Real Sexless 3
八重子の夫は、有名なIT企業のソフトウェア技術者だった。
大学の頃に知り合った同級生で、そのままお付き合いが続いて、すんなりと結婚を決めたのだという。
友達の中には結婚前から同居を始める者も珍しくなかったが、お互いに保守的な結婚観を持っていた二人は、結婚するまでお互いの生活領域を厳密に分けて、深く干渉することは避けていたという。
それは周囲の者から見て、むしろ時代錯誤に見えるほど生真面目なものだった。
そして、やっとそれを統合しようとしていた矢先に、夫が次世代技術の共同開発プロジェクトのために、米国東海岸の大学に派遣されることになってしまった。
最初の話では、派遣期間は「一年」という約束で、その間は研究に集中する必要があるから、家族の帯同は避けて欲しいということだった。
無論、避けて欲しいというのは日本人特有のオブラートに包んだ言い方であって、一緒に行く同僚達は当然のように全員が単身赴任であったから、新婚だからといって一人だけ我儘を言うことも出来ない。
彼女の夫は激しく悩んだものの、彼女に穏やかに諭されて、渋々渡米したという。
そして、それによって即座に何か問題が生じたわけではなかった。
「あの、昔のアニメーションに親の仕事の関係で離れ離れになってしまった少年と少女が、なかなか連絡を取ることが出来なくなって、最後には別な道を歩き始めることになる、っていうのがあるんですが、ご存知ですか」
「ああ、知っています。最後のシーンに流れる歌が切なくて話題になったやつですね」
「多分同じものだと思います。それで、一緒に見た数人の友達が涙を流している中で、私だけが『どうしてこの二人は携帯電話や電子メールやSNSを無視するんだろう。繋がる努力を放棄しているのだから、結ばれなくても当然じゃないのかな』って考えていたんです。だから物語に全然入り込めなくって、後で友達から『冷静ね』って、白い目で見られてしまいました」
「実は私も入り込めませんでした。さっさと電話しろよ、圏外になるほどの田舎じゃないだろ、って」
「あ、それは嬉しいです。当時は自分がとても冷たい人間であるかのような気がして、暫く落ち込んでしまったほどの衝撃を受けました。ですから、自分がその立場に立ってしまった途端、繋がる手段を探していました」
彼女が目をつけたのはFDVRだった。
既に現実世界と遜色ないほどに技術が進んだFDVRは、アバターを出来る限り自分達の実際の容姿に近づけてしまえば、同居しているのと同じような感覚を味わうことが出来る。
時差があるのも逆に好都合で、寝る前に夫を送り出すと、夫が働いている時間に眠り、深夜になって夫が帰宅する頃には笑顔で迎えることが出来るという。
「ただ、彼は仕事で疲れていますから、すぐに寝てしまうんですけどね。それでも多少の時間的な余裕はありますから」
そう言って、彼女は顔を赤らめる。
夫が休みの日には八重子が徹夜をして、一緒の時間を大事に過ごしたという。それなりに楽しい時間が過ぎて、一年という時間が過ぎ去るのはあっという間であった。
ところが、問題は八重子の夫が優秀すぎたことから始まった。
帰国寸前になって、共同研究先の大学からさらに突っ込んだ領域まで協力して欲しいとのオファーがあり、一年の予定が三年に延びる。
この時点で八重子が渡米するという選択肢がなかったわけではないのだが、それまでの研究中心の生活で帰宅が深夜に及ぶこともたびたびあり、余計に忙しくなることから夫も充分なフォローが出来ない。
それならば、今までどおりの時差生活でめりと尾を充分享受しながら乗り切ったほうが良かろうという話になって、彼女は日本に残った。八重子も夫も、一年間問題がなかったのだから、多少伸びても問題ないと判断したのである。
もちろん、これだけのことであれば問題はなかったかもしれない。
ところが、それと同じ時期に想定していなかった問題が日本側で表面化した。
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