第一話 海辺の町 一
高校一年生の良平にとって実際に自分の目で見たことのある世界は、自宅を頂点とした中心角百六十度、半径三百キロメートルの扇形の中に、すべて収まるほどの大きさでしかなかった。
房総半島の南の果て、公共交通機関と言えばJR外房線ぐらいしかない漁業中心の町で、彼の両親は同級生として生まれ育ち、そのまま結婚しており、さらに双方の先祖も代々同じ町の中で一生を終えていた。
従って、彼にとって故郷といえばその町に他ならないし、親戚といえばそれこそ中心角九十度、半径百キロメートルの扇形の中にすべて収まる。
父親の
母親の
小学校の遠足は千葉県内が定番であり、中学校の修学旅行は日光である。
高校の修学旅行は京都の予定だが、二年生になってからのお楽しみで、今はまだ見知らぬ外国とそう変わりない。
成田空港から飛行機に乗れば韓国のほうが早く着く。費用もそう変わらないため、京都を見たことがないのに、韓国には行ったことがあると自慢をする者もいた。
良平自身はそれを羨ましいとは思わなかったものの、二つ下の妹、
「茜ちゃんの家は、夏休みに海外旅行に行くんだって」
と、大層羨ましそうに言っていた。
海外――島国の日本からは海を越えないといけない他の場所。
北海道や四国と異なるのは、日本語が通じない点だ。
日本語が通じないといえば、水産加工会社を持たない卸が中心の漁師町は、女性の働き場所が少ない。そのため、高校を卒業すると女の子は東京に向かって出てゆく。
従って、漁師の跡取り息子たちは数少ない残留組の争奪戦に参加するか、早々と脱落して別な路線を当たった。
別な路線といっても、今日の日本人女性は好き好んで潮と汗の入り混じった男を相手にすることは少ないから、さらにその外側から求人することになる。
日本から出たことがない者が大半の町なのに、国際結婚による外国人妻は珍しくなかった。
町の親達は高校生の息子に真顔でこう言う。
「高校までに彼女を見つけて、決して手離すな」
なんとも失礼な話であったが、それが漁業しか産業のない町にとってのリアルである。
良平の妹にも、既に同級生の恋人がいて、両親共々顔見知りだった。
良平はといえば、一応昔から仲の良い女友達がいる。
正確には、その兄が良平と昔からの友達で、よく彼の家に遊びにいっていたから、その妹と話をするようになっただけで、良平にはさほどの思い入れはない。
しかし、狭い社会ではそれでも先約済みとみなされることがある。
その友達の妹、
では、そのまま良平が家業の漁師を継いで、みのりとなんとなく結び付いて、地元に骨を埋めるというのが既定路線かというと、そうでもない。
良平はまともな学習塾が存在せず、親が教育熱心ともいえないこの町にしては珍しいほど、勉強が出来た。
進学先の高校を決めるにあたって、担任の教師が、
「千葉の一番大学進学率の高い高校でも十分に入学可能だが、どうするか」
と、わざわざ良平の自宅までやってきて、両親に相談したほどである。
さすがの両親も「漁師になれ」とは言いがたいほど良平の成績はよかったが、だからといって千葉市内に係累のいない地元民には、縁のない話でしかない。
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