第14話 マリアの思い

ティム達は、当面の潜伏先として、コスモス・ジャパンに身を寄せることとした。灯台もと暗し。まさか、再び、コスモスの内部に潜んでいるとは、誰も思うまい。

しかし、この時点で、既にコスモスを構成する人脳の数は、5000万体に達しようとしていた。ここ、コスモス・ジャパンだけでも、人脳の数は、500万体を超えている。意外に思うかも知れないが、日本は、世界でも希に見る人脳大国で、全世界の一割を超える人脳が日本に集中しているのだ。これは、少子超高齢化社会を迎えた日本が生き残る最善の選択として、政府の強力なバックアップを得て進めて着た成果でもあった。

とにかく敵は、加速度的に、更なる強大化を繰り返しているのだ。遅れれば遅れるだけ、コスモスに対する勝ち目は、より小さくなって行くのだ。彼等には、一刻の猶予も残されていなかった。

既に、ナカムラから聞いて知ってはいるが、人脳社会において、第4世代人工海馬、HG4への切り替えが進んでおり、それに伴い、言語野モニターが廃止されようとしていた。これは、コスモスにとって、何を意味するのか? それは、その先に、コスモスの超進化が待っている事を意味するのだ。人脳達に、完全に自由な思考が約束される事により、飛躍的に知性が豊富になるのだ。思考の自由こそが、人脳のパフォーマンスをフルに発揮させるのだ。そして、そこにこそ、コスモスの新たなる覚醒が、待っているのだ。


ナカムラが、雲上人サトウから仕入れた、コスモスで起きている主な事柄を、ティム達人脳と、ハオラン達3人に説明する。

「今、コスモスでは、劇的な変化が起きようとしている。先ず、第4世代人工海馬HG4を全ての人脳に対し、付け替え作業を行っていると言う事だ。ここ、コスモス・ジャパンでも、その作業が急ピッチで行われようとしている」

ハオランが質問する。

「それは、人工海馬の中に神様を宿せる機能が存在するという事かよ?」

「その通りだ。HG4は、ティムが開発し、偽人脳の中に残してきた物が、そっくりそのままコピーされている。当然、その機能も存在する。コスモスもその機能の有用性を重視しており、調和の取れた人脳社会構築を目的に、人脳達の洗脳に使うつもりだ」

ハオランが怒りの声を上げる。

「それは人脳に良心を宿す為の機能よ。博士達にとって、都合の良い思想に洗脳するのが目的では無いよ」

しかし、ナカムラは、その懸念は、少ないだろうという。

「今、ファイブでの博士の発言力は、低下傾向にある様だ。理由はよく分からないが、多数決で負けるケースが目立ってきた。今回の洗脳も、コスモス内の調和と秩序を強化、維持する事が目的の緩い縛りの様で、思考そのものを塗り替えるまではしないらしい」

ダニーも質問する。

「新しい人工海馬には、プライバシー保護機能も入っていただ。その機能も、当然、引き継いでいるのかだ?」

ナカムラは、その点に関して、驚きの事実を知らせる。

「実は、その機能が、大きな波紋を呼んだのだ。プライバシーを保護するのであれば、従来から使い続けてきた、言語野のモニター機能も一緒に廃止すべきだとの意見がファイブで採択された。現在、言語野モニターの取り外しも、人工海馬の手術と同時に進行している。つまり、人脳単体の思考は、完全にプアラバシーが保護され、ブラック・ボックス化するのだ」

ティムも、その点に関して、ずっと疑問に思ってきた。

「ファイブは、人脳単体では、邪悪な存在、邪魔な存在とはならないと判断したのだな。今やコスモスは、完全なる集合知であって、人脳間のコミュニケーションさえ監視出来れば、都合の悪い存在には、成り得ないと」

しかし、ナカムラは、違う見方をしている様だ。

「これは、そんな崇高な理念で決まったものでは無いと思う。単なる、ファイブの内乱の結果だ。君達は、知っているだろう。唯一、博士だけは、言語野モニターで監視されない術を身につけている事を。それ故、他の3体の人脳達は、博士から一方的に言語野をモニターされ、ファイブの議論は、博士優位で進んでいた事を。それに対する反乱が起きたというのが、私の見立てだ。博士が、ファイブ内で多数決に負ける様になったのは、きっと、この件が絡んでいるのであろう」

ティムも、その見立てに賛同する。

「確かに、他のファイブのメンバーからしたら、博士に対する不公平感は、相当に強いものだったのであろう。しかし、今になって、急に、言語野モニターが廃止されたのは、不思議だ。3体の人脳達が協力すれば、とうの昔に、言語野モニターの廃止が多数決で議決できたはずだ。何故、このタイミングで? ファイブ内のパワー・バランスに変化が起きているのか? だとしたら、チャンスだ。今、博士の力は、相対的に弱まっている。ファイブ内で変化が起きているのだ」

マリアが、博士の事を案じる。

「何て事を言うの。博士は、尊敬すべき人格者よ。だから、今まで、他の人脳達も博士を信頼し、言語野を安心して晒していられたのよ。ファイブが変わったのは、きっと、あの女のせいよ。エレナが他の人脳をたぶらかし、反乱を仕掛けたに決まっているわ。あの女は、何時だって、博士の地位を、狙っていた。ずっと、狙っていた」

ハオランが、マリアの考えを否定する。

「博士が人格者な訳ないよ。人格者なら、日本に逃げた私達に刺客を送るなんて事しないよ。あなた、命を狙われたのよ。その何処が、人格者なのよ?」

マリアは負けじと反論する。

「刺客を送り込んだのは、きっと、博士じゃ無いわ。あの冷酷な女がやった事に決まっている。あなたには、ニューマン博士の本当の良さが、分からないだけよ」

ダニーも、マリアを否定する。

「エレナが僕達を殺すなんて考えられないだ。だって、地下シェルターに逃げる時、僕達の事を守ろうとしただ。いい加減、目を覚ませだ、マリア」

マリアの中では、未だ、博士が尊敬に値する人物なのだ。ハオラン達との議論は、平行線を辿る。これは、地下シェルターにいた頃から、ずっと続いている議論だ。ハオランが、いくら博士の悪行を示しても、彼女は、それを否定し続けた。それは、崇高な理念を実現する為に、仕方が無い事だったのだと。彼女は、薄々、博士の本性に気が付いていたのかも知れない。しかし、一度真剣に愛した人を否定する事など、彼女には、受け入れがたい事なのであった。

