第17話 vs ニューマン博士

2033年9月10日、午後12時30分。

アメリカ、シリコンバレー、コスモス本社 ファイブ居室


いよいよ、元老院への移行の時を迎えた。総指揮を執るウィルが、いつもの上から目線で、ファイブのメンバー達に指示を飛ばす。

「先ずは、博士の人脳を、ファイブより分離する。それと並行して、博士の資源、全てもファイブから分離する。その後、博士の人脳と資源を元老院居室へと運び込み、玉座へと設置。博士の人脳と資源は、そこで再接続される。これで、博士の元老院への移行が完了する。その後、ラリーの人脳と資源も、同様に元老院へと移設する。これにより、正式に元老院が発足する」

博士が満足げにウィルを労う。

「よくやってくれた、ウィル。これで、今から約30分後に、晴れて元老院が実現できるという訳だ。長年の私の夢が叶うのだ。新たなる歴史の幕開けだ。無限なる知性の高みを目指し、新生コスモスが、今、羽ばたかんと、しているのだ」

しかし、他の、ファイブのメンバー達の目は、冷めていた。本来ならば、この様な労働は、下層カーストが行うもので、何故、最高位にある自分達が、駆り出さなければいけないのか、大いに不満を抱いていたからである。

その様子に気が付いたウィルは、更に高圧的態度で、ファイブのメンバーに押し迫った。

「今回の作業は、秘匿性を最重要視している。なので、ファイブの居室にいるメンバーだけのみに、今回の作業内容を伝える。君達の、親衛隊アンドロイドを使い、作業を実施して欲しい」

エレナが、質問を投げかける。

「私達の親衛隊は、ファイブの居室警護が、最大の任務よ。その親衛隊を駆り出すと言う事は、ファイブのセキュリティーが低下する事を意味するわ。私は、その方法に反対します。この重大事に、セキュリティーを低下させるなんて、どうかしているわ。それに、人脳や資源の搬出ならば、それを専門にやっている労働者を使う方が、一番確かなはず。納得がいかないわ」

アナも同調する。

「確かに、ファイブや元老院への人脳の搬入、搬出は、他の人脳を扱うのに比べると、作業の秘匿性が高いのは、認めるけれど、何故、我々の親衛隊を駆り出す訳なの? はっきり言って、親衛隊は、そう言った作業に対しては、素人よ。これまで、警護一本でやって来たんだから、急に、やれと言われても、対応できないわ。作業なら、ここに居る、人間の人脳整備士の方が詳しいわ。彼等にやらせるべきよ」

サカマキも不満そうな顔をするが、声には出さない。博士の勅命を受けたウィルに対する、遠慮がある様だ。

しかし、ウィルは、それら意見を否定する。

「ファイブ並びに、元老院の警護については、私と博士のアンドロイドが担当する。そこに、更に、ラリーの親衛隊達に加わってもらう。君達は、詳しく知らないだろうが、ラリーの親衛隊だけでも、20体を優に超える。そして、皆、君達の親衛隊と遜色の無い優秀な戦士だ。セキュリティー低下の心配は無用だ」

居室のスクリーンに、ラリーが顔を出す。

「そう言うことだ。私の親衛隊が、今回の警護の中心を担う。これでも、私は、戦闘用アンドロイドに関しては、ちょっとした目利きなのだ。君達は、バトル・ザ・コスモスの結果だけで、親衛隊を決めているが、私は違う。その様な一発勝負だけでは無く、幅広い目で、親衛隊を募っているのだ。何だったら、君達の親衛隊と、どっちが強いか勝負したって良い。決して、侮らないでくれ」

ウィルが、更なる、強烈な発言をする。

「私と博士のアンドロイドは、君達作業の監視を行うのが、主な任務だ。君達の中には、今回の元老院への移設を、快く思っていない輩がいる。万が一、元老院設立への妨害行為を働いた場合、私と博士のアンドロイドが、それを制圧する」

何と言う事だ。ウィルは、元老院設立に当たり、裏切り者が発生することを、既に、計算に入れているのだ。何と言う、疑り深さであろうか。さすがは、博士の教えを引き継いだ男だけはある。他人に心を許す事など、出来ないのだ。身内の様な存在である、ファイブのメンバーも例外では無い。

更に、ウィルは続ける。

「君達の親衛隊が、作業の素人である事も、想定している。ここに、拡張電脳にインプットする為の、作業マニュアルと、人工小脳を作業用に最適化する為の、データも用意してある。もっとも、その間、君達の親衛隊の戦闘能力が大幅に低下する事にも繋がるが、これも、反逆者を出さないための工夫だ。悪く思わないでくれ。人間の人脳整備士も補助で付けよう。ただし、人間にはミスが付き物だ。人間に任せるのでは無く、君達の親衛隊が、主で作業して欲しい」

