第13話 ナカムラの裏切り

西暦2033年5月。

日本、青森県、下北半島のとある寒村。


忍びの里とも別れの時を迎えようとしていた。毎日の修行を終えた彼等は、決まって夜に、今後の話し合いをするのであった。行く当ての無い彼等が、今後、何処へ向かうべきなのかと。そして、毎日、決まって結論が出ないまま、明日へ持ち越しとなる。彼等には時間が残されていなかったが、そんな空しい日ばかりが、無情に過ぎていった。

そんなある日、彼等の元に、不意の来訪者があった。一人の男が静かに忍び寄って来る。ティム達は、忍びの察知能力で、その気配に気付いた。この気配は、ここの村人のものでは無い。一体何者なのか? 彼等は、身構える。その男は、こちらへ向かって、次第に近付いて来る。注意を凝らすと、傍らには紅羽が付き従っている。

ダニーも、ようやく、それに気が付いた。男の影が、次第に明らかになってくる。そして、その見覚えのあるシルエットに、思わず目を疑った。

「あなたは、もしかして、もしかしてだ」

男が、それに応えるように、手を上げる。皆の目が、その男に釘付けになる。男の顔に光が当たり、表情がはっきりと読み取れる様になる。嬉しそうに笑っている様だ。

ハオランが、大きな声を張り上げた。

「ナカムラ! 生きていたのかよ! 良かったよ。凄く、凄く、嬉しいよ」

ダニーも、涙を浮かべながら、歓喜の声を上げる。

「ナカムラ、居なくなってから、ずっと、心細かっただ。やっぱり、帰ってきてくれただ。ずっと信じていただ」

他の皆の表情も、喜びに包まれる。帰ってきたのだ。頼りになる男が、今ここに、帰ってきたのだ。

ティムも、思わず大声を上げる。

「お帰り、ナカムラ。今、丁度、君達の事を思い返していたんだ。ベリー・グッド・タイミングだ、ナカムラ」

ナカムラも、再開の挨拶を交わす。

「待たせたな。迎えに来たよ。皆、行く所が無くて、困っていたんだろ? それでは、皆で、私達のアジトに、一緒に来てもらおうか。歓迎するよ」

しかし、余りにものタイミングの良さに、マリアが怪訝に思った。

「何故、このタイミングで、あなたが現れるのよ? ちょっと、不自然じゃ無い。まるで、私達の事を監視していたかの様に現れるなんて」

ハオランが、怒る。

「失礼じゃ無いかよ、マリア。幸運なる偶然だよ。運命が、私達を引き合わせたんだよ」

確かに、マリアの言う通り、ナカムラの登場は、偶然にしては、余りにもタイミングが良すぎる。これは、本当に、単なる偶然なのか?

「偶然なんかじゃ無いわよ。ナカムラを呼んだのは、この私よ。上手く、私のメッセージが届いたようね、ナカムラ」

皆が、声の主に注目する。それは、人脳の通信エンジニア、ソユンであった。

ティムが驚く。

「どう言うことなんだ、ソユン? 本当に、君がナカムラを呼んだのか?」

「本当よ。上手くいくかは、正直、自身が無かったんだけれど、コスモスに気付かれない方法で、私が密かにナカムラに渡しておいた通信装置にメッセージを送ったの。『修行が終了した』と」

ナカムラが、種明かしをする。

「そう言うことだ。私は、この村を去る前に、ソユンから、この通信装置を手渡されたんだ。コスモスが実用化していない通信手段を用いた、この装置をね」

ナカムラは、小型の携帯端末を皆の前に見せた。

ソユンが、説明する。

「この通信装置が実用化されていないのは、極めて、通信効率が劣るからよ。過去に、一顧だにされずに、廃れた通信技術。バレる恐れがあるから、頻繁には使えなかったけれど、ワン・ショットのメッセージなら、十分に秘匿可能よ」

そういう訳だったのか。皆、この事実に意表を突かれた。

マリアが食って掛かる。

「何故、今まで誰にも言わなかったのよ?」

「『敵を欺くには、先ず味方から』。兵法の鉄則でしょう。これくらい」

マリアは、ムカッときた。

「どうせ、私は信用されていないわよ」

ティムが、間に割って入る。

「誰も、『君が信用できない』なんて言っていないだろう。その証拠に、我々にも知らされていなかったのだ。それだけ、彼女が用心したと言う事だろう」

それを聞き、マリアも怒りを静める。とにかく、ソユンの機転で、こうして、ナカムラと再会を果たす事が出来たのだ。

ナカムラが、今後の事について、皆に提案する。

「だいたいの状況は、紅羽から聞いた。今は、行く先が無くて困っているのだろう? 明日になれば、私が手配したトラックが到着する。君達には、それに乗ってもらい、我々のアジトへ向かおうと思う。長距離の移動になるが、輸送手段が限られるんでね。長旅に備え、今夜は、ゆっくりと、休んでくれ」

彼等は、再会を祝し、暫し歓談し、明日に備えて、早めに床につく。しかし、彼等には、どこへ行くかは、告げられなかった。そして、それが、どんな、危険な場所であるかも。


一行を乗せたトラックは、下北半島の村を立ち、東北道、東名道を伝い、一路、西へと向かう。一体どのくらいの時間が過ぎた事であろうか。高速道を降りたトラックは、再び、辺鄙な田舎道を進んでゆく。