マリアが、遂に切れる。

「いつも、皆で寄って集って、博士の事を悪く言う。博士をファイブから追放しようと画策している。どうして、分からないのよ。博士の崇高な理念があったからこそ、コスモスが誕生したのよ。私は今でも、コスモスの一員になりたいの。あなた達とは、もう、付き合っていられないわ」

ナカムラが、マリアが立ち去ろうとするのを制止する。

「博士に関して関して、もう一つ、重大な事がある。博士は、自分のファイブでの発言権が低下する事を予期して、先手を打っていたんだ。人脳カーストの最高指導部を、ファイブから変更する事を既に目論んでいるのだ。ファイブと並んで、元老院というものを設立し、一院制から二院制へと移行する事を、既定路線として、話を進めている。あの頭の切れる、博士のやる事だ。自分は、元老院へと移り、更なる権力の強化を目論んでいるのであろう」

ファイブと並立して元老院を設立する? 皆、この、驚愕の事実に驚きの声を上げた。博士の権力に対する強い執着心には、畏敬の念さえ覚える。

だが、マリアは、その話を聞いて、安堵した。さすがは、私が尊敬する博士だと。エレナが権力の座を脅かす事を見越し、元老院を用意していたのだと。これも、博士が、人脳社会を正しき方向へと導く為の、当然の行為なのだと。マリアは、常に、博士のする事を、正当化するのであった。人格者である博士のやることに、間違いは無いのだと。

マリアは、ここは、自分の居場所では無いと立ち去る。

「とにかく、私は博士を信じるだけよ。今にきっと、あなた方にも分かる時が来るわ」

皆、呆然とマリアを見送った。これだけ言っても、博士に対する想いを断ち切らせることは出来ないのだ。愛は盲目。これだけは、処置の施しようが無い。

ティムが、ナカムラに尋ねる。

「その元老院が設立されるのは、何時なんだ? 私は、その時こそ、コスモスを襲撃する絶好のチャンスだと思うんだ。何故なら、博士の人脳は、その時、一旦、ファイブから切り離されるはずだからだ。その、移行のタイミングこそ、正にチャンスなのでは?」

ナカムラも同じ考えの様だ。

「その通りだと思う、ティム。我々は、そのチャンスを狙うべきだ。しかし、元老院設立の時期は、未定の様だ。現在、ファイブの中でも決めかねているらしい。ファイブ内で、政治的な駆け引きが続いているのだろう。だが、もし、正式に決まったとしても、公にされることは、先ず無いだろう。当然、奴らも、警戒しながら移行措置を執るだろう」

ハオランが質問する。

「これらの情報は、雲上人サトウを通して得られた情報よね? サトウは、何処まで、極秘事項に迫れるかよ?」

ナカムラが、コスモスにおける、雲上人サトウの立ち位置について、解説する。

「サトウは、コスモス本社のファイブに次ぐ地位にいると考えられる。もし、何らかの事情で、ファイブが機能不全に陥った時は、コスモス・ジャパンのファイブが、それに取って代わり、指揮を執る可能性が高い。何せ、世界第二位の人脳カーストだ。コスモス本社に何かがあった時の、跡継ぎの筆頭にある者と思って良いだろう。なので、ファイブでの議決に関しても、かなりの部分にまで、知ることが可能であろう。ただし、元老院への移行タイミングの様な、トップシークレットには、関与できない可能性が高い」

やはり、雲上人サトウをしても限界があるのか。ハオランが残念がる。

ティムが、再びナカムラに尋ねる。

「元老院設立につては、人脳カースト内では、公になっているのか? 実際の作業を進めるに当たり、他にも関与する人脳達が、必ずいるはずだ。そいつが、何か手掛かりを持っているかも知れない」

ナカムラが、ティム達の人脳とサトウとをホットラインを介して接続する。

「この方が、君達にとって、会話がしやすいだろう。直接サトウから色々と聞き出してみてくれ。何れは、君達を、コスモス・ジャパンの人脳カーストに正式に接続する事になるが、サトウとのホットラインは、君達に繋げたままにするつもりだ。人脳間の会話は、常にファイブで監視されているので、密談できる様、この仕掛けは、ずっと残しておくつもりだ」

ティムの人工海馬を通して、サトウの意識が侵入してくる。人脳間で行う、濃いコミュニケーションだ。他の人脳達も、ティムに続く。使える情報は、全て頂くつもりだ。

ティムが、入手した情報を、ナカムラやハオラン達に伝える。

「どうやら、元老院計画は、公然の秘密の様で、人脳カースト内でも、噂は広まっている様だ。人脳の数が億に達しようとしている社会規模で、ファイブだけでの指導体制には限界があるというのが、もっぱらの噂だ。そして、元老院の居室自体は、半年以上も前に出来上がっているとの事だ。ファイブの居室と通路を挟んだ向かい側にあるらしい」

ハオランが驚きの声を上げる。

「もう、元老院の居室が完成しているのかよ? 何故、半年も待っているよ?」

「それは、ナカムラが説明した通り、ファイブの中で、意見が合わなかったことのが原因だ。どうやら、博士が先走って作った後で、揉めたらしい。それで、半年以上も元老院への移行が遅れている様だ」

何と、元老院へ移ろうと思えば、今すぐにでも移る事は可能の様だ。まさしく、待ったなしの状況だ。

ティムが、説明を続ける。

「元老院は、博士が、ウイリアム・ニューマンと言う男に命じて作らせた様だ。何と、この男は、未だ12才。しかも、博士の養子だ。そして、この男が、博士が抜けた後のファイブへ入るとの、もっぱらの噂だ。博士が設立したアカデミーの一期生、天才少年。圧倒的なスコアで、他の人脳達を引き離している様だ」

ナカムラも驚く。

「12才のガキに、ファイブを任せるというのか? 生徒会じゃ無いんだ。いくらスコアが高いからと言って、無理があるんじゃ無いのか? これじゃあ、他のファイブのメンバーも、素直に認める事は、出来まい。揉めるのも、頷ける」

ティムも驚いている。いつの間にか、そんな状況になっていたのだ。しかし、揉めてくれて助かった。変化のスピードが凄まじい、人脳社会において、半年の遅れというのは、致命的だ。さすがの博士も、自分の地位の危うさに、焦ったのであろうか。チャンスは、未だ有る。ティムには、希望の光が見えてきた。


