第15話 アンドロイド武闘会

西暦2033年6月。

アメリカ、シリコンバレー、コスモス本社 物流搬入施設。


コスモス・ジャパンから送り込まれた、忍者アンドロイド、3体と、それを操るティム達人脳の、入念な受け入れ検査が行われる。

係員が、ロボットと共同作業をしながら、この新型アンドロイドを確認する。

「ジャパンのロボット技術は、世界でもトップクラスだと聞く。一見、貧弱に見えるアンドロイドだが、こいつで武闘会に参戦すると言う事は、それなりに、自信が有っての事だろう。早い所、お手並みを拝見したいものだ」

「いや、俺は、通用しないと思うね。格闘技は、体格が物を言う。だから、体重別のクラス分けが存在するんだ。いくらスピードが秀でていても、最後はパワーが物を言う世界さ。ジャパンの連中は、本場アメリカを甘く見すぎじゃ無いのか?」

係員の話題にも上るぐらい、ジャパンの新型アンドロイドの評判は、知れ渡っていた。

アメリカでは今や、アンドロイド武闘会は、高い視聴率を誇る優良コンテンツだ。いや、アメリカだけでは無い。世界中に熱烈なファンが多数いるのだ。それは、サッカー・ワールドカップに匹敵するぐらいのコンテンツへと成長を遂げていたのだ。

2ヶ月に1回開催されるこの大会は、サン・フランシスコ郊外に設立された、観客規模10万席を誇る、コスモス・コロッセオで開催される。しかし、ここへの入場チケットは、極めて入手困難な為、高値で売買されるプラチナ・チケットと化しているのだ。

VRゴーグルを装着しての、バーチャル・リアリティー観戦も可能だが、それでも生中継で観戦するには、高い視聴料を払う必要がある。この大会の放映権は、全て、コスモス娯楽界の帝王、ボブ・ミンスキーの手にある。彼は、放映権で得た大金を注ぎ込んで、これまで地味であった、アンドロイドの戦いを、華麗なるエンターテイメントへと作り替えたのだ。

係員が、アンドロイドの確認結果をコスモス内部の担当者に報告する。

「アンドロイド、人脳共に、問題なし。コスモス内部への搬入をお願いする」

ここから先は、コスモス内部の担当者の仕事だ。労働用に仕様変更された、6足アンドロイド数体が、トラックを従えて、迎えに来る。こいつは、足が4本、手が2本で、ギリシャ神話に出てくる、人と牛が合体した、ミノタウロスの様な形状をしている。操っている人脳は、カーストの底辺、シュードラに属する。この様な肉体労働は、彼等、下層カーストに所属する人脳の役割だ。運搬用のトラックに荷台に、ミノタウロス型の労働用アンドロイドが、荷物を積み込む。

昔は、フォークリフトなどを使って、作業していた仕事だが、今では、労働用アンドロイドに取って代わられている。労働用アンドロイドの方が、小回りが効き、より器用でパワフルなのだ。その為、便利使いされ続けている。

彼等は、与えられた仕事を、一日中、文句も言わずに、黙々と続ける。仮に文句を言おうものなら、たちまち言語野が読み取られ、ペナルティーとして、低いスコアしか与えられないのだ。彼等は、今、我慢するしか無い。第4世代人工海馬が与えられれば、心の中で、愚痴をこぼす事も許される。それまでは、上のカーストを目指して、スコアを上げる事に専念するしか無いのだ。

ティム達のアンドロイドと人脳は、そんな作業者達を付き従えて、コスモスの最深部、人脳倉庫へと運び込まれた。


人脳倉庫の内部は、とにかく巨大な空間だ。人脳培養装置が、何層にも積み重ねられており、まさしく倉庫その物である。中では、メンテナンス作業用のアンドロイド達が、忙しそうに歩き回っていた。このアンドロイド達は、いわゆるヒューマノイド型、手足が2本ずつの、人と同じ形をしている。元々、人間がしていた仕事であった為、ヒューマノイド型が、最も作業には向いているのだ。手が4本有った方が、便利かも知れないが、高価な6足アンドロイドは、コストパフォーマンス的に勿体ない為、彼等には与えられない。

培養器のメンテナンスに当たる人脳達は、先ほどの労働者よりも、少し地位が高いが、所属するカーストは、同じく最下層のシュードラである。彼等には、人脳と培養装置メンテナンスの、高い知識が求められる為、単純労働に従事する人脳達よりは、高いスコアが与えられている。彼等も、愚痴をこぼす事無く、黙々と、その日の作業をこなす。彼等は、人脳という生き物を相手にする為、24時間、3交代で勤務を続けている。

人脳達は、昔、人間であった頃、家という空間で暮らしていた。しかし、今では、その様な広大なスペースなど、与えてくれはしない。もはや、単なる、物扱いだ。その場所は、培養装置が、搬入、搬出、メンテナンスさえ十分に出来る広さがあれば、事足りるのだ。人脳達は、監獄よりも、カプセルホテルよりも、更に狭い空間の中で、一生を過ごす事になる。与えられたスペースの広さに、人間の尊厳を求めては行かない。そこは、そう言う場所では無いのだ。

人脳が感じる事が出来る空間は、基本、バーチャル世界にしか無い。その為、実世界において、密集された空間に置かれても、人間の様にストレスを感じる事は、ほぼ無い。一応、自分が置かれている、リアルな空間を見ようと思えば見る事は出来るのだが、それは、培養装置の定期検査の時ぐらいで、代わり映えのしない日常の中で、それを眺めるのは、余程の変わり者だけだ。皆、現実に目を背け、バーチャルな世界に生きがいを求める。

最高位のファイブやバラモンのクラスになると、広い空間があてがわれる事もある。それは、保有する資源の量が多くなる為、必然的に広い空間が、必要となるからであるが、自分のステイタスを確認する為に、敢えて広い空間で演出する効果も狙っている。

話を戻そう。

ティム達の人脳を乗せた搬送用トラックは、ゆっくりと、設置場所へと向かう。到着すると、再び、労働用アンドロイドが、設置作業に移る。人脳というデリケートな物を扱う為、作業には、丁寧さが求められる。そして、無事に設置が確認されると、作業は、メンテナンス用のアンドロイドへと引き継がれる。これから、彼等が、ティム達の面倒を見て行く事となる。彼等は、ティム達を眠りから呼び戻す。

意識を取り戻したティムは、辺りの景色を眺める。人脳培養装置が、幾重にも積み重なった、巨大な倉庫。その光景は、コスモス・ジャパンで目にした物よりも、圧倒的なスケールで迫ってくる。

「ここには、一体、いくつの人脳が、有るというのか? 雲上人サトウから聞かされていた話では、本社には既に、2千万体を超える人脳が収容されているとのことだ。これが、2千万体のスケールなのか?」

ティムは、ただただ、圧倒された。しかし、この光景も、直に、退屈な日常へと、変わってゆく事であろう。

長い旅だった。ジャパンを離れてから、どれだけの時間が経過したのであろうか? しかし、不思議と、時差ぼけの類いは、感じられない。それどころか、頭の中が、澄み切っている。長時間、眠りっぱなしだったので、きっと、その為であろう。その間、培養装置が、上手に眠りをコントロールしてくれたからに違いない。

そして、ティムは、しみじみと思う。生まれ育った、祖国、アメリカの大地に戻って来たのだと。一度は追われた、アメリカの大地に、再び、舞い戻る事が出来たのだと。

だが、ティムは、久しぶりに帰ってきた、コスモス本体に、変化を感じ取っていた。以前、刑務所に入れられていた時と環境が異なることもあるが、それだけでは無い。変化の正体は、その成長の早さ、巨大化され続けて行く人脳社会のあり様にあった。ジャパンでも感じた事ではあるが、超知性は、確実に進化を遂げていたのだ。カーストの一部である自分でも、その全体の変化を感じ取ることが出来る。コスモス内を流れるデータの質、量が、日に日に変わっているのだ。

ティムには、変質を遂げて行くコスモスに対し、ある種の高揚感と不安感の両方を感じていた。これから先、この巨大なコスモスは、何処へ向かって行くのだろう。ここに存在する人脳達には、どの様な未来が待っているのだろう。そして、どの様に人脳牧場化計画が進められて行くのだろう。

しかし、感慨に浸っている場合では無い。彼にとっての本番は、これからなのだ。


ティム達が去った、コスモス・ジャパンでは、新たな試みが行われようとしていた。第4世代人工海馬を獲得して人脳を相手に、再教育を施そうとしていたのだ。この人工海馬には、良心を宿らせる事が出来る。その、良心を宿らせる為の、再教育プログラム作りが、元教師のアイシャが中心となり、執り行われていた。

ハオランが、アイシャに念を押す。

「余り目立つ事をすると、ジャパンに紛れ込んでいるスパイ人脳に気付かれるよ。本社に密告されると面倒よ。いくら、サトウの言い訳が上手くても、隠すには、限界があるよ。細心の注意が必要よ」

すると、アイシャは、大胆な発言をする。

「先ずは、その、スパイ達から再教育をしてあげようと思うの。彼等の特定は、サトウによって完璧に出来ているし、彼等全てには、いち早く第4世代人工海馬が装着済み。敵を欺くには、敵の目に錯覚を見させてあげるのが、一番よ」

ハオランが慌てる。

「危険よ、アイシャ。いくら何でも、危険すぎるよ」

しかし、心配無用だと、元脳外科医のラングレーも言う。

「我々は、忍びの訓練で、何を学んだのか。単に体術を身につけるだけでは無い。忍びには、相手を惑わすという使命もある。我々は、それも十分に学んだ。敵のスパイなど、日本の忍者に比べれば、赤子の様な者。我々の敵では無いのだ」

元通信工学者のソユンも言う。

「情報を制する者が、人脳社会を制するのよ。私は、その為に、博士に選ばれ、無理矢理、人脳にされた。今度は、その恩返しをする番よ。私を人脳にした事を、後でたっぷりと後悔して貰うわ」

