その045「カラオケ」


『ねーちゃーん♪ ねーちゃーん♪』

 今日も今日とて、僕は姉ちゃんのことを呼ぶ。マイクで。エコー付きだぞ。

「……夜にリズミカルに遠吠えするわんこみたいなのはいいけど、マイクで遊ばないでよね」

「僕、カラオケって初めてだからさ! マイクテストマイクテスト。ボエー」

「『ボエー』はダメなやつだからね」

 今日は、お母さんが商店街でタダ券二枚を当てて僕達に譲ってくれたので、姉ちゃんと二人でカラオケに来てるぞっ。

「姉ちゃん、何回か来たことあるんだよね。姉ちゃんから先に歌ってよっ」

「そう? じゃ、遠慮なく行くわよ。……曲はもちろん、デルタ☆アクセルの『スピニングハッピー』!」

 姉ちゃん、好きなアイドルのヒット曲をノリノリで歌うわけだけど。


「…………ビミョー」


「残念そうに言わないでっ!?」

「いや、音程はまあまあで、リズムも合ってるんだけど……なんか、こう……いろいろ、弱い?」

「そこまで言うかっ!?」

「貸して貸して。僕ならこう歌う」

「え、う、歌えるの?」

 そんなわけで、姉ちゃんが選曲して、僕が同じ歌を歌うと。

「……あ、ああ……ああ……」

「え、か、感涙してるっ!?」

「はっ……つ、ついつい、語彙力を失ってしまったわ……って、何でそこまで完璧に歌えるの?」

「姉ちゃん、新しくCD出る度にエンドレスでかけてたじゃん。もう耳タコだよ」

「たったのそれだけでここまで……ホント、スペック高いわね。余裕でアイドル目指せるわよ」

「え……そ、そうかな?」

 ここまで褒められると、なんだか照れちゃうぞ。

「ね、ねえ、もっと他の曲とかも歌える? 歌って歌って?」

「ええ? もー、しょうがないなぁ」

 とまあ、姉ちゃんがキラキラした目でリクエストしてくるから、歌っていくんだけど。

 十曲を過ぎた辺りで、

「……姉ちゃん、僕そろそろ疲れてきたよ」

「まだ、まだよ! もっと私を興奮させてっ!」

 いつの間にかライブグッズ握ってるぞ姉ちゃん。

「いや、さすがに喉も枯れてきちゃったし」

「お願いよ!? デルタ☆アクセルの配信分、あと八十六曲!」

「多すぎるっ!?」

「なんでもするから! ちょっとだけ! ちょっとだけだから! 一生のお願い! ホントに! お願いお願い! ねっ!?」

「姉ちゃん落ち着けっ!? ああもうっ、カラオケは懲り懲りだよ――っ!?」


 なんだか僕、デルタ☆アクセルが絡むと、度々ひどい目に遭ってる気がするぞ……。

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