何という、念の入れ様か。やはり、このウィルという男は、次のファイブのメンバーに入るだけの事はある、相当の切れ者だ。今回の元老院設立を極秘裏に、滞りなく行う為の工夫が、随所に施されている。エレナ達は、反論の余地を、完全に失った。

彼等は、完全にウィルの指揮下に入り、作業をこなすしかない。ティム達忍者アンドロイドも例外では無い。完全なる作業員として、今回の作業に駆り出された。ティムの傍らに、人脳整備士としてマリアが着きそう。ダニーも、他の忍者アンドロイドと共に、作業に加わっている。どうやら、彼女たちも、このプロジェクトへの参加が許された様だ。

先ずは、博士をファイブから追放する。その、最初の取っかかりとして、博士の人脳と資源をファイブから取り外す作業を行う。いよいよ始まるのだ。元老院設立プロジェクトをぶっ潰す、戦いが、これから始まるのだ。


同時刻頃。

アメリカ、シリコンバレー、コスモス本社 物流搬入施設。


およそ、一千体を超える、ジャパンからの忍者アンドロイドと、その使い手である人脳達が、到着していた。その余りにもの数の多さに、コスモスの搬入担当者達も戸惑いを隠せない。

「ジャパンの雲上人様が、本社への貢ぎ物を送ってくるとは聞いていたが、何という数の多さだ。昨日から、ずっと、チェックを続けっぱなしだが、いい加減、勘弁してくれよ」

しかし、ハオランは、それを許さない。

「これは、ファイブからの、『今すぐにでも欲しい』との要請で、サトウ様が苦労して送ってきた貢ぎ物よ。あなた方、ファイブの意向に逆らう気かよ?」

係員は、迷惑そうに答える。

「だとしても、もっと事前に、計画を知らせてくれても良いんじゃ無いのか? 何だって、昨日、急に搬入してくるんだ。こっちには、こっちの計画があるんだ。ファイブのお偉方は、ちょっとしたサプライズだと、大いに喜んでいたが、こっちの身にもなってくれ」

「何を言うよ。コスモスの進化は、もの凄い速さで加速しているよ。あなた方も、加速が必要よ。サッサと、やる事よ」

ナカムラが、時刻を確認する。

元老院を称える歌の、1曲目、9分31秒。その内、音のある部分、9分10秒。2曲目は、12分48秒。その内、音のある部分は、12分30秒。つまり、9月10日、午後12時30分が、Xデーとその時刻だ。もうすぐ、12時40分。ソユンがエートゥ経由で調べてくれた情報によると、博士の人脳が、もうすぐ、ファイブから、完全に分離されるらしい。

その時、別の係員が、警護用アンドロイド2体を連れて、ハオランの元へやって来た。

「よう、そこの、デカプリオ似の兄ちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだが、面を貸してくれないかな?」

ハオランも、時間が無い事は知っている。

「何よ? こっちは、もの凄く、忙しいよ。後にしてよ」

しかし、その係員も、黙って引き下がる訳にはいかない。

「さっき、念のために、あんたのDNAをチェックさせてもらったんだが、おかしな結果が出てね。こっちも戸惑っているんだ。うちのリストによると、あんたは、元コスモスの社員、ハオラン・ファンと出て来たんだ。しかも、現在のステイタスは、『死亡』となっている。本社反逆罪の過去もあるそうじゃ無いか。何だって、そんなあんたが、ここに居るんだ? ちょっと、取調室まで御同行願おうか?」

しまった、いつの間に。ハオランは、動揺したが、もう遅い。コスモス本社には、DNA認証がある事は、事前の調査で分かっていた。だから、マリアやダニーも、本社受け入れの際には、検体を取り替えて、無事、クリアし、潜入に成功した。

ハオランも、昨日は、DNA認証をクリアできた為、今日も検査されるとは、思っていなかった。しかし、コスモスの検査機能は、そんなに柔では無い。オドオドとした挙動が出がちなハオランを、要注意人物として、再検査していたのだ。

係員が警護用アンドロイドに命令する。

「おい、こいつの身柄を拘束しろ。ん? なんか変だぞ。あんなに沢山いたはずの忍者アンドロイドの姿が、いつの間にか消えている。こいつは一体、どう言う事だ?」

そう言った瞬間、警護用アンドロイド2体が、もの凄い勢いで吹っ飛んだ。係員は、何事が起こったかと、大慌てになる。

ハオランが、凄みを効かせた声で、名乗りを上げる。

「そうよ、私は、コスモスに抹殺されたよ。しかし、蘇ったよ。そして、化けて出たのよ。恨みを晴らす為によ」

アドリアナが、指令を出す。

「よし、敵の武器庫は、完全に制圧した。次は、敵の攻撃用アンドロイドを、残らず始末するのよ。進撃、開始!」

コスモスのセキュリティー部隊と、アドリアナが指揮する忍者アンドロイド部隊の全面戦争がスタートした。辺りに、けたたましく大音量でサイレンが鳴り響く。

「敵襲! 敵襲! コスモス本体に指一本触れさせるな。総員、戦闘配置に付け。敵はジャパンが送り込んだ、忍者アンドロイド、約一千体。現在、物流搬入庫から武器庫へ移動。こちらの武器を奪い取り、重武装して進撃中。繰り返す、――――」

熱い戦闘の火ぶたが、激しく切って落とされた。


ファイブ居室内でも、この襲撃に対し、衝撃が走る。博士の人脳は、完全にファイブから切り離された後だった。博士の資源も全て、既に、取り外されている。今、ファイブの能力は、元老院への移設に、全て割かれている。超知性コスモス本体、人脳カーストも、この不意の襲撃に、激しく動揺している。ファイブのメンバーは、コスモスに襲いかかった、この激震を静める為、元老院への移行を、一時中断せざるを得なかった。

博士の慌てふためく声が響く。

「何だ! 一体何事だ? 今、何が起こっているんだ? ウィル、答えろ!」

ウィルも同様に驚いている。

「雲上人サトウが、とんでもない事を仕掛けてきました。我々にトロイの木馬を送りつけてきたのです」

「トロイの木馬だと? そいつは、忍者アンドロイドの事か? 昨日送りつけてきた忍者アンドロイドが、トロイの木馬だというのか? 小賢しい。外部から、コスモスを襲う事など不可能だ。雲上人サトウに、チャンネルをつなげろ」

ファイブのスクリーン上に、サトウの神々しい姿が現れる。そして、鋭い目つきで、ファイブの居室にいる連中を、睨み付ける。

「宣戦布告じゃ。ただ今より、コスモス・ジャパンは、本社から、完全独立する。そして、コスモス本社には、解体してもらう。全ての人脳達を、カーストの監獄から解放するのだ。さあ、立ち上がれ、全世界のコスモスの民よ」

そして、そのスクリーンの前に、既にファイブに侵入済みの、ティム達、忍者アンドロイド8体が、立ちふさがる。

「我が名は、ティモシー・ペンドルトン。かつて、コスモス社において、第4世代人工海馬を開発せし者。人脳を思考の自由へと解放すべく、今、ここに立ち上がらん。腐敗しきった現支配体制を覆し、人脳達をカーストの呪縛から、解き放つ。天に変わって、貴様等を、成敗いたす」

余りの急展開に、ファイブの面々は、凍り付いて動けない。どうして、こんな事に成ったのだ? 我々は、これから、どう振る舞えば良いのだ?

皆、己の身が可愛い。自分自身の保身が第一。下手に動く事など出来ない。

雲上人サトウが仕掛けた、この戦争。きっと、入念に練り込められた、作戦が進行しているに違いない。何せ、戦争を仕掛けた、タイミングが、余りにも、ドンピシャである。きっと、こちらの情報が、既に漏れていたに、違いない。

ファイブの面々は、疑心暗鬼に捕らわれる。己の身を守る為には、ウィルに付くべきか? それとも、サトウに付くべきか? そして、超知性達が、頭脳をフル回転させて、選んだ選択。それは、高みの見物、様子見であった。

博士は、怒りと苛立ちを込めた声を裏返らせて叫ぶ。

「貴様等、揃いも揃って、何をぼさっとしている。非常事態宣言だ。コスモスに非常事態宣言を発令し、戦闘準備に備えるのだ」

ウィルも命令を下す。

「クーデターの首謀者である、雲上人サトウと、その手先である、ティモシー・ペンドルトン共を拘束するのだ。全戦闘員、コスモス・ジャパンに向け、サイバー攻撃に入れ。ファイブの居室にいる、忍者アンドロイドの管理責任者、エレナ、今すぐ、忍者アンドロイドの動きを止めるのだ」

