その081「おてて」

「もしもし、姉ちゃん?」

 今日も今日とて、僕は姉ちゃんのことを呼ぶ……ではなく、電話の着信に応える。

『ゴホッ……おつかいの行き道がわからなくなって往生するわんこのようになってない? 大丈夫?』

「ちゃんと着いたぞ。大人しく寝ておきなって」

『うぅ……握手会、行きたかったよぅ』

「大丈夫。ちゃんとレポートするから」

『絶対よ……その場のVR体験できるようなレポを――』

「切るよ」

 これ以上は面倒くさくなるので、僕は電話を切った。

 今日、デルタ☆アクセルの新アルバム発売記念で、メンバーのCDお渡し&握手会が人数限定であって、その抽選に当たった姉ちゃんだけど。

 姉ちゃん、当日に風邪を引いて、僕が代理で行くことになったぞ。

「……すごいな」

 会場前は人で一杯だ。

 待機している人もいれば、『チケット譲ってください』とプラカードを掲げる人もいた。

「入場を開始します! 番号をお呼びしますので、手元の整理券をお確かめになってからお進みくださーい!」

 抽選の番号順に、会場に入れるみたいだ。

「姉ちゃん、せっかく番号一桁当てたのにな……ま、さっさと済ませちゃおう」

 そんな気持ちで、会場に入って。

 デルタ☆アクセルの面々と顔を合わせた、その時。


『ようこそ!』

「!?」

 その存在感に、僕は何もかもを貫かれた。


「来てくれてありがとう! 俺達の活躍、期待しててくれよな!」

 ヒノンこと大城火音さん、すごい熱量。

「少年からも支持されてるとはな。だが、悪くない気分だ。ありがとよっ」

 タカマこと中条貴馬さん、すごい力強さ。

「会えて嬉しいよ☆ これからも僕達に会いに来てね☆」

 リキこと小橋理基さん、すごいスベスベ。


 なんだこれ。

 なんだ、これっ!?



「はっ」

 気付けば、僕は家の前に戻っていた。

 ……あの握手会から今まで、記憶がない。

「おかえり」

 家に入ると、未だに熱で顔真っ赤な姉ちゃんが、玄関にやってきた。

「姉ちゃん」

「握手会、どうだった?」

「どうって……」

 思い出す。

 あの、圧倒的な存在感と、手の感触を――

「――ドシタノ?」

 姉ちゃん、何故か悪い顔。

「誰のおててを思い出した?」

「おててって、何言ってんの姉ちゃん!?」

「ヒノン?」

「う」

「それともタカマ?」

「うぐっ」

「やっぱり、リキかな?」

「は、はぅ!?」

 感触の想起と身震いを、繰り返すうちに、


「……やばい、だめ、むり」

「ふ、墜ちたわね。ふ、ふふ」



 その後。

 何日か、あの手の感触を無意識に思い出す症状が続いたぞ……。

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