Electrical Bitch 2
彼女の名前は
これは本名ではなく、あくまでもネット上の仮名に過ぎない。本名はごく平凡なものらしいが、彼女がそれを私に明かすことはなかった。ただ、取材の最中に、
「田舎で生まれていたら、高校卒業後に地元の小さな会社に就職して、そのまま同僚と結婚して一生を終えそうな名前だよ」
と、やや
実際の彼女は千葉県の東京寄りに生まれて、実家のすぐ近くにある中の上ぐらいの高校を卒業して、都内の短大に進学した後、都内の中堅企業に一般職として就職した。
そのまま同僚を捕まえて結婚するというルートは、労働基準法に関して独自の解釈を持つ会社の方針により、同世代の男性達がそれどころではなかったこともあって、早いうちから断念せざるをえなかった。
従って、一般職として大した期待もされていなかったがために定時退社できた彼女は、もっぱら短大時代の同級生ルートを使って、社外活動による交友関係の拡大に努める。
「いい相手は見つからなかったの?」
「いたよ。たまに一緒に遊ぶだけならもってこいの男が大勢」
しかしながら、選択肢が多い割にはこれといった相手に出会えない日々が続き、二十代の後半も最後のほうになり同級生達が次々と途中退場してゆくと、機会も少なくなっていった。
次第に彼女は自室で過ごす時間が長くなる。
ちょうどその時期とFDVR(Full DiVe Virtual Reality)の一般家庭への普及開始時期が重なり、彼女は初期モデルの普及期から仮想現実世界の住人になったのだという。
FDVRの普及期を知っている人ならば同感してもらえると思うが、最初のうちはフルダイブといっても、もっさりとした操作感覚と微妙なタイムラグから、まるで水の中を動き回っているかのような感じがする代物だった。
「それでも、生気を搾り取られるだけの単調な仕事と、その反動で抜け殻のように寝ているだけのプライベートに比べると、リアルな感じがしたんだよね。なんだか現実が軽すぎて恥ずかしいけど」
真凛は縦に長いモカ・フラペチーノを先端から切り崩しながら、そう恥ずかしそうに言った。
仮想現実世界の進歩は驚異的で、次第に現実との境界線をあいまいにしてゆく過程を、真凛は戸惑いながらも受け入れた。
食事と排泄という生理現象だけは仮想現実世界では如何ともしがたいが、その他の体験はほぼ仮想現実で充足できるようになる。
ただ、技術的には可能といわれながらも、初期のFDVRでは厳格な倫理基準が設定されて、セックスの実現だけは阻まれていた。
「なにしろ、街中で誤って男のあそこに触れたとするじゃん。途端に盛大に倫理コード違反の警告ウィンドウが開いて、アラームが鳴り響くんだから全く興ざめだよね。その上、暫くの間警告フリーズしちゃうし」
「そうなんだ。私はその頃はまだたまにしか使っていなかったから、詳しい状況は知らないんだけど」
「すごかったんだよ。最初のうちは夜になると街のそこら中から、アラームが聴こえまくったんだからね」
そのうち、アングラ・サーバが林立して紳士の欲求を集約し始めると、欲求充足に素直に結び付いた新技術は爆発的に普及し始めた。
それは、最初のうち高価で使い道のなかったパーソナル・コンピューターが、アダルトサイトによって急激に一般家庭まで普及し始めることになったのと似ていた。
「一人一台VR機器」という時代がやってくるのにさほど時間はかからず、そして、なし崩し的に倫理コードの段階的な見直しを余儀なくされた。
なにしろニーズがそこにあるのは誰の目から見ても明らかで、それ抜きの「お子様用」は見向きもされなかったのだから、やむをえまい。
「より自由度の高いリアルな仮想世界を創造する」という表向きの言葉と共に、十八歳以上を対象とした仮想世界ではセックスに関する倫理基準が有名無実化していった。現在ではバイオレンス・コードに抵触しない限り、短時間の警告硬直措置を受けることはなくなっている。
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