第11話 黄泉国の神話
どうぞ、と顔をあげて答えると、彼はじっとこちらを見ながら言った。
「最初に、イザナキノオオカミっておっしゃいましたよね。こちらは、
「あれは、
「やはり、
神事や神道について、少しかじっているようだ。日本に住みながら、日本神話を知っている人は少ない。思想や真偽は別として、この国に伝わる歴史と物語をもっと多くの人に知って欲しい、と宮子は常々思っているので、嬉しくもあった。
「はい。
「彼女が、『古事記』が好きで、よく聞かされていたんです」
「そうですか。奈美さんは、博識な方だったのですね」
稲崎が目を伏せる。しばらくして、再び口を開く。
「もう一つ、訊いてもいいですか」
はい、と宮子が答えると、稲崎がこちらを見据えた。
「
神話によると、火の神を産んだために亡くなった妻を追い、
最後に、
男神は、巨大な
岩をはさんで二神が向かい合い、夫婦の別離の言葉を交わした。
「愛しいわが背の君がこんなことをするなら、私はあなたの国の人々を、一日に千人
「愛しいわが妻よ、お前がそうするなら、私は一日に千五百の
国生み神話の主役であった夫婦は、この後、生の神と死の神となって対立する。
「おかしいとは思いませんか」
稲崎が、表情を険しくする。
「愛しい妻に、自分から会いに行ったくせに、
挑むような視線が、宮子を射ぬく。
「大神様の御前ですので、いったんあちらに」
宮子は、神札の入った紙袋を持って立ち上がり、受付の部屋へと先導した。机の前の座布団を彼に勧め、障子を閉めて向かいへ座る。
宮子自身も、同じ疑問を持ったことがある。妻に対して、その仕打ちはひどい、と。しかし、神主である以上、
「で、どうなのでしょう」
稲崎が催促する。宮子は慎重に、言葉を選んだ。
「古代、まだ医学は発達していませんでした。死体には細菌が多くついていますから、そこから感染して亡くなる人もいたのでしょう。ですから、『死』は『
稲崎が、宮子の
「あなたは神主だから、そういう優等生的な答えしか言えないのでしょうね」
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