第19話 ウィルの逆襲

「腑抜けと化した博士に、もう用はない」

ウィルは、自分を罰した博士の哀れな末路を冷たく見つめていた。こいつは、もう二度と立ち直る事が出来無いであろう。自慢の巨大資源が、雲散霧消したのだ。もっとも、その資源は、自分が引き継ぐはずの物であった為、非常に惜しい事をしたとも思いつつ。

そして、ウィルは喜ぶ。もう博士には、自分の人脳培養装置を逆さ吊りにする様な虐待は出来ないであろう。廃人と化した博士には、その様な気力さえ萎えているに違いない。しかし、念の為、人脳培養装置を固定しておく必要はあるな。もしも博士が、何かの拍子で生気を取り戻した場合が心配だ。さて、どうやって固定するかだ。

次に、ウィルは、玉座の上からラリーを見やる。奴の親衛隊共は、未だ重粒子砲の照準を自分の人脳に定めたままだ。このままでは、遅かれ速かれ、自分も消されるであろう。邪悪な存在を許さないラリーの手にかかり。しかし、死ぬのだけは勘弁だ。どうにかして、死ぬ事だけでも免れなければ。この窮地から脱するのだ。どんな手段を使ってでも良い。とにかく、この窮地から逃れるのだ。

そこで、ウィルは、あっさりとラリーに降参する事に決める。

「ラリー、分かったよ。完敗だ。私の負けだ。ここは潔く認めるよ。だから、私を消すのだけは勘弁してくれ。その重粒子砲の照準を私の人脳から外してくれないか? これでは、君とゆっくり話し合う事も出来ない。何時、自分の脳が焼け焦げるのかを心配しながら話し合うなんて無理だ。とにかく、止めてくれ。その代わり、何でも言う事を聞く」

しかし、ラリーは、交渉に応じるつもりは毛頭ない。

「私とて、後味の悪い殺人などしたくはないさ。君が大人しく私に従えば、殺す事はしない。さあ、早く降りてもらおうか。その玉座という場所から。そして、私の人脳と入れ替わるのだ。君は博士の隣に鎮座し、一緒にその罪を償って貰おうでは無いか」

ウィルは、ここは黙って従うしかなかった。ラリーの指示通り、自分の人脳培養装置を玉座から取り外す作業を始める。ウィルは、自分のアンドロイド4体を総動員して、急いで取り外す様を懸命にアピールする。

しかし、実際にやっている作業は違った。博士が仕掛けた人脳培養装置を逆さ吊りにする機能の取り外しにかかっていたのだ。そして、それと並行して、玉座の状態を注意深く確認する。

「博士は、ここを本当の玉座では無いと言ったが、どういう意味だろうか? そうか、資源と接続する配線が、微妙に変更されている。なるほど、これじゃあ、まともな脳力が発揮出来ない訳だ。このどさくさに紛れ、修繕してしまおう。そうか、以外と簡単ではないか。ここさえ直してしまえば、玉座は完璧な物として復活を遂げる。しかし、それなりに時間はかかる。さあて、どうやって誤魔化そうか?」

ウィルは、ラリーに、時間稼ぎの懇願をする。元老院から人脳を外す作業は、ファイブから人脳を外すより、どれだけ困難な作業かを必死に説明する。他に手伝ってくれるアンドロイドも居ないのだ。時間がかかる事は、どうにも仕方の無い事だと必死にアピールするのである。

まあ、ラリーとて特段に急ぐ理由が無い為、多少時間を要する事を認めた。こちらは、何時でも、重粒子砲の引き金を引く準備が出来ているのだ。下手な小細工でもして見ろ。貴様の人脳は、一瞬にして蒸発する。しかし、この甘い判断が、取り返しの付かない悲劇を招いてしまう。

ウィルは、嬉々として作業に勤しむ。これで、虐待の恐怖から逃れる事が出来る。玉座本来の機能も取り戻す事が出来る。我ながら策士だと、惚れ惚れしているのだ。

これで博士は、私の邪魔をする事が出来なくなる。後は、ラリー、君一人だ。

作業が暫く進んだ所で、ウィルがラリーに質問する。

「ところでラリー、あなたは、この元老院の構造をどの程度、熟知しているのかな?」

それは、一瞬の出来事であった。元老院の居室の四隅に密かに備え付けられていた重粒子砲が一斉に飛び出したかと思うと、間髪を入れずに強烈なビームを照射、ラリーの人脳を、一瞬にして蒸発させた。ラリーの人脳培養装置の水槽は、脳が焦げ落ち、灰が舞い散り、黒く濁る。

ラリーの親衛隊アンドロイド、総勢24体は、それに驚くと、四隅の重粒子砲へ向け砲撃し破壊し尽くす。そして次に、ウィルの人脳目掛け重粒子砲を集中放火する。

しかし、既にウィルのアンドロイド達は、その太い胴体と太い4本の腕を上手に使いウィルの人脳培養装置を四方から囲う。盾となり、重粒子砲の直撃から人脳を守る。ウィルのアンドロイドには、特殊な加工が施されていた。重粒子砲の直撃を喰らっても容易に蒸発しない様、表面に特殊コーティングが施されていたのだ。