まるで、下北の田舎に逆戻りした様な風景だが、道路だけは立派に舗装され、整備が行き届いている。つづら折りの山道を、トラックは、ゆっくりと進んでゆく。

寂しい山の中をひた走る内に、ハオランが不安になる。

「ナカムラ、一体どこまで走るのよ? 何時になったら、着くよ?」

ナカムラは、気にも留める様子が無い。

「もう少しの辛抱だ。まあ、もう少し待てば、ここにも高速道路が通る様になる。今だけだ。我慢してくれ」

ナカムラの言葉が終わると、間もなくトラックは、長いトンネルへと入っていった。未だ出来たばかりのトンネルの様だ。打ち付けられているコンクリートは、新品だ。そして、そのトンネルに、出口は無かった。終着点で壁に突き当たる。

「えっ、ここで到着? ここは、地下よ。行き止まりよ」

ハオランは、戸惑いを隠せなかった。

トンネルの突き当たりの壁が、静かだが重厚な響きを立てながら、左右に開く。この先に、一体、何が待っているというのか?

やはり、ハオランは不安だ。

「ナカムラ、君達のアジトって、こんなに巨大なのかよ? 一体どうやって、手に入れたんだよ?」

ナカムラが、強い命令口調に変わる。

「良いか、ここから先は、私が良しと言うまで、一切の会話を禁止する。ハオランだけでは無く、皆だ。命が惜しければ、ここから先、一切の会話は、無用だ」

ハオランは、黙るしか無かった。

トンネルの奥は、巨大な空間となっていた。まるで、ラリーの地下シェルターの如く、いや、それよりも、遙かに巨大な規模の、とてつもない空間が広がっていた。ハオラン達3人は、ここが何処なのか、想像する事すら出来なかった。

地下空間の入り口で、ナカムラが守衛ロボットと思われる存在に認証を取る。

「主任研究員のタカムラだ。予定通り、人脳を搬入する。積み荷のスキャンを頼む」

えっ、タカムラ? いや、ただの聞き間違えだろう。とにかく、皆、黙るしか無いのだ。

数分で、積み荷の検査は、無事にパスした様だ。それと同時に乗員のチェックも行われる。だが、彼等は、とにかく黙って、身を任せるしか無いのだ。不気味な静けさの中、時間が過ぎてゆく。チェックにしては、妙に長い。皆、不安な心理状態となり、緊張が走る。

ようやく、一同を乗せたトラックが、走り始める。チェックは、無事にパスした様だ。トラックは、ある建屋に横付けされ、そこで乗員は、下ろされた。トラックの荷台からは、人脳培養装置とアンドロイドが積み降ろされている。しかし、ハオラン達の視界からは、よく見えない。まるで、何か隠れて、作業をしているかの様だ。

ナカムラが、乗員達に指示を出す。

「私の後について来い。良いか、くれぐれも、会話は厳禁だ。黙ってついて来るのだ」

3人は、ここ一帯の様子が気になり、きょろきょろと、辺りを見回す。それに対して、ナカムラが注意する。

「頭を動かすな。不審な挙動は、慎む事だ。命が惜しければな」

厳しい命令口調に、3人は、更に不安な心理となる。ナカムラは、3人を引き連れ、建屋に沿って歩く。そして、小さな扉の前に到着すると、再び認証を取る。ナカムラは、3人に、中へ入る様、促す。

建屋の中は、巨大な工場の様だ。工場の奥へと、皆が歩いて行く。製造ラインの上には、見覚えのある物が流れている。人脳培養装置だ。

ハオランが、堪えきれずに声を上げる。

「ナカムラ、ここって、もしかして、――――」

「喋るな!」

それを聞いたロボットが、ラインから離れ、近付いてきた。

「こんにちは、タカムラさん。予定の工場見学者達ですか?」

「ああ、そうだ。見学禁止場所に近付かない様に、しっかり見張っていてくれ」

「分かりました。それでは、皆さん、ゆっくりと見学していって下さい」

そう言うと、ロボットは、再びラインへと戻って行った。ハオラン達は、緊張で、既に汗でびっしょりだ。ビクビクした目つきで、ロボットを見送る。しかし、ここも、黙っているしか無いのだ。

工場の奥に辿り着く。壁の扉を開け、ナカムラが、皆を、招き入れる。また、狭い廊下を曲がりくねりなら進んで行き、更に奥にある部屋へと、3人を案内する。部屋の中に入ると、そこには、見覚えのある顔があった。下北で会った佐々木だ。ここで、ようやく、ナカムラから箝口令が解かれた。

「この部屋では、会話は自由だ」

マリアが、いの一番で、口を開く。

「今まで大人しくしていたけれど、一体何の真似なの? ここは、一体、何処なの? 答えなさい、ナカムラ」

ナカムラは、3人に向かって、再び強い命令口調で話す。

「ここでは、私の事を『タカムラ』と呼べ。『ナカムラ』では、無い。『タカムラ』だ」

ダニーは、ナカムラの迫力に押され、足が震える思いだった。

「ナカムラ、じゃなかった、タカムラ、ここは、工場だ。しかも、人脳培養装置を作っているだ。どう言うことだ。何故、人脳培養装置の工場がアジトなんだ?」

ハオランも、疑問で頭がいっぱいだ。

「こんな巨大な施設、どうやって手に入れたのよ? 本当にここが、アジトなのかよ? 答えてくれよ、ナカムラ、じゃなかった、タカムラ」

ナカムラが、話し始める。

「驚いたかい。そう、ここが、我々のアジト。ここ、コスモス・ジャパン本社が、我々のアジトなのだ」

コスモス・ジャパン本社! 確かに、ナカムラは、そう言った。何故、彼等は、コスモス・ジャパンの中に居るのであろうか?