元ハッカーの、エートゥもそのつもりだ。

「情報戦なら、僕にも任せろ。人脳にされた事への、倍返し、いや、二十倍返しだ。後悔させてやる。絶対に、後悔させてやる」

何とも頼もしい、人脳達の言葉だ。

ナカムラが、今後の計画を確認する。

「本社からは、第4世代への交換が早すぎるとのブレーキが入っている。しかし、構う事は無い。逆にアクセルを目一杯に踏み込んでやる。ジャパンは、本社よりも、3ヶ月早く、6月末までには、全人脳を第4世代に交換する。本社への説明は、サトウが宜しくやってくれる。そして、ジャパン側は、ここからが勝負だ。コスモス・ジャパンは、雲上人サトウが、完璧に乗っ取る。本社の目を欺きながら、完全に独立した、人脳社会を目指す。本社より3ヶ月早く、人脳の思考を自由化するのだ。カーストの縛りから解放するのだ。コスモス・ジャパンは、超知性の更なる上の段階へと進む。それが可能となった時、知性のレベルが、本社と逆転する事だってあり得るんだ。これこそが、私が目指していた事なんだ。その為に、コスモス・ジャパンへと潜入したのだ。これが私の戦い方。ジャパンから、世界に打って出るのだ」

壮大なナカムラの構想に、マリアとダニーは、度肝を抜かれた。

「あなた、博士をコスモスから追放する事が目的じゃ無かったの? コスモス・ジャパンを乗っ取るなんて、一体、何考えているのよ? そんな事、出来る訳ないじゃ無いの。正気なの、あなた?」

「僕もそう思っただ。そんな真似したら、コスモス本社が黙っていないだ。彼等は、ジャパンを潰しに来るだ。超知性間の全面戦争にでも成ったらどうするだ? 超知性の太平洋戦争でも始めるつもりだか?」

しかし、ナカムラの目には、しっかりとした自信がみなぎっている。

「私は、『必ず勝つ』と、言ったはずだ。何も、博士を追い出す事だけが、コスモスを更正させる手段では無い。どんな手段を使ってでも良いから、『必ず勝つ』んだ。私は、何も最初から、こんな壮大なプランを描いていた訳では無い。しかし、忍びの修行を終えた、君達と再び対面した時に、こんな戦い方が有る事を確信したんだ。忍びの技、隠密行動、非常に優れたステルス性能、これが手に入った事で、初めて可能となった手段なんだ。雲上人サトウの庇護を受けながら、始めるのだ。『先ず、隗から始めよ』。中国の有名なことわざだろ、ハオラン? 先ず、ジャパンから始めるのだ。ジャパンからコスモスを作り替えて行くのだ」

ハオランは、頷く。

「『隗から始めよ』。まさに、その通りよ、ナカムラ。自分の足下が変われば、ジャパンが変われば、世界が変わるかも知れないよ。私も確信したよ。これが、私達が出来る戦い方よ。ティムは、海の向こうで頑張ってくているけれど、私達も、私達に出来る戦いをするよ」

内から攻める。外からも攻める。元マフィアのカルロスが言っていた戦い方だ。彼も自信を持って、勧める。

「この攻めは、効くぜ。敵は、両方を相手にしなければならない。ジャパンを変えるついでに、俺も一仕事だ。俺は、ジャパン内に、新たに忍者部隊を育成する。当然、手伝ってくれるよな、アドリアナ?」

「勿論よ。忍術だけじゃ無く、私が持てる、最先端の現代戦の戦い方も、十分に教え込んであげる。最強の戦士を育成してみせるわ。この鬼軍曹、アドリアナが超一流の戦士達を育て上げ、アメリカに引き連れて行くわ」

この二人もやる気満々だ。ティム達は、決して孤独な戦いでは無い。ジャパンの方も、気合い十分なのだ。


ティムは、再び、アメリカの地に降り立つことが出来た。必ず戻ってくると決めた、この地へ。彼の心は、熱く燃えていた。だが、彼は、それを表情に出すことは一切しない。彼は、忍びなのだ。気配を読み取られない様、厳しい修行に耐えてきた。熱い心を、隠しつつ、彼等は、コスモス本体の最深部へと受け入れられていった。

ティム達は、既に、第4世代人工海馬にアップグレードされ、言語野モニターも取り外されている為、思考を読み取られる心配は無かった。このアップグレードは、コスモス本社の中でも、着実に拡大しているが、何せ、扱っている人脳の数が2千万体から更に加速しながら増え続けている為、とても追いついていけないのが、現状であった。第4世代の人工海馬を持つ者は、コスモス本社では、未だ、少数派であった。

彼等の本社におけるカーストは、上から二番目の、クシャトリアだ。ジャパンでは、最上位のバラモンの位を与えられていたが、本社は、彼等の様な余所者に、余分な資源を与えてあげるほど、気前は良くなかった。野球にたとえるなら、日本では、プロのレギュラークラスかもしれないが、アメリカに来くれば、無条件にメジャー入りさせてくれる程、甘くは無いと言う事だ。マイナー・リーグで、しっかりと実績を積んでから、メジャーへ上がれという訳だ。

そして、その実績を証明する場が、アンドロイド武闘会、バトル・ザ・コスモス2033、サード・ステージ(6月開催)だ。ティム達の目標は、一週間後に迫った、この大会で優勝、もしくは、それに準ずる成績を上げ、ファイブのお抱えアンドロイド、つまり、ファイブ親衛隊となり、ファイブの居室への立ち入りを許される立場となることだ。

この大会は、2032年2月に、第1回が開催され、次で、通算、9度目となる。過去8回の大会では、毎回、2、3体のアンドロイドがファイブ親衛隊となっており、現在、合計で14体のアンドロイドが、ファイブ居室の警護に当たっている。

ここで、計算が合わない事に気が付いている読者が居るかも知れないので、解説を付け加える。過去8大会で、最低でも2体採用されるのであれば、現在、16体以上、居る計算となるが、14体しか居ないのは何故か? その理由は、過去の大会で優勝したからと言えども、日々の鍛錬を怠れば、たちまち、首にされると言う事だ。

アンドロイドの性能は、日進月歩で向上している為、過去の大会の優勝者が、次の大会でも優勝出来る保証は、全くと言って良いほど無い。なので、ファイブ親衛隊であっても、その地位は、安泰では無いのだ。彼等は、ファイブ内で毎週開催される、格闘イベント(これは、ファイブのメンバーだけが、特別に観戦を楽しむ事が出来る、娯楽でもある)に参加する義務があり、そこでの勝敗により、ランキングが決まるのだ。そして、ランキングの下位に低迷する者は、ファイブ親衛隊からの追放という、憂き目に遭うのだ。

アンドロイド武闘会は、ファイブ親衛隊になる為の登竜門であるが、過去の栄光は、永遠には、続かない。新入りの最新鋭アンドロイドを相手にしても、勝ち続ける為の、不断の努力が要求されるのだ。そこは、新陳代謝の激しい、過酷な世界でもあるのだ。

そして、一度、ファイブ親衛隊の職から外された者達は、再び、アンドロイド武闘会に挑む事になる。この大会は、過去大会の優勝者も含まれるという、非常にハイレベルな戦場なのだ。


ティム達3人の忍者アンドロイドは、一週間後に控えた、大会に向けた最終調整の為、コスモス内に設けられた、巨大な武道場に入る。練習用のコートだけでも、50面は有ろうかと言うほどの、巨大な施設だ。

そして、そこでは、数百体のアンドロイド達が、入れ替わり立ち替わりコートに入り、スパーリングを行っていた。これらのアンドロイドは、既に、一次予選、二次予選を通過してきた、強者揃いだ。この大会には、大規模な予選がある。何せ、参加希望者が絶えないのだ。2千万以上の人脳の中から、毎回、腕に自慢のある、数十万の人脳達が、予選に参加してくる。この大会は、彼等にとって、人脳社会でのスコアを稼ぐ事が出来る絶好のチャンスの場でもある。その為、日々の労働の後、厳しい練習を積み重ね、上位のカーストを夢見て、鍛錬に励んでいる連中がしのぎを削るのだ。

ティム達は、ジャパンの雲上人サトウからの強い推薦により、予選は免除されていた。ジャパンでの予選を勝ち抜いたとの扱いである。

アンドロイドの形状は、やはり、6足が主流だ。博士の扱っていた、6足アンドロイド用、人工小脳データが出回っている為、それを利用する者達が、圧倒的に多かった。全体の2/3を超える数が、腕4本、脚2本のタイプだ。その次に多いのが、ヒューマノイド型の4足。腕2本、脚2本の廉価版だ。しかし、廉価版だからと行って、侮ってはいけない。ティム達の忍者アンドロイドの様に、良く鍛え抜かれた者達も少なくないのだ。次に多いのが、ミノタウルス型。腕2本、脚が4本。他にも、8足の者や、何故か、5足、7足と言った奇数本の者まで混ざっている。実に、多様性のあるアンドロイド達が揃っているのだ。ただし、アンドロイドの定義、生物学的形状を持つという点は、守られている。純粋に、戦争のためだけに作られたロボットの類いは、この大会には、参加できない。当然、銃器や爆弾と言った、飛び道具も、剣や鞭と言った通常の武器も使用禁止だ。

ただ、これらアンドロイドにも、ある共通点があった。それは、ティム達忍者アンドロイドよりも、体格が大きいと言う事だ。格闘技の世界では、やはり、体格が物を言うのだ。

施設の中にあるコートの形状も、様々だ。ボクシング用のリングもあれば、柔道用の畳敷きの所もある。平地だけでは無い。起伏の激しい荒れ地の様なコート、ポールが林立する山岳地を模したコート、立方体のガラスの壁に覆われ、逃げ場の無いデスマッチをするコート、とにかく、様々な趣向が凝らされた、多種多様なコートが用意されている。

この大会には、決まった形状のリングの様な物は、存在しない。主催者側の意向次第で、ランダムに、バトル・フィールドが設定される。これが、この大会を見る側の醍醐味でもあった。観客を飽きさせない為の仕掛けであり、真の格闘能力を試す為の仕掛けでもあるのだ。

ルールは、極めて簡単だ。相手のアンドロイドを、戦闘不能な状態に追い込めば良いのだ。一応、時間制限とバッテリー容量の制限はあるが、大抵は、その制限の範囲内で決着が付く。守りに徹し、相手の隙を待つ戦い、ポイントだけを奪って逃げ切りを図る戦い、駆け引きに明け暮れ、間延びした戦いなど誰も見たくない。息詰まる迫力、スカッとした、決着を観客は望んでいるのだ。

