第一話 海辺の町 二
「高校生の一人住まいなんて、そんな危険なことは認められない」
彼の両親は別に良平の安全のことなぞ考えてはいなかったが、その「正論」を錦の御旗のように前面に押し出す。全寮制の私立ならば問題はないはずだが、そんなことは一切口にしなかった。
「このまま何もない漁村に留め置くのは、いかにも勿体ない」
彼の担任は別に良平の今後のことなぞ考えてはいなかったが、彼の両親のあまりの無理解さに依怙地になって言い返す。それに、外に出ても明るい未来が保証されるわけではないことぐらい、担任には分かっていた。
結局、大人の世界の常で、話は「ぎりぎり電車通学が可能な上位校に進学させて様子を見る」という中間地点に落ち着く。ただの妥協の産物である。
そしてその間、良平は完全に蚊帳の外に置かれていて、意見を求められることはなかった。彼自身も「それが普通だ」と思って、違和感は受けなかった。
彼が何か意見を述べたところで、頑固な父親と従順な母親の壁を崩すことは困難と思われたし、敢てそれをする必要性が彼にはない。
ただ、成り行きのまま「ぎりぎり電車通学が可能な上位校」に合格して通学するようになると、それがいかに大変なことか良平は思い知ることになった。
自宅から駅まで自転車で二十分。
駅で外房線に乗り、途中で内房線に乗り換えて一時間。
駅から高校まで徒歩で十分。
順調に行っても全部で一時間半を切ることはない。それどころか、一本乗り遅れると次は一時間後になるので、少し早めに駅に着くように調整しなければならない。それで毎朝自宅を出るのが六時半以前になった。漁師の父親が家に戻ってくる少し前に、良平が学校へ行くことになる。
帰りは帰りで、いくら急いで学校を出たとしても自宅に着くのは午後五時半以降になる。それに、そんなに都合よく電車に乗れるわけがないし、急ぐ必要もない。従って普段はその後の電車に乗って、自宅に午後六時半に戻ることになる。良平が着いた頃、父親はすっかり酔っぱらって寝ていた。
見事なすれ違い生活で、休日の日中にしか父親が動いているところを目にしなくなると、もともと会話の少ない父と子だったところに、さらに拍車がかかる。
殆ど共通の話題はなくなってしまい、土日に顔をあわせた時には、
「おう、元気でやってるか」
「うん」
程度の挨拶しかやりようがなくなった。ただ、それが寂しいかと言われると、良平はそうでもなかった。もともと話が弾む相手ではない。
それに、高校進学によって心理的距離が離れた相手は他にもたくさんいた。
中学までの友達全員と日常的な生息圏が分離されたことで、なんとなく声がかけづらくなる。親友だと思っていた上山みのりの兄ともそれは同じことで、何とはなしに間が開いた。
上山みのりとの関係は相変らず続いていたものの、平日は時間がなくて会うことはできなかったし、土日もなかなか時間が取りづらくなった。
休日のほうはみのりの受験勉強のためである。彼女は良平と同じ高校に入りたくて猛勉強をしているらしい。
「良ちゃん、ごめんなさい」
と、律儀なみのりに会うたびに謝罪されるのだが、良平にとってはどうということもなかった。
そもそもみのりに会わなければならない理由が、良平にはなかった。ただ、彼女のほうから休日の空いた時間に遊びに来るので、相手をしていただけのことである。
成り行きのまま、平日の生活圏と休日の生活圏を完全に分離されていた。しかも、通学に時間ががかかるために高校生活を充実させることもままならない。通学のお供になる本を借りるために図書館に足を運んだため、司書と仲がよくなったぐらいである。
彼の世界は以前よりもバリエーションが乏しくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます