第19話 古墳

「なるほど。それは一理あるよ、宮姉ちゃん」

 鈴子が「古墳の羨道せんどう?」と書き加え、紙を見つめる。


「市内に古墳の羨道せんどうって、あったっけ」

 鈴子が立ち上がって、本棚から奈良県地図を取りだす。

「なにを今さら。奈良県じゃ、犬も歩けば古墳にあたるくらい、そこかしこにあるでしょ。歩いて五分のところにだって、小さい古墳があるし」

 宮子が言うと、鈴子が反論した。

「踏切のとこの? あれ、中はからっぽじゃん。そういうのは、はぶくの。あと、箸墓古墳みたいな立ち入り禁止のところも。どうせ、掘らなきゃ羨道せんどうに行きあたらないんだから。稲崎たちに、そんな時間はないはずでしょ」


 確かに、稲崎たちには時間がない。宮子に目撃されたことで、桃果の筋から捜索願が出されたことは予想しているだろう。おそらく、今晩中にけりをつけたいはずだ。

 もしくは、桃果だけを置いて、遠くへ行ってしまうかもしれない。そうなると、桃果は帰ってきても、寛斎のことを探し出すことができなくなってしまう。なんとしても見つけなければ。


殯屋もがりや、つまりお通夜の寝ずの番って線の方が、ありそうじゃないかな」

 宮子が言うと、鈴子が地図を見ながら首を振った。

「もう危ない橋は渡れないから、お通夜は狙わないでしょ。下手すれば誘拐容疑で警察につかまっちゃうし、遺族を説得できるかも賭けだし。時間が許せば、それもアリかな、って思うけど」


 確かにそうだ。それなら、古墳の羨道せんどうの方が安全ではある。が、死者が葬られてから時間が経ち過ぎている。はたして、うまく黄泉比良坂よもつひらさかにつながるものだろうか。


 と考えて、宮子は自分までも「黄泉国よみのくにへ通じるトンネルがある」と仮定し、探していることに気づいた。「稲崎になったつもりで考えた」というより、稲崎の幻想に巻き込まれている。


 世間一般の常識で考えれば、羨道せんどうだろうと殯屋もがりやだろうと、死者の国へ通じるトンネルなど存在しない。ありもしないものを探す三人は、どこかで見つかり保護されるだろう。

 しかし、「黄泉比良坂よもつひらさかなど存在しない」とも言い切れない。


 宮子には、他の人に見えないものが見える。

 自分が精神的におかしいのだと思ったこともあったが、寛斎や、その師・玄斎も、同じものが見えていた。共同幻想と言われてしまえばそれまでだが、理屈で説明がつかないものは、確かに存在する。


 稲崎の必死さが、宮子をさらに不安にさせていた。

 以前、となり村のある女性の息子が危篤状態に陥った。女性は、日ごろ信仰していた観音様に、必死で祈り続けた。三日後、息子は峠を越し、命を取りとめた。彼女はそれ以来、「第三の目」が開き、いわゆる霊視体質となった。観音様に直接お願いをしようと必死になるあまり、開くはずのない目を開け、あちらへの回路を通じさせてしまったのだ。


 稲崎の想いの強さが、黄泉国よみのくにへの通路を開けてしまう可能性は、十分ある。人の想像力、意志の力は、時として信じられないパワーを出す。母親を想う桃果の濁りない気持ちも、それを手助けするだろう。まして、強い験力げんりきを持つ寛斎が一緒なのだ。

 このままでは、あの三人は境界を越えてしまう。一刻も早く止めなければ。


 宮子は、持っている限りの情報を頭の中で回転させた。生死の境界という場所の条件さえそろえば、あとは三人の念が、黄泉国よみのくにへのトンネルを通じさせるだろう。生死の境界、黄泉国よみのくにもがり、古墳、羨道せんどうのある玄室……。


「そうだ」

 宮子の声に、パソコンを引き寄せて古墳を検索していた鈴子が、こちらを見る。

「あの古墳、なんて言ったっけ。ほら、この間、テレビで桜井市の特集をやってたときに映ってた」

 先月、紀行番組で市内が映るというので、父や鈴子と一緒に観た番組に、玄室内に入れる古墳が紹介されていたのだ。レポーターが体をかがめて羨道せんどうを進むと、中には石棺せきかんも残っており、自由に触ることすらできた。


「それだ! なんか、顔文字みたいな名前だったよ」

「顔文字?」

 こんなの、と言って、鈴子が両手の指を伸ばし、かわいらしく口をおおう仕草をする。何それ、と言っている間に、鈴子がキーワード検索で答えにたどりついた。


「……これだ。艸墓くさはか古墳」


 いくつかある検索結果から、一つを選ぶ。古墳マニアの人のホームページらしく、古墳の全容から入り口、羨道せんどう、玄室内の石棺の様子まで、何枚もの写真がアップされていた。

 羨道せんどうは、大人だと頭をかがめて進まなければならない高さで、壁や天井は大きな石を組んだものだ。玄室までは思ったより距離があり、明かりなしだと内部は真っ暗で、まさにトンネルだ。


「場所はどこ?」

 鈴子がページをスクロールすると、地図の他にも、「かなりわかりにくい場所だから」と写真付きで解説が載っていた。どうやら、民家横の細い通路を行くらしい。確かに、事前に情報を仕入れて行かないと、たどりつけなさそうだ。


「行こう。……きっと、ここだ」

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