その為、防御に徹している時間、逃げ回っている時間は、マイナス・ポイントとして加算され、そのポイントが所定値に達すると、負けとなるルールも採用されている。これを避ける為に、互いのアンドロイドは、試合開始から激しく攻め合いを続けなければならない。見る者達を熱狂させるバトルをせざるを得ない状況を作る為、主催者側が工夫を重ねてきた結果、この様なルールとなっているのだ。

これを生身の人間にやらせる事は、先ず不可能であろう。ボクシングで言えば、序盤から、ひたすら激しい打ち合いを繰り返す状況であろうか。常に全神経を集中し、KOだけを狙いながら、一日に何回戦もこなすのだ。そして、それが、連日の様に続く。何百人もの中から、最後の一人が、勝ち名乗りを上げるまで、何百もの試合が行われるのだ。

アンドロイドなら、バッテリーを交換すれば、体力は無尽蔵だ。体が破壊されても、試合の後には、メカニックが、パーツを交換してくれる。だから、何試合でも、戦い続ける事が出来る。ここが、人間の格闘技との、根本的な違いだ。

ティム達は、この巨大なトレーニング施設の中を、物珍しそうに、きょろきょろと見回していた。ある程度の事前知識は有ったが、やはり、聞くと見るでは大違いで有った。もの凄い気合いと熱気に包まれた道場の中を歩いて行くと、ある一体のアンドロイドが、彼等にぶつかってきた。

「おい、気をつけろ、ジャパンの田舎者共。お前達の事なら知っている。次回のバトル・ザ・コスモスに参加するんだってな。しかし、考えが甘いんだよ。ジャパンと本社の格の違いを思い知る事だろう。丁度良い、俺がスパーリングのパートナーとなってやろう。お手並み拝見といこうか」

ティム達の忍者アンドロイド参戦は、結構注目を集めている様だ。こんな輩が、次々に寄ってくる。

「こいつの次は、俺様が相手をしてやろう。ただし、俺は、スパーリングと言っても、一切、手加減しないから、覚悟しておく事だな」

「おいおい、俺とやる前に、壊して貰ったら、困るな。俺だって相手をしたいんだ。この最新型ボディーのスピードを忍者相手に通用するか、確かめておきたくてな。おい、ジャパンからは、交換パーツを大量に持ち込んで来ているんだろうな? こんな華奢な体じゃあ、俺様の一撃を食らったら、ひとたまりもあるまい」

鬱陶しい連中に絡まれたが、この施設の使い方を、教えてくれる相手としては、おあつらえ向きだ。ティム達は、快くスパーリングの相手を引き受けた。

連中は、ティム達に、バトル・フィールドを選ぶようにと要求する。これは、お前らに対するハンディの様なものだと。彼等は、取りあえず、柔道場の様な、平面の場所から練習をする事とした。

先ずは、ジェフが、対戦する。相手は、全体の主流である、典型的な腕4本、脚2本の6足アンドロイドである。間近に立つと、背丈は、頭一つ分以上、忍者アンドロイドよりも大きい。体格もごつく、体重差で言えば、100キロ近くあるかも知れない。当然の如く、上から目線で、ジェフのアンドロイドを見下ろす。

基本、バトル・ザ・コスモスに参戦できるのは、比較的、カーストの階層が高い奴等が中心だ。やはり、与えられるアンドロイドも、カースト上位の方が、性能が良いからだ。また、戦いが続く事により、メンテナンスのコストも発生してくる。与えられる資源が多い、上位カーストの者だけが、勝ち進む事が出来るのだ。

しかし、この大会で、目立った活躍をすれば、有望選手として、スポンサーが付く場合もある。スポーツを得意としない、上位カーストの連中が、自分の手駒として雇ってくれるのだ。その為、下位のカーストに沈む連中は、スポンサー探しの場としても、参戦してくる。丁度、馬と馬主の様な関係である。なので、下位カーストのハングリー精神の塊の様な連中も、少なからず参戦してくるのだ。

ジェフの相手は、上から二番目のカースト、クシャトリアの様である。階級は、アンドロイドの仕様を見れば、大体察しが付く。そこからは、資源の持ち分が、如実に表れるからだ。優れたアンドロイドを持つ者は、パーツのブランド名などを誇示する傾向にある。戦う前から、こちらの方が有利なのだとの駆け引きが始まっているのだ。

スパーリングのゴングが鳴った。

相手は、一気に前に踏み込んでくる。アンドロイド戦のセオリー通り、先手必勝の動きだ。6本の手足を繰り出しながら、攻撃の手を止めない。

「おいおい、最初から、防御に専念かよ? お前らは、チャレンジャーなんじゃ無いのか? そんな調子だと、マイナス・ポイントの加算で勝負有りだな」

だが、ジェフに焦りの様子は無い。先ずは、相手を知る事。これが、こちらの、勝利のセオリーなのだから。

しかし、一瞬の事であった。ジェフは、相手の懐に飛び込むと、胴体中央に、強烈な跳び膝を突き刺した。相手のアンドロイドの動きが一瞬止まった。

「ほう、少しはやる様だ。この俺様の胴体に触れるとは」

相手は、次第に熱くなってゆく。相手からジェフへの有効打は、ほとんど無かった。逆に、ジェフは、時折、懐深く踏み込み、有効打を積み重ねて行く。

「けっ、そんなパンチやキックなど軽いんだよ。軽すぎて、蚊に刺された様な、あれ、あれれ、何だ、動きが取れない、――――」

相手が思っていた程、ダメージは、軽く無かった様だ。何処かのパーツが破損したらしい。相手の動きが鈍くなる」

ジェフが声をかける。

「この辺で止めませんか。スパーリングなのだから、壊してしまっては、勿体ない。スペア・パーツは、大会本番にとって置いた方が、良いと思いますよ」

「ほざけ!」

相手は、頭に血が上った様だ。だが、ここで、実質的な勝負は、終わった。戦いにおいて、熱くなる事は許されても、冷静さを失う事は許されない。相手は、最後のあがきを試みるも、最後は、ジェフからとどめの一撃を貰い、戦闘不能となった。

「おーっ!」

彼等の回りは、いつの間にか、大勢のギャラリーで埋め尽くされていた。皆、横目で、忍者アンドロイドの事を気にかけていたのだ。華々しいデビュー戦の勝利に、驚いた様子だった。4足アンドロイドが、6足アンドロイドを呆気なく仕留めるのは、久々の快挙だったらしい。一気に、ティム達、忍者アンドロイドに注目が集まる。

「よし、次は、俺様が相手だ。おい、バトル・フィールドを、キューブに変えろ」

キューブとは、透明の強化ガラスで覆われた立方体である。逃げ場無しの、デスマッチ用バトル・フィールドだ。広さは、リングより、一回り小さい。まさしく、逃げ回る事を許さない、デスマッチなのだ。しかし、バトル・フィールドの選択権は、ティム達側にあったのでは無いか? どうやら、相手は、少し甘く見ていた事に、気が付いた様だ。

今度は、ケイトが相手をする。相手は、いかにも、リッチな資源をひけらかしている。明らかに、位はバラモンだ。有名メーカーのロゴが、ボディーのあちこちに記されている。かなりの資源をつぎ込んだ、気合いの一品だ。

「さっきの奴と、同じとは思わない事だな。パワー、スピード、人工小脳データ共、超一流で揃えてある、私とは格が違うのだ。今回の大会は、私の為の大会なのだ」

相当な、自信家の様である。

戦いのゴングが鳴る。

相手は、ワンパターンに、最初から突撃を仕掛けてくる。ケイトも最初は様子見から入る。素早い身のこなしでかわす姿に、会場から、どよめきが広がる。

「バラモンを相手に、擦らせもしないぜ」

「いや、あのバラモンがトロいだけさ。俺なら、もっと、上手くやるよ」

ギャラリーの声が、否が応でも、相手の耳に伝わる。

「貴様、逃げてばかりいないで、攻撃してこい」

明らかにこいつも、熱くなり始めている。

「それでは、お言葉に甘えまして、攻撃させて頂きます」

ケイトは、得意のジャンプ力で、真上に飛び上がると、体をひねり、華麗なる旋風脚を披露し、相手の後頭部を激しく蹴りつける。相手は、その蹴りの勢いで、前につんのめる。その無様な格好に、回りのギャラリーが沸く。

「おのれ、身のこなしだけで勝てると思うなよ。武闘会は、総合格闘能力が物を言う世界だ。この私の様に、オールマイティーな戦士のみが、勝ち抜けるのだ」

相手は、ケイトの上からの攻撃に備え、ガードを高く掲げる。

「それだと、ここが、がら空きなんですけれど」

ケイトは、腹部に回し蹴りを決める。相手は、4本の手でガードできる為、隙がほとんど生まれないのだが、その僅かな隙を、ケイトは的確に狙ってくる。その様子に、ギャラリーから、嘲りの言葉が飛ぶ。

「おい、さっきは、『逃げてばかりいるな』と、言っていたよな。逃げてばかりいるのは、どっちだい?」

回りが笑いに包まれる。

この相手も、冷静さを失う。

怒りにまかせて、反撃に転じるが、擦らせてくれない。かえって、隙が生まれ、カウンターの攻撃を、次々に食らう。

「そんな、攻撃で、私を戦闘不能に出来ると思っているのか? 軽い、軽すぎるんだよ、お前の攻撃は」

ケイトは、言い返す。

「これって、ただのスパーリングよね? 本番前に、高価なパーツを壊したら、悪いじゃ無い。小手調べが目的なのでしょう?」

いかにも、手加減をしてあげているとの発言に、相手の怒りに、更に火が付いた。バラモンの位であれば、電脳拡張されている資源の量が多い為、自己を客観視する能力に長けているはずであるが、この男の場合、余りにも高いプライドが、それを邪魔した。大切なプライドを傷つけられた恨みは、電脳拡張を持ってしても、止められなかった。

「私は、バラモン。パーツの替えなど、いくらでも用意できる。ふざけた事を、ほざきおって」

その言葉を待っていたかの様に、ケイトは、相手の背後に入ると背中合わせになり、2本の腕を取り、関節を逆方向にひねり、相手の背中を強く蹴飛ばし、飛び上がると、腕の関節を破壊する。

