その064「着替え」


「姉ちゃん姉ちゃ――」

 今日も今日とて、僕は姉ちゃんのことを呼ぼうとしたけど、

「ひっ……きゃああああっ!?」

「おおおおぅっ!?」

 姉ちゃん、着替え中だったぞ!?

 ……あと、案の定、まっ平らだったぞ。



「ねーちゃーん」 

『…………』

 扉が閉じられた姉ちゃんの部屋に呼びかけてみるも、返事がない。

「姉ちゃん、ごめん。ホントごめん」

『…………』

「謝るから。超謝るから」

『…………』

「テレビのチャンネル権、一週間姉ちゃんに譲るから」

『…………』

「お父さんがケーキ買ってきたら、姉ちゃんに優先させるから」

『……っ』

 反応があったと、気配でわかったぞ。

『……そんなにも怒ってないわよ。鍵かけなかった私も悪いし』

「姉ちゃん」

『でも、今度からちゃんとノックしなさいよね』

「するっ! 絶対するっ!」

『あと、チャンネル権とケーキ優先権、忘れないでよ』

「……そこは守らせるんだな」

『入ってきていいわよ』

「うんっ」

 ちゃんとノックをしてから、姉ちゃんの部屋を開けると。


 ――姉ちゃん、何故か、執事の格好をしていた。


「……ナンデ?」

「私もそう言いたいけど……答えるわ。私のバイト先で、昔から月一でそういう女性向けのフェアをやってるのよ。で、私の分も用意したから試着しといてくれって、奥様が」

「おおぅ」

「で、この衣装について、あなたの意見を聞かせてもらおうと思って」

 ピッタリとした燕尾服に、蝶ネクタイ。

 しかも、髪はお下げにしていて、伊達眼鏡付きだぞ。

「ううむ、いつもの可愛さは控えめだけど、これはこれでアリだなっ」

「本当? よかった」

 姉ちゃん、ホッと一息。

 ……っとと、そうだ。

「ちょうど友達連れてきてるから、意見聞いてみるぞっ」

「え?」

 と、後ろで控えていた二人に、僕が手招きすると。


「……姉くん、ついにその気になったんだね」


「え!? 王子くん!? なんで!?」

「ワンワンに誘われててね。姉くん、本当によく似合ってる。リバーシブルツーの結成は近い……!」

「いや、バイト先限定だから!?」

「いいんちょは、どう思う?」

「え、委員長ちゃんも来てるの!?」

 と、王子の後ろに居るいいんちょに聞いてみたところ。


「――――――はぅ」


「また魂出てるっ!?」

「おお、いいんちょ得意の幽体離脱芸だぞ」

「だからそう言う芸はしなくてもいいって!」

『……逝けますわっ!』

「逝くな――――っ!?」


 この後、いいんちょを送り返すのに、先日に続いて僕の友達を頼る羽目になったぞ。

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