夢想転生(生まれ変わるこの時、この場所に)

三佐京

第1話「生まれた英雄」

「あのー俺って死んだんでしょうか?」


気がつくと目の前が真っ白だった。カツカツと紙を滑るペンの音と誰かが奏でる綺麗な鼻歌に聞き惚れながら、俺は現状を問うてみた。


「ああ、すみません。ちょっと待てってくださいね」


何処か慌しく何かが落ちる音、本が崩れる音、コップが割れる音、「うにゃあ」という声にならない悲鳴、「ぐほっ」という骨が軋むような断末魔。


「……ご、ごゆっくり」


「お、お待たせしましたぁ」


何もなかった世界に突如として現れた扉から一人の少女が目端に涙を堪えて現れたのであった。金髪に赤い瞳、見た目は十代後半だがどこか慌しい雰囲気とは裏腹にその瞳の中には背筋が凍るほどに何かを見透かすような不気味さを内包していた。


「あのー。ここって何処なんでしょうか?」


「ええとですね。ここは審判の部屋ですね、ほらあるじゃないですか。地獄に行くか天国に行くかを選定する閻魔様が罪を洗い出して判断するみたいな感じですかね」


「ほう。では俺は地獄行きでしょうか?」


「いえ、異世界行きです」


「……そですか。じゃあ俺って死んだんですね?」


「あれ? 言ってませんでしたってけ? 死んだと理解していたのでてっきり自覚があるのかと思っていたのですが」


「まあ、死んだなとは思ったのですが、淡い希望を捨て切れなかったと言うか」


「まあ、そうですよね。隕石が落ちて死ぬとかどんな確立ですかっ!? ってレベルなのは重々承知しておりますので。まあ、良いじゃないですか。ほら、これって転生ってやつですよ? 最近の流行じゃないですか、なんでしたっけ? 俺TUEEEEでしたっけ?」


「個人的には俺YOEEEEが好みだったりします」


「そうなんですか? じゃあチートなしのエクストリームハードモードがご希望と?」


「いいですねそれ、なんか絶望できそうで素晴らしいです」


「見た目普通なのに、中身は物凄く残念なお人ですね?」


「褒め言葉です。まさか死んでからも罵倒されようとは。はっ!? ここは天国ですか?」


「むしろ地獄ですね。なぜ貴方がここに送られてきたのかなんとなく理解しました」


小さく咳払いした少女は背筋を伸ばし、凛とした姿で一度お辞儀をする。そして、右手を俺に掲げ聞き取れない言葉で何かを詠唱していく。それにあわせて幾何学的な模様や魔法陣のようなものが真っ白な空間を埋め尽くすように広がる。


「今から貴方の罪を暴きます。そしてその罪を基盤として魔法を作成しますので、少々お辛いかもしれませんが我慢してくださいね」


「そうゆうプレイですか?」


「が、我慢してくださいねっ!!!」


広がったそれらが俺の体めがけて飛び込み、体に吸い込まれていくと同時に記憶が甦る。これが俺の罪と言うやつなのかと理解した。俺の人生は空っぽだったのだ。


「そんなっ!?」


吸い込まれていった様々なものが全て吐き出されていく。その様は噴水のように粉々になった光の粒子で綺麗に見える。こりゃまた、豪快だなあと楽観的になんとなく思ってみたりした。


「貴方……人間ですよね?」


「俺ってそんなに醜く見えるでしょうかっ!」


「興奮しないでください。近づかないでください。ちょっと待ってくださいね、貴方のような人は初めてでどうしたものかと悩んでいるのです。普通であればここで魔法を生成してそれを持って転生していただくのですが、魔法が生成できないのではこのまま送り出すしか」


「俺はそれでも構いませんよ?」


「ちょっと黙ってください!」


黙りましょう。なにやら唸りながら考えているが、実際のところ魔法というのはいらない。正直もらいたくもない。これ以上鎖を多くするのは得策ではない。現にさっきので魔法がどれだけの拒絶反応を齎したかを目にしている。


「きめました。貴方には魔法ではなく魔法具を授けます」


「あのー武器は止めてください」


「扱ったことがなくても大丈夫ですよ? そのくらいはサービスで何とかしますっ!」


「いえ、間接攻撃とか痛くないじゃないですか主に俺が。出来れば鎧とか盾とかむしろ塵屑みたいなお守り程度が良いんですが」


「……あなたって人はぁ。却下です。貴方には剣を授けます」


突如目の前に銀色の装飾が施された剣が現れる。それを掴み取ると以外に重みがないことに驚き、すこし落胆したような態度で腰に身に着けた。


「俺の意思はどうなるんですか? まあ、無視されて無理やり命令されてやるのも乙だなとは思うですが、ちょっと物足りないですね」


「め、めんどくさいっ!! じゃあどうすればいいんですかっ!? サービスでやってあげますからそれもって転生してください。お願いしますよ?」


「そうですね。『あんたの困る顔を見たかっただけよ。いい顔になってきたじゃない。その剣でも持ってさっさと私の目の前から消えてくれない? もう見てるだけで殴りたくなるわ。一発殴っても良いかしら?』ぐらいは言って欲しいですね」


「わ、わかりました。あ、貴方の困る顔が見たかったんだからね。その剣をあげたんだから目の前から消えてよ。殴りたくなるわ……殴っていいかしら?」


ふむ、微妙に違う。ツンデレが入って少々嫌悪感に欠けている。個人的にはもっと見下したような瞳とその瞳の奥にある心の闇を乗せて殺せるぐらいの殺気があれば文句なしなのだが、まあいいか。


「お願いしますっ!!」


「さっさと逝ってしまえええええええええ」


とうとうキレてしまった少女は強制的に転生を行おうとする。


「ちょっと待て。最後にあんたの名前を教えてくれないか?」


「……本音で言えば貴方に教えたくありませんが、いいでしょう。私の名前はファミエルといいます。この世界の神様ですよ? 驚きましたか?」


「ふむ、やっぱり俺のタイプじゃないわ。今日のことはお互い忘れよう」


「死んでしまえええええええええ」


神様だと言うのにずいぶんと人間くさいやつだった。まあ、もう二度と会うこともないだろう。さて、次の人生が前回よりいいものであればいい。それだけを願って、深い闇の中に吸い込まれていくのであった。

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