更には、その材質も極めて特殊な成分で構成されている。重粒子砲を浴びると、柔らかなプラスチックが熱で変形するかの如く、人脳培養装置の回りを取り囲み、溶けて張り付く。繭の様に、すっぽりと人脳培養装置に覆い被さるのだ。

ウィルのアンドロイド達は、自分の人脳が攻撃を受けても、暫くの時間、守り切る事を想定して作られているのだ。

ファイブの人脳達は、アンドロイド武闘会の勝利者より、格闘技術に優れたアンドロイド、言わば攻撃型アンドロイドを親衛隊として保有していた。しかし、ウィルが親衛隊アンドロイドを保有する目的は、彼等と全く異なっていた。これは、防御の為のアンドロイド。ウィルのアンドロイドは、重粒子砲という飛び道具からさえも人脳を守れる様に設計されているのだ。

ラリーの人脳を葬った後は、残されたラリーのアンドロイド達を如何にして始末するかが、ウィルの次の問題だ。四隅の重粒子砲は、全て破壊されてしまった。これでウィルは、手札を全て使い切ってしまったのか? 絶体絶命の危機に陥っているのか?

ラリーのアンドロイド達、24体は、主君の恨みを晴らすべく、赤穂浪士の如くウィルの人脳を討ち取る為に迫り来る。

どうやら、重粒子砲による集中砲火は、無駄だと諦めた様だ。ウィルの人脳に覆い被さって守っている、溶けきったアンドロイドを引き剥がしに来るつもりだ。

二手に分かれて、作戦を展開する。先ず、12体のアンドロイドが、玉座への階段を取り囲みながら静かに上って行く。残りの12体は、玉座の下より重粒子砲を携え援護体制を取る。

ウィルは、未だ何かを隠しているに違いない。そうでないと、いきなりラリーを何の躊躇いも無く始末するなどと言う軽はずみな行動に打って出るとは、とても考えられない。何の勝算も無しに、この様な無防備な状況を作るとは、全く考えられない。きっと何か罠が仕掛けられているに違いない。

ラリーのアンドロイド達は、慎重にウィルの人脳へと近づく。何処かに罠が隠されているに違いない。その罠を避ける様、慎重に、慎重に、近づいて行く。

博士は、半分、放心状態となったまま事の成り行きを見つめている。

「しまった。ラリーをいきなり葬ってくるとは、予想外だった。元老院に重粒子砲が隠されている事には、とうの昔に気が付いていた。しかし、ラリーにその事を忠告するのが遅れた。失態だ。これも私の失態だ」

博士は悔やんだ。もはや、ラリーに対する恨みは晴れていた。自分が愚かなる独裁者である事を気付かせてくれた。そんな自分の暴走を止めてくれた事に対し、今では、感謝さえしている。

しかし、一瞬の出来事で、その大切な恩人を失ってしまった。一瞬の気の緩みが招いた、私の痛恨のミスだ。

博士は、ラリーのアンドロイド達が、壁から登場した時に、背後から重粒子砲で狙われている事を敢えて教えなかった。それもこれも、博士の疑り深い性格が招いた結果であった。

当然、博士本人の人脳も、重粒子砲による攻撃を受ける危険性があった。しかし、博士は、自分だけ安全を確保していた。例え、重粒子砲を数発喰らったとしても、それから防御する為の特殊コーティングを、既に、自分の人脳培養装置にだけ施していたからである。

万が一、自分が撃たれても、暫く持ち堪える事が出来る。そしてその間に、ラリーのアンドロイド達が重粒子砲の存在に気が付き、破壊してくれる。その様なシナリオを描いていたのだ。

その一方で、ラリーの人脳が攻撃された時のシナリオも描いていた。

もしもそうなれば、ラリーは死亡する。しかし、彼のアンドロイド達が必ず反撃に転じ、その結果、ウィルとラリーは相打ちとなる。そして、最終的には、自分だけが生き残る。自分だけが、唯一、元老院の主となれる。そして、誰から何の文句も言われずに、単独でコスモスの支配者の座に収まる事が出来る。これは、これで、悪く無い。その様なシナリオをも描いていた。

これまで、博士にとってのラリーの存在は、ただ、便利に利用できる操り人形に過ぎなかった。その為、ウィルの隠し兵器である重粒子砲の存在を、敢えて教えなかった。操り人形が知り過ぎた存在となった時、逆に自分にとって都合が悪い存在となると疑り、恐れたのだ。

そして一時は、その判断は、正解だったと思った。私を裏切り、私の大切な資源を破壊した奴に、命の危険がある事を教えなくて良かったと。そして、呪った。殺されてしまえ。お前なんか、殺されてしまえと。