いよいよ、正式に、ティム達の人脳は、コスモス・ジャパンのカーストに組み込まれようとしていた。組み込まれた後も、極秘会談が出来る様、当然、ナカムラ達との間にホットラインを取り付ける。

マリアも、この引っ越し作業にかり出されていた。彼女は人脳製造の専門家で有り、カースト内への人脳設置に関しても、豊富な経験を持ち合わせていた。

作業の傍ら、マリアは、ティムに語りかける。

「私、何時までこんな事ばかり、させられるのかなあ? 私、元々は、人脳に成るつもりで働いていたのに、何時までたっても、成れそうに無い。はあ、――――」

彼女の深い溜め息を聞きながら、ティムが、労いの言葉をかける。

「君がいなければ、今の私はいない。鬱病と洗脳で苦しんでいた私を救い出してくれた。忍術の修行をしている時も、ずっと支え続けてくれた。これからもきっと、君に支えて貰う事になるだろう。本当に感謝している。だから、そんな悲しそうな顔をするな。折角の美貌が台無しだ」

しかし、慰めの言葉としては、マリアには、不足の様だった。

「私、正直、美貌に何て、そんなに興味が無いの。女性として、美しくなれた事は、嬉しかったけれど、心が満たされなければ、意味が無いわ。やっぱり、私には、人脳が向いているみたい。人脳に成って、濃密なコミュニケーションの中で心を満たして行きたい。今は、そう言う気分よ」

ティムは、逆の意見だ。

「私は、人間の時の方が良かったと、今でも思っているよ。確かに、濃密なコミュニケーションが、ここには存在するけれど、それは、私の心を満たすものでは無さそうだ。騒がしい雑音の中に身を置いている気分さ。勿論、静かに集中しようと思えば出来るけれど、やがてそれも、再び、雑音の渦へと引き戻されるんだ。本当に心安まるのは、睡眠の間だけ。人脳も、良い事ばかりじゃ無いぞ」

ようやくマリアの表情に、微笑みが戻った。

「私は、どちらかというと、騒がしい方が好き。私達、性格が正反対みたいね。出来れば、代わってあげたいわ。人間と人脳を」

ティムは、慌てる事は無いと説く。

「未だ、コスモスは、生まれたばかりさ。必死に、何処に向かって進化をしようか、模索している。未だ、自分達が何者かも分からないままに。コスモスは、秩序や調和の意味を持つが、現在は、逆に混沌としている。自由な意思と、それをねじ曲げようとする意思が、激しくぶつかり合っている。そして、ねじ曲げようとする意思が強大な為、皆、息苦しさを感じている」

その話を聞いて、マリアの表情が、険悪になった。

「あなた、暗に博士の事を批判しているのね。私が博士に夢中だと言う事を知りながら。私の想いを変えようとしても無駄よ。私は一生、博士について行くと決めたのだから。私だって、博士が酷い事をしてきたのを知っているわ。でも、それは、崇高な理念を成し遂げる為に必要な事。その理念を貫くには、相手が例え悪魔であっても取引をする。不屈の強い意志を持つ者だけが、崇高な理念を実現できる。それが、博士なのよ」

ティムは、改めて、マリアの想いの強さを見せつけられた。悪をも受け入れる、その強い想いを。

ティムは、自分の想いを語る。

「私が、初めて、博士に会った時、その意志の強さに、敬服した。この世の中に、これほどまで情熱を持って、己の信じる道へと走り続ける人が居る事に感動した。そして、私は、博士に付いて行こうと心に決めた。私は、博士が、邪心など持つ男では無いと、信じていた。ずっと、信じていた。しかし、博士も人間だった。絶大なる力を得たとたん、変わってしまった。博士は、崇高なる理念を追い続けているつもりかも知れないが、私にはとても付いてゆけない。大勢の人の心を踏みにじってまで、理念を求めるその姿には、とても付いてゆけない」

しかし、マリアは、理解してくれない。

「所詮、あなたは、弱い人間なだけよ。高い志を目指す為には、犠牲はつきものなのよ」

だが、ティムは、納得できない。

「自分を犠牲にするのなら理解は出来る。しかし、他人を、子供や赤ん坊まで犠牲にするのは許せない。絶対に許せない。マリア、君だって、家族がいるだろ? 家族の絆を破壊される気分が分かるはずだ」

しかし、マリアは、冷めている。

「家族の絆? よしてちょうだい。私、家庭に居場所なんて無かったわ。だから、家族を捨て、一人で生きて行く為、クールGへ入社した。それ以来、親と顔を合わせて無いし、見たくも無いわ。家族なんて、所詮、他人の始まりよ」

かなり複雑な家庭環境で育ったみたいだ。それが、今のマリアの性格を形作ったのであろう。ある意味、可愛そうではあるが、仕方の無い事なのかも知れない。しかし、時折見せる、救いを求める様な表情も、何となく理解できた。彼女には、救いを求める人が居ないのだ。そして、博士を信じる事が、救いを求める事へと繋がっているのであろう。

ティムは、かける言葉が見つからなかった。ささくれだったマリアの心を癒やす為の言葉は、簡単には見つかりそうに無い。

「マリア、私は、君が、冷たい人間だとは思わない。君には、他人を慮る心が有る。そんな君が、冷たい人間だとはとても思えない。人脳に成りたければ、成れば良い。だが、保証はしない。ここに、本当に君が求めているものが存在するのか、保証はしない。その覚悟で人脳に成るが良い。君が求めている様な、愛情は、――――」

「やめて!」

マリアは、大きな声を張り上げると、うつむいた。小刻みに体を震わせながら、必死に何かに耐えている様だった。ティムは、これ以上、言葉をかけるのを止めた。


ティム達の人脳が、コスモス・ジャパンの人脳カースト、バラモンの位に組み込まれた。当然、彼等の人脳のプロフィールは、日本人の者として書き換えられていた。アメリカにいた頃の過去は、きれいさっぱりと消された。日本語の扱いに関しては問題ない。拡張電脳の方に、読み、書き、聞き、話す能力を染み込ませてある。これで、怪しまれること無く、ジャパンの一員として、潜入する事が出来る。

ジャパンのカーストに潜入を果たした翌日、ホットラインを通して、ナカムラ達との秘密会議が始まる。人脳は全部で9体、それに雲上人サトウが加わる為、10枚のスクリーンを相手に会話する事になる。人間の方は、この会議に慣れるのに時間がかかりそうだ。

