第10話 御霊鎮め
愛する婚約者の冥福を祈りたい。その言葉に、宮子は小さくうなずいた。
「かしこまりました。安浦奈美さんの
宮子は立ち上がり、受付表の複写部分を持って、衝立の向こうの社務所へと向かった。
常備してある
「お待たせしました、ご案内します」
衝立から顔を出すと、稲崎は首から下げた指輪を左手で握りしめながら、目を閉じていた。とても静かな表情だったことが、逆に痛々しい。
「お願いします」
大きく目を開き、稲崎がこちらを見た。
障子を開け、彼を先導してとなりの部屋へ向かう。二十畳ほどの座敷の前方に、座布団が並べてある。その先は板の間になっており、ここで祭祀を行う。
正面の壁の真ん中がくり抜かれて外に通じており、短い渡り廊下を進むと、大神様の朱塗りの
稲崎は興味深そうにそれらを見回し、最前列の中央より一つ左側の座布団に座った。宮子は、板の間へと進み、稲崎の斜め前に座って一礼した。
「それでは、これより安浦奈美
稲崎が、手をついて深々とお辞儀をする。
宮子は立ち上がって、板の間の隅にある太鼓の前に座り、
ドン、ドン、ドンドンドンドドドドド、ドン。
「
続いて、四方を
宮子は、切り込みを入れて折った白い紙がいくつも垂れ下がる棒を持ち、大神様に近い部屋の角を、続いて横を、左右左と
ゆっくりと、稲崎の前に近寄る。
「お祓いをしますので、頭をお下げください」
稲崎が手をついて、頭を下げる。
左肩に先ほどの女性が浮かび上がり、じっとこちらを見た。安浦奈美だ。その唇が、かすかに動く。
――た・す・け・て。
今のは、安浦奈美の意志だろうか。稲崎のではなさそうだ。
かすかに残る彼女の思念が、稲崎の力を借りて、語りかけたのかもしれない。
――奈美さん、あなたはもう、この世の者ではなくなったのです。体を持たずにこちらへ留まるのは、とても苦しいことです。悪いものに取りこまれてしまうなど、危険も多々あります。いろいろと思い残すこともあるでしょう。悔しいこともあるでしょう。けれどもこの上は、大神様の元で安らかに過ごし、婚約者やお父様のことを見守ってください。
宮子は
――ちがう、彼を……。
一振りごとに空気が涼やかになり、奈美が薄れていく。それと同時に、彼女の声も掻き消えてしまった。
――彼を?
あわてて
奈美の言葉は気になるが、祭祀を中断することはできない。神様に対する重大な不敬になるからだ。作法通りに玉串を奉り、拝礼する。
「
大神様の前から、三宝に乗せた神札をたまわる。稲崎の斜め前に座り、三宝をとなりに置く。
「これをもちまして、安浦奈美
宮子が一礼すると、稲崎も礼を返した。
「先ほどの
神札と
「あの、訊いてもいいですか」
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