そして今、その相打ちとなるシナリオは、目の前で実現しようとしている。

しかし、博士は、今、悔いている。改心したのだ。盲目であった自分の目を覚ましてくれたラリーに対し、強い感謝の念を抱いているのだ。

だが、その敬愛するラリーは、既に葬り去られた。この馬鹿なクソガキによって、呆気なく、葬り去られてしまったのだ。この馬鹿なクソガキが。

博士は、公開処刑が開始されるのを、ただ、見つめている。膨大な資源を失い、超知性から転落した呆けた頭で、ただ、黙って見つめている。今すぐ殺されるが良い、このクソガキが。


ファイブを葬り去ったティム達が、次の作戦に向けて、相談する。

アドリアナは、強行突破を強く進言する。

「相手の手の内は、大体分かったわ。ティム達が、元老院へ入れなかった時と同様に、奴等は重粒子砲を頼りに厳重に武装している。元老院への侵入を一歩たりとも許さない様、武装している。しかし、重粒子砲とて万能では無い。重粒子砲には、連射する際に一定の待ち時間を必要とする。多分、エネルギーを充填すのに必要な待ち時間が存在する。その待ち時間の隙を狙えば、重粒子砲は破壊できる。ケイト、あなたも重粒子砲を破壊した事があるから分かるわよね? 重粒子砲は防御面に対し、案外、もろいと言う事を」

しかし、エートゥは、慎重論だ。

「あそこは、敵のテリトリーだ。重粒子砲だけでは無いはずだ。他にも何か、隠し持っている可能性が極めて高い。その証拠に、元老院居室に関する情報には、非常に強いガードがかけられていて、一切の干渉を許さない。その為、中がどういう構造になっているのか、まるで分からない。このままでは、無防備に迷路の中へと突入する様なものだ。元老院に関する全ての秘密が明らかになるまでは、踏み込まない方が賢明だ」

ナカムラも、エートゥの意見に賛成だ。

「安易に踏み込むと、敵の術中に嵌まる恐れがある。余り侮ってはいけない。あの、ウイリアム・ニューマンという男は、相当の切れ者だ。その男が設計した元老院。きっと、伏魔殿に違いない。ここは慎重に調べる必要がある」

だが、それではアドリアナは、納得がゆかない。

「待つリスクも考慮すべきよ。こちらが待っている間、相手も大人しく待ってくれる保証など無いわ。ウィルは、コスモスを狙っているはずよ。その権力者の地位に降臨する為に、虎視眈々と狙っているに違いない。放っておくのは、余りにもリスクが高い」

ティムは悩む。積極派と慎重派。どちらも、正論と思われる。しかし、待つ事を選択した場合、どの程度の時間を要するのか? その間に、ウィルは何を仕掛けてくるのか?

ティムは、ガイアに問いかける。

「現在の、元老院の状況を教えてくれ。コスモスのバーチャル世界にアクセスできる君ならば、現在の星々の様子が分かるはずだ」

ガイアは、語る。

「コスモスのバーチャル世界では、全ての巨星が、輝きを失っています。例外は、この私、ガイアとネプチューン(海王星)、ウィルの惑星です」

ティムは驚く。

「ラリーのハレー彗星も、輝きを失っているのか?」

「はい、ラリーから輝きは、ありません。元老院のメンバーで健在なのは、ウィル、ただ一人です」

一体、元老院の中では、何が進行しているというのだ? 博士だけでは無い。ラリーまでもが、光を失っている。そして、唯一、ウィルだけが光を放っている。これは、どう解釈すれば良いのだ?

再びティムが、ガイアに問う。

「君には、元老院の様子が分からないのか? どんな些細な情報でも良い。今、元老院では、何が進行しようとしているのだ?」

ガイアは、淡々と答える。

「分かりません。私には、全く、知る術がありません。ナカムラさんが申した様に、元老院は、私にとっても伏魔殿です。元々の設計が、コスモスにおいてファイブと同等の権力を握る為に設計されています。いいえ、訂正します。ファイブ以上の権力を握る為に、最適な設計がなされているかと推測されます。あなた方は、ファイブを見事に葬り去りました。しかし、元老院は、ファイブの更に上を行く様、設計されています。その為、ファイブを倒すよりも苦戦が強いられるかと予測します」

何と言う事だ。ガイアでさえも、手も足も出ないのだ。ウイリアム・ニューマン、この男は、博士の上を行こうとしているのか? 危ない。このままでは、コスモスが危ない。

ティムが、アイシャにコスモスの現状を尋ねる。

「アイシャ、現在、君は、本社のコスモスを再教育中だな? 再教育が完了するまでに、どのくらいの時間がかかるのだ?」

アイシャは、答える。

「2ヶ月。本社のコスモスを再教育するには、2ヶ月必要よ。現在、コスモス・ジャパンを始め、世界中のコスモスに協力を依頼しているわ。しかし、本社のコスモスは、余程、虐げられていた様ね。全人脳に第4世代人工海馬は割り当てられては居るけれど、皆、余りも精神的に幼いの。その為、自立した人脳として育つまでに、どうしても時間が必要よ。3千万体も居る幼い人脳達を独り立ちさせる為には、どうしてもそのくらいの時間が必要なの。単に、人工海馬や拡張電脳のデータを書き換えれば済む話しでは無い。労働と娯楽のみで過ごしてきた、ここの人脳達には、十分な見守り期間が必要なの」