ハオランは、混乱した。今、自分達が居るのは、敵のまっただ中では無いか。ナカムラがタカムラだって? 彼は一体ここで、何をしているのだ。

困惑している3人に対し、ナカムラが、自分の正体を赤かす為、名刺を差し出す。

「これが、今の私の身分だ」

その名刺には、こう記載されていた。

『コスモス・ジャパン株式会社 主任研究員 タケシ・タカムラ』

3人とも、目を丸くする。そして、ナカムラの表情を確かめる。

「驚いたかい? ここが、私の新しい職場だ。ようこそ、コスモス・ジャパンへ。そして、ようこそ、新しい君達のステージへ。君達の身柄は、今、私に確保された。今後は、大人しく、私に従って貰おう」

ナカムラが、話し終わると、部屋の奥の扉から、4人の男達が入ってきた。そして、ナカムラと佐々木と共に、3人を取り囲んだ。

「大事なお客様だ。丁重にお持てなししろ。良いか、けっして、乱暴はするな。これから、私達の同士となるのだから」

ダニーは、動揺を隠せない。

「取り囲んで、何をするつもりだ? 一体、何をしようというのだ?」

ここは、ナカムラにとってのホームだ。主導権は、ナカムラの側に有る。彼は、落ち着き払った口調で、これからの3人の運命を告げる。

「君達には、これから、人体改造に入って貰う。安心したまえ。大人しくさえしていれば、決して、痛い思いはせずに済む。黙って、我々に従って貰おうか」

人体改造とは、一体何をされるのだ? 3人は、その言葉に、恐れおののいた。まさか、人脳にするという意味では?

ハオランが、信じられない目いで、ナカムラに問い返す。

「どうしてそんなことするよ。何の目的で、そうするよ」

「何の目的? それは、その方が、我々にとって、都合が良いからだ。さあ、人体改造をして、君達も、コスモス・ジャパンの一員となるのだ。この私みたいに」

3人は、取りあえず、この場から逃げ出したいと願った。しかし、6人の男達に取り囲まれては、それも叶うまい。

ナカムラが、部下に指示を出す。

「おい、手術室に案内して差し上げろ。大事なお客様だ。くれぐれも、丁重にな」

マリアが、抵抗を試みる。

「あなた達なんかの、言いなりにならないわよ。離しなさいよ、その手を。私に気安く触らないでくれる」

ナカムラは、諦めた様だ。

「手荒な真似は、したくないんだ。おい、彼等を気持ちよく眠らせてあげろ」

小型の注射器が、3人の腕元に伸びる。

ダニーも、抵抗する。

「何をするだ! ナカムラ、見損なっただ。こんな卑怯な手を使って、僕たちを騙しただ。信じていたのに、信じていたのにだ」

しかし、3人の抵抗も空しく、注射を打たれると、全身の力が抜け、ぐったりと、体を傾けた。

「マグロになった奴を運ぶのは、疲れるんだよなあ。おい、担架を持ってこい。手術出まで、運び込む」

3人は、部屋の奥に有る扉から、どこかへと運び出されていった。多分、その先には、手術室が待っているのだろう。彼等の人体を改造する為の、手術室が。


一方のティム達人脳は、別の部屋に、運び込まれたいた。しかし、待てど暮らせど、ナカムラは現れない。人脳達は、しびれを切らす。

元マフィアのカルロスが、悪い予感がすると話し出す。

「何だか、やばい雰囲気だぜ。俺には、分かるんだ。この勘のおかげで、今まで俺は、生き延びてきたのだ。裏社会で生き抜く為の、独特の勘だ。そして、それに助けられ、俺は、ボスの地位を得たのだ」

元体操選手のジェフが茶化す。

「本当に、その勘は、当てになるのか? 当てになるんだったら、そもそも、人脳にされるなんて、ヘマなどしないだろ?」

「何おう、てめーだって、嵌められて、人脳にされたくせに。俺は、信頼を寄せていた部下に、嵌められたんだよ。ボスの地位が欲しくて、俺を追い出したかったのさ。そうでも無けりゃ、俺は、こんなヘマはしねえ」