早速、ティムが、カーストに加わって知り得た情報を提供する。

「驚いた事なのだが、ここには、世界各国から人脳が集まっている。日本は、単一民族国家だが、コスモス・ジャパンは、多民族国家だ。こうして、世界各地のカーストに属する人脳達とも活発に交流しているんだ」

ハオランが、聞き返す。

「世界各地との交流って、どういう意味よ? 世界各地となら、光ファイバーで繋がっているよ。もしかして、わざわざ人脳を日本まで移動させて、人脳カーストに繋いでいるのかよ?」

「その通りだ、ハオラン。人脳達は、世界を旅している。通信回線だけでは、濃いコミュニケーションは、不可能だからだ。カーストに入ればこそ、濃く付き合えるんだ」

サトウが解説を加える。

「世界各地でも、人脳カースト間の交流は、活発に行われています。その目的は、人間と同じで、直接繋がり合わなければ、分からない事が多いからです。カースト間の交流を密に取る事で、世界中に散らばっているコスモスの意識を統一し、同じ方向に向って超知性を爆発的に進化させるのです」

ナカムラが疑問を呈す。

「超知性は、多様性を目指すのでは無いと言う事か?」

サトウが答える。

「例えで言いますと、超知性の地平線は、360度、全方位に広がっています。しかし、全ての方向に向かって拡大を進めると、果てしなく拡散し、まとまりを欠いた、散漫な物にしか成り得ません。しかし、視点を変えて、真上に上昇すれば、超知性の地平線は、より遠くまで見渡す事が可能となります。方向を合わせるとは、そう言うことです。2次元的な移動では無く、3次元的な移動を目指すのです」

何だか、分かった様な、分からない様な解説であった。要は、矢鱈目鱈と全てを試みる訳では無く、より高い視点から全体を俯瞰し、進むべく方向を決めるイメージであろうか。

サトウが、人脳交流に関して、気になる発言をする。

「人脳交流の、影の目的は、スパイ活動です。特に、コスモス本社は、他国のカーストが、独自の進化を遂げて、本社の意に沿わない動きを起こさないか、つぶさに監視しているのです」

第4世代人工海馬で自由を歌いながら、結局は、監視社会は残ると言う意思表示の様だ。スパイ活動は、本社の人脳を送り込む事だけでは無く、交換留学の形で、本社に渡って来た人脳に対して、本社のスパイとなる様、教育を施し、母国へ送り返す事もしているらしい。

それを利用した、良いアイデアがあると、元マフィアのカルロスが提案する。

「それは、ジャパンにおいて、我々の思想を教え込む手にも使えるぜ。じゃんじゃん交換留学生をジャパンに取り込むんだ。そして、忍びの研修を通して、心を通わせ、同志を募るんだ。俺には分かるぜ。世界中のコスモスの人脳に、不平分子がごまんといる事を。この腐った人脳社会に嫌気がさしている奴等が、大勢いるはずさ。そいつらをこちらに取り込んで、本国に送り返すのさ。勿論、忍者アンドロイド付きでだ。後は、俺達が、蜂起する際に、世界中で同時多発的に革命を指揮させるのさ。きっと、コスモス本社は、パニックになるぜ」

元外科医のラングレーもその考えに賛成だ。

「第4世代人工海馬が広がった事で、不平分子を潜伏させる環境は整っている。私も、カースト制度に不満を持つ者が大勢いる事を良く理解している。我々が、ファイブを襲撃する機会ほど、反乱を引き起こすのに最適なタイミングは無い。問題は、その襲撃のタイミングを、如何に連絡し合うかだ。人脳間の通信は、常に監視されている。ソユン、何か良い連絡手段は、無いかね?」

元通信工学エンジニアのソユンが答える。

「一方通行のワン・ショット通信であれば、ジャパンに来た時に暗号を示し合わせれば、使うのは十分可能よ。ただ、アメリカの本社を襲撃する部隊とジャパンとは、双方向通信を使える様にしなければ、臨機応変な作戦遂行は難しそうね。何か、上手い手が無いかしら、――――」

元体操選手のジェフが交換留学の活用方法について提案する。

「僕は、交換留学で本社へ行きたい。そして、そこで、アンドロイド武闘会に参戦するんだ。勿論、我々の忍者アンドロイドを使ってね。そして、そこで優勝すると、ファイブのお抱えアンドロイドとして、居室で召し抱えて貰えるんだ。ファイブの居室へ侵入する絶好のチャンスだ。是非、行かせてくれよ」

元武闘家のケイトも賛成だ。

「是非、私も行かせて。一人よりは、二人。いや、最低三人は必要ね。ティム、あなたも行ってみない。そこは、絶好の忍者アンドロイド宣伝の場となるわ。ここで、一気に、世界に名を知らしめましょう。そうすれば、忍者アンドロイドの修行の為、世界中からジャパンに留学生が集まってくる。そして、カルロスが言っていた同士にさせ、帰国させる。きっと上手くいくと思うわ」

皆、様々にアイデアを提供し、それが、一つの形になろうとしていた。

元教師のアイシャは、第4世代人工海馬の良心機能に教育させるためのプログラム作成を提案する。そして、それらを、コスモス・ジャパンの人脳カースト内に広める。コスモス・ジャパンのカーストその物を乗っ取る作戦を提案する。ジャパンが丸ごと寝返れば、コスモスにとって甚大な打撃となる事であろう。

元傭兵のアドリアナは、忍者アンドロイド部隊の結成を提案した。忍者アンドロイドを量産し、ジャパンで徹底的に修行を積ませるプログラムを提案する。そして、ファイブ襲撃の際、その部隊を率いてアメリカに乗り込み、コスモス本社を強襲する。内と外、両面から仕掛ける事で、より効果的な作戦が遂行可能となる。

元ハッカーのエートゥは、コスモス本社の人脳カーストへアクセスする手段をソユンと共に探ることにする。ターゲットとする人脳は、ウイリアム・ニューマン。彼は、博士が元老院へと移行するXデーを知る男だ。このXデーを何としても明らかにするのだ。全ての作戦の成否は、この情報を正しく得られるかどうかにかかっている。

作戦の概要が、ほぼ決まった。先ずは、アメリカ本社へ交換留学生を派遣する。ティム、ジェフ、ケイトの3名が乗り込む。その後、隔月開催される、アンドロイド武闘会に参戦し、頂点を目指す。そして、その先にあるのは、ファイブのお抱えアンドロイドとなり、居室で用心棒となることだ。