「あーあ、壊れちゃった。これでも、未だ、続ける?」

6足でも適わないのが、4足で適うはずも無い。そこは、バラモン。高度な電脳の力を借り、冷静さを取り戻し、素直に負けを認める。

「今のは、確かに、貴様が言う様に、小手調べだ。今回の負けは認めるが、本番では、こうは行かないから、覚悟しておけ」

捨て台詞ではあるが、バラモンの威光を保ったまま、その男は、戦いの場を後にした。

ティムが、次の男に声をかける。

「あなたは、最新型のボディーのスピードを試したいんでしたよね? スピード勝負、受けて立ちますよ」

指名された男は、戸惑った。「やばい、こりゃ、勝ち目が薄い」。そして、きょろきょろと辺りを見回した。回りのギャラリーは、次の戦いを見るのが待ち遠しい様だ。とても、しっぽを巻いて逃げる訳には、行けそうに無い。

「分かった。次は、リングだ。リングの上で、勝負だ」

相手は、自分に一番、分のある、バトル・フィールドを選んだ。ギャラリーからは、不満の声が上がる。もっと違うバトル・フィールドで見てみたいと。

相手は思った。

「冗談じゃ無い。相手は、忍者なのだ。まさしく、正真正銘の忍者なのだ。障害物のあるバトル・フィールドなど、相手の思う壺だ。ここは、体力勝負。体格差が物を言う、リングならば、勝ち目はある」

相手の戦いの意図は、スピード勝負から、体力勝負へと、変わっていた。

次のゴングが鳴った。ギャラリーは、明らかに、ティム達、忍者アンドロイドの側だ。ティムの素早い動きに、ギャラリーは、酔いしれた。相手の攻撃は、擦らない。ティムの攻撃は、的確に、相手の急所を突く。ティムは、当然、手加減する。スピードを試すのが、目的なのだから。

だが、相手は、そうでは無かった。何としても、捕まえて、ボコボコの力勝負に持ち込みたいのだ。4本の腕は、パンチでは無く、掴み掛かることのためだけに、動いていた。何としても抱きかかえ、押し倒して、上からボコボコに殴るのだ。そんな鬼ごっこをしながら、相手はティムに詰め寄ろうとする。

しかしティムは、四角いリングの上を、自在に動く。相手は、ロープへ、コーナーへ追い込もうと、巧みなステップ裁きを見せるが、フットワークなら、ティムの方が上だ。簡単に回り込み、跳びはね、追いつかれる様な事は無い。

しかし、ティムは、実際に、アメリカのアンドロイドと対戦する事で、気が付いた事がある。昔、博士の6足アンドロイドと戦った時に比べると、格段に相手の性能は、向上してきている。ロボット技術の進歩の早さに、改めて、脅威を感じた。パワーは、当然、段違いだが、それだけでは無い・スピードも確実に上がっているし、体の使い方も上手くなっている。これは、アンドロイドの体を持った、赤ん坊が、逞しく育っている成果であろうか? 不気味な、脅威が伝わってくる。

格闘技術のバリエーションも、進化を遂げている様だ。不気味な関節の動かし方もしてくる。アンドロイドの体の進化に合わせ、これまでの予想を超える動きも可能となっているのだ。

しかし、ティムは、動じる事は無かった。この武闘会の性格上、相手は、持てる技、全てを、最初から惜しみなく披露してくれる。その為、一旦、動きを憶えてしまえば、何とか対処できるのであった。

ティムには、確固たる自信が有った。忍びの村における修行の日々が、心の大きな支えとなっている。そして、自分のアンドロイドの能力を十二分に発揮する為の技をも身につけている。心と体。その両方が揃ってこそ、最高のパフォーマンスを発揮する事が出来る事を学んだのだ。『敵を知り、己を知れば、百戦、危うからず』。ティムは、確固たる自信を持って、アメリカへと乗り込んできたのだ。

ティムの方から、スパーリングの終了を提案する。

「もうすぐ、制限時間です。止めましょ。勝負が付かない」

「何だと? もう、へばったのか? 無理も無い。これだけ動き回れば、バッテリーは、もう空であろう。貴様の弱点は、スタミナだ。スタミナ勝負に持ち込めば、俺の勝ちだ」

相手は、止めるつもりは無いらしい。回りのギャラリーからも、ブーイングが飛び交う。手加減無しで勝負しろと。仕方なく、ティムは、その要望に応える。後ろに大きく飛び跳ねると、コーナーポストの上に、軽く飛び乗る。ギャラリーから響めきが起こる。こんな動き、今までに見た事が無い。まるで、軽業師の様だ。

相手は、コーナーに追い込む手間が省け、にやりと笑う。

「自分から、逃げ場所を狭めてくれるとは。随分と良い度胸じゃ無いか」

コーナーポストに近づく相手を見ながら、ティムは、更に上へ、高々とジャンプする。相手は、ティムを見上げながら、落下してくる所を、捕まえようと待ち構える。だが、簡単に捕まえる事など出来はしない。ティムは仕留めに来たのだ。空中で素早く前転をすると、強烈な蹴りを、相手の頭に喰らわせる。高い所からの、重力を利用した強烈な一撃だ。相手は、コーナーポストに、激しく激突し、動きを止めた。

ティムが、体を捻りながら着地を決め、相手の方を向くが、相手には、動く気配が全く無い。一発KOだ。ギャラリーは、大いに沸いた。

「いい、次のスパーリングの相手は、この私よ。駄目男なんかに、任せてられないわ」

「いや、俺が試してやる。今までアメリカ以外からチャンピオンが出た事は無いんだ。武闘家の本場、アメリカの実力を、俺が見せつけてやるんだ」

次から次へと、挑戦者が名乗りを上げる。

そして、その様子を遠くから、眺める一団が有った。

「奴等の実力は、本物の様だな。厄介な相手が、現れたものだ」

「何を弱気になっているのよ。あなた、初代王者でしょ。今回は、返り咲きを狙っているんじゃ無かったの?」

「いやあ、舐めてかかると、とんでもない目に遭いそうだ。ダークホースの登場と行った所だな」

この連中は、過去の大会での、上位の常連者だ。互いに、何度も戦っている為、すっかり顔見知りなのだ。今まで幾度となく、優勝まで、後、一歩の所まで来た事のある、本当の強者ばかりだ。いや、過去に優勝した者も混じっていた。ファイブ親衛隊から追放され、返り咲きを狙う者も。彼等こそが、今大会の、大本命である。今度こそ、頂点を極めると、その瞬間を、虎視眈々と狙っているのだ。忍者アンドロイド? そんな、新参者に、邪魔などさせない。優勝者は、必ず、この俺達の中から出るのだ。


アンドロイド武闘会を翌日に控え、ジャパンでも、この話題で大いに盛り上がっていた。本命は、前回ベスト4に残った2名。それに続いて、前回ベスト8のメンバー達が控える。しかし、それら有力選手をも脅かす存在の出現に、世間の耳目は集まっていた。恐るべき、ヤングパワーの急速な台頭である。ヤングと言っても、単なる若者の意味では無い。15才以下の子供達が、今では、ランキングの上位に多数、名を連ねているのだ。中には、10才などと言う、天才少女まで、上位ランカーとして売り出し中なのである。

元来、格闘技というものは、体が出来上がった大人に、体の小さい子供が通用する事など無かった。しかし、アンドロイドでの格闘となると、話は別だ。そこには、大人と子供の体格差は存在しない。それどころか、同じ体を持つ者同士であれば、子供の方が、運動感覚を身につける能力が高い為、容易に追い越す事が可能なのだ。

また、従来の格闘技は、修業年数がものを言う世界であったが、人工小脳のデータが出回っている、今の人脳社会において、その様なアドバンテージは、次第に小さくなってゆくのであった。それよりも、吸収力豊かな大脳を持ち、かつ、拡張された電脳を自在に操る能力に長けた、子供達の方が、逆に強くなってゆくのであった。博士が、子供の脳に執着した成果が、アンドロイド武闘会の場において、大きく花開こうとしていたのだ。

ハオランが、このアンドロイド武闘会の記事を読みながら、ナカムラに問いかける。

「ティム達の事も取り上げられているけれど、とても小さな扱いよ。それよりも、キッズのチャンピオンが生まれる可能性の方が、大きく話題をさらっているよ。アメリカの専門誌の見立てでは、忍者よりもキッズの方が上よ。まさか、子供達が立ちふさがるなんて、思っても見なかったよ」

ハオランは、恐れた。子供達が、アンドロイドをゲーム感覚で操る事を。彼は、知っている。子供達は、恐るべきスピードでゲームを上達する事を。きっと、アンドロイドの格闘の世界でも、同じような事が起きようとしているのでは無いかと。

だが、ナカムラは、ティムに信頼を寄せている。

「キッズの台頭は、前の大会でも大きく取りざたされていた。しかし、ベスト8には、誰一人、入れなかった。これは、人脳社会において、子供の比率が圧倒的に少ない事が、理由かも知れない。人脳の数は、成人と乳幼児に大きく偏っている。格闘技の習得に長けた、10代から20代前半の若者の人脳は、絶対数として、極めて少ないんだ。確かに、彼等の能力には、目を見張る物が有る。しかし、競技人口が少ない為、ランキングの上位を独占するほどの勢いは無い。それに、彼等が扱っているのは、旧態依然とした、6足アンドロイドだ。我々の忍者アンドロイドは、それとは別物だ。ティム達が、生意気なガキ共に負けるとは、考えられない。安心しろ」

それを聞いたハオランは、少し安心した。しかし、将来に対する不安を口にする。

「今回は、勝てそうな気がしてきたよ。しかし、我々のアンドロイド技術は、コスモスに完全公開されているよ。もし、忍者アンドロイドの方が優れている事が分かり、子供達が、それを使い出す様になると、我々に勝ち目は、有るのかよ?」

元傭兵のアドリアナは、その心配は無いと言う。

「忍者アンドロイドは、精神的に未熟な子供が使いこなせるほど、扱いは容易じゃ無いわよ。例え、人工小脳のデータをコピーしたとしても、多分、無理ね。私達の様な、厳しい精神鍛練を積まないと、扱える代物では無いわ。繊細な分だけ、中途半端な技量では、手に余るのよ。それに、私達の人工小脳は、特別製。この技術は、公開していないでしょ。そこだけでも、大きな差があると思う」