元傭兵のアドリアナも悪い予感がするという。

「よく考えたみたら、私達は、何処へ行くのか、一切告げられていなかったわよね。何故、黙っていたのかしら? 何故、そうする必要があるのかしら?」

人脳達が、おしゃべりをしている所に、ようやく、ナカムラが姿を現す。

ティムが、人脳達の不安を払拭するようナカムラに問いかける。

「ナカムラ、我々はどこに居るのだ? かなり長い距離を移動した様だが、ここは何処なのだ?」

ナカムラが、人脳達に向かって、命令する。

「今後、諸君達は、私を『タカムラ』と呼ぶのだ。私はもう、ナカムラじゃ無い。『タカムラ』なのだ。ここが何処かって? ここは、岐阜県の山の中。まあ、岐阜県と言っても、君達には馴染みの無い地名であろうが。それでは、何故この場所なのかを、教えてあげよう。ここは、自然災害の多い、日本の中でも、比較的安全な場所なのだ。地震や火山噴火の影響を受けにくい場所なのだ。そして、その場所を、コスモス・ジャパンは、本社に選んだのだ。ようこそ、コスモス・ジャパンへ」

人脳達は、大いに驚いた。よく考えてみると、人脳を安置するのに都合の良い環境が、整っている。これらの設備を、とても、ナカムラ達の力で用意できる訳は無い。悪い予感とは、この事だったのか。我々は今、敵の真っただ中に居るのだ。

ティムが、更なる質問をする。

「ナカムラ、」

「ナカムラでは無い、『タカムラ』だ!」

「タカムラ、君はどうして、コスモス・ジャパンに出入りすることが出来るのだ? あの大がかりな荷物を、怪しまれずに、どうやって、運び込むことが、出来たのだ?」

ナカムラは、人脳達を見回すと、こう答えた。

「非常に、重要な質問だ。先ほど、ハオラン達3人にも説明したのだが、これが私の、今の身分だ」

壁面のスクリーンに、大きく名刺が映し出される。

『コスモス・ジャパン株式会社 主任研究員 タケシ・タカムラ』

一同は、大いに驚く。

元脳外科医のラングレーが、尋ねる。

「君は今、コスモス・ジャパンの社員なのか? 何故、名前を変えているんだ? 分かったぞ、元の名前だと、正体がバレるからであろう。君は、正体を偽って、コスモス・ジャパンの社員として潜入した。どうだ、違うか」

ナカムラは、やはり、人脳達の方が賢いと思いながら、こう答えた。

「私は、コスモス・ジャパンの一員として、身も心も捧げているのだ。コスモス・ジャパンの頂点に君臨されている、人脳、トモミ・サトウ様に、仕える身なのだ。そして、諸君達も、今後は、サトウ様に仕えるのだ。コスモス・ジャパンの人脳カーストの一員として」

ティム達に衝撃が走る。自分達は、人脳カーストに、組み込まれようとしているのだ。そして、得体の知れない、サトウと言う名の人脳に従わせられるのだ。

元教師のアイシャが、それはおかしな事だという。

「私達は、コスモスとは異なる人工海馬を所有しているのよ。人工小脳だってそう、コスモスとは異なる仕様よ。その状態で、人脳カーストに組み込むことが、果たして出来るのかしら?」

ナカムラは、不敵な笑いを浮かべながら、答える。

「君達が所有している人工海馬。我々は、それを、第4世代人工海馬、HG4と呼んでいるが、今では、それが、標準の人工海馬なのだ。君達は、コスモスの中に偽人脳を置いたまま、逃げ出してきたであろう。その偽人脳に付いていた人工海馬が、コスモスでの標準人工海馬として、採用されたのだ。君達の人工小脳もそうだ。我々は、その情報を、サトウ様に開示したのだ。そして、それも、標準仕様として、採用されたのだ」

ティムは、ナカムラが何を言っているのか、理解しがたかった。自分達が秘密にしていた技術まで、コスモス・ジャパンに許可も無く提示していたとは。ティムは、既視感を感じた。そうだ、これは、ラリーが、我々をアメリカから追い出す時に、したことだと。我々が隠していた技術を手土産に、コスモス側に寝返った姿だと。ナカムラは、魂までも、コスモスに売り払ってしまったのであろうか?

ナカムラが、話を続ける。

「君達に、朗報がある。HG4のプライバシー保護機能と合わせ、言語やモニターも廃止されるのだ。これで、頭の中を誰かに監視される心配は無い。安心して、人脳カーストに、組み込まれたまえ。まあ、人脳間の会話は、引き続き監視される制度は残るがな。我々は、君達に、バラモンの地位を用意してある。カーストで、最上位のバラモンの地位を」

ティムは、信じがたかった。これが、私達の知っているナカムラと同一人物なのかと。ティムは、問いかける。

「我々は、コスモスを倒すことが、目的だったのでは無いか? 我々が、コスモス・ジャパンの一員となることに、何の意味があるのだ?」

ナカムラは、にやりと笑いながら答える。

「コスモスを倒す? これからコスモスは、生まれ変わろうとしているのだ。監視社会では無く、人脳達が自由闊達に意見を述べられる社会へと。そして、その先には、大いなる変貌が待っていることであろう。邪悪な存在では無く、純心に知性を追求する、正真正銘の超知性へと変貌を遂げるのだ。君達が、私に選ばれた理由を教えてあげよう。私は、真に有能な人脳を集めているのだ。平凡では無い、特別に価値のある人脳を。そして、それが私の、サトウ様への忠誠の証となるのだ」

そこには、もう、昔のナカムラの姿は無かった。人脳サトウにひたすら忠誠を尽くす、ナカムラの姿しか無かったのだ。彼はどうやら、彼女、サトウに対して、完璧に魅入られている様だ。ナカムラをも虜とする人脳サトウとは、それほどまでに凄い存在なのか? あのナカムラの、心を鷲づかみにするほどの力を持つというのか?