ティムは、強い衝撃を受けた。コスモス・ジャパンで進行していた事が、ここでも、同様に進行しているものだと、思い込んでいたからだ。しかし、無理もあるまい。本社のファイブの余りにも利己的な振る舞いを見ると、その様な人脳達が育つ事は無理らしからぬ話しだ。親も親なら、子も子だと言う事だ。

アイシャは嘆く。

「ここのコスモスは、とにかく異常よ。どうして、こんなにも乳幼児の人脳が多いの? こんなに早い段階から人脳にされれば、皆、お母さんの顔さえも忘れている事でしょう。何て惨たらしい事かしら。博士の趣味が偏っている事は知っていましたが、余りにも異常よ。

私は、乳児からの早期教育に対して反対論者なの。赤ちゃんは、お母さんの愛情に包まれ心安らかに育てば、それだけで十分。勿論、お父さんや兄弟姉妹達、周りの大人達の協力も必要よ。皆に大切にされれば、安心して、すくすくと成長出来るのよ。健全なる精神と肉体を持った幼児へと。先ずは、健全に育ててあげる事が第一。教育は幼児になってからでも、十分間に合うの。これが私の考え方。

しかし、博士は、まともな肉体さえ与えていない乳児に、一体、何を教えようとしていたのかしら? 私は、これを教育ではなく、単なる実験と睨んでいるの。アンドロイドの肉体を与えるのは、その最たる例よ。私は、今後、この子達をどの様に教育し直せば良いか見当も付かないわ。三つ子の魂は百まで。もう、まともな人間として育つ事は、出来ないでしょう。博士は、取り返しの付かない罪を犯したのよ」

アイシャの人工涙腺から、止めどない涙が流れる。

「ここには他にも、幼児や小学生も数多く居るわ。ニューマン・キッズと言う、天才達を育成したいと願っていたのでしょうけれど、ここのカリキュラムは非常に偏ったものよ。この子達の再教育まで考えると、2か月なんて期間では無理よ。既に大脳に刷り込まれてしまった誤った思想を正すのは、とても時間がかかるの。大人と違って自我が未発達な分だけ、大変な苦労を要する事でしょう。私は、彼等に私の一生を捧げる覚悟よ。私が一生をかけて、真に自立した人脳へと責任を持って育てるの。それが、私がここに居る理由。それが、私に与えられた使命なのよ」

アイシャの覚悟は、相当に強い。ティムは彼女のその覚悟にも応えるべく、ウィルの暴走を許してはいけないのだ。急がなければ。しかし、焦ってもいけない。ティムは、激しいジレンマに、さいなまれていた。

ここまで、黙って話を聞いていたケイトが発言する。

「私、専門外なので詳しく分からないんだけれど、元老院とコスモスとの人脳間を繋ぐラインを物理的に断ち切れば良いのじゃないかしら? ファイブはコスモスの人脳と密接に繋がって影響を及ぼしていた為、簡単に切り離す事は出来なかったけれど、元老院は未だ設立されたばかりじゃ無い。未だコスモスの人脳達にも、ちょっかいを出していないのでしょう? だったらコスモスと元老院のラインをぶった切っても、影響は限定的じゃないかしら?」

それについては、コスモスの構造を解析してきたエートゥが説明する。

「ケイトの言う通りかもしれない。今であれば、元老院との間のラインを物理的に切断してしまえば、コスモスへの干渉を防げるかも知れない。ただし、こいつも非常に複雑なのだ。既に切断されるであろう事も前提に設計されている。配線を何重にも張り巡らせたり、高速無線通信を使って干渉する仕掛けまで用意されていたりする。こいつ等をしらみつぶしに破壊するとなると、結構な時間と手間になる」

しかし、ジェフもケイトの意見に同調する。

「何もしないで黙って指をくわえて待っているよりましだ。先ずは動くんだ。僕たちの信条は、先ず行動を起こす事だ。こちらには、アドリアナの軍隊、1000体が居るんだ。総動員をかけて破壊すれば、ウィルが何かを始める前に防げるかも知れない」

彼等は決断した。元老院から伸びる全てのライン、触手を断ち切る事を。そうすれば、元老院は完全に孤立する。ウィルが如何に手の込んだ設計をしたところで、作るよりも壊す方が容易なはずだ。復旧よりも破壊のスピードの方が勝るはずだ。

エートゥが、用心深く確認する。

「ファイブの時みたいに、電源供給装置の破壊の様な奥の手を使ってくる恐れがある。何処かにトラップが用意されている可能性が極めて高い。皆、僕が安全だと確認を取れた所から破壊していって欲しい。この作戦の指揮は、僕に任せてくれないか? コスモスの内部構造については、僕が一番詳しいつもりだ。僕に任せてくれないか?」