元マフィアのカルロスも同意見だ。

「奴らのやっている、アンドロイド武闘会は、単にパワーとスピードの極限を競う、喧嘩の様な代物だ。技を軽視している訳では無いが、まあ、素人受けはするが、玄人を唸らせるレベルには無いな。いかにも、アメリカ人が好みそうな、派手で壮絶なファイティング・スタイルを信条としているのさ。まるで、野獣の戦いだ。だが、本物の格闘は、頭脳戦にある。奥深い駆け引きが必要なのさ。そして、俺達にはそれが出来る。それが出来るのが、繊細な動きを再現できる、忍者アンドロイドなのさ」

そうなのである。忍者アンドロイドは、人工小脳のデータがあれば、誰もが扱える様な物では無いのだ。肉体と精神の完璧なマッチングが要求される、極めて操作難易度の高いアンドロイドなのである。それに、アナンドが残してくれた、人工小脳。見かけ上は、これまでの人工小脳とは、区別が付かないが、互換性は無い。例え、ティム達の人工小脳データが、コピーされたとしても、まともに動かす事が出来ない仕掛けとなっている。

ナカムラが、サトウから仕入れた情報を伝える。

「ティム達は、向こうに行ってから、これまでに、数多くのスパーリングをこなしてきた様だ。戦績は、121勝14敗、32引き分けだ」

今度は、ダニーが驚く。

「14敗って、勝てない相手が居るだか? 上には上が居るということだか? 引き分けも32回あるし、本当に大丈夫か、心配だ」

マリアが、その心配を打ち消す。

「あなたった、やっぱり馬鹿ね。ティム達が、負けているのは、わざとよ。相手を油断させる為の、トリックよ。あんたも、この性格の悪いナカムラと付き合っているんだから、少しぐらい学んだらどうなの」

普段は、温厚なナカムラではあるが、むっとする。

「性格が悪いというのは、褒め言葉として受け取っておこう。私達はそれを、兵法と呼んでいる。私もマリアと同意見だ。もしかしたら、負ける事で、何か戦い方を学んでいるのかも知れない。幸い、忍者アンドロイドが、大破したとの情報は入っていない。想定内での負けなのだと思う」

彼等は、日本からティム達を応援する。世界中に衛星生中継される一大イベントだ。日本時間では、主に、明け方化から朝にかけての放送となる。彼等は、暫く、睡眠不足を強いられそうだ。


「バトル・ザ・コスモス、2033,サード・ステージの開催だ! 皆、準備は出来ているかーーーー」

「ウオーーーーッ!」

娯楽界の帝王、ボブ・ミンスキーの掛け声と共に、ど派手なミュージックと映像で、開幕が告げられる。この辺は、さすがアメリカ。相も変わらぬ、サービス精神旺盛な演出だ。

今回で、9回目を迎えるこの大会。毎回、人脳の数が増えるのに伴い、参加者も激増し、今回は、予選だけで、大会最多の68万体が出場。一次、二次の予選を突破した、480名、シード権を持つ32名(ティム達3名は、この中に含まれる)、総勢、512名の戦士達が、トーナメント方式で頂点を目指し戦いを繰り広げる。合計512試合が、6日間の開催期間に渡り、繰り広げられて行く。

最初の4日間で、ベスト32が出揃う。この4日間は、毎日120試合をこなす必要がある。8面のコートを使い、各コートで30分1本勝負が各15戦行われる。

5日目でベスト8まで絞らる。全部で24戦、2面のコートに別れ、各12戦行われる。そして、6日目、最終日のファイナル・ステージでは、コートは一つに絞られ、準々決勝、準決勝、3位決定戦、そして決勝戦の計8戦が待っている。

そして、全試合、完全生放送で全世界へと配信されて行く。熱心なファンは、6日間ぶっ通しで、そうでも無いファンでも、毎日のハイライト、そして、ファイナル・ステージは、見逃さない。主催者側も、あの手この手と趣向を凝らし、視聴者を飽きさせない工夫を施す。しかし、観戦における一番の魅力は、試合内容の濃さである。そしてそれは、毎回、参加者の増加、アンドロイドの性能がアップする事により、高レベルな内容となる。それが、更に熱狂的なファンを生む。この好循環により、大会は、回を重ねる毎に、ますますヒートアップして行くのである。

選手控え室では、ティム達3名が、最後の準備を余念が無く進める。

ティムが二人に話しかける。

「大会本部の、配慮もあり、この3名は、準決勝までぶつかる事は無い。思う存分戦って、準決勝で会おう」

「分かったわ。それまで、あなた達、負けるんじゃ無いわよ」

「そっちこそ、ちゃんと準決勝まで出てこいよ。俺達が目指すのは、ワン・ツー・スリー・フィニッシュだ。これまでのスパーリングを通して、それは具体的に見えてきた」

「ああ、残念ながら、上位ランカーとのスパーリングは叶わなかったが、奴らの実力も、大体察しが付く。決して、我々が勝てない相手ではない」

ティムは、そう言い終わると、3人揃って、精神集中の為の九字を切る。両手で印を結びながら、大声で唱和する。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」

周りの連中も、戦いの準備の為、アップをしているが、この、奇妙な、呪文に戸惑う。

「今回は、ジャパニーズ忍者が出るって、聞いていたけれど、こいつ等がそうか?」

「ああ、その様だ。この呪文なら、俺も知っている。忍者が戦いの前に唱える呪文だ」

皆、不気味に思いながら見ていたが、小柄な体型を、見下した目つきで眺めていた。戦いは、既に始まっていた。


ティムが1回戦のコートに立つ。先ず、4回戦まで、勝ち進んで、32名のファイナリストに勝ち残るのだ。その後、更に、4回勝ち進めば、決勝進出、そして、そこで勝てば優勝だ。ティムは、心を落ち着かせる。他の連中は、熱くなっている様だが、忍びである自分は、常に頭をクールな状態に保つのだ。その為の準備はしてきた。さあ、本番だ。

相手は、巨漢の6足アンドロイド。スパーリングで相手をした奴より、一回り、デカい。多分、スピードよりもパワー重視で勝負するタイプであろう。

ティムに、対戦相手のプロフィールが知らされる。試合直前まで、誰が対戦相手か、教えてくれないのだ。そして、対戦相手のプロフィールを見て驚く。12才の男の子である。極端に若い年齢の選手が居るとは聞かされていたが、いきなり初戦で当たるとは。

そして、バトル・フィールドが姿を現す。コンクリートの荒れ地だ。そして、その周りを、いかにも頑丈そうで、高さ3メートル近い金網のフェンスが張りめぐされている。広さは、リングの倍は有る。

ティムは、対戦相手を頭の中でシミュレートする。きっと、ゲーム感覚で、びしばし攻めてくるに違いない。アンドロイドな体は、痛みを感じない。ディフェンス無視で、体力勝負を仕掛けて来るのであろう。

試合のゴングが鳴る。

予想通り、猪突猛進。右肩の上に、いがいがの鉄球の様なプロテクターを付け、ティムに向かい、体当たりを仕掛けてくる。大会ルールでは、武器を使う事は、反則だが、この様に、体を武装する事は、許されている。いがいがの鎧も、メリケンサックを着けた拳も、この大会では、武器に該当しない。体と一体化している物であれば、基本、OKだ。

しかし、この巨漢アンドロイドは、スピードが予想以上に速い。ティムは、寸でのところでかわすが、直ぐに相手は、身を反転させるとティムに突っ込んでくる。そして、また、寸ででかわす。それが、延々と繰り返される。

観客席は、「オーレ、オーレ」の大合唱。まるで、闘牛だ。まともに食らえば、深刻なダメージを負う危険性が高い。

ティムは、ぎりぎりでかわしているが、未だ余裕があった。相手の動きは、直線的で、単調だ。かわすついでに、脇腹に、強烈な膝蹴りを突き刺す。だが、頑丈な鎧で覆われたその体には、ダメージは無さそうだった。逆に、こちらの膝に、ダメージが出そうだ。

「さて、どうする? 固い鎧に覆われた、相手の弱点は、どこだ? どうすれば、戦闘不能に出来る?」

相手は、一向に、パンチやキックを繰り出してくる気配すら無い。そのため、腕や足を取り、投げ技を仕掛けるのも難しそうだ。ただひたすら、ガードを固め、体当たりを試みるのだ。

そして、遂にティムは動く。突進してくるその足にスライディングを仕掛け、鋭く足を振り切ると、相手の足をすくい上げる。相手は、たまらず、前につんのめり、転がりながら金網に激しく激突する。相手の動きがようやく止まった。

しかし、ダメージは、皆無の如く、再び、体当たりすべく、突撃してくる。ティムが同じように、スライディングすると、今度は、相手はジャンプしてかわそうとする。だが、動きでは、ティムの方が、上だ。飛び上がった脚の、関節めがけて、はさみ脚を繰り出す。相手は、脚の自由を失い、ティムの体を絡ませたまま、つんのめって、激しく転がる。相手は、脚に絡みついたティムを振り払おうと、パンチの嵐を繰り出すが、パンチが届く前にティムは、相手から離れる。

相手の様子がおかしい。動きが完全に止まり、立ち上がろうとしない。どうやら、今ので、片方の脚の関節がいかれたらしい。

主催者からのアナウンスが流れる。

「勝者、忍者アンドロイド・ワン」

対戦相手が、戦闘不能と判断されたのだ。大きな歓声と拍手がわき起こる。

『忍者アンドロイド・ワン』とは、ティムの登録名である。当然、本名など名乗れる訳が無いので、コスモス本社には、偽名で登録している。そして、今回の大会では、リング・ネームで登録している。

「ふう、案外、あっさりと、片が付いたものだ。頑強さと脆さが同居していた様だ」

ティムは、一息つくと、他の二人の仲間、『忍者アンドロイド・ツー』と『スリー』の動向を気に掛けた。二人とも、初日から出番があるはずだ。

大会スケジュールでは、初日、2日目と、1回戦が行われ、3目から2回戦が始まり、4日目から3、4回戦。5日目が5,6回戦。そして、最終日には、決勝まで含めると3連戦のファイナル・ステージが待っているのだ。とにかく、優勝する為には、6日間で9回戦う必要がある。非常にタイトなスケジュールだが、とりあえず、明日は、休みだ。ティムにとっては、束の間の、戦士の休息だ。