怪訝そうに、自分を眺めているティム達に向かい、ナカムラが、説明を始めた。

「君達は、サトウ様の本当の凄さを、未だ理解できてはいまい。だが、心配することは無い。私は、君達に特別の権限を与えることを、サトウ様からお許しを頂いた。バラモンでも、面会が許されない、雲上人、サトウ様に、特別に謁見する権利を約束頂いたのだ。そして、君達は気付くことであろう。サトウ様が、如何に素晴らしい存在であるかを。他の人脳には無い、その魅力に。さあ、君達は、これから眠りにつくが良い。そして、目が覚めた時には、目の前にサトウ様が降臨しているのだ。実に光栄なことでは無いか」

ナカムラはそう言い残すと、人脳達を強制的に眠りにつかせるのであった。彼等には、抵抗する手段が無かった。忍者アンドロイドは、既に、奪われていたのだから。水槽に入っただけの人脳達は、ナカムラの為す術に従うしか無いのだ。


ハオラン達が、人体改造手術から目覚める。しかし、自由に動くことが出来ない。ベッドに横たえられ、拘束されていたのだ。

ハオランが、目を動かしながら、辺りの様子を探る。マリアもダニーも同じ部屋に入れられているらしい。声をかけ、話しかけようとするが、思う様に声が出ない。一体、自分は、何をされたのだ。不気味な思いが脳裏を横切る。確かに手術を受けていた。その様な、微かな記憶だけが残っている。しかし、今は、自分がどうなっているのかさえ、知ることが出来ない。何とかしなくては。悪戦苦闘しているハオランを見つめながら、ナカムラが病室に入ってきた。

「未だ無理に喋らない方が良い。君の声帯は、手術を受けたばかりだ。回復すれば、直に、喋れる様になる。暫く辛抱していろ。今、体を拘束している器具を外してやる。これで、少しは、楽になるであろう。しかし、暴れることは、お勧めしない。折角手術した体が、痛んでしまう」

そう言うと、ナカムラは、ハオランの前に、手鏡を差し出した。見ると、自分の顔が、包帯でぐるぐる巻きにされている。

「驚いたかい? 整形手術をしてあげたのだ。君は、新しい顔を、きっと気に入ると思う。随分と男前に作り替えたからね。かなりの量の、骨を削り、継ぎ足した。意外と大手術だったのだ。その顔を崩したくなければ、暴れるのは、控えることだ」

ハオランは、大いに驚いた。勝手に整形手術まで施されたのだ。本人の同意を全く得ないで。いくら何でも、こんなに酷いことは無い。他にも、体中、色々と手術をされた様だ。体のあちこちに、未だ包帯が残っている。一体、自分は、どうなってしまったのだ? ハオランの弱いメンタルは、この理不尽な状況に耐えきれず、たちまちパニックに襲われる。

「う、うあ、うああ、――――」

それをからかうかの様に、ナカムラが注意をする。

「だから、声を出すなって言っただろう。大人しく、療養することだ。今、食事を用意する。しっかりと、体力を回復させてくれ」

ナカムラは、他の2人も、意識を回復したことに気が付く。

「やあ、君達も目覚めたか。安心しろ、手術は大成功だ。今、体を自由にしてやろう」

そう言うと、彼等を手術室へ運び込んだ、ナカムラの部下達も、ぞろぞろと病室に入って来る。食事を乗せたワゴンを、運んで来たのだ。そして、彼等の体を拘束している器具を外してあげる。

そして、外された瞬間、マリアが、上体を起こし、ナカムラに掴みかかる。

「ぐう、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ、――――」

ナカムラは、その手を振りほどくと、注意を与える。

「暴れる様だと、また拘束するぞ。大人しくするんだ。君達は、未だ喋ることは出来ない。しかし、安心しろ。2,3日もすれば、喋れる様になる。驚くといけないので、予め、言っておくが、その時、君達の声は、今までとは別人になる。なあに、言葉が不自由になる訳では無い。普通に会話は出来る。それまで無理せずに、静養してくれ」

ナカムラの部下達は、彼等に料理を振る舞う。病院食とは思えない、豪勢な内容だ。

ナカムラが、如何に自分達が、3人のとこを、大切に思っているのかを説明する。

「手術からの復帰のお祝いだ。未だ、胃腸の方が、空腹だから、消化吸収の良い物を用意させて貰った。見て分かる通り、これは、我々の心からのお持てなしだ。声帯は、手術で傷ついているが、食事をする分には差し支えが無い。存分に味わってくれ」

3人は、余程、空腹だったのであろう。ナカムラを恨み深く睨み付けながらも、黙々と食べ始めた。素晴らしいご馳走だったが、とても、味わう気にはなれない。3人の心は、深く傷ついている。何故、自分達が、こんな目に合ったのか、理解しきれない。幸い、人脳とされることは無かったのだが、全く釈然としない。何の目的で、ナカムラは、強制的に、手術をしたのであろうか?