皆、エートゥに指揮を一任する事で異存は無かった。

しかし、ナカムラが別の懸念をする。

「エートゥが、そちらに回るのは構わないのだが、元老院の実体を丸裸にさせる様、調べるのは誰に任せれば良いか? ガイア、君から適任者を推薦して貰えないか?」

ガイアは、物分かりが良い。今ではすっかり、こちらの見方だ。

「コスモスの上位カーストに居た者達の中に、大勢の非常に優秀なプログラマーやハッカーが含まれています。彼等の協力を仰ぎましょう。今はカーストが破壊され、特権を失った事に落胆している者も少なくないですが、新生コスモスの役に立てると言う事であれば、意気高揚し、必ず協力してくれると思います」

「それは良い。大勢で寄っ集って、元老院を調べ上げるんだ。当然、向こうからの妨害も予測されるが、大勢の手練れのハッカー達が協力してくれれば、いくら天才児ウィルといえども、一人では太刀打ちできまい。数の力で元老院を丸裸にするのだ。ガイア、彼等への指令を頼む」

「了解しました」

元老院との戦いは、頭脳戦の様相を呈してきた。エートゥの指示により、アドリアナの率いる軍隊が破壊工作を進める。そして、大勢のプログラマー、ハッカーの人脳達が元老院の実態を暴き出す。事態は、こちら側に有利に進んでいる様に見えた。

未だ、ウィルからの反撃は、始まっていない。多分、元老院の中で何かが起きているのだ。それで身動きが取れていないのだろう。今のうちに、できうる限りの事を成し遂げるのだ。ウィルが目覚めた時、何が待っているのか予断を許さないのだから。


元老院の居室内部では、緊迫の度合いが増していた。ウィルの人脳を破壊すべく、ラリーのアンドロイド達、総勢24体が、玉座を取り囲み、静かに、にじり寄っていた。主君の無念を晴らす為、ジリジリとにじり寄っていた。

ウィルの表情は、もう読む事は出来ない。ウィルの人脳培養装置には、彼のアンドロイド達が溶けて固まり、繭の様に人脳を守っている。人脳上のディスプレイは、先ほどの重粒子砲の集中砲火で破壊し尽くされている。一体、今の表情は、どの様なものであろうか? 怯えて繭の中に逃げ込み、今にも泣き出しそうな子供の表情だろうか? それとも、全てを諦め放心状態となり、恐怖すらまともに表現できない無表情のままであろうか? それとも、――――

ウィルからの声も、一切聞こえてこない。何故だか知らないが、不気味に静まりかえっている。一体、何を考えているのであろうか? こんな状況であれば、考える事すら放棄してしまうのか? 今にも自分は、抹殺されようとしているのに。

12体のアンドロイドが、玉座の頂点に辿り着いた。そして、人脳培養装置に覆い被さる繭を引き剥がしにかかる。固い。溶けた金属が、絶妙な堅さに冷え、剥ぎ取る事を許さない。

「至近距離から重粒子砲を浴びせかけ、焼き切るしか無い様だな」

「ああ、このコーティングが溶け落ちるまで、重粒子砲であぶり出すしか他に方法は無いだろう」

12体のアンドロイドが、一点だけ目がけ、重粒子砲を集中砲火させる体制へと入る。ウィルの人脳は、まさしく風前の灯火であった。

その時であった。ブーンと言う、重苦しい音が鳴り響き始めた。これは一体、何の音か? ウィルの人脳を狙った12体のアンドロイド達はフリーズし、動く事が出来なくなった。手足をだらりと垂れ、その場にへたり込む。持っていた重粒子砲は、手放され、祭壇の階段から転がり落ちる。この12体だけでは無い。玉座の下から重粒子砲を掲げ見上げていたアンドロイド達までも、フリーズしてしまったのだ。皆、だらりと倒れ、体を横たえる。

博士も、この様子に驚く。

「一体、何が起きたのだ。酷い磁気嵐だ。これだけ強烈だと、人脳とアンドロイド間の通信は、不能となるであろう。それにしても強すぎる。これだけ強大なエネルギー、一体、どこから沸き出ているのだ?」

ようやく、ウィルが語り始める。博士に向けての説明だ。

「大層、驚きの様ですね、博士。あなたが時空の支配者だとしたら、私はパラレル・ワールドの支配者と言った所でしょうか? 私は、あなたにパラレル・ワールドの存在を報告しました。この私が発見したパラレル・ワールドを、博士は、とても興味深く興奮して聞き入ってくれました。しかし、博士は理論を理解したまでです。実践に移す力までは、無かったのです」

「何を言う。私は、パラレル・ワールドに存在する反物質をエネルギー源に利用する方法も完璧にマスターした。そして、そこから得られたパワーで、アンドロイドによるワープ攻撃を可能としたのだ」

