第25話 母
「
ざりざりと、足音が響く。
「今までありがとう、っていう想いならいいけど、そうじゃないと、亡くなった人を逆にこの世にとらえてしまう。『きっと恨んでいるだろう』とか」
以前、寛斎に同調して、記憶を垣間見てしまったことがある。
水玉模様と間違うほどカーテンに飛び散った
理不尽に終わらされた生に、しがみつかないわけがない。恨みも無念も、はかりしれないだろう。そう思わずにはいられない光景だった。
「周りの人のそんな思い込みが、見えない
三諸教本院に戻ると、神殿に礼をして、二人は中に入った。
「じゃあ、その人は恨んでなくても、周りの人が『恨んでるだろう』って思い続けていたら、『恨みを持った人』になってしまうの?」
「そういう場合もあるし、その人はとっくに未練を解いてあがったのに、生きている人が勝手に亡霊を作りだして、苦しむ場合もある」
寛斎もそうなのだろうかと思いながら、座敷から渡り廊下を通り、自宅へと向かう。彼は母親への祈りを、一日たりとも欠かしたことはない。高名な修験者であった彼の師僧も、折に触れて供養をしていた。
「それは、どうやって見分けるの?」
「きちんと見れば、わかるはずよ」
母が立ち止まって、微笑む。
「宮ちゃんは、その男の子のことが好きなのね」
友だちの母親、としか言っていないのに。頬が熱くなるのがわかる。
「じゃあ、助けになってあげて。絶対に手を離しちゃだめよ」
母が、宮子の背中を押すようにたたく。
「行きなさい。その子のところへ」
母だ。これは、宮子の脳が作り出した夢や幻ではなく、本当に母なのだ。
「お母さん。……やだ、もっとお母さんと一緒にいたい」
苦笑しながら背を向けた母が、また歌うように言う。
「もういい大人なんだから、聞き分けのないこと言わないの」
ふと見ると、大人の体に戻っている。服装も、黒のストレッチパンツに藍色のジャケットと、あの夜と同じだ。
廊下の向こうから、赤ん坊の泣き声がした。
「鈴ちゃん、おしめかしら」
いそいそと小走りになり、母が
「ちょっと待って。鈴子もこっちに来ているの?」
振り返った母が、意味ありげに笑った。
「鈴ちゃんは、お父さんに似て、ゆるぎがないから、大丈夫」
鈴子の泣き声が、激しくなる。
「そろそろ親離れの時間よ。……またいつか会いましょう」
「お母さん」
あとを追って、宮子も部屋に入った。が、そこに母はいない。
「……やだ、お母さん!」
赤子の声が聞こえてくる奥側の
落ちる。
記憶はそこで途切れた。
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