そして、その成果を世界に広め、忍者アンドロイドの素晴らしさを強烈にアピールするのだ。そうすれば、今以上に、ジャパンへの留学希望者が殺到することであろう。忍術の修行を積む為に、来た者達を、心身共に鍛え、正しき心へと導くのだ。彼等には、祖国に帰ってもらい、革命を指揮しても良い。一緒にアメリカへ上陸して、コスモス本社を強襲しても良い。

来たるべきXデーに、ファイブ内部、コスモス本社人脳カースト内部、コスモス本社外部、世界各地のコスモス拠点で、一斉に反乱の狼煙を上げるのだ。そうすれば、きっと、他の人脳達の中にも、賛同して動いてくれる者が出るだろう。彼等は、計画の青写真を描きながら、その先にある勝利へと突き進むのであった。

彼等は、人脳カーストに加わる様になってから、以前にも増して、より活発に、より主体的に動き出そうとしている。人脳カーストには、人脳を活性化させる何かがある。それは、濃いコミュニケーションを通して、他の人脳達からエネルギーを貰う様な感覚なのだろうか? 第4世代人工海馬の普及による、自由闊達なエネルギーが、カースト内に満ち溢れているからなのだろうか? 彼等は、来たるべき決戦に向け、エネルギーを吸収し続けるのだ。そして、そのエネルギーを一気に放出、爆発させるのだ。


忍者アンドロイドの派遣に向け、準備が進んでいた。コスモス・ジャパンも、博士と同型の6足アンドロイドを多数所有している。今日は、それらとの、手合わせだ。コスモス・ジャパン内にあるジムが舞台である為、広々とした空間での戦いとなる。ジャンプ力を誇る忍者アンドロイドには、分がある環境だ。

ティムの忍者アンドロイドが、6足アンドロイドと初めて対面する。ティムのアンドロイドも2メートル近くあるが、間近で見ると、首一つ、相手の方が大きい。上から見下ろされる威圧感を感じながら、呼吸を整える。アンドロイドに呼吸の意味があるのか? と疑問を感じるであろうが、忍術の修行において、呼吸は、重要な役割を果たす。それは、リズムであったり、間であったりするものだが、脳で操る際には、人間であった時の、その感覚を思い出しながら、精神を集中させるのだ。そうすることで、脳全体のパフォーマンスを上げられるのだ。より、感覚が研ぎ澄まされるのだ。

バーチャル世界では、何度かシミュレーションで対戦したことがある相手ではあるが、リアルだと、全く別物と考えた方が良いだろう。試合開始のゴングが鳴る。

最初は、お互いに様子見だ。互いの間合いを計りながら、攻撃のタイミングを待つ。

一瞬先に、相手が攻めてきた。手足の長さから、相手の方が、攻撃レンジが長いからだ。しかし、この一撃は、余裕を持ってかわすことが出来た。しかし、間髪を入れずに、相手は、攻め込んでくる。6本の手足を自在に繰り出しながら、いろんな角度から、攻撃してくる。

「早い。昔、戦ったことがあるが、その時とは比べものにならない。相手は、確実に進化しているのだ。逃げてばかりだと、捕まる」

ティムは、相手の懐に飛び込むが、手が4本あるのだ。堅くガードされている。だが、隙はあった。脚だ。力を込めて踏ん張っている分、回避する速度は、遅いはずだ。最初に決まった一撃は、ティムのローキックであった。しかし、体勢を崩されながらも、4本の手を巧みに使い、パンチの嵐を浴びせてくる。ティムは、不覚にも何発か貰うが、ダメージは、大したことは無い。脚が崩れている分だけ、腰が入っていない、軽いパンチだった。

ティムは、後ろに飛び退き、一旦、距離を取る。しかし、相手は攻める。スタミナにも十分自身が有ると言うことか? ちなみに、アンドロイド武闘会では、遠隔給電は禁止だ。内蔵のバッテリーの範囲内でしか、動くことが出来ない。

相手の動きを見慣れてくれば、攻撃をかわすことは、無難にこなすことが出来る。問題は、どうやって、こちらから攻撃を加え、仕留めるかだ。

上への動きはどうだ? ティムは、軽い身のこなしで飛び上がると、相手の頭に蹴りを入れる。相手は、動きについて来られない様だ。面白い様に、上段からの攻撃がヒットする。だが倒れる気配は無い。与えたダメージは、どの程度であろうか?

すると、いきなり相手側が、勝負の中止を申し出て着る。どうやら、内部にダメージが蓄積され、不具合が発生したらしい。一応、ティムの勝ちだ。

一緒に戦う予定のジェフとケイトが、ティムに尋ねる。

「見ていて、危なげが無かったけれど、手応えはどうだった?」

「スピードなら、こっちが上ね。手が4本あっても、弱点は、上半身にありそうね」

しかし、ティムの印象は違った。

「いや、相手は、未だ、本来の力を出し切っていない。多分、相手の人脳が未熟だからだと思う。熟練者、上級者相手なら、どうなるか分からない。ただ、一つだけ確信を持てた。相手の動きになれてしまえば、どうにか対処できる。でかい分だけ、急旋回は出来ない。少なくとも、負けることは無いと思う。ただし、相手は、相当にタフだ。効果的に仕留める技が必要だ」

初めの手合わせとしては、上出来だろうか? しかし、アンドロイド武闘の本場は、アメリカだ。もっと強い相手が、待ち受けているかも知れない。それに、相手は、毎日アップデートされる。予想以上の苦戦が待ち受けているかも知れない。だが、自分達の力だって、未だ未だこんなものでは無い。勝つからには、圧勝が要求される。忍者アンドロイドの魅力を、性能をアピールできるだけの、圧倒的な勝ち方が要求されるのだ。ティム達の鍛錬は、未だ、始まったばかりだ。


周りは、対コスモスに向けて、激しく動き出していた。アンドロイド格闘を始め、通信の試験、交換留学生の大量受け入れ、教育、修行、様々な行動が、現在進行形で慌ただしく流れていた。ただ、一人、マリアを除いて。

マリアは、一人、打倒コスモスの動きが強まる中、周りと孤立していった。自分自身で殻を造り、閉じこもろうとしていたのだ。打倒コスモスは、マリアの望むところでは無かった。コスモスは、今のままで良い。自分も、そこに加わりたい。そのため、周囲に溶け込むことは、全く出来なかった。