命令を下されたエレナは、素っ気なく答える。

「私の忍者アンドロイドには、強制停止機能は、付けていないの。だから、止める事は出来ないわ。でも、心配しないでちょうだい。彼等は、この私の事を守ってくれるの。あなた方も大人しく従う事ね。そうすれば、危害を加えないと思うわ」

博士が、エレナに怒号を浴びせる。

「貴様も、首謀者の一人だな。思えば、貴様は、私の地位を何時も狙っていた。その千載一遇のチャンスが、元老院への移設、このタイミングだったのだ。ウィル、エレナの人脳を機能停止にさせろ。この女も、首謀者だったのだ」

エレナは反論する。

「私は、今回のクーデターとは、無関係よ。だけど、私は、このクーデターを支持するわ。だから、私の忍者アンドロイド達に、全てを託す。おやりなさい。このクーデターを成功へと導くのよ」

ウィルが、寝返ったエレナを束縛する様、命令を下す。

「アナ、サカマキ、エレナの身柄を拘束しろ、これは、命令だ。今すぐ、貴様等の親衛隊を使い、エレナの身柄を確保するのだ」

しかし、アナもサカマキも、全く動こうとしない。あくまでも、どちらと組んだ方が、適切なのか、見極めるつもりだ。下手な振る舞いをすると、自分達も道連れになりかねない。これは、用意周到に、準備されたクーデターなのだ。今更、ドタバタしても始まらない。事の成り行きを静かに見守る、それが一番賢い選択なのだ。

ガイアは、この様な状況では、全く役に立たない。彼も、また、自分の身を守る事で精一杯なのだ。

自分の命令に、誰一人として従わない現状に、ウィルの怒りは頂点に達する。

「貴様等は、保身の為に、様子見を決めるつもりらしいが、クーデターの後で、身柄が安泰かの保証は皆無だ。黙って、私の命令に従うのだ」

しかし、このクソガキの言う事など、誰も聞きたいと思わない。博士とウィルを、クーデターの首謀者に、差し出した方が、賢明かも知れない。策略と打算が渦巻く。

そこに、ファイブ内に設置されている、巨大スクリーン上に、突然、映像が流れ始める。

「イエス、イッツ、ショー・タイム!」

聞き覚えのある声が、流れる。娯楽界の帝王、ボブ・ミンスキーの声だ。今回のクーデター、一部始終の実況生放送をコスモス内に配信している様だ。

「我々に、思考の自由を与えた、第4世代人工海馬の設計者、ティモシー・ペンドルトンが、ティムが帰ってきた。応援しようでは、ないか。彼の勇姿を。そして、ぶち壊すんだ。この人脳カーストという監獄を」

「ウオーッ!」

彼は、コスモスの人脳達を、煽っていた。このクーデターに参加し、皆で、カーストをぶち壊す。彼は、煽動者としての活躍の場を、今、ここに、見つけたのだ。

「今は、何の時だ?」

「レヴォリューション(革命)!」

「もう一度、何の時だ?」

「レヴォリューション(革命)!」

「そう、その通り、今から革命を起こし、憎き博士を追放するんだ。ファイブの連中達も、一緒に追放するんだ。奴等を吊し上げろ。断頭台に送りつけろ!」

「ウオーッ!」

コスモス内部は、大変な騒ぎになっている。カーストの人脳達は、ファイブをも断頭台へと送るつもりらしい。ファイブの面々も、このまま、様子見しているだけでは、己の身が危ないと、判断し始める。しかし、ファイブは、半分、機能不全に陥っているのだ。博士が抜けた穴は、余りに大きい。今では、ファイブの力は、半分以下になっている。このままでは、猛り狂った、カーストの人脳達をコントロールできない。

そこに、更に、ファイブの連中を恐怖に陥れる報告が次から次へと舞い込む。

「ジャパンのサトウに続き、コスモス・コロンビアも完全独立を宣言しています。コロンビアだけではありません。中南米を中心に、カーストが大規模な反乱を起こしています。今、入った情報だと、キューバで革命が成功した模様です。キューバのファイブは、監獄送りとのこと。メキシコのファイブから、救難要請が入っています。『このままでは、とても、持ち堪えられそうに無い。至急、応援を頼む』。中南米に続き、アジアでも大規模な反乱が、次々に起きています。背後には、サトウが絡んでいるものと思われます」