コスモ・ジャパンでは、初日の成績に沸き返っていた。ティム達3人は、無事に初戦を突破したのだ。3人とも危なげの無い勝ち方だった。そのため、俄に、忍者アンドロイドへの関心が高まっていた。4足アンドロイドが、6足アンドロイドを倒すのは、希なケースであった為、ティム達の3連勝は、ちょっとした快挙として、大きく取り上げられ始めていた。

ハオランが、ニュース速報に目をやる。

「『忍者アンドロイド強し。今大会の台風の目か?』、『ジャパンから黒い悪魔、来襲。忍者の奥義炸裂』。何だか、扱いが大きくなって、嬉しいよ。特にティムが、12才のガキを、やっつけてくれたのは、痛快だったよ」

ハオランは、はしゃぎ気味だ。

それに対して、マリアが眠い目をこすりながら、ぶつぶつ言う。

「初戦突破ぐらいで、浮かれているんじゃ無いわよ。優勝するには、9連勝する必要があるのよ。そんなハイテンションじゃ、最終日まで持たないわよ」

何だかんだ言いながら、彼女も早朝から見ている様だ。

ダニーが気に掛ける。

「我々ジャパンのチームには、専属のメンテナンスクルーが居ないだ。やっぱり、誰か行かせるべきじゃ無いのかだ? 彼等は、3人だけで戦いもメンテナンスもこなさなくてはいけないだ」

ナカムラは、仕方が無いと言う。

「サトウもメンテナンス専任者の派遣を要望したが、本社サイドで面倒を見てあげるから不要だと断られた。仕方あるまい。まあ、彼等なら、何とか出来るだろう。我々は、信じて待つのみだ」

ハオランは興奮を抑えきれない。

「次の試合は、明後日よ。早く始まらないか、待ち遠しいよ」

日本のメンバーは、遠い空から武運を祈る。彼等なら、きっと成し遂げてくれる。本社の誰もが予測していないであろう、ワン、ツー、スリー・フィニッシュを。


大会3日目。2回戦が始まる。今日は、ティムとケイトだけ試合がある。ジェフは、4日目に組まれた2回戦に回る。その為、ジェフは、2日空けてから、4日目に3連戦が組まれる。スケジュール的には、一番きつい。

ケイトは、一足先に、2回戦を突破した。ティムは、自分も続こうと、次の対戦相手と対峙する。今度は、14才の女の子だ。子供と再び対戦する事に、ティムは、困惑する。

「一体、何人の子供が、参加しているのだ?」

しかし、子供相手だからと言って、手抜きなど出来ない。相手は、体格が上の、6足アンドロイドなのだから。

今回のバトル・フィールドは、リングだ。

戦いのゴングと共に、相手は、一気に間合いを詰めてくる。

「速い。スパーリング相手にも、ここまでの速さの者は居なかった」

1回戦とは逆に、スピード重視のボディー設計の様だ。身のこなしだけでは無い。攻撃の手数も、圧倒的スピードだ。ティムは、かわしきれないと判断し、ガードでしのぎながら、相手の動きを観察する。

しかし、スピードだけなら、仲間のケイトやジェフには、遠く及ばない。彼等とも、散々、スパーリングをこなしてきた。この程度の動きなら、怖くは無い。

ティムは、反撃に転じるが、相手の防御も素早い。一進一退の攻防が続く。

「仕方が無い。未だ、見せたくは無かったんだが、どうやら、そんな余裕は無さそうだ」

ティムが、本気モードに切り替わる。スピードのギアを一段、更にもう一段上げる。五分の戦いが、一気にティム優勢に傾く。そして、とどめの一撃。対戦相手のアンドロイドを破壊し、勝利する。

「勝者、忍者アンドロイド・ワン」

再び、拍手と歓声の嵐に包まれるが、ティムは、素直に喜べなかった。子供相手に、本気で戦った事に、後味の悪さを感じていたからだ。子供が、ここまでの力を付けてい事実に、ティムは、空恐ろしさを感じた。博士が狙っていた、子供の人脳の将来性が、こんな場面で発揮されるなんて。

だが、こんな事に、気を取られていてはいけない。勝負は、次第に、過酷さを増して行くのだから。


大会4日目。この日は、ジェフも2回戦を突破。3人とも、3回戦、4回戦を戦うのだ。この日を勝ち抜けば、ベスト32だ。だが、3人とも、余裕こそ無かったが、無難に切り抜け、勝利をつかみ取る。4回戦を終え、3人が、互いの労を労う。

ティムが二人に声を掛ける。

「二人とも、調子よさそうじゃ無いか。私も、正直、楽勝とは言い難いが、ベスト32に残れた。あと2日。気を引き締めていこう」

ジェフが今日の対戦の感想を述べる。

「俺も、今日、ガキと初めて戦ったが、君達の苦労が分かったよ。しかも、3戦とも10代のガキの連続だぜ。奴ら、大人が相手だと調子づきやがって、ムキになってかかって来やがる。本気で相手をすのは、大人気ないと思いつつも、奴らの実力は、本物だ。子供相手の本気バトルは、正直、精神的に疲れるぜ」

そうなのである。キッズの躍進は、紛れもない事実で、ベスト32中、15才以下が7名も残っている。10代全てを含めると、半数近くの14名を占める。20代がティム達3名を含め、8名、以降、30代が5名、40代が、4名、50代が1名だ。

今大会は、前大会までの中で、最も若返りが激しかった。前回のベスト32では、10代は7名しか残らなかったが、一気に倍に増えたのだ。改めて、若い連中の適応能力の高さに、皆が、驚かされたのだ。これは、アンドロイドの技術革新が、加速している事も、多分に影響している。今後、このペースで行けば、新たな技術革新への適応能力が低い、中高年の出る幕は無くなりそうだ。適応能力の高い、若い連中に駆逐されるのは、もはや、時間の問題だ。

ケイトが、これまで戦ってきた事に対し、若干の懸念を述べる。

「ここまでの4戦で、アンドロイドの方にも大分、ダメージが蓄積されているわ。特にジェフは、今日3戦も戦ったわよね。しっかりメンテナンスしておかないと、翌日に影響しかねないわよ」

確かにジェフは、きつそうだ。

「日程の都合で、今日は3戦組まれたが、やはり、一日3戦だと、脳の疲労度が違う。明日は2戦、明後日は3戦戦う必要がある。頭の方も、十分な休養が必要だ」

彼等のメンテナンスは、本社の作業用アンドロイドが担当する事になっていたが、不慣れな忍者アンドロイドの扱いとあって、余り使い物にならなかった。その為、戦力外として、お引き取り願い、3人で互いのアンドロイドのメンテナンスを行っている。交換必要なパーツを取り替えながら、今後の予定について、ティムが話しをする。

「対戦相手は、これまでよりも、確実に手強くなる。それなりのダメージを受ける覚悟が必要だろう。しかも、スケジュールが過密になって行く中、短いインターバル時間で、互いの対戦時間を気にしながらのメンテナンス作業となるだろう。専属のメンテナンスクルーを持たない、我々にとって、不利な状況が続く。今後は、ダメージを最小限に抑える戦い方も要求されてくる。しっかり頼むぞ」

ケイトが、それに応える。

「分かっているわ。私も、いよいよ、本気を出さなくちゃね。今までは、手の内を晒さない様に、セーブしながら戦っていたけれど、遠慮無く、必殺の一撃を繰り出して行くわ」

ジェフも同様だ。

「俺も、これまでは、大会への準備期間と言ったところだ。こっちも、本気モード全開で、倒しに行くぜ」

仲間の頼もしい言葉に、ティムも勇気づけられる。我々は、未だ、本気を出していないのだ。


コスモス・ジャパンでは、ハオランが、はしゃぎ回っていた。

「3人とも、本当に凄いよ。危なげなく、ベスト32進出よ」

ダニーも、興奮気味だ。

「今朝のケイトの5戦目を見ただか? あれは、なんていう技だ? 他のアンドロイドには、絶対に真似できない技だ」

目を真っ赤に充血させたマリアが呟く。

「そんなに、はしゃぐほどの事じゃないでしょ。予定通り、計算通りに順当に勝ち上がっているだけよ」

だが、ナカムラが、予想外の事態が進んでいる事に、若干の懸念を示す。

「それにしても、若い奴らの活躍が凄いな。これまでは、実績のある上位ランカーを対戦相手に想定して、準備を進めてきたが、厄介な奴等が現れた。ハオランが言っていた通り、きっと、もの凄い速さで、最新技術に対応しているのだろう。今後、タフな試合が、予想されるな」

ベスト32の約半数を占める10代のアンドロイドが、大会の鍵を握る可能性が極めて高い。若いだけに、その実力は未知数だ。日本に居る仲間は、ティム達を信じるしか無かった。厳しい精神鍛練を積んできたのだ。ゲーム感覚で参戦してきた、生意気なガキ共に、負けるはずが無い。今は、ただ、信じるだけだ。


大会5日目。ベスト8の座をかけ、32名から24名が蹴落とされる。今日の最初の試合は、ティムからだ。今では、ジャパンからの忍者アンドロイドも、人気がすっかり定着した。何せ、3名全てが、勝ち残っているのだ。他のアンドロイドとは、異次元の動きで、見るものを、魅了し続けている。

大歓声で迎えられたティムの相手は、またしても、15才の男の子だ。十分に戦ってきたから、分かる。手加減は、一切無用だ。

今度のリングは、森だ。リングの倍の広さのある森の回りに、金網が張り巡らされている。忍術を身につけたティムにとって、圧倒的に有利な場所だ。

ゴングが打ち鳴らされる。

相手は、明らかに困っていた。自由に動きが取れないばかりか、ティムの動きを追う事さえ出来ない。勝負は、一方的な展開となり、程なくして、ティムが、勝ち名乗りを上げる。余りにもの試合のつまらなさに、観客席からは、ブーイングが出る始末だ。

この日も、彼等は、順当に勝ち進み、ベスト8中、3名が忍者アンドロイドとなった。

主催者側には、焦りが見られた。このまま、彼等が勝ち続けると、とんでもない事態になると。今までの常識であった、6足アンドロイド最強説が、覆りかねないのだ。ジャパンから送り込まれた、たった3体のアンドロイドに、大会が占領されかねないのだ。そうなると、アメリカ最強伝説が、終わりを告げる事になる。