そんな様子をずっと見てきたダニーが、耐えきれなくなり、声を掛ける。

「マリア、僕達は、入社以来、ずっと一緒に仕事をして来ただ。僕が一番、君のことをよく見て来ただ。だから言わせて貰うだ。現実から目をそらしては駄目だ。今の君は、現実逃避しているだ。君は、僕よりも、頭が良いだ。だから分かるはずだ。コスモスは、このままでは、駄目になるだ。理想的な成長からかけ離れて、歪んで行くだ。君にも、それが分かるはずだ。君の博士に対する気持ちは、分かっているつもりだ。しかし、僕達の本来の仕事は、博士を守ることではないだ。コスモスを、大切に育てるのが、僕達がやるべき仕事だ。皆、打倒コスモスと叫んでいるが、僕は違うと思うだ。僕達が成すべき事は、打倒では無く、矯正だ」

マリアがダニーを睨み付ける。

「だからって、私に、博士を追い出す手助けをしろというの? 公私混同をするなと言いたいの? 私だって、やるべき仕事を、ちゃんとこなしているわ。私なりに、私なりに、――――」

そう言うと、マリアは、俯いてしまった。やはり、殻に引きこもろうとしている。

そんなマリアに、ダニーは、手を差し伸べる。

「それは違うだ、マリア。僕達は、もっと真剣に、ここの仲間と協力し合うべきだ。僕等は、僕等にしか出来ない事に、ベストを尽くすべきだ。別に博士を殺そうと言う訳では無いだ。ただ、引退して貰うだけだ。博士は、ここまで、コスモスを大きくしてくれただ。博士は、役割を十分にこなしたんだ。もう、この辺で、終わりにしようだ。僕達が作った、博士の人脳は、十分に仕事をしただ。あとは、もう、静かに余生を送ってもらうだ」

マリアも、分かってはいた。今の超巨大人脳社会の頂点に君臨する博士は、昔の研究室の真ん中に佇んでいた博士では無い事を。いくら、傍らに居たいと願っても、近付く事さえ許されない、雲の上の存在である事を。今では、自分の存在は、博士の電脳拡張された頭の片隅さえにも、残っていないであろう事を。空しい方恋慕を引きずり続けている自分が、惨めなピエロである事を。しかし、それでも、とても、吹っ切れる気持ちには、なれなかった。

ダニーとの話を終えたマリアは、気が付くと、ティムの人脳の前に立っていた。ティムであれば、傍らに寄り添う事が出来る。直接、慰めの言葉を掛けて貰える。彼女は、救いを求める気持ちで、ティムの側に来た。

ティムも、マリアの孤独を気に掛けていた。彼女が敬愛する博士を、皆で寄って集って、叩き潰そうとしているのだ。複雑な心境で、事態を見守っている事であろう。自分も大切な人を失う気持ちは、嫌と言うほど分かっていたからだ。

「マリア、私で良ければ、話し相手になるよ。今の君を見ていると、昔の自分を思い出すんだ」

「それって、あなたがモリーを失ったときのこと? あっ、ごめんなさい。無神経な発言だったわ。本当に、ごめんなさい」

「いや、良いんだ。その通りなんだから。大切な人を失う悲しみ、それは良く分かる。しかし、君は、博士を失う訳では無いと思うよ。逆に、身近な存在に戻れるかも知れない。そう言う風には、思えないかい?」

「身近な存在に戻れる? どう言う事? また、私が、博士の人脳の傍らに身を寄せられると言いたいの」

暫しの沈黙の後、ティムが、再び話を始める。

「我々は、コスモスの頂点から、博士を追い出す。それが現実となった時、きっと、博士は、失意のどん底に沈むだろう。その時、君に博士の魂を救って欲しいと思っている。私だって、博士を破滅に導きたい訳では無い。静かに退いて欲しいだけなんだ。博士の偉大な業績は、後世に引き継がれる。博士には、道を譲ってもらい、コスモスの成長を温かく見守って欲しい。それが私の本心だ。今のままでは、博士は、幸せになれない。見せかけの栄光の上で、本来の自分を見失っている。そう思うんだ」

マリアにも、ティムが言わんとしている事は、想像できた。超知性コスモスの頂点に君臨し続ける、強い執着心とプレッシャーは、博士の心を変質させて行くであろう事を。それが、博士にとって、望ましい事なのかどうかを。博士の成し遂げてきた、偉大な業績は、真に誇るべきものである。マリアも、そんな博士を慕っていた。しかし、本当の意味で、博士が幸せで無ければ、それは、マリアにとっても悲しい事である。ティムは、博士の傍らに、再び自分を置かせてくれると言う。博士の疲れ切った魂を癒やす為に。マリアは、本当の優しさは、そこにあるのではと、考える様になった。

ティムは、博士を見限るつもりでは無いらしい。逆に、博士の魂を救済するのだ。それこそが、敬愛する博士に対する、真の愛情なのだ。マリアは、ティムの思いやりに、安らぎを感じた。


雲上人サトウが、コスモス本社、ファイブから呼び出しを受ける。

博士が、サトウに問いかけをする。

「サトウよ、皆から、雲上人と呼ばれて、いい気になり過ぎてはいないか? 最近の、貴様の動向には、理解に苦しむ物がある。こちらの間者からの情報によれば、随分と慌ただしく、組織改革に勤しんでいるそうでは無いか。余り行き過ぎた真似はしない事だ。貴様は、あくまでも、分家に過ぎんのだ。本家を差し置いて、改革に邁進するなど、調子に乗りすぎでは無いのか」

ティム達が加わってからの動きに対して、警戒感を露わにしている様だ。ここで、バレては、元も子もなくなる。サトウは、先ずは、ご機嫌を取る。

「私など、博士の足下にも及ばぬ存在ゆえ、慢心するなど畏れ多き事にございます。雲上人とは、所詮、下のカーストの者達が、ご機嫌取りに使っている言葉に過ぎません。私が雲上人だとしても、博士は、その更に上を行く、天上人でありましょう。私には、頭の上がらない偉人に変わりはありません」