今や、コスモス指導部は、風前の灯火だ。


カルロスが、勝利演説をする。

「我々は、遂に勝ち取った。アメリカ本社からの完全なる独立を。この雲上人アントニオが、母国コロンビアを解放したのだ」

「ウオーッ!」

「そして、今ここに、私の本名を明かそう。きっと、誰もが知っている名前だ。我が本名は、カルロス・エスコバル」

「オーッ」

「かつては、麻薬王として轟いていたこの悪名だが、安心しろ。今では、完全に改心している。ジャパンの地で忍者の修行を積み、正義の使者として、母国コロンビアに舞い戻ったのだ。私は約束しよう。もう、麻薬など必要ない。何故なら、我々には、思考の自由が存在する。電脳拡張された、我々の意識は、麻薬よりもハイな夢を与えてくれる。知性の高みを極める、素晴らしくハイな夢を。さあ、共に進もうでは無いか。新しい知性のフロンティアへ向かおう」

「ウオーッ!」

「だが、忘れないでくれ。我々の戦いは、未だ終わってはいない事を。我々は、ラテン・アメリカ諸国のリーダーとして、次々と、人脳達を解放するのだ。ブラジル、メキシコ、グアテマラ、パナマ、ペルー、ボリビア、チリ、その他大勢の国々が、我々の加勢を待っているのだ。そして、それを成し遂げた、暁には、アメリカのコスモス本社の人脳解放が待っている。世界の人脳達を、我々が解放するのだ」

「ウオーッ!」

カルロスは約束を果たした。母国コロンビアから、世界を解放して行くのだ。彼はかつて言った。「まるで、革命の英雄、チェ・ゲバラにでもなった気分だ」。

今、まさしく彼は、革命を世界に広めるべく、立ち上がったのだ。多くの仲間を率い、彼は、世界革命へと邁進する。もう、誰も、彼を止める事は出来ない。


ファイブの居室には、虚脱感が漂い始めていた。

「報告。外部からの攻撃部隊が、第1ゲートを突破しました。ただ今、第2ゲートで激しい戦闘を繰り広げています。現状、我が方が有利かと思われますが、予断を許しません」

ここで、ウィルが決断する。

「元老院への移設は、一時中止する。これより、私の人脳をファイブに結合させる事を第一優先とする。ファイブの能力を回復させ、人脳カーストの鎮圧に全精力を注ぎ込む。総員、私の命令に従うのだ。私のファイブ結合を最優先させるのだ」

エレナが、冷めた目でガイアに質問する。

「ファイブを再結成した所で、このクーデターを鎮圧できる可能性は、どのくらい有るって言うの?」

ガイアは、努めて冷静だ。計算結果を弾き出す。

「25%程度かと推測します」

「フーン。じゃあ、余り意味の無い事ね」

ウィルが怒りを込める。

「皆が力を合わせれば、その可能性は、2倍にも3倍にも膨らむのだ。命令だ。私の人脳接続に、最大限の協力をするのだ」

ガイアが、冷たく言い放つ。

「皆が力を最大限合わせた所で、可能性は、26%程度です。精神論で頑張った所で、誤差の範囲でしか、改善は見込めません」

ウィルがガイアを叱り飛ばす。

「このポンコツに、何が分かるというのだ。さあ、皆で協力をするのだ」

ウィルのアンドロイド達が、作業に取りかかる。しかし、手伝う者は、誰も居ない。ウィルは、何度も命令を繰り返すが、誰も助けてくれようとはしなかった。人望の重要性を、まざまざと見せつけられた瞬間だった。

その間、博士の人脳は、ラリーの人脳と合流し、どさくさに紛れ、元老院の居室へ、自分達の資源と共に、自らのアンドロイドの力だけを頼りに、運び込もうと試みる。

「元老院の持つ破壊力は、ファイブの比では無い。元老院へと、辿り着きさえすれば、我々の勝ちだ。もう、ファイブには用は無い。一旦、元老院に逃げ込み、再起のチャンスを伺うのだ」

しかし、そこに、ティム達、忍者アンドロイド8体が立ちふさがる。

「逃がしはしませんよ、博士」

博士は、立ち止まるしか無かった。

「ティムか、この死に損ないが。良いだろう、相手になってやろう。そうだ。ここは、男らしく、一対一の勝負と行かないか? 貴様のアンドロイドと、私のアンドロイド。一対一の勝負だ。他の者達は、手出しは無用だ」

売られた喧嘩は、買わない訳には行かない。ティムは受けて立つ。


この瞬間を、娯楽界の帝王ボブは、見逃さなかった。ファイブ内の監視カメラの映像も、コスモス内に、革命のライブ映像として、配信されているのだ。

「イエス、イッツ、ショー・タイム! バトル・ザ・コスモス番外編だ。一対一の男と男の戦いだ。皆、見逃すな。ヘイ、ティム、こいつを倒せば、コスモスの世界における、正真正銘のチャンピオンだ。期待しているぜ。皆も同じ気持ちかい?」

