その096「諍い」

「姉ちゃん姉ちゃん」

 翌日。

 姉ちゃんの部活休みの日と僕のオフが重なった日に。

 今日も今日とて、僕は姉ちゃんのことを呼ぶ。

「どうしたの。飼い主に夕ご飯は何がいいかを訊かれて骨にするかフレーバーにするかを迷うわんこみたいになってるわよ」

「うん……ちょっと相談が、あって」

「相談?」

 本当は、お父さんやお母さんに先に言うべきなんだけど。

 この件は、一番に姉ちゃんに聞いてほしかった。

 果たして、姉ちゃんの答えは、


「――受ければいいと思うわよ」


 即答だった。

「い、いいのか?」

「その方が、あなたにとっていいと思ったからね」

「そりゃそうだけど……僕と、離ればなれになるんだぞ」

「あなたが、今よりもっと多くの人を笑顔に出来るっていうなら、私は応援するわよ。その分、私ももっと頑張れると思うし」

「…………」

 僕にとって、いいこと?

 もっと、頑張れる?


 ――本当に、そうか?


「姉ちゃん」

「なに?」

「姉ちゃんは、何のために部活頑張ってるんだ?」

「? 前にも言ったと思うけど。あなたが人を笑顔にするために頑張ってるから、私も――」

「じゃあ、僕が頑張るのをやめたら、姉ちゃんもやめるのか?」

「……なんですって?」

「僕が今ここでアイドルやめるって言ったら、姉ちゃんも部活やめて、前みたいに一緒の時間を過ごすのか?」

「本気で言ってるの? 約束したでしょ? お互いに自分の出来ることを頑張りましょって――」

「姉ちゃんこそ本気で答えろよ。僕にとっていいとかそんなのじゃなくて、姉ちゃんはどう思ってんだよ! 僕と離ればなれになりたいか! そうじゃないのか!」

「――――!」

 姉ちゃん、目を見開いて、言葉を詰まらせるも、

「……わよ」

「?」

「――別にいいって言ったのよ。あなたが、どこに行っても」

「本気か?」

「本気よ」

「涙目で言われても説得力ないぞ」

「っ! うっさいっ! どっか行けっ!」

「いてっ! 物投げてくるのは反則……おおぅ、椅子はやばい!? わかった、出て行く! 出て行くぞ!?」

 強制的に部屋から追い出されてしまった。

 こうなった姉ちゃんは、しばらく口を利いてくれない。

 相談するつもりが、喧嘩になってしまった。

 でも、


「……わからないんだよ」


 姉ちゃんの気持ちが。

 今も。

 それなのに、姉ちゃんは――

「く……」


 今はこれ以上、何も考えられなかった。

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