大会本部では、緊急会議が開かれていた。

「今大会は、博士が目をかけて育て上げられた、ニューマン・キッズを売り出す予定だったが、とんだ邪魔者が入りました。博士からは、『あの忍者アンドロイド、何とかならないのか』と、抗議のメッセージが、入って来ています。ボス、どうされます?」

部下から相談を持ちかけられた、ボブ・ミンスキーは、バーチャル葉巻を燻らせながら、無視を決め込む。

「強いものが勝つ。それの何処が問題なのだ? 相手が、博士だろうが、ファイブだろうが、一切の干渉は、受け付けない。それが、バトル・ザ・コスモスの掟だ。観客は、神様だ。その観客を裏切る真似などできはしない。至上のエンターテイメントを届ける。それが、我々の使命だ」

「それにしても、ボス、変に博士に目を付けられると、ろくな事に成りませんぜ。また、いつぞやの様に、邪魔されるかも知れません」

しかし、ボブは強気だ。

「なあ、ザック、これからは、第4世代人工海馬の時代だ。俺の頭も、もう、取り替え済みだ。こいつが広まれば、世の中は変わる。確実に変わる。博士の思い通りには成らない、世の中にな。何もびびる事は無い。もうすぐ、あの老いぼれも、お役ごめんさ」

「しかし、ボス、いくら第4世代だからと言って、この人脳間の会話も、監視されているんですよ。俺には、そんな恐ろしい真似は、出来ない」

ボブは、びびっている部下達に目をやりながら、思いをはせる。

「ティムよ、今頃、どうしている? ジャパンからやって来た、あの忍者アンドロイドは、もしかして、お前じゃ無いのか? 俺には、何だかそんな気がしてならねえ。俺は、この勘の良さで、ここまで、のし上がってきたのさ。その俺の勘が、訴えるんだ。あの忍者は、ティムだってな」

ボブは、大会への一切の干渉を禁じる事を、部下に厳命した。

「良いか、俺達の本当のボスは、博士では無い。観客だ。観客を白けさせる様な真似だけは、絶対に許さねえ。分かったら、サッサと持ち場に戻りな」

部下達は、指示通り、これまでの方針から一切変える事無く、大会運営を取り仕切る。何人たりとも、真剣勝負の場に、私情を持ち込む事など、許されないのだ。


大会6日目、ファイナル・ステージ。ティム達は、あと3回勝利すれば、頂点へと到達する。遂にここまで来た。長い道のりであった。

ケイトとジェフは、一足先に、準々決勝を勝ち上がっていた。相手は、何れも、今大会の優勝候補との呼び声の高い選手であったため、日本から来たアンドロイドたちの快挙に、会場は、興奮のるつぼへと化した。二人は、準決勝で対戦する組み合わせの為、必ず1名は、決勝戦まで進む事が決定した。これは、4足アンドロイドとして、大会史上初の快挙なのだ。

格闘技史上における、最強ボディーの完成形とも言われてきた、6足アンドロイドが、名も知れぬ4足アンドロイドに、次々と倒されてきたのだ。この歴史を塗り替える快挙に、皆の目は、釘付けとなった。

強い。パワーやスピードだけは、もはや、勝者となる事は、叶わない。上には、上が居るのだと、皆が、思い知らせられるのであった。それ程、ジャパンからやって来た忍者アンドロイドは、驚きを持って、受け止められているのだ。最後に控えるティムも、きっとやってくれるに違いない。その様な、熱い期待が、ティムにも向けられる。皆、ティムの出番を、期待を込めて、待っているのだ。

そして、いよいよ、ティムの出番が回ってきた。だが、その対戦相手は、ただ者では無かった。相手は、弱冠11才の天才少女。彼もまた、ニューマン・キッズの一員だ。そして、操るアンドロイドは、8足だ。手が6本、脚が2本の形で立ち上がっては居るが、戦う時は、まるでクモの様に、8足歩行で地を這う様に戦う。その、異形な戦いぶりは、忍者アンドロイド以上の注目を集めてきた。8足アンドロイドの使い手が、ここまで上がってくるとは、誰も予想していなかった。

これも、博士が、赤ん坊に、異形の体を与えた成果の現れでもあった。これまでは、精々6足までが、人脳が操れる限界だとされてきた。しかし、8足を操り、ベスト8まで勝ち上がってくる者を生み出す事に成功したのだ。もしかしたら、今後は、8足タイプが、主流アンドロイドとして、取って代わる可能性を秘めているのだ。この戦いは、アンドロイドの世代交代の幕開けを告げる戦いとなるのかもしれない。

ケイトとジェフが、ティムにアドバイスを送る。

「私達にとって、初めて対戦するタイプよ。今までの、相手の戦い方は、頭に入っているわよね。組んだら、危ない。常に距離を取るのよ」

「俺も、こいつとだけは、当たりたくなかった。未だ、この大会で、戦い方の全てを明かしていない様に思う。油断禁物だ。マイナス・ポイントを取られても良いから、初めは、様子見に徹しろ。こいつは、特別な存在だ」

ティムは、二人に礼を言う。

「ありがとう。私も同じ事を考えていた。とにかく、慎重に、試合に入るよ」

バトル・フィールドは、密林の様な形状だ。広さは、これまでで一番広いだろうか。リングの4倍近い広さだ。回りは、高いフェンスで覆われている。これは、ティムにとって、ラッキーだった。相手の動きは、自分程、速くは無い。身軽な自分には、有利な、フィールドだ。

戦いのゴングは鳴らされた。

8足アンドロイドは、クモの様に、うつ伏せになると、思った以上に素早い動きで、木の上に上り始め、上からティムの出方を伺う。このフィールドは、相手にとっても、有利なフィールドなのかも知れない。もしも、クモの巣に引っかかった、虫の様に、絡みつかれれば、危険だ。相手の方が、手足が多い分、密林に捕まった状態でも、攻撃を繰り出すのに、有利かも知れない。

ティムも樹上へと上る。このフィールドでは、上から相手を見下ろした方が、圧倒的に有利なのだ。しかし、相手は、直ぐには攻撃してこない。相手も、ティムを警戒しているらしい。互いに様子見、睨み合いが続く。

暫く時間が過ぎ、相手が動き始める。意外と身軽で、木の枝から枝へと、飛び移りながら、ティムへと近づいてくる。間合いが次第に近づき、最初のコンタクトが迫る。

相手は、いきなりティムへ向かってジャンプし、長い8本の手足を大きく広げ、掴み掛かろうとする。ティムは、得意の跳躍力で、真上にかわすと、急降下で、相手の背中を蹴飛ばし、他の枝へと移る。だが、蹴りを食らわせた時の、手応えは無かった。相手は、関節が柔らかく、衝撃を吸収された感じだ。

その後、同じ様な、攻防が繰り返される。ティムは、何度も蹴りを突き刺すが、巧みにダメージを吸収している様だ。さすがに、ここまで勝ち上がってきた事だけある。簡単に倒せる相手ではなさそうだ。

「さて、どうやって仕留めようか?」

ティムは、8足アンドロイドの、手足が、異常に長い事に着目する。ここまでの、相手の戦い方は、6足アンドロイドのそれとは、全く異なる。その長い手足を、まるでカメレオンの舌の様に、短く縮めてから、素早く発射、相手の体に突き刺したり、手足を大きく広げて飛びかかり、投網の様に相手に絡みつき、ニシキヘビの様に相手を締め上げたりと、実に多彩である。当然パンチやキックも出来るが、今までのアンドロイド戦の常識を覆す、その戦い方に、大勢の観客が、興味津々に注目しているのである。未だ、底知れぬ力が隠されている気がしてならない。

ティムが考えている間に、相手は、次々と攻撃を繰り出す。密林の間を駆け回り、長い手足をティム目掛け発射、カメレオン攻撃だ。実際に受けて立つと、思っていた以上の速さだ。しかも、攻撃可能な距離も長い。かわし切れずに、体に何本もの傷がつく。しかし、直撃はもらわない。ここで、ダメージを喰らうわけにはいかない。しかし、避けてばかりだと、自分の間合いに入れない。この、8本という手足の多さが邪魔だ。相手の攻撃は、間断なく続く。

「上だ」

ティムは、自慢のジャンプ力で、飛び上がると、相手の背後から、膝蹴りを繰り出す。腕で相手の体に掴み掛り、手足の関節での衝撃吸収を許さないつもりだ。今度は、間違いなく手応えあり。相手の背中が、軋む音が聞こえた。

ティムは、再び飛び上がると、連続攻撃を試みる。相手は、それを嫌い、機敏な動きで、更に上へと逃げ始める。しかし、簡単に逃がしはしない。スピードでは、負けない。相手は、背中を見せないよう、体を前屈みに傾けると、カメレオン攻撃で、手足を突き出してくる。さっきよりも、攻撃の距離が伸びている。ティムは、再び、傷を受けるが、何とか、懐から背後に回り込み、膝蹴りを突き刺す。激しい攻防が、繰り広げられ、歓声が大きくなる。

8足アンドロイドは、背後が弱点の様だ。ティムに背後を取られないポジションへと、樹上を移動する。ティムは、背後を伺おうと、回り込むが、相手は、常にティムと正対し、背中を見せない。近づけば、カメレオン攻撃が待っている。ティムは、距離を保とうとするが、相手は、じわじわと近づいて来る。

形勢が逆転する。ティム優位で進んでいたが、相手もティムの攻撃パターンを学んだ様だ。さすが、ベスト8に進出してくるだけある。じりじりと、ティムをフェンスへと追い詰めてゆく。掴み掛られると、厄介だ。蛇のように、絡み付くつもりだ。

だが、ティムは逃げない。相手の腹に向け、飛び前蹴りを放つ。相手は、この時を待っていた。長い手足で、ティムを抱きかかえようと、素早く包み込む。しかし、ティムは、この動きを予測していた。相手の腕に掴み掛ると、真上に向かって、相手の肩に、足を掛けて、飛び上がる。そして、相手の腕をつかんだまま、頭上でバク転し、背中にかかと落としを喰らわせる。相手は、腕の関節を逆に取られている。衝撃を吸収できまい。

しかし、ここでティムは、自分の目を疑う光景に戦慄する。相手の背中に回ったはずなのに、相手の腕が、自分に掴み掛ってきたのだ。相手の手足の関節が曲がる方向は、一方向だけではないのだ。背中にいる相手も、抱きかかえることができるのだ。