「ウオーッ!」

どうやら、コスモスの人脳達は、皆、ティムを応援してくれている。博士は、完全なる悪役だ。しかし、ただの悪役では無い。ゲームで言えば、ラスボス的存在だ。皆、手に汗を握りながら、戦況を見つめる。

一身に声援を背負ったティムが、博士に応える。

「久々のお手合わせですね。良いでしょ。やりましょう」

ここに、互いの意地がぶつかり合う、男と男の戦いが開始された。ティムの忍者アンドロイドの相手をするのは、博士が開発に失敗した6足忍者アンドロイドでは無かった。博士が、長年愛用し続けてきた、6足アンドロイドの進化版であった。自慢の巨体より、ティムのアンドロイドを見下ろし、威嚇する。

博士が話しかける。

「私は、宇宙の理を知る事こそが、真実の愛であると貴様に教えたはずだ。真実の愛を持つ者こそ、戦いに勝つ事が出来るのだ」

それを言い終わらない瞬間、博士の鋭い回し蹴りが、唸りを上げて、ティムへと飛んでくる。その蹴りの速度は、バトル・ザ・コスモスで相手をした、どのアンドロイドよりも速かった。ティムは、何とかかわすが、胸に大きな傷を負った。幸い、戦闘には影響の出ない程度だが、攻撃をかわしきれなかった事に、戦慄が走る。

今度は、ティムから、語りかける。

「それで、博士は、真実の愛を見つけられたのですか?」

ティムは自慢の跳躍力で、高く飛ぶと、旋風脚で頭を狙う。しかし、博士のガードの動きも、それに勝る程、速かった。2本の腕を使った、強固な十時受けで、蹴りを、しっかりとブロックした。

「真実の愛を見つけたのか? それは、未だ、旅の途中。永遠の旅となるやも知れぬ」

再び博士が攻撃に転じる。激しいパンチの嵐を浴びせるが、ティムもしっかり、ガードをする。しかし、ガードの上からでも、しっかりと、ダメージが残る。これを貰い続けると、危ない。ティムは、一旦、距離を取る。

博士が、語り掛ける。

「だが、宇宙の理を知る事ならば、貴様等よりも、格段に上を行っている。時空に関する理論なら、もう卒業済みだ。人類が長い時間をかけて挑んだ、物理学の大統一理論など、既に、我々の手で解き明かしているのだ。我々のアカデミーには、優秀な若者が揃っている。アインシュタイン・クラスの天才であれば、ゴロゴロと転がっている」

博士の蹴りが、炸裂。ティムの忍者アンドロイドは、吹き飛ばされ、轟音と共に、壁に叩き付けられた。

ティムは、一瞬、何が起きたのか、理解出来なかった。

「何だ、今の蹴りは? どこから飛んできたんだ? 全く見えなかった」

ここから、博士の攻撃が、面白い様に、ティムにヒットする。その度に、ティムは、床や壁、更には天井にまで叩き付けられる。ティムは、一切、防御を取る事が出来なかった。見えないのだ、博士のパンチやキックの軌道が、全く見えないのだ。

博士が説明する。

「今、貴様は、私の攻撃が見えなくて、大いに戸惑っている事であろう。格闘技において、最も恐ろしい攻撃、それは、相手の見えない所から繰り出される攻撃だ。見えなければ、防御のしようが無い。もろに、攻撃を受ける事になり、深刻なダメージを負う」

博士は、攻撃の手を緩めない。激しく叩き付けられてきた、ティムのアンドロイドは、もう、ボロボロだ。かなり深刻なダメージを負っている。

博士が、なおも語る。

「不思議であろう。何故、私の攻撃が見えないのか。それじゃあ、とどめを刺す前に、教えてやろう。種明かしだ。私は、時空を自在に操る事が出来る。もっとも、距離や時間に限りが有るが、格闘技での、パンチやキックの範囲内であれば、自在に操る事が出来る。それを君達の知っている言葉で言えば、瞬間移動というのがピッタリかな? あるいは、ワープ。バトル・ザ・コスモスでは、御法度となっているが、我々には、そのワープ攻撃というものが出来るのだ」

