その051「王子」


「姉ちゃん姉ちゃん」

 散歩中、今日も今日とて、僕は姉ちゃんのことを呼ぶ。

「人混みを進めなくて、途方に暮れているわんこみたいになってるけど、何が言いたいかはわかるわよ」

「うん、なんだあれ」

 駅前を通りがかったところで、駅舎の入り口近くで女の子がいっぱい立っているのが見えた。

「まるで、人気アイドルの出待ち状態ね」

「姉ちゃん、もしデルタ☆アクセルだったら、混ざりにいくつもり?」

「当然でしょ。世界の摂理に反逆してどうするの? 裁きでも受けるの?」

「姉ちゃん、言ってることがわかんないぞ……」

「まあ、デルタ☆アクセルならこんな規模じゃ済まないんだけど……あら、動きがあるみたいね」

 と、駅舎の方から黄色い歓声が上がった。わちゃわちゃとした人の波を分け、その中から出てきたのは、

「あ、王子だ」

「王子……って、あの男装っ娘!?」

 僕のクラスの、男装女子の友達だ。最近では、皆から王子と呼ばれてるぞっ。

「お、ワンワンと姉くんじゃないか。偶然だね」

 知っている顔を見つけた時の爽やかスマイルで、王子がこっちにやってきた。

「オッス、王子。どこに行ってたんだ?」

「やあ、ワンワン。市内で開かれてたアイドルのオーディションに行ってきたんだ。この前、スカウトされてね」

「アイドル……もしかしなくとも、女の子なのに男性アイドルで売り出すつもり?」

「ふっ、目指すはデルタ☆アクセルだよ。あ、そうだ。姉くんもアイドルになって、ボクと組んでみる気ない?」

「いや、興味ないから」

「話題沸騰の男装女子ユニット、ユニット名は……リバーシブルツー!」

「勝手に話進めないでくれる!? やらないわよ!?」

「あらら、それは残念。……でも」

 と、王子、優美な仕草で姉ちゃんの肩に手を置いて、

「なっ……ちょ……顔、近っ……!」


「ボクは、姉くんのこと、必要だって思ってるよ」

「――――――――」


「じゃ、待ってるからねっ」

 そうして清々しく去っていく王子と、それに付いていく女の子達。

「ううむ。さすが王子、どんどんイケメンに磨きを掛けてるな」

「…………」

「って、どうした姉ちゃん? ボーってなってるぞ」

「…………」

「姉ちゃん?」


「はぁ…………どうしよう、この気持ち……なんだか、ダメ……むり……」


「おおぅい、僕のクラスの女子みたいになってるぞ!? しっかりしろ姉ちゃん!?」

 姉ちゃんをここまで堕とさせるとは、王子、恐ろしい娘……。

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