第14話 捜索

 ――ありがとうございます。


 宮子はお地蔵様に合掌して一礼すると、立ち上がった。桃果の気配を追おうとしたが、もはや途切れ途切れで、よく見えない。


 ――稲崎さんは、三諸教本院の方から歩いてきた。ということは、御祈祷を終えて帰った直後のはず。あのとき、公園のオルゴールが鳴っていたから、時間は五時。ちょうど一時間前。


 稲崎の住所は、大阪市内だった。歩き去った方をまっすぐ進むと、国道にぶつかる。バスに乗るつもりだったのか、それとも車をどこかに停めていたのか。

 宮子はいちばん近いバス停まで走ったが、誰もおらず、何の手がかりも残っていなかった。近くの神社の参拝者用駐車場も見たが、大阪ナンバーの車は残っていない。


 桃果が帰っているかも、と一縷の希望を胸に槇原家へ向かう。同じく彼女を探していたらしい村の人が三人、開け放った玄関前で「お寺の方にはいなかった」「吉野分水路も念のため見てきたけれど」と話している。


「桃果ちゃん、まだ見つからないんですか」

 宮子が声をかけると、三人が一斉に首を振った。

「みんなで探し歩いとるんだが、まだ見つからなくてな。もう、佑介君が警察へ捜索願を出すところだよ」

「泰代さんが守ってくれればええけどなぁ」

 誰もが、うっすらと思っていることを避けるように、言葉を選んでいる。


 お母さんが、娘を連れていこうとしているのではないか。


 玄関から父が出てきた。

「宮子も来たのか。……角の酒屋さんが、一時間くらい前に、桃果ちゃんを見たそうです。男の後ろをついて行ったと」

「そりゃ、誘拐じゃないのか!」

 年輩の男性が声をあげる。

「桃果ちゃんは、自分からついて歩いているように見えたと。だから、酒屋の御主人も、親戚か何かと思ったようで」

「うまいこと言って、連れていったんだろう」

 先ほどの男性に、あとの二人も同調する。

「で、どんな男だね」

「三十歳くらいの細身の男だそうです。ちょっと頭は茶色いものの、身なりも品がよくて、特に怪しい雰囲気ではなかった、と」


 稲崎だ。そうに違いない。


 手足から血の気が引き、神経をやすりでじかに削がれているような感じがする。

 ――黄泉比良坂よもつひらさかは、どこにあると思いますか?

 そういえば、通夜祭の帰り道、稲崎によく似た男を見かけた。

 あれは、死者が出た家の近くにいれば、黄泉よみへのトンネルを見つけられるかもしれないと思い、張り込んでいたのではないだろうか。


 ――もがりですか。やっぱり。

 伊邪那岐命いざなきのみことが亡き妻と邂逅したのはもがりの場だ、という一説があると話をした。死者のひつぎのすぐそばまで行かなければ、トンネルの入り口は見つからない。稲崎はそう思ったのかもしれない。だとすると。


「管長、先に帰っています。みなさん、失礼します」

 宮子は、父と村人たちに声をかけると、自宅へ向かって走った。

 あせっていても、鳥居をくぐる前に立ち止まって、大神様に一礼をする。長年の習慣だ。参道の砂利を踏み鳴らして自宅に着くと、宮子は玄関の引き戸を力まかせに引き、靴を脱ぎ散らかしたまま家にあがった。

 居間の鍵かけにかかっている車のキーを取り、免許証の入った財布をつかむと、再び玄関へと向かう。


「宮姉ちゃん、また出かけるの?」

 台所から、エプロン姿の鈴子が、玉ねぎを炒めたにおいとともに出てくる。

「ちょっと、三諸セレモニーホールへ行ってくる」

「あれ、今日は、通夜祭は入ってないんじゃ」

 あとで説明する、と言い残して、宮子は靴をはき、引き戸を閉めて駐車場へ向かった。あたりはすでに薄暗い。


 車のエンジンをかけ、ライトを点けて、道路へと出る。ここからいちばん近い葬祭会館は、三諸セレモニーホール。車で十分弱だ。葬祭のために何度か訪れているから、館内の間取りも大体わかっている。

 市内には他に、四つの大きな葬儀場がある。そのどれかに、桃果を連れた稲崎が来るのではないか。死者のひつぎを、黄泉よみへと通じるトンネルの入り口を求めて。


 桃果を見つけられるよう祈りながら、宮子は国道へと車を進めた。赤信号につかまり、いらつきを鎮めようと、ハンドルを小刻みにたたく。葬祭会館で見つかればいいが、このあたりは田舎だから、自宅で葬儀を行う家も多い。個人宅の通夜を狙われたら、見つけられないかもしれない。

 宮子はバイパス横の側道を通り、三諸セレモニーホールの駐車場へ入った。いくつかの通夜があるらしく、広い駐車場の半分ほどが埋まっていた。


 ホールに近い列の空きスペースに車を入れると、宮子は施錠するのももどかしく入り口へと向かった。深緑色のフレアスカートにジャケットという普段着で来てしまったことが気になるが、今は非常事態だ。顔見知りのスタッフに事情を話し、喪章を借りて紛れ込ませてもらおう。

 入り口の案内板には、二件の通夜が書かれていた。一つは九十三歳の女性。もう一つは四十五歳の男性。

 四十五歳男性の方が、家族の未練も強いから、稲崎の思惑に協力しそうだろうか。そんなことを考えていると、シルバーのセダンが駐車場に入ってきた。運転席の男の顔が見えたのは一瞬だったが、宮子には直感でわかった。


 稲崎だ。

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