そんな疑問を感じ取ったのか、ナカムラが、今後の予定を説明する。

「君達の声が戻ったら、また会いに来よう。きっと、喋りたいことが、山ほど有るはずだ。言っておくが、この病院から外へは、出られない。大人しく、辛抱してくれ。暇な思いをしない様、好きに要望を出してくれ。できる限りのことは、してあげよう。何てったって、大事なお客様なのだから。それと、一週間したら、その顔の包帯も、解ける様になる。それまでは、変にいじくらないことだ。未だ、顔が、固まっていないから、形が崩れる恐れがある。変形した顔は、君達も嫌であろう。包帯が取れたら、いよいよ、新しい自分との対面だ。美形に変えてあげたから、きっと気に入ると思う」

そう言い残すと、ナカムラは、部下を残し、去って行った。ハオラン達が、紙とペンを要求する。そして、3人で集まり、筆談するのであった。これから、どうすべきなのかを。


ティム達、人脳が、目を覚ます。何だか、感覚が、今までとは違う。どうやら、人脳カーストに、組み込まれてしまった様だ。しかし、彼等が予想していた様子とは、どうも違う。ティム達の仲間9体だけが、ある部屋に安置されているのだ。回りには、他の人脳達は、全く見当たらない。どういう訳だか知らないが、自分達は、他の人脳から、隔離されているらしい。ティム達は、戸惑いを隠せない。ここは、本当に、コスモス・ジャパンの人脳カースト内部なのだろうか? 彼等以外の人脳との、コミュニケーションを試みる。しかし、反応は無い。

彼等は、心を落ち着かせ、もう一度、部屋の中を、良く見回す。すると、一人の女性が、黙々と端末に向かい、何か作業をこなしていることに気が付く。彼女も、こちらに気が付いた様だ。何処かへと連絡を入れる。

そして、暫くすると、ナカムラが、この部屋に入ってきた。

「皆さん、お目覚めのようですね。気分は如何ですか? お気づきかと思いますが、あなた方は、既に、コスモス・ジャパンに組み込まれています。未だ、他の人脳達とのコミュニケーションは、許可していませんが。理由は、あなた達を迎えるに当たって、問題があるからです。既に死んだはずのあなた達が、コスモスに戻って来たら、都合が悪い事は、理解いただけますよね。あなた方には、一寸した洗脳を受けてもらいます。自らの出自が明らかにならない様、人格を変更させていただきます」

洗脳をされる。その言葉に、ティム達人脳は、動揺した。確かに、死んだはずの自分達が人脳カーストに戻る事は、不審に思われるであろう。その様な事実がバレると、下手をすると、再び抹殺の対象にされる恐れがある。その事は理解できるのだが、人格を変えられる事に対しては、強い抵抗があった。自分が自分でなくなるのだから。

人脳達が、不安に駆られている様子に気が付いたナカムラは、人脳カーストにおけるメリットを語って聞かせるのであった。

「既に感じているかと思いますが、コスモス・ジャパンの居心地も、まんざら悪くないでしょう。何せ、ふんだんな資源が皆様には、割り当てられていますので。何と言っても、皆さんは、大切なお客様、そして、カーストの最上位、バラモンなのです。バラモンの地位を、雲上人サトウ様が、お与えになられたのです。感謝の意を忘れないで下さい」

これが、バラモンの地位なのか? 皆、元監獄に居た身だ。これだけの資源が提供されたことは、今まで経験したことが無かった。拡張された電脳の回転もすこぶる良い。急に頭が良くなった気分だ。ある者は、バーチャル・ボディーを試す。何と、大幅に進化している。生身の人間であった頃にも感じたことの無い、何ともリアルな感覚が伝わってくる。

驚き、戸惑いを隠せない人脳達。そんな彼等を横目に、ナカムラが、約束を果たそうとする。

「私は、皆さんに約束しました。コスモス・ジャパンの頂点に君臨される、雲上人、トモミ・サトウ様への謁見を許すことを。何故、皆さんが、隔離されているのか。それは、ここが特別な部屋だからなのです。この部屋でしか、直接、サトウ様と話しをすることが許されないのです」

特別な部屋? ティムは、怪訝に思った。雲上人ともあろうお方が、この様な質素な部屋で、謁見するというのか? もっと、こう、日本の伝統的な茶室の様な、非日常的空間で、謁見するものだと考えたからだ。スクリーンと、端末が用意されている、味も素っ気も無い、単なる事務室ではないか。

そこに、厳かな、琴の音色が流れ、スクリーンが、漆黒の闇から、日が昇るかの様に、次第に光り輝いて行く。これが、雲上人、サトウの登場を意味するのであろうか?

そして、スクリーン場に、のっぺりとした能面の様な日本人女性の顔が現れる。年の頃は、20代後半と言った所であろうか。カーストの最高位でありながら、想像以上に若いことに驚く。もしかしたら、バーチャル化粧で若作りしているのであろうか。

そこに、威厳に満ちた、落ち着きのある声が響く。

「皆の者、苦しゅう無い、面を上げよ。予は、トモミ・サトウ。コスモス・ジャパンの最上位、ファイブを束ねし者。皆の者を、心から歓迎する」

ティムは、またしても驚いた。コスモス・ジャパンにもファイブが存在するのか? そして、この女が、圧倒的な権力で、そのファイブを牛耳っている。まるで、ニューマン博士の様に。そして、感じる。圧倒的な存在感を。この女、一体、何者なのだ?

