その056「Tシャツ」


「姉ちゃん姉ちゃんっ!」

 今日も今日とて、僕は姉ちゃんのことを呼ぶ。

「なんだか、色彩に目移りしてあちこち首を振るわんこみたいよ」

「うん、すんごい珍しいTシャツがいっぱいでさ!」

 今日は市内のデパートでの買い物ついでに、世界のTシャツ展という展示会が開かれてるから、立ち寄ってみた。

「こういうのって、大体は着たくないものばかりよね」

「カラフルなやつから、『あなたの犬になりたい』とか文字だけのやつまで、多彩だよなー」

「キャラの顔だけっていうのもあって、なんだかグロいわ」

「凶暴に吠えてるのもあるなー」

「そうね……え、ほ、吠えてる!?」

 ガラスケースの中で、大型犬がプリントされたTシャツが、文字通り犬の鳴き声で吠えていた。『猛犬注意』とまで張り紙がされている。

「なにこれ!?」

「よく見ろ姉ちゃん、スピーカーがあるぞ」

「あ……そ、そういう仕掛けなのね。でも、やたら吠えるわね」

「ううむ、面白い趣向だぞ。ほーら、ステイステイ」

 と、僕が声をかけると。

『クーンクーン』

 猛犬Tシャツは吠えるのをやめて、懐いた声を上げた。

「……中々リアルな仕掛けね」

「姉ちゃんもやってみる?」

「ん……じゃあ。お、お手」

 今度は姉ちゃんが声をかけて見るも、

『ガルルルルッ!』

「すごい威嚇されてるわ!?」

「姉ちゃん下手だな。ほーら、よーしよしよし」

『……きゅーん』

「不公平よ!?」

「さては、僕に惚れたな?」

「何言ってんのよ……って、プリントがデレッデレの犬に切り替わってる!? なんで!?」

「なるほど、このTシャツの犬は女の子なんだな」

「そういう見解でいいの!? ……って」


『ハッハッハッハッ!』


「隣のTシャツの犬プリントが、私に向けて息を荒くしてる!?」

「『バター犬注意』と張り紙があるぞ」

「怖いんだけど!?」

「さすが世界のTシャツ、いろいろあるんだなー」

「世界っていえば何でも許されると思ったら大間違いだからね……って、なんだか飛び出てきそうになってる!?」

「ど根性●エルもびっくりだ」

「なんでそれ知ってんの!? あなた歳いくつよ!?」

「ツッコミ入れられる姉ちゃんも大概だと思うぞ」

 とまあ、その場は不可思議現象に、姉ちゃんだけが翻弄されてたんだけど。


 数日後。

「あの展示会、今、中止になってて、しかもフロア全体で立ち入り禁止になってるみたいだぞ」

「どうして?」

「聞いた話、大規模なお祓いが行われてるんだって」

「めちゃくちゃダメなやつだった!?」

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