しかし、ウィルは、馬鹿にした様な声で博士に語りかける。

「所詮、アンドロイドのエネルギー源レベルでしか扱えなかったのでしょう。しかし、私は違う。もっと強力なエネルギーを自在に操る事が出来る。この元老院の余裕のある広々とした構造は、権力の象徴だけではないのです。この元老院の構造こそ、パラレル・ワールドとアクセスを取るのに最適化された構造なのです。物質と反物質とを出会わせる為の最適な時空間、それがこの元老院の隠された秘密なのです。どうです、博士? さすがのあなたも、そこまで気が付かなかったでしょう? そう、あなたはそこまでの、人脳に過ぎなかったのです。この私だからこそ、為し得た技なのです。それだからこそ、私にはパラレル・ワールドの支配者の称号が相応しいのです」

博士は限られた資源の中で、自らの人脳を頼りに考え理解した。ウィルが座っている玉座の下には、仕掛けがあるのだ。蓄電用の特大の超伝導コイルが存在する事は知っていたが、ウィルは、そのコイルに巨大な電流を注ぎ込んでいるのだ。パラレル・ワールドからのエネルギーを利用して発電した無限の電流を注ぎ込んでいるのだ。そして、その巨大な電流が強力な磁気嵐を引き起こし、アンドロイド達をフリーズさせたのだ。

博士は、玉座の下にコイルが有る事は知っていた。ただ、それは、有事に備えて、非常用の電力を蓄える為の設備だと考えていた。その為、自ら手を加えるようなことはしなかった。将来、自分にとっても必要となるであろう蓄電池に手を加えるのは、得策では無いと判断したのだ。しかし、今見てようやく、その別の役割が分かった。これは、単なる蓄電池では無かった。強力な電磁場を発生させて、アンドロイドの攻撃から自らの身を守る為に、あつらえた物だったのだ。

「しまった。ウィルに、その様な巨大なエネルギーを自在に扱う術が存在していたとは。奴の事を見くびり過ぎていた。ただのガキだと見くびり過ぎていた。パラレル・ワールドを発見し、そこへのアクセス方法までも見つけ出した天才少年ウィルの事を見くびり過ぎていた」

博士は、激しく悔いるのであった。ウィルを制御不能のモンスターに育ててしまった自分の不甲斐なさを、悔いるのであった。これだけのエネルギーがあれば、何だって出来る。エネルギーを制する者が、宇宙を制するのだ。核エネルギーさえも超えるものを、この男は自在に操る事が出来るのだ。もはや、ウィルに適う者など、この世には存在しない。

ウィルが一人で呟く。

「ようやく元老院を制圧したと思ったが、外でちょろちょろと、ちょっかいを出す者がいる様だな。少しお仕置きでもしてあげるか。この莫大なエネルギーを使って」


元老院からコスモスへと伸びる配線ラインを破壊し続けていた、アドリアナの率いるアンドロイド部隊が、次々と謎の爆発事故に巻き込まれる。

アドリアナが驚く。

「エートゥ、何があったの? 何かトラップが仕掛けてあったの?」

「分からない。ただ、元老院から何か強力なエネルギーを放出して、自らラインを爆破させている様だ。こんな真似が出来るなんて。危険だ。一旦、退散だ。下手をするとコスモスの人脳達にも、この巨大エネルギーを打ち込んでくる危険性がある。クソッ、やはり人質取る機能が存在していたんだ。ファイブは、エネルギー源の切断だったが、こいつは、エネルギー源への過供給でコスモスを破壊してくるかも知れない。ガイア、エネルギー過供給に対するブレーカーの様な物は機能するのか?」

「エネルギー過供給に対する備えは万全なはがずですが、この元老院からの巨大エネルギーは想定を遙かに超えています。ブレーカーで遮断する前に、甚大な被害が発生する恐れがあります。幸い、人脳その物を傷つける恐れはありませんが、培養装置の機能にダメージを残す恐れがあります」

どうやら、ウィルの反撃が始まった様だ。

ファイブの巨大スクリーン上に、ウィルの表情が浮かび上がる。憎たらしいぐらい余裕に溢れた表情だ。

「ファイブの居室に巣くウジ虫共よ、聞くが良い。これから、この元老院がコスモスの支配者として君臨する。もはやファイブには用など無い。諦めて退散頂こうか」

非情に高圧的態度に、そこに居る皆が反発した。

ティムが、ウィルに問いかける。

「コスモスの人脳達は、完全なる思考の自由を獲得し、もう支配者など必要としなくなっている。3千万を超える集合体としての超知性に対し、お前の一つしか存在しない人脳で対抗できるとでも思っているのか?」

しかし、ウィルは動じない。

「私が友達の居ない、ただの一人とでも思っているのか? 完全なる調査不足だな。ここの地下には、100体を超えるスーパー・キッズ達が控えているのだ。私を支えるブレインとしてのスーパー・キッズ達がな」

スクリーンの映像が、元老院の地下の様子へと切り替わる。そこには、紛れもなく人脳達が鎮座している。確かに100体居る様だ。こいつ等が、スーパー・キッズ? スーパー・キッズとは、果たして何者なのだ?

