その039「うちわ」

「姉ちゃん姉ちゃ……ナンダコレ」

 今日も今日とて、僕は姉ちゃんのことを呼ぼうとして、絶句した。

「いいところに来たわっ! 飼い主のピンチに颯爽と現れたヒーローわんこの如くね!」

「いや……姉ちゃん、この、色とりどりのうちわやタオルの数々は一体?」

「決まってるじゃない! 再来週に控えたデルタ☆アクセルのライブツアー応援グッズよ!」

「こ、これまたすごい数だぞ……」

「あなたも制作手伝いなさい! チケット、友だちに頼んであなたの分も既に取ってあげてるから! もちろん奢りよ!」

「え、僕も行くのか?」

「当然! 友達も何人か連れてきなさい! あの熱狂を教えてあげるわっ!」

「お、おう……」

 姉ちゃん、別にドルオタってわけではないんだけど、このユニットには異常なまでにお熱だ。

「それにしても……一つのうちわに一文字ずつって、すんごい気合いの入れようだな」

「その方が、愛が籠もってるって感じじゃない?」

「それは人次第だと思うけど……ふぃー。姉ちゃん、文字はこんな感じでいいか?」

「文字と背景は対称色で頼むわよ。あとは縁取りねっ!」

 姉ちゃんが、ハイテンションでいそいそとデコの材料を用意している傍ら。

 僕は『ヒノン』『タカマ』『リキ』と一文字ずつメンバー名順に並べられている、八つのうちわを見て……一つ、気づいたことがあった。

「もしかして……これとこれを並べ替えたら……出来た!」

「? なにをしているの……って――――!?」


 before

『ヒ』『ノ』『ン』『タ』『カ』『マ』『リ』『キ』


 after

『ヒ』『カ』『リ』『ノ』『キ』『ン』『タ』『マ』


「なにやっとるんじゃゴラアアアアアアアアアアアァ――――っ!?」

「うおおおおっ!? 姉ちゃんが怒りのあまり巨大化した――ッ!? なんだか、『イメージではこのように見えてます。想像でお楽しみください』みたいな光景に!? う、うわぁぁぁぁぁっ!?」


 教訓。

 ――悪ふざけも程々に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る