第7話 火葬祭

 翌日、槇原泰代郎女命いらつめのみことの告別式が行われ、宮子も火葬場まで随行した。


 竈前に柩を安置し、その前に台を設ける。遺族が並ぶ中、斎主である父が一拝し、祭詞を読み上げる。泰代の御霊みたまは、自宅に安置した霊璽れいじについているので、柩の中の遺体はすでに亡骸だ。

 玉串奉てんに移り、斎主、喪主、遺族の順に拝礼する。桃果も、祖母と一緒に進み出る。宮子が榊を渡すと、桃果は素直にそれを受け取り、祖母とともに柩前に奉って拝礼した。柩を閉じて釘を打ったときには、大声で泣いていたのだが、子どもなりに、現実を受け入れようと葛藤しているのかもしれない。


 全員の玉串奉てんが終わると、宮子は台を持ちあげ、脇へと徹した。父が柩に一拝する。これで火葬祭は終了だ。

 柩についた窓を開け、遺族が故人と最後のお別れをする。夫が泣きながら「今までありがとうな」と言って窓に触れる。桃果は無言のまま、柩にしがみついている。泰代の実父母も、見納めとなる娘の顔を涙ながらに見ている。


 竈の扉が開く。男性たちの手で、スライドされた鉄の台車に柩が乗せられる。壁の向こうへ、ゆっくりと柩が呑みこまれていく。重く低い音を響かせて、扉が閉まる。息を殺して見ていた遺族たちが、再び嗚咽の声をもらす。


「喪主の方は、こちらへお願いします」

 係員が、扉横のボタンを指し示す。故人の夫である槇原佑介は、一瞬動きを止めたが、覚悟を決めたように歩み寄った。ボタンの前に立ち、一度左手で顔をぬぐってから、右手の人差し指をゆっくりと伸ばす。


「だめ!」

 祖母と一緒にいた桃果が叫ぶ。あのボタンが何なのか、わかったようだ。彼女は一直線に、父親へと走り寄ろうとした。祖母があわてて、桃果を押さえる。しかし、彼女は腕を振り回し、泣き叫びながら、なおもボタンを押すことを阻止しようとした。

「この子を押さえててください」

 涙混じりの祖母の言葉に、親戚たちが沈痛な面持ちで、暴れる幼子の手や肩をそっとつかむ。


「帰る体がなくなったら、お母さんが困る! 離して!」

 暴れ回る桃果にたたかれながらも、大人たちが壁となる。その中を、喪主がくぐもった嗚咽とともに、ボタンを押す。扉の奥で、機械が作動する音がした。

 昨夜、亡き母親の霊を取り次いでしまったことが、取り返しのつかない悪影響を与えてしまったのではないか。大人たちに押さえつけられて絶叫する桃果の姿に、宮子は自身の軽率さを悔いた。


 放心状態の桃果を連れて、遺族は自宅に帰り、帰家祭きかさいを執り行った。仮御霊舎みたまやに、うっすらと泰代の気配を感じる。まだ状態が不安定なのか、昨日のようにはっきりとは出てこない。が、娘の桃果を心配そうに見ているのはわかった。


 すべての祭祀が終わった。

 葬祭のあとは、喪主一族が村人たちや神主を食事接待する習わしになっている。死者との別れに専念できるよう、実務や雑事を引き受けてくれた人たちへのお礼でもあり、忙しくして余計なことを考えずにすむように、との配慮でもある。本来なら副斎主である宮子も参加するのだが、神社を長く留守にできないので、父だけ出席してもらうことにした。


 槇原家を辞して、三諸教本院へと帰る。

 桃果の様子に、胸が痛む。結局、今日は彼女と話をすることができなかった。死者との会話を取り次いでしまったのは、やはり軽率だった。五十日祭までの間、十日ごとに槇原家を訪れて御霊みたまを拝む。そのときに、桃果が母親の死を受け入れられるよう、少しずつ話をしていこう。


 鳥居をくぐらず横を通り、参道を歩く。風のせいか、また葉が落ちている。あとで掃除をしなければ、と思いながら、宮子は塀の脇にある勝手口から中へ入った。

 入浴潔斎けっさいしてから、いつもの白衣と浅葱色の袴に着替えた。草履をはいて外に出、臨時で閉じていた門を開ける。今日は、鈴子も大学の授業があるので、まだ帰っていない。


 竹ぼうきを持ってきて、砂利を敷きつめた道を一心に掃く。ザッザッという音が、規則正しく響く。とにかく心を落ちつけて、態勢を立て直さなければ。

 うつむいて掃除をしていた宮子は、ふと視線を感じ、上半身を起こした。ほんの三メートルほど先に、男性が立っている。栗色の髪で、歳は三十くらいだろうか。

 いつもなら、他人の気配は敏感に察するのに、考え事に夢中で気づかなかった。参拝者だろうか。どこかで見たような気もするのだが。

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