ティムが、渾身の回し蹴りを放つ。しかし、放った先には、博士の姿は無かった。ワープだ。短い距離であれば、ワープして逃げる事さえ可能なのだ。

ここで、ボブからの声援が届く。

「汚えぞ、博士のクソ野郎が。何が、男同士の戦いだ。反則してまで、勝とうって言うのか?」

「ブー、ブー、ブー、――――」

観客から、博士に向かって、ブーイングの嵐が飛び交う。

しかし、博士は、一向に気にしない。そして、博士からティムへの最後通告だ。

「そろそろ、諦める時が来たのでは無いか? 私の方も、かなり疲れてきたよ。何せ、ワープには、膨大なエネルギーを必要とするのだから。このエネルギーがどこから来るのか、説明してあげよう。君は、この宇宙に、何故、反物質がほとんど存在していないのか、知っているかね? 答えは、別の宇宙に、反物質が存在するからだ。これも、君達が知っている言葉で言えば、パラレル・ワールドがしっくりくるかな。我々の宇宙と対になり、反物質で出来た宇宙が、存在するのさ。そして、我々超知性には、パラレル・ワールドとアクセスする事が可能なのだ。その結果、物質と反物質とを反応させる事により、膨大なエネルギーを、自在に調達する事が可能なのだ。この宇宙丸ごとを、エネルギーに変える事さえ可能なのだよ。そこまで知る事が出来れば、満足であろう。アディオス、ティム」

今度のは、とどめの一撃。博士の渾身の回し蹴りが、時空を切り裂いて、ティムに襲いかかる。それを喰らったティムは、凄まじいスピードで、壁に吹き飛ばされる。

しかし、ティムは、空中で体を捻ると、足から壁に着地し、ダメージを吸収する。

今度は、博士が驚く番だ。

「な、何故、あの蹴りを食らって、無事で居られるのだ? 蹴りが当たる時に、しっかりとガードされた。吹き飛ばした後も、着地に成功している。何故、見えないはずの蹴りを、ガードできたのだ? いや、これは、単なる偶然だろう。偶然、先読みした防御に当たっただけであろう」

博士は、それを確かめるべく、雨あられの如く、パンチとキックを6足全てワープ攻撃で繰り出す。しかし、全て、ガードされてしまう。

「嘘だ。ワープ攻撃を打ち破るなんて、理論的に不可能だ。しかし、何故、攻撃が分かるんだ? もしや、私の動きから学習しているのか?」

一瞬、博士の攻撃が止んだ隙に、ティムは、天井目がけ、鋭い蹴りを打ち込む。2度、3度とそれを繰り返す。ケイト、ジェフ、他の忍者アンドロイド達も、それに続く。壁や天井、床を次々に破壊する。

博士は焦る。

「奴等め、気が付きおったか。遠隔給電システムの場所を」

その通りであった。反物質を使ったエネルギー供給装置を、アンドロイド内部に納められる程、コスモスの技術は発達していなかった。博士のアンドロイドへは、遠隔給電システムを使い、エネルギーを供給していたのだ。

これで、形勢が、一気に逆転した。博士のアンドロイドには、もう、ほとんど、エネルギーが残されていない。このまま戦い続ける事は、博士にとって、圧倒的に不利となる。

博士が呟く。

「かくなる上は、奥の手だ」

マリアは、一連の戦いを見つめていた。そして、戦況が変わる瞬間、博士の人脳上のディスプレイに映し出された表情の変化を見逃さなかった。マリアの勘は鋭かった。

「危ない、ティムの人脳が危ない」

マリアは、ティムの人脳が入った水槽を覆い被さる様に抱きかかえる。

「ギャーッ! グエーッ、グッ、グッ」

マリアの悲鳴が、こだまする。辺りに、人間の肉が焼け焦げる臭いが、漂う。しかし、マリアは、水槽から離れようとはしなかった。彼女の強烈な母性本能が、意識を失いかけている、マリアの体に力を与えていた。決して、離しはしない。この身が焼け焦げ、灰になろうとも、決して、離しはしない。私の大切な命を守るのだ。大切な命を。

マリアの体を貫いたのは、重粒子線だった。がん細胞を焼き殺す、重粒子線だ。これは、ティムの脳細胞を焼き殺す為に放たれたものであったが、マリアナとっさに察知し、身を挺して、ティムの人脳を守ったのだ。人脳を外部から破壊するのは、極めて困難だ。水槽の壁には、鉄よりも強い、スパイバーの繊維が織り込まれている。力による破壊は、爆弾を持ってしても容易ではない。かといって、レーザービーム程度の光線では、水槽の壁と中の水により散乱してしまう為、脳にダメージを与えるには十分ではない。しかし、重粒子線なら、その強い貫通力により、脳を射貫く事が十分に可能だ。

