Real Sexless 4
会社の借り上げ社宅として入居しているマンションで、雨漏りの被害が発生したのである。
八重子が住んでいた部屋に直接の被害が発生したわけではないから、夫の会社の総務担当者は「しばらく様子を見ましょう」と言って、転居の必要性を認めなかった。そして、八重子も最初のうちはそれに同意していた。
ところが、問題を話し合うために開催された管理組合の臨時総会で、不動産業者と管理組合の意見の相違が表面化し、さらには入居者同士の温度差も表面化して、小さな諍いがあちこちで噴出し始めた。
それは沈静化するどころか余計に拡大の一途をたどり、エントランスで入居者同士が口論しているところを時折見かけるようになると、生活環境は一気に悪化し始めた。
本来、借りている立場の彼女に利害関係は発生しないはずなのだが、管理組合の方針で賃貸での入居者にも賛成・反対の投票権が望まないのに与えられる。
従って、両陣営の対立と無関係でいることも出来ず、そのうち管理組合の名簿を使って双方の派閥から勧誘の電話がかかってくるようになり、さらにはビラを持った入居者が押しかけてくるようになった。
会社の担当者を経由して管理組合に申し入れをしてもらったものの、それが逆に彼女の立場を悪化させ、会社の総務担当者経由で「入居者自治には協力するように」というカウンターが帰ってくる。
会社は入居者個人の問題と捉えていたから、それ以上の協力は望みようもなく、借り上げ社宅を勝手に退居すると補助を打ち切られた上に、夫の立場を悪くしそうであったから、彼女は耐えることにした。
しかし、綻び始めた管理組合の運営は荒れる一方であり、入居者の訪問も過激化してゆく。
それについて夫に相談しようと思っても、夫は研究で忙しく、細かい感情表現は不得意なはずのアバターを通して、疲れていることが感じ取れるようにすらなっている。その夫をさらに煩わすことが、彼女には出来なかった。
それにせっかくの二人の短い逢瀬を、そんな下らない問題で浪費したくないという思いもある。何も言わずに笑顔で耐えていたのだが、日々悪化してゆく環境が次第に彼女の心の平安を
そして、ある日の夕方、八重子は窓の外をぼんやりと眺めている時に、おかしな思いに囚われてしまったという。
「あれは、とても夕焼けが綺麗な日のことでした。あまりに綺麗過ぎて、現実感が全くなくて、むしろ仮想現実のように思える夕焼けでした。いえ、実際に仮想現実であればどんなに良かったでしょうか。嫌になればそこに行かなければ良いのですから。現実世界はこんなにも綺麗に見えるのに、実際にはその裏側に人間関係のどろどろとした嫌らしい流れがあって、その中に踏み込んでしまったが最後、そこから出るためには何かのリスクを犯さなければいけなくなります。そう考えると同時に、ふと考えてしまったのです――」
そこで、今まで下を向いていた八重子は、私を正面から見つめてこう言った。
「――果たして私は現実の夫の姿に耐えられるのだろうかと」
彼女は夫との理想的な生活を仮想現実世界の中で作り上げてしまった。
その一方で現実世界の醜悪な人間関係を一人で背負い込んでしまった。
彼女の不安を「ただの気のせい」と切り捨てるのは簡単なことであるが、それで問題が解決するわけではない。
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