その092「魅了」

 十月半ばの休日。

 弟が、アイドル活動を始めて約三ヶ月。

「あっちゃんあっちゃん」

 今日も今日とて、トモさんが私のことを呼んでくる。

「なによトモさん、生後数週間の自分の子供がしっかり立って歩けるかを見守る母わんこみたいになってるわよ」

「いやー、なんというか、あたしまで緊張するというか」

 今日、遂にそのデビューを迎えるということで、私はトモさんを誘って一緒にその会場にやってきていた。

 デビューと言っても、同事務所のアイドルグループ(デルタ☆アクセルではない)のライブの、キッズアイドル数名で構成されるバックダンサーという形ではあるが、それも公演の重要なピースなんだとか。

「トモさんが緊張してどうすんの」

「そういうあっちゃんも、足が小刻みに震えてるけど」

「……武者震いよ」

 基本、何でもうまくやる子だっていうのはわかってるけど、どうしても、不安が存在してしまう。

 その不安がわずかであっても、心を十分に締め付けてきて――

「? トモさん?」

 と、そこで、隣のトモさんが私のことをぎゅっとしてきた。

「大丈夫、と思おうよ」

「……うん」

 とても落ち着いた。

 トモさんも、そうすることで落ち着いてるんだと思う。

 しばらく、そのままでいると。


「――始まるわよ」


 公演開始の合図とばかりに場内が消灯し、観客達の小さな歓声が湧く。

 音楽が鳴る。

 演出の映像が流れる。

 そして、公演のアイドル達のライトアップと歓声と共に――

「あ……」

 すぐに見つけた。

 バックダンサー五人中、向かって右から二人目。

 そして、繰り出される、その演舞に。


 ――私の目は、釘付けになった。



「…………」

 いくつかの演目をこなして出番が一旦終わるまで、私達は放心状態だった。

「……すごかったわ」

「うん」

 語彙力が貧弱だけど、その一言だけで十分だ。

 内容とかいろいろすっ飛ばして、わんこのような笑顔だけが強烈なインパクトを残していた。

「どうしよう、あっちゃん」

「……トモさん?」

「どうしよう」

 トモさん、私を抱き締めつつ、繰り返している。

 ……この状態は、知っている。

 私が、デルタ☆アクセルを見ている時と、全く同じ――


『さあ、次はこの曲だ! もう一度ダンサーカモン!』


 そして、再びのダンサー登場時。

「いたたたたたた!? トモさん、極まってる極まってる!?」

「……どうしよう」

 トモさん、もはや何もかもを持ってかれていて、締められてる私はライブどころではなくなっていた。

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