われて宮子は、ただ一心に神に祈り、自らをゆだねる姿勢を忘れていたことに気づいた。
「
いつも唱えている
「
ただ無心で、宮子は
ぐらり。
足元が揺れた。
宮子は目を開けて、足を踏ん張った。寛斎の方を見る。彼も目を見開き、神経を研ぎ澄ませて次の揺れに備えている。
遠くから、何かが引き倒されるような音が聞こえた。建物が壊れ、地面にたたきつけられた感じだ。
「何、今の」
「わからない。でも、ここにいても埒があかない。行ってみよう」
寛斎が、坂の下に広がる闇を見やる。宮子はうなずき、行く手をライトで照らした。足音をたてないよう、そっと坂をおりる。
重いものが引きずられるような音がする。近づくにつれ、人のうめき声も混じり始めた。人間なのか、
二人は息を殺して、声のする方へ向かった。
何かをなぎ倒したらしく、地響きがした。その振動に重なって、低い男性の声がとどろく。
「許さん、許さんぞ!」
雷鳴のように、大きく恐ろしげな声だ。
宮子は足を止め、寛斎の袖を引っ張った。彼も立ち止まり、音のする方へ耳を澄ませる。
「待ちおれ、こやつめ!」
まだ遠いと思っていた声が、すぐ近くまで迫っていた。続いて、何かで岩壁を殴るような音がし、衝撃で宮子たちのいるところにまで小石が落ちてきた。
「逃げよう」
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