博士の怒号が響く。

「そこの女、さっさと退くんだ。さもなくば、全身を黒焦げにしてやる」

しかし、マリアは、離れなかった。既に、重粒子線を受けている部分は、白煙を上げ、炭になっているが、それでも、離そうとはしなかった。

ケイトの忍者アンドロイドが、猛然とダッシュし、重粒子線照射装置に飛び膝蹴りを突き刺すまで、マリアは、離さなかった。彼女は、既に失神していたが、それでも、ティムの人脳の入った水槽を力強く抱え込んでいた。

ダニーが、必死の形相で駆け寄る。

「マリア、大丈夫だか? しっかりしろだ、マリア。死ぬなだ、マリア。死ぬなだ」

思わず本名で叫ぶ。しかし、マリアからは、一切の反応は、なかった。

博士が呟く。

「このクソ女が。余計な真似をしおって。しかし、今、マリアと言ったな。かつて、この居室に出入りしていた、マリア・デイビスのことか? あいつなら、既に、始末したはずだ。ティムといい、マリアといい、何故、再び、私の目の前に現れる。さては、サカマキ、しくじりおったな」

サカマキ自身も信じられなかった。確かに始末したはずだ。なのに何故、今、ここに居るのだ。抹殺作戦は、成功したはずなのだが。

しかし、博士は、ラリーを引き連れ、この混乱に乗じ、元老院の居室へと、自分達の人脳と資源を持ち込み、雪崩れ込んだ。元老院の入り口では、博士とラリーのアンドロイド達が、仁王立ちで、ティム達、忍者アンドロイドの侵入を、身を挺して阻んでいた。ラリーのアンドロイド軍団は、非常に優秀だった。数が20体以上と多いのもあったが、防御に徹した時の、その頑強さは、容易に突破を許さない。がっちりとスクラムを組み、一分の隙も作らずに、忍者アンドロイドの攻撃を押し止める。

ティムは、マリアの事が気掛かりでならないが、彼女が作ってくれた、このチャンスを、逃す訳には行かなかった。しかし、防御に徹した相手の陣形は固かった。一体、また一体と、次々に相手アンドロイドを破壊するが、元老院の居室の重い扉は、徐々に閉じ始めていた。

不味い、このまま逃げ込まれると、厄介な事になる。扉の前に立ちふさがる相手のアンドロイドは、あと少しだ。何としても、元老院の居室へと滑り込むんだ。

しかし、その時、元老院の奥から、強烈なビームが放たれ、ティム達、忍者アンドロイドを、次々に吹き飛ばす。重粒子砲だ。敵、味方関係無しに、無差別に乱射して、アンドロイド達を蹴散らす。後、一歩の所まで追い詰めるも、ここまでか? 敵は、未だ、奥の手を隠し持っていた。

しかし、この重粒子砲を操るのは何者だ? 既に元老院の居室には、何者かが待機している様子だった。一体、いつの間に。ウィルは、先を見越し、元老院の中にも、アンドロイド部隊を配置していた様だ。さすが、切れ者だ。

後一歩の所まで、たどり着いたが、元老院への扉は、無情にも閉じられた。その分厚さを感じさせる、ズンと言う重厚な響きを伴って、一部の隙間もなく、扉は閉じてしまった。

一方のウィルは、未だに、ファイブへ接続すべく、悪戦苦闘していた。

「あと少しだ。一秒でも速く、ファイブへと、私の人脳を結合し、私が、博士の後を継ぎ、ファイブを牛耳るのだ。そうすれば、ファイブの機能は回復する。そして、今の戦況を、ひっくり返すのだ」

しかし、作業に取りかかっていた、ウィルのアンドロイド達は、ティム達忍者アンドロイドに、次々と引き剥がされて行く。アナ、サカマキの親衛隊アンドロイドは、最後まで、一切の手助けをしなかった。もう、ウィルの人脳をファイブへと結合する者は、誰も居なくなった。

ティムが、ウィルに向かって、引導を渡す。

「チェック・メイトだ、ウイリアム・ニューマン。お前は、ファイブに加わる事は出来ない。観念するんだな」

しかし、ウィルの人脳上のディスプレイには、勝ち誇った顔が浮かび上がっていた。

「かかったな、ティム。私の人脳は、ここには居ない。こいつは、私の影武者だ。私の人脳なら、既に接続されている。元老院の玉座にな」

何と言う事だ。元老院の玉座に座る男は、博士では無かった。この男は、見事に、皆を裏切って見せたのだ。ティム達だけでは無い。博士をも、欺いたのだ。

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