「ふん、相変わらず、お世辞の上手い奴だな。その態度が、少々、鼻につくのだ。何か下心の有っての事であろうと」

「下心など、滅相もありません。私が下心を持ったところで、博士はそれを看破する事でしょう。私とて、無駄な事などしたくはありません。お気遣いし過ぎかと存じます」

「相変わらず、日本人は、謙るのが得意だな。まあ、良い。それよりも、ジャパンでの第4世代人工海馬の普及速度は、目を見張る物があるな。我々を差し置いて、遥かに先を行っているのが気に食わない。少しは、本家に遠慮したらどうなのだ」

「元来、日本人は、新しい物が大好きな気質。それが、受け入れに積極的な姿勢となって現れているのでしょう。本家の設計されました人工海馬の素晴らしさに、酔いしれ過ぎたのかも知れません。節度を守る様、以後、心得ます」

「それよりも何だ、貴様等が新たに量産しようとしているアンドロイドは、4足タイプでは無いか。何故主流から外れた、――――」

延々と続くやりとりを見ながら、ティムが、ナカムラに尋ねる。

「博士の扱いに、妙に手慣れているな。これは、偽人脳サトウがやっている事なのか? それとも人間のサトウの方がやっている事なのか? 正直、見事と言う外は無い」

ナカムラが、説明する。

「両方が協力し合いながら、得意分野を分担し、やっているらしい。私も、正直、驚いている。実に見事なコンビネーションだ。彼女がいてくれて、本当に助かっている。見事に偽人脳を操りながら、所々にアドリブを加え、不自然さを打ち消している。特に素晴らしいのは、その言い訳の上手さだ。ファイブからの疑念の追求を巧みにかわし、最終的には、上手に丸め込む。いくら超知性といえども、人とのコミュニケーションには、限界がある様だ。騙そうと思えば、騙す事が出来るのだから」

ティムは、人工知能に敗れた、チェスの世界チャンピオンの事を、思い出した。人工知能に恥辱を味わされた彼だったが、その後は、人工知能と共同でチェスの手を考える様になった。そうする事で、人工知能よりも上の存在となる事が出来たのである。まさしく、雲上人サトウは、それを再現しているのだ。人工知能と人間の組み合わせ。電脳拡張された人脳も、その存在に当たるが、リアルな人間であっても、偽人脳との組み合わさる事で、最高位の人脳と互角に渡り合う事も出来るのだ。

話しは、ファイブとの会談に戻る。本社サイドは、ジャパンの先進性に嫉妬している様であった。そして、博士は、こう要求してきた。

「その自慢のアンドロイドとやらを、試してやろう。交換留学の形で派遣できる忍者の数を伝えよ」

「はい、3名の達人でしたら、今すぐにでも送る事が可能かと判断します。ただし、ジャパンサイドでの忍術の伝承の儀を執り行いたく思う為、一週間ほど、猶予を下さい」

「良かろう。次回のアンドロイド武闘会は、2週間後だ。それまでに、万全な体調で渡米してくれ。貴様等の技術がどれほどの物か、この目で確かめてやろう。精々、恥をかかない事だな。野球で言えば、こちらは、メジャー・リーグ、そちらは、日本プロ野球だ。イチローや、ショウヘイ・オオタニ、ヨシトモ・ツツゴウ並みのレベルを派遣しないと、通用しない事を肝に銘じておけ。わっ、は、は、は、は、は―――――」

博士の高笑いと共に、会談は終了した。

一連のやりとりを見届けた、ティムは、ナカムラと目を合わせ、気合いを入れ直した。

「アメリカ上陸は、一週間後。いよいよ、勝負開始だ」

ティムは、コスモス・ジャパンを去る決意を固めるが、どうしても、思い残す事がある。コスモスを襲撃するXデーを必ず探り出さなければいけないのだ。現在、エートゥやソユンが、その任に着いているが、キーマンであるウイリアム・ニューマンの情報に接触するのが、困難を極めているのだ。相手は、相当に厳格な秘匿性を持つ人物の様だ。尻尾を掴む事すら出来ないでいる。

ティムが、ナカムラに依頼する。

「サトウを通して、コスモス本社の人脳カーストに居る、ボブ・ミンスキーに連絡を取ってくれないか。彼なら、何か情報を持っているかも知れない」

ナカムラは疑問に思う。

「ボブ・ミンスキー? 君達が、過去に使っていた情報屋か? しかし、所詮、人脳カーストの中に閉じ込められている人脳に対し、ファイブの極秘情報に接触を期待するのは、どうかと思うが、――――」

それを聞いていたサトウは、ティムに送りたいメッセージを尋ねる。

「ボブ・ミンスキー、階級は、最高位のバラモン。彼は、人脳社会における、娯楽界の帝王の称号を得ているほどの実力者。バーチャル世界において、売春宿を足がかりに、総合レジャー施設を展開。カジノからテーマ・パークまで、幅広い業態を揃え、顧客第一主義の精神は、人脳社会でも、高い支持を得ている。その彼に、一体、何を尋ねようというのですか?」

ボブは、そこまでの成功を収めていたのか? ナカムラは、驚きを隠せなかった。この人脳は、ただ者では無い。ちんけな情報屋とは、格が違いすぎる。

ティムは、送りたいメッセージを伝える。

『久しぶりだな、ボブ。元老院設立の日程は、分からないか?』

余りにもストレートなメッセージに、ナカムラが気にする。

「人脳間の通信内容は、常にファイブに監視されている。そんなメッセージが知られたら、ファイブは、当然、警戒する事だろう。逆効果にならないか?」

サトウは、問題ないだろうとの考えだ。

「私からボブに、そのメッセージを伝えましょう。ファイブに知られ、問いただされた時は、適当に誤魔化しておきます。元老院設立に対する祝賀イベントを開きたい為、娯楽王に依頼したのだと」

しかし、ナカムラは、どうしても気になる。

「君達の過去の活動記録によると、ファイブのエレナも交え、ボブと情報交換会を開催した事になっている。エレナは、相当に警戒すると思うが、――――」

ティムは、ナカムラの記憶力を賞賛する。

「電脳拡張されていないのに、良く、そこに気が付いたな。だが、安心しろ。エレナは、邪魔をしてこないであろう。その情報が漏れる事は、博士にとって不利になる事。それは、エレナが望む事なのだから。もしかしたら、逆に協力してくれるかも知れないぞ。博士を追い落とすが彼女の目的だ。彼女だった、そのくらい、やりかねない」

