第21話 境界を越えて

 いってしまったのだ。

 黄泉よみへのトンネルを通じさせて、それぞれが想う人のところへ。


 茫然としていると、鈴子の声が響いた。

「宮姉ちゃん、中に入るよ。手がかりがあるかも」

 ライトで先を照らしながら中腰で羨道せんどうを進む鈴子を、宮子もあわてて追った。


 大石で囲まれた羨道せんどうは圧迫感があり、冷たい岩肌に押しつぶされてしまいそうな錯覚におちいる。あの三人も、ここを通ったのだろうか。異界へ生まれるための産道として、このトンネルを。


 玄室までたどりつくと、天井が高くなった。かがまなくても、普通に立っていられる。そのかわり、石棺が大きいため、周囲は体を横にして通らなければならない程度の幅しかない。

 宮子は石棺の左側へ、鈴子は右側へと、横歩きで進んだ。壁の大石は灰色だが、石棺は赤っぽい色をしている。千年以上の時を経たからか、中に葬られた人の気配は、まったく感じられない。


 奥までたどりつき、角を曲がる。宮子は、石棺の右奥の隅から光の粒がこぼれ出ているのに気づいた。

「何あれ」

 横歩きのまま、急いで近寄る。反対側から来た鈴子が、その部分をライトで照らす。


「お姉ちゃん、盗掘跡の穴があるよ。……中は空っぽだけど」

 いや、空っぽではない。見る能力のない鈴子には視認できないだけだ。

 緑や薄桃色、青、さまざまな色の光の粒が、冷却材の煙のようにゆっくりと漏れ出ては、闇に溶けて消えていく。


 彼らは確かにここへ来た。そして、行ったのだ。


 宮子は近寄ると、かがみこんで盗掘穴に触れ、大きさを確かめた。犬くらいなら入れるだろうが、人間は無理だ。

 こぼれ出る光が、手に触れた。なじみのある気配だ。寛斎の、凛として、朴訥な雰囲気。

 少年時代は心を閉ざしがちだったが、大好きな植物の世話だけは忘れなかった。お気に入りの白梅のしなやかな枝を褒め、「自分も木のようになりたい」とつぶやいた寛斎の寂しそうな笑顔を思い出し、宮子は胸が張り裂けそうになった。


 ――行かないで。戻ってきて。


 宮子は立ち上がり、家形石棺の屋根の部分を動かそうとした。壁に足をつけて踏ん張り、全身の重みをかけて押し出す。かけ声とともに力を入れるが、巨大な石は一ミリたりとも動かない。


 きっと彼らは、めいめいの死者への想いを、寛斎の法力で増幅させて力に変え、石棺のふたを動かし、「道」を通じさせたのだろう。

 宮子には、見たりはらったりする能力はあっても、寛斎ほどの験力げんりきはない。


「お姉ちゃん。……そのふたを動かしたら、寛斎兄ちゃんや桃果ちゃんを連れ戻せる?」


 小型ライトで、鈴子が宮子の肩のあたりを照らしてくる。

 宮子がうなずくと、鈴子は「わかった」と言って、ライトをくわえた。ショルダーバッグから、大きなふせんと筆ペンを取り出す。小説家志望の彼女は、常にふせんを持ち歩いている。思いついたことをそこに書き、あとでネタ帳に貼りつけるのだ。

 鈴子が手元を照らしながら、力強い筆運びで文字を書く。


 開


「これを石棺に貼って」

 ライトを持ち直した鈴子が、ふせんを宮子に手渡す。

 その手があった。


 宮子は、石棺の屋根におもむろにふせんを貼った。鈴子が二の腕をたたいてくる。

「あとはお願いね」

 宮子は深呼吸をすると、おごそかに唱えた。


天手力男神あめのたぢからをのかみ、助け給え」


 ふせんに書かれた筆文字の一画一画が、花びら状になって舞い上がり、増幅する。現出した白い光が、二本の太い腕を形作る。天照大神あまてらすおおみかみ天岩戸あまのいわとから引き出した、力自慢の神だ。


 巨大な腕が、石棺の屋根に指をかけ、押し上げ始める。

 石棺のふたの手前側が、ミシミシと音を立てて、ゆっくりと上がりだした。開いた場所から、光の粒が噴き出る。


 人ひとりが入れるだけの幅が開いたところで、宮子は中をのぞき見た。光の粒が渦巻いていて底が見えない。光なのに闇のようだ。


 怖い。でも、追いかけなければ。


「じゃあ、行ってくる。鈴ちゃんは家に帰って、お父さんに事情を説明して」

 石棺のへりに手をつき、宮子は鈴子に声をかけた。妹があわてて止める。

「だめだよ。お姉ちゃん一人じゃ危ないって」

「危ないからこそ、一人で行くの。二人とも何かあったら、お父さんはどうするの」

 鈴子が、でも、と口ごもる。

「とにかく、帰ってお父さんに伝えて」


 そう言い放ち、宮子は地面を蹴りあげて石棺のふちに乗り、ためらうことなく中へと飛び込んだ。

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