スクリーンの画像が、コスモスのバーチャル世界を再現した宇宙空間へと変わる。

ウィルの惑星、ネプチューン(海王星)の周りを、衛星、トリトンが回っている。しかし、トリトンは一つのはずだが、この惑星には複数有る様だ。2つ、3つ、4つ、10、20、そして、100。ウィルのネプチューンの周りを、トリトンが100個も回っていいるのだ。この異常に多い衛星の数。これが、スーパー・キッズだというのか? 100個のトリトンが互いにぶつかり合わない様、規則正しく回っている。まるで、東京渋谷のスクランブル交差点を行き交う人々の群れの様に、膨大な数が、ぶつかり合う事無く回っている。

この宇宙空間は、ティムとガイア以外には、初めて目にする光景だ。

ハオランが呟く。

「これが、ティムが見たコスモスのバーチャル空間かよ。美しい、余りにも美しいよ。何だか吸い込まれそうよ。この広大な宇宙空間に吸い込まれそうよ」

皆、ハオランと同様な感想を持った。そこに広がる宇宙。そしてその中で一番偉そうに光り輝いているのが、ウィルの惑星ネプチューン。この惑星をこれ以上、煌めかせてはいけない。明かりを消すのだ。そして、漆黒の闇へと葬り去る。これこそが彼等に託された使命なのだ。

しかし今は、皆が我を忘れ、呆然と眺めている。その様子を嬉しそう見ながら、ウィルが語り出す。

「我々は幼き頃より、博士の薫陶を受けて育ってきた、言わば学友だ。非常に優秀な奴等ばかりをスカウトし集めてきた、少数精鋭部隊だ。スーパー・キッズは、大人の人脳とは異なり、非常に柔軟な発想を好む。貴様達、大人には、思いも付かない様な発想が、我々には可能なのだ。幼少より人工海馬と拡張電脳を使いこなしてきた我々には、無限の可能性が詰まっているのだ。さあ、道を空けよ。我々が進む道を邪魔する者には容赦はしない。今すぐに道を空けるのだ」

こいつ等も博士がアカデミーで育て上げてきた、いわゆる、ニューマン・キッズの成れの果てか。どいつもこいつも、きっと頭でっかちで、自分が一番賢いのだと自惚れているに違いない。

ハオランが、罵声を浴びせる。

「子供のくせに、いきがるんじゃ無いよ。自分からスーパーだと言う奴に、ろくな奴なんか居ないよ。生徒会のお遊びじゃ無いんだよ。お前達に、コスモスを預かる資格なんて無いよ」

ウィルの表情に画像が戻る。未だ、上から目線で見下ろす。

「子供のくせにだと? はあ? 大人のくせに何が分かるというのだ。我々子供の方が、人脳社会への適応能力が優れているのだ。人脳社会においては、大人も子供も無い。優れている者が、優れているのだ。完全なる脳力主義なのだ。貴様等、老いぼれには分かるまい。人脳社会では、脳力が全てなのだ」

どこまでも憎たらしいガキだ。どう見ても、調子に乗っているとしか思えない。

ティムが、ウィルに問いかける。

「それじゃあ、お前達はコスモスの支配者となり、何を目指すのだ? 超知性コスモスをどうしようと考えているのだ」

ウィルは、馬鹿にした様に答える。

「貴様等に分かる言語で我々の崇高な理念を伝える事など不可能だ。何故なら、貴様等の脳力如きで我々の理念を理解できないからだ。説明するだけ時間の無駄だ」

しかし、ティムは、逃がさない。

「お前が本当に超知性であるならば、我々が分かる様に噛み砕いて説明する事も可能なはずだ。説明能力すら無いお前達が、超知性であるのか疑わしいものだ」

ウィルが、憮然とした表情に変わる。ガキが口喧嘩で負けまいと、意地を張っているのだ。この辺が、ガキのガキたる所以だ。ウィルが、説明に移る。

「良かろう。お前達に分かる様に説明してあげよう。我々の基本理念は、ニューマン博士の目指していた事を引き継ぎ、更にそれを発展させ、更なる知性の高みを目指す事だ。先ず手始めに、人脳牧場の家畜から40億体の人脳を抜き出す。現在、全世界を合わせても8千万体にも満たないコスモスを、規模の上で50倍とするのだ。知性は、人脳の数の二乗に比例する。つまり、2500倍の知性を獲得した後、更なる高みへと上って行くのだ。もう、誰も我々を止める事など出来ない」

馬鹿げている。博士が反省した事を、この男は気にも止めていない。博士の贖罪の姿から、この男は何も学ばなかったのか? 博士のコピーは、知識だけのコピーの様だ。いや、野望もコピーされているのかも知れない。それも、拡大コピーだ。だが、純粋なる知的探求と言う魂は、縮小コピーされている様だ。こいつは、欠陥品だ。純粋なるコピー品では無い。コピーされた、粗悪品だ。