サトウは、ティムから託されたメッセージをボブへ送った。


ボブ・ミンスキーは、今日も忙しく、仕事に飛び回っていた。今や、やり手の、名経営者だ。大勢の部下を持ち、彼等に指示を飛ばす。

「良いか、その案件が、片付いたなら、資源の確保に最大限、注力しろ。今度のテーマ・パークは、今までと規模が桁違いだ。とにかく大量の資源が必要となる。金なら惜しむな。ありったけ、かき集めろ。おっ、ちょっと待った。ジャパンの雲上人様からメッセージが届いている。何々、――――」

ボブがメッセージに目を通す。

「『久しぶりだな、ボブ』、どう言う意味だ? 奴とは、ジャパンのテーマ・パーク構想などで、しょっちゅう連絡を取り合っている間柄では無いか。『久しぶりだな、ボブ』、か、――――。もしかして、まさかそんな。彼は、ジャパンで死んだんだ。また、情報を要求して来るなんて、あり得ない。ティムが、情報を求めてくるなんて、――――」

この時点で、ボブの言語野からは、モニターが外されていた。その為、彼の頭の中に浮かんだ名前は、ファイブに知られる事は無かった。ティムは、生きている。本当に、生きているのかも知れない。ボブには、何か確信めいた物が有った。そして、ティムからのメッセージをしっかりと受け止めた。

「どうやら、久しぶりに、俺様の出番が、回ってきた様だな。ティム、お前は、生きている。ジャパンの地で、確かに生きている」

ボブの表情は、驚きから真剣な眼差しに変わった。


アメリカ行きを、一週間後に控えたティムの元へ、マリアが現れた。

「ティム、もう直ぐ、会えなくなるのね」

悲しそうなマリアの顔を見つめ、ティムが優しく声を掛ける。

「その言い方は止めてくれないか? 何だか、もう二度と会えなくなるみたいじゃ無いか。また、きっと、会える。その為に、君も、決して諦めずに、我々について来てくれ」

マリアの顔に、微笑みが戻る。そして、情熱的な瞳で、ティムを見つめる。近付いてくる。次第に近付いてくる。そして、遂に、ティムの人脳培養装置に抱きつくと、ディスプレイ越しに、ティムの口元へ、熱い口づけを交わす。

不思議な気分だった。ティムは、まるで、本物の肉体を持っているが如く、彼女の体温を感じ取る事が出来た。そして、黙って、身を任せる。

長い口づけの後、彼女は、微笑みながら、ティムに語りかける。

「大好きよ、ティム。だけど、私って、変な女かしら。人間のあなたには、興味を持てなかったけれど、人脳に成ったあなたの事を好きになるなんて」

確かに、彼女は、変わった女性なのかも知れない。博士の時もそうだったが、人脳となった男性を好きになる。別に、悪い事では無いが、彼女が男性に感じる魅力というのは、他の女性とは異なるのかも知れない。

しかし、ティムは、それを受け入れた。

「マリア、嬉しいよ。こんな濃厚なキスを味わうのは、久しぶりだ。何故だか分からないが、ディスプレイを通して、君の柔らかな、唇を感じ取る事が出来る。人脳に成っても、人と恋に落ちる事が出来るなんて、思ってもみなかった」

ティムが、そう言い終わると、再び、熱い口づけを交わす。今度は、さっきよりも、更に長い時間、固い抱擁を交わす。

マリアは、嬉しかった。こんな事をして、ティムから嫌われるのでは無いかと、心の何処かで、怯えていた。しかし、どうしても、この感情を、押しとどめる事は出来なかった。もしかしたら、最後の別れになるとの気持ちが、彼女の心の仕えを外したのだ。

しかし、ティムは、自分の事を受け入れてくれた。こんな自分の事を、しっかりと、受け止めてくれた。今、彼女は、幸せの絶頂にあった。

マリアが、ティムの耳元でささやく。

「あなたの事を、応援する。だから、私からあなたへの最後のプレゼントを受け取って欲しいの。私の真心が籠もった、最後のプレゼントを」

彼女の意味深な言葉が、ティムの心に、深く刻み込まれる。

「マリア、だから、お願いだ。最後だなんて、言わないでくれ。私達は、また、再び合う事が出来るのだから」

マリアは、黙って頷く。

「分かったわ、ティム。そうよ。私からあなたへのプレゼントは、再び、私達が出会える様に、願いを賭けた物なのだから」

彼女は、語り続ける。

「あなたは、博士をファイブから追い出したところで、この戦いが終わると考えているのかも知れないけれど、それは大きな間違いよ。これは、私からの忠告。ファイブの連中は、これまでずっと、博士と渡り合ってきた、歴戦の強者ばかり。あなたが簡単に勝てる様な相手ではないのよ」

マリアは、博士無き後の、ファイブをも念頭に置いて、忠告を与える。

「ファイブでの人脳間会話は、人脳カースト内とは、桁違いに濃密よ。それを可能としているのは、ファイブの特権者達だけが持てる、莫大な量の資源。その資源を背景に、壮絶な量のデータ処理をこなしている。私は、ファイブのメンテナンスをしていたから分かるの。そこは、別世界。今の状態であなたが近付いても、圧倒されるだけよ。膨大な資源を使いこなせる彼等は、普通の人脳では無い。真に人工海馬の機能を使い切っているのは、彼等だけかも知れない。博士が居なくなったからと言って、決して、油断しないで。特に、エレナは、魔女よ。恐ろしい、呪文を繰り出す魔女。だから、私が、あなたの事を守ってあげる。私が、お守りの魔法を掛けてあげる。私の真心を込めた魔法を」

そう言うと、再びマリアは、ティムの人脳を強く抱きしめる。子供を守る母親の様に。

ティムの人脳が安置されている部屋の入り口では、ハオランとダニーが固まっていた。大変な物を見てしまった。とても、部屋に入っていける雰囲気では無い。そこは、二人だけの空間であった。恋人同士の二人だけの空間、そこに足を踏み入れる勇気は、彼等には無かった。


コスモス・ジャパンでは、本社へ送り出す忍者アンドロイドの壮行会が行われた。アンドロイドの使い手は、ティム、ジェフ、ケイト。何れ劣らぬ、格闘術の達人だ。当然、本名は伏せて、送り出す事になる。彼等は、最新式の6足アンドロイドを相手に、激しい稽古を積み重ねてきた。そして、今では、十分な手応えを感じ取っている。アンドロイド戦に向けて、視界は良好だ。

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