不意を突かれたティムは、慌てる。

「奴には、腹も背中も無いのか?」

今まで背中だと思っていた部分が、今度は、腹になったのだ。この8足アンドロイドには、裏表がないのだ。これが、このアンドロイドの底が知れないと感じていた特徴だったのだ。どんな動物の体にも、必ず表裏が存在する。しかし、このアンドロイドは、その常識を覆す構造なのだ。そして、このアンドロイドの使い手の人脳は、それに対応できているのだ。更に、この奇妙な動きを身に着けた、人工小脳データは、きっと、赤ん坊の人脳を使って、その体の使い方を学習させたものであろう。しかし、これは、氷山の一角に、過ぎないのだろう。もっと多くの、奇妙な体を与えられた、赤ん坊の人脳が、その陰に存在するはずだ。そして、今のところ、この8足アンドロイドが、最も成功した部類に入るのであろう。

ティムは、新たに、腹に変わった部分を、思いっきり蹴飛ばし、懐からの離脱を試みる。しかし、8足アンドロイドの、その長い手足が、それを阻む。手足の先端には、相手を絡め取るのに最適な、ラバー状の粘着力の強い部材が使われている。ティムのアンドロイドが、離脱する前に、相手の手足が吸い付く。まるで、蜘蛛の巣に引っかかった、虫の様に、ティムは、捕らえられてしまった。もう、もがいても、絡み付いた手足は、外れない。その手足は、ゆっくりと、ティムの体を締め上げてゆく。

観客がどよめく。忍者アンドロイドが、ついに敗れるのか? 8足アンドロイドは、未だ、こんな裏技を隠し持っていたのか。こいつの真の能力は、果たして、どれほどのものなのか?

しかし、ティムは、これ以上、慌てる事は無かった。平常心を保つ事。それが、最大のパフォーマンスを発揮させる為に、不可欠である事を、忍びの修行で学んだのだ。ティムは、瞬時に心を落ち着かせ、脱出方法を考える。完全に、締め付けられると、脱出は、困難だ。ティムは、相手の腕を一本、抱え込むと、渾身の力で引き抜きにかかる。抱えた腕ごと、全身で捻る。相手の腕の関節が、ロックしたのを感じる。そこから更に、体に勢いを付けて捻る。相手の腕は、長い分、太さは無い。長くて太ければ、瞬時に動かせないからだ。

相手は、掴まれた腕を、折りたたみ、カメレオンアタックの構えに入ろうとする。しかし、ティムは、それを許さない。更に体を捻り上げると、相手の腕の付け根の関節から、ボキリ、と異音がした。関節の外れた音だ。だが、相手には、未だ7本の手足が残されている。残りの手足で、ティムの体を締め上げる。

だが、ティムは、慌てない。手を一本へし折った事で、隙間が出来たのだ。ティムは、その隙間を、上手く使い、へし折った腕の隣の腕を抱きかかえる。そして、再び、思いっきり体を捻る。もう、要領は掴めた。この8足アンドロイドは、手足が細い分、関節が、案外もろいのだ。関節は、逆方向に曲げる事は出来ても、捻る事には、限界がある様だ。ティムは、さっきの要領で、2本目の間接も破壊する。そして、ティムを抱え込む腕が減る事で、更に、ティムの動きは、自由度が増した。更なる腕を抱え込み、へし折りにかかる。3本、4本、5本、6本。相手の腕の付け根の関節が、次々に破壊されて行く。

残るは、脚2本のみ。

ここで、アナウンスが入る。

「勝者、忍者アンドロイド・ワン」

ティムにとって、最大の苦戦であったが、8足アンドロイドを撃破したのだ。これで、ニューマン・キッズは、全滅した。ティムが準決勝で当たるのは、去年の準優勝者である。通常、準優勝すれば、ファイブのお抱えアンドロイドの地位は、確実だが、前大会では、彼は、それに選ばれなかった。決勝戦で圧倒され、準優勝の価値が、下がった為だ。彼は、その雪辱をかけ、今回のバトル・ザ・コスモスに挑んできたのだ。今回は、逆に、圧倒的に勝ってみせると。

準決勝前のインターバルで、ケイトとジェフが、ティムへ労いの言葉を書けてきた。

「やったわね、ティム。途中、どうなる事かと、ハラハラさせられたけれど、さすが、忍者アンドロイドの使い手ね。決勝で会えるのを、楽しみにしているわ」

「おい、おい、決勝の相手は、この僕だ。ケイト、悪いが君は、準決勝で、僕に敗れる。そして僕は、ティムも倒し、優勝する」

「大した自信ね。これまでの対戦成績だと、私の方が、圧勝しているのよ」

「圧勝だと? それは、初めのうちで、今では、力の差は、拮抗している。ここまで来れば、勝負は時の運。どっちが勝っても、恨みっこ無しだ」

勝利の余韻に、はしゃぐ3人を横目に、4人目の男が黙って呟く。

「何が、忍者だ。ガキを相手に勝ったぐらいで、ふざけるな。勝つのは、この俺。アメリカン・パワーの神髄を見せつけてやる」


滞りなく、準決勝が行われる。ケイト対ジェフは、バトル・ザ・コスモス史上、希に見る、レベルの高い、激しい攻防を繰り広げたが、結果、ケイトが辛勝。決勝へと駒を進めた。ジェフは、かなりのダメージを負ったが、3位決定戦までには、十分、回復可能だ。次はいよいよ、ティムの出番だ。

バトル・フィールドは、平面。床は、堅いコンクリート打ちだ。壁には、金網が張り巡らされている。このフィールドは、力勝負に強い相手が、圧倒的に有利である。巨体の6足アンドロイドを操る、相手にとって、非常に有利なのだ。相手の執念は、凄まじい。前大会での課題であった、非力さを完全に排除し、生まれ変わった、その巨体は、自信に満ち溢れていた。彼も、ニューマン・キッズと何度も対戦したが、その自慢のパワーで、ことごとく撃破してきた。これぞアメリカの誇り。観客の期待を一身に背負い、この男が、遂に現れた。

会場が割れんばかりの、大歓声がわき起こる。

「USA! USA! USA!」

もう、忍者アンドロイドばかりが勝つ試合は、真っ平だ。アメリカ最後の誇りを、この男なら守ってくれるに違いない。この戦場は、ティムにとって、完全アウェイ。360度、皆、敵。これぞまさしく、四面楚歌だ。

戦いのゴングが鳴る。

相手は、パワーだけでは無いと、猛烈なスピードで、一気に間合いを詰めると、壮絶な打ち合いを要求する。これでもかと言わんばかりの、激しい蹴りとパンチの嵐が、ティムのガードの上から、襲いかかる。

「USA! USA! USA!」

観客は、更にヒートアップする。

しかし、ティムは、冷静に戦況を見つめる。確かに、でかいだけでは無い。速い。これまでの相手と比べても、一番速い。しかし、それだけだ。スピードとパワー。それだけなら、怖くは無い。

ティムは、一瞬の隙を逃さなかった。相手の懐に飛び込み、腕を取ると、柔道の一本背負いを仕掛ける。相手は、床に叩け付けられまいと、体を捻って、着地を試みる。しかし、ティムの投げのスピードは、それを上回っていた。相手は、体を捻った分、受け身を取り損ない、嫌な音と共に、コンクリートに叩き付けられる。その威力が、余程凄まじかったのであろう。コンクリートが砕け散り、白煙が上がる。

「USA! USA! USA!」

熱い声援と共に、相手は立ち上がると、再び同じ攻撃を繰り返す。多少の変化を織り交ぜているが、それは、ティムにとって、単調なものに過ぎなかった。攻撃は最大の防御と言うが、ティムの前では、それは通用しない。やはり、前大会で優勝できなかった、訳が分かった。単調すぎるのだ。観客受けはするかも知れないが、攻撃の連続だけで勝てる程、この忍者アンドロイドは、柔では無い。再び、一本背負いを繰り出す。相手は、再び、激しくコンクリート片を巻き散らかす。

「USA! USA! USA!」

心なしか、応援の声が小さくなる。観客は分かってきたのだ。このままでは勝てないと。次第に冷めた目で、戦況を見つめるのであった。まるで、ブルース・リーの映画でも見ているかの様な、心境なのであろう。大男が、精悍なブルース・リーに敗れる様を見ている様な。

さすがに、相手も戦法を変えてきた。激しい連打は、潜め、ジリジリと間合いを詰める先方へと変わった。捕まえて、押さえ込み、力業に出るつもりなのだろうが、そんな事は、ティムにはお見通しだ。逆にティムの方から間合いを詰め、一気に上へと跳ね上がる。そして。コマの様に体を激しく捻り、相手の頭目がけて、強烈な回し蹴りを放つ。相手は、ガードしようとするが、完全に間に合っていない。もろに喰らい、再び、地面へと倒れる。

もう、応援の声は無かった。

立ち上がった相手に向かい、情け容赦なく、スピンの効いた回し蹴りを連発させる。相手には、もう、勝ち目は無い。一方的な試合展開に、観客から、ブーイングが飛び交う。

しかし、相手もしぶとい。巨体は伊達では無い。とにかく頑強に作られている様だ。しかし、持ち堪えられるのも時間の問題であろう。完全なサンドバッグと成り下がった相手は、必死に立ち上がるが、そこには、感動は無かった。倒れても、倒れても、立ち上がる。そして、その先に勝利が期待されているのであれば、観客は、大いに沸く事であろう。しかし、そこに、相手の勝利は無かった。そして、それを誰もが感じ取っていた。バトル・フィールドは、今では、完全な処刑場だ。

ようやく、崩れ落ちた、相手の動きが止まる。静かにアナウンスが響く。

「勝者、忍者アンドロイド・ワン」

最初は、まばらだった拍手が、次第に大きくなる。そして、遂に、会場を割れんばかりの喝采が響く。勝者には、惜しみない賛辞が送られるのだ。それが、アメリカだった。ティムの知っているアメリカだった。強い者が勝つのでは無い。勝った者が強いのだ。

その後、ジェフの3位決定戦、決勝戦が行われ、優勝、ティム、準優勝、ケイト、3位、ジェフと、忍者アンドロイドのワン・ツー・スリー・フィニッシュで幕を閉じた。全ては、予定通り、当然の結末だった。

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