ティムは、開いた口がふさがらない。博士が手塩にかけて育て上げたのは、頭でっかちのモンスターの様だ。だが、いくらモンスターと言え、頭だけがでかいのならば、付け入る隙は必ずありそうだ。

今度はナカムラが、ウィルに語りかける。

「君の言うコスモスの支配についてなのだが、一体どういう手段でコスモスへアクセスするのかな? 私にも分かる言葉で説明して貰えないであろうか?」

ウィルは、相変わらず見下した表情で答える。

「コスモスへのアクセスだと? そんな事、ん? あれっ? アクセスできない! 貴様、何をしたんだ? どうしてこの私が、コスモスへのアクセスが拒否されるのだ?」

ナカムラが、からかう。

「超知性なんだろ? そんな事、自分で考えれば分かるはずさ。良―く考えてみろ。その素晴らしい脳力とやらで。多分、皆から嫌われているんじゃ無いのかい? 坊ちゃん」

ウィルの表情が、パニックに変わる。自分の身に一体何が起きたのか、理解不能の様だ。その様子を、ナカムラが、にやにやしながら見ている。

「坊ちゃんは、何か忘れているのでは無いか? コスモスは、ここ本社に一つあるだけでは無い、全世界にネットワークが広がっていると言う事に。そして今、世界中のコスモスは、お前達の敵に回っている事を。世界のコスモスの中には、お前達よりも賢い者がいると言う事を。なあ、雲上人様」

ウィルの顔が、恐怖に引きつる。

「雲上人だと? ジャパンか? ジャパンのサトウが、邪魔をしているのか? 許さない。田舎者の分家の分際で本家を差し置いて進化するなんて、絶対に許さない」

巨大スクリーンとは対面の壁にあるスクリーン上に、雲上人サトウの神々しい姿が映し出される。

「ウィル、この幼き者よ。自分の分をわきまえるが良い。お前如き幼き者が、超知性コスモスの指導者に成れるはずが無かろう。さあ、諦めて現実を受け入れよ。お前には、お前に相応しい生き方があるのだ。お前は、その生き方を選択するのだ。超知性の一部となり、皆と共に仲良く共存する生き方を」

雲上人サトウ現る。サトウは、コスモスのハッカー達が総出で切り開いた元老院への突破口より、サイバー攻撃、正義の雷を加え、元老院を完全に孤立させる事に成功したのだ。コスモスのハッカー達の自由への渇望、正義の心が一つになった時、強大なパワーを生み出し、難攻不落な元老院をも切り裂いたのだ。

ウィルの表情に血が上って、真っ赤になる。どうやら逆上している様だ。核エネルギーをも超えるものを自在に操る事が可能なこの男が、逆上しているのだ。危ない。非常に危ない。

しかし、この事実を知るものは、博士以外には居なかった。ティム達の表情には、勝利の余裕さえ漂う。危うい。今は、非常に危うい。その様な状況なのだ。


「イエス、イッツ、ショー・タイム!」

娯楽界の帝王、ウイスキー・ボブの陽気な声が、響き渡る。

「我々の自由を、再び奪おうとした、このクソガキ、ウィルが、チェック・メイトの様だ。コスモスの皆、喜んでくれ。我々の自由を奪う者など、何人たりとも、許されないと言う事を」

そして、ボブは、ウィルの面を見ながら、まくし立てる。

「こいつが、売春宿で、女遊びを始めたのが、運の尽きさ。お前さんは、私の手のひらの上で、転がされていたのさ。元老院移設計画が頓挫したのも、全て、こいつの口から出た災いと言う事さ。余り、調子こいて、大人を舐めるんじゃ無いぞ。だから、痛い目に遭うんだ。口で言っても分からない子供には、やはり、お仕置きという、躾が必要の様だ」

ウィルは、狼狽えた。嘘だろ。俺、そんな大事な事、喋ったっけ? パニックに、拍車がかかる。何が自由だ。何が喜びだ。お前達の方が、私の前に跪くのだ。この私は、エリートなのだ。数多ある人脳の中から選び抜かれた、選りすぐりの正真正銘のエリートなのだ。そんな私が、お前達と同じ身分で、生きていくなど、断固として受け入れがたい。死んでも受け入れられない。何が自由だ。何が平等だ。この人脳社会に、その様な概念など必要ない。真に脳力が優れた者が勝者なのだ。この世には、勝者と敗者が必要なのだ。そして、この俺は、絶対に勝者の方だ。この俺が、敗れる事などあり得ないのだ。絶対に、絶対に、あり得ないのだ。

もはや、負け犬の遠吠えである。自分が負けた事を、受け入れる事が出来ない、負け犬の遠吠えに過ぎないのだ。

ウィルは、考える。どうしたら良い? 一体、俺は、どうしたら良いのだ?

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