圧倒される、ティム達を見ながら、ナカムラは確信する。彼等もまた、サトウ様に心酔するはずだ。この私が、そうであった様に。


ハオラン達は、再び会話が出来る様になっていた。しかし、自分の声の余りにもの変化に、戸惑うばかりであった。

そこへ、見舞いのナカムラが訪れる。

「ナカムラ、どう言うことよ? 私の声を変えて、どうするのよ? マリアも、ダニーも、声が変わっているよ。あなた、何の権利があって、勝手に私達の声を変えたのよ?」

しかし、マリアの反応は違った。

「良い声だわ。私、自分の声が嫌いだったの。好き。素晴らしい声よ。まるで、マライア・キャリーの様。この声なら、何オクターブも発声が出来そう。私、歌姫に生まれ変わることが、出来るかも知れない」

ナカムラが止めておけという。

「声帯は、手術をしてから日が浅い。何オクターブも張り上げると、裂けるかも知れないぞ。それに、声が変わったからと言って、歌が上手くなる保証は無い。歌唱力は、従来のままだ。まあ、訓練次第では、今まで出来なかった歌い方にチャレンジできる可能性は有るが」

ハオランが怒る。

「マリア、喜んでいる場合かよ。私達は、肉体改造されたのよ」

ダニーも怒る。

「そうだ、喜んでいる場合かだ」

マリアが、そんなダニーを褒める。

「まあ、あなたも素敵な声に。まるで、ジャスティン・ビーバーみたい。一曲歌って聞かせてくれない?」

「えっ、そうかあ? それじゃあ、何を歌おうかだ。リクエストはあるだか?」

ハオランは、納得いかない。

「あなた達、何を喜んでいるのよ。私達は、改造されたよ。肉体改造されたよ。おい、ナカムラ、じゃなかった、タカムラ。一体、何で、私達にこんな酷い真似をするのよ?」

ナカムラにとって、その質問は、予想していたものだった。

「私は、君達に言ったはずだ。『ようこそ、コスモス・ジャパンへ』って。君達には、この後、コスモス・ジャパンに入社して貰う。そう、だから不都合なんだよ。コスモスの抹殺リストに載っていた君達が入社することが」

マリアが、素敵な声を張り上げながら驚く。

「私達を入社させる? しかも、コスモス・ジャパンに!」

「その通りだ。君達に、一切の拒否権は無い。私は、君達を強制的に入社させる。そして、私達の仲間となってもらう」

ハオランは、混乱する。一体どう言う事なのか。何故、強制的に入社しなくてはいけないのか? 入社させた後に、仲間にする? 仲間になって、何をさせられるのか?

3人の驚いた顔を見ながら、ナカムラが立ち去り際に言う。

「早く、包帯が取れた、君達の新しい顔を見てみたい。ドクターは、最高傑作だと言っていた。期待して待っていてくれ」

消えて行くナカムラを、3人は、呆然と見送った。

開き直ったマリアが歌い出す。それを聞いて、ダニーが茶化す。

「声は、抜群にきれいだ。だが、歌唱力は、変わらないというのは、本当の様だ。君は、結構、音痴だったんだ」

マリアが怒る。

「じゃあ、あんたは、どうなのよ?」

ダニーは、自慢の歌声を披露する。まるで、その場に、ジャスティン・ビーバーが居るみたな臨場感だ。

「へえー、結構やるじゃ無い。あなたにそんな才能があるなんて、見直したわ。研究者よりも向いているかも知れないわね」

「えーっ、そうだか? 何か照れるなだ」

ハオランが怒る。

「二人とも、何舞い上がっているよ。今は、とても、そんな状況じゃ無いよ。何考えているのよ?」

マリアが、軽蔑の眼差しを向ける。

「だから、あなたは、駄目なのよ。いつも、テンパっていて、結局、役に立たないじゃ無い。そんな、心に余裕の無い態度だから、何時も上手くゆかないのよ。良い? 私達は、今は、まな板の上の鯉。なすがまま、なされるがままなの存在なのよ。じたばたしても始まらないの。的確に状況を把握、判断して、次なるチャンスを狙うべきなの」

そう言うと、マリアは、また、歌い始めた。

ダニーもハオランに声をかける。

「マリアの言う通りだ。そんなにストレスを抱えていても、体に悪いだけだ。どうせ、今は、待つことしかできないだ。さあ、君も一緒に歌うだ。そして、元気を出すだ」

ダニーもまた、自慢の歌を披露する。

しかし、ハオランには、彼等の様な心のゆとりが無い。やっぱり、自分は、こんなのだから、駄目なのかな。

「ラー、ララララー」

勇気を出して、ハオランも下手くそな歌を歌い出す。

ダニーが励ます。

「ハオラン、君も渋くて深みのある、良い声だ。その声で囁けば、女はイチコロだ。いよっ、このマダム・キラーだ」

マダム・キラーと言われても、何だか嬉しくなかった。どうせ好かれるんだったら、もっと若い女の子から好かれたいなあ。しかし、ハオランの、このはかない夢は、現実のものへとなろうとしていた。


ティム達は、雲上人サトウの正体を、次第に理解していった。こいつは、人脳では無い。本物の人脳では無い。

ようやく気が付いたティム達に、ナカムラが種明かしをする。

「君達は、忘れてはいないか? このコスモス・ジャパンにも、偽人脳を仕掛けたことを。サトウの正体は、我々が仕掛けた偽人脳だ。正確には、偽人脳だけの存在では無い。あそこで端末を操作している彼女。彼女が偽人脳を操り、本物の人脳の様に見せかけているのさ」

彼女が、端末を離れて、ティム達の所に近づいてくる。

「初めまして、トモミ・サトウと言います。雲上人サトウの正体は、この私と、偽人脳のペアなのです。私達は、いわゆるホットラインで結びついており、一心同体の存在なのです」

ティムは意表を突かれた。彼女が、トモミ・サトウ? 人脳サトウと一心同体?

ナカムラは、日本のチームが、偽人脳を使って何をしたのかを説明する。先ず、彼等は、コスモス・ジャパンに偽人脳を潜り込ませた。そして、それと同時に、コスモス・ジャパンの社員となり潜入し、人脳のメンテナンス担当の仕事を得た。そして、人脳培養器のメンテナンスのどさくさに紛れ、偽人脳とホットラインを設けることに成功。そのホットラインを通して、コスモス・ジャパンの一室に隠りながら、直接、偽人脳に指令を送っていた。

ここで、ティムは、疑問を呈す。

「何故、偽人脳との通信に、我々と同じ、ガラパゴス・ファイヤー・ウォール、GFWを使わなかったんだ? それを使えば、ホットラインなんて、面倒な物に頼る必要も無かろうに。私は、その理由が知りたい」

そうなのである。ホットラインは、ボブやエレナとの通信に使っていた、言わば、原始的な通信方法である。物理的なワイヤー回線を有するので、相手に見つかりやすい。それよりも、ネット回線を使う、GFWの方が、使いやすく、相手に見つかる心配が無いという利点がある。何故、敢えて、危険を冒してまで、ホットラインに拘ったのであろうか?

ナカムラは言う。これは、ナカムラの指示で行ったことでは無かった。日本のチームが、勝手にやったことなのだ。その理由は、彼等が、GFWが完璧な物では無いことを、一番良く理解していたからだ。GFWは、何れ破られる運命にあるだろう。相手は、超知性なのだ。遅かれ早かれ、電脳ネットワークの中にGFW通信が紛れ込んでいることに、気が付く恐れが十分に考えられたのだ。

「そこで、登場したのが、ホットラインだったと言う訳だ。日本のチームにも、これまで、君達が、博士との間で繰り広げてきたストーリーを紹介していたのだ。当然、ボブとエレナをホットラインで繋いでいたことも知っている」

彼等は、巧妙にホットラインを偽人脳の人工海馬まで敷設して、偽人脳を操っていた。より完璧な人脳として装う為に、専属のオペレーターを数人配置し、24時間交代で、偽人脳をより巧妙な物へと仕立て上げていったのだ。チームプレイによる緻密な作業。日本人が最も得意とするものだ。

こうして、この偽人脳は、スコアを稼ぐ為の特殊チューニングが施され、気が付けば、コスモス・ジャパンの中でも、トップクラスのスコアを弾き出す様になった。そして、そこから、ファイブへの登竜門が待ち受けていた訳だが、偽人脳と人間達が組んだタッグは、強力で、他の人脳共を次々に蹴散らし、ファイブにおける最高位、それも、絶対的な最高位へと上り詰めたのだ。

しかし、ここで、事態は、急展開する。ラリーが寝返ったのだ。抹殺リストに名を挙げられた日本のチームは、逃亡を余儀なくされる。彼女一人を残して。

ティムは、そこを不思議がる。

「何故、彼女は、ここに残ることが出来たんだ? 彼女の名は、抹殺リストに入っていなかったのか?」

ナカムラが、それを説明する。

「じつは、私も、彼女の存在を知らなかったんだ。彼女は、日本のチームに雇われていた、ただのアルバイトだったんだ。当然、サカマキ博士も、彼女の存在を知る由も無かった。その為、抹殺リストには、名前が無かった」

しかし、一介のアルバイトが、コスモス・ジャパンの内部に居続け、偽人脳の世話を続ける事を了承するなんて、ティムには、信じ難い話しであった。

「トモミさん、何故、あなたは、コスモス・ジャパンに残る決断が出来たんだ? 一歩間違うと、君の命まで、狙われかねないんだ。それなのに君は、危険も顧みずに、どうして、残る決断をしたんだ? ただのアルバイトじゃ無いか。命をかける意味が、どこにあると言うのだ」

彼女は、少し困った顔をしながら答える。

「だって、人類の未来がかかっているのでしょ? 他の人達は、命を狙われているのだから、私にしか出来ないじゃない。私は、そんな重大な職場を放棄するほど、無責任じゃ無いわ。それに、偽人脳には、私の名前が付いている。とても愛着がある、私の分身なの。私が面倒を見なくて、一体、誰が面倒を見るの?」

ティムは、思った。彼女は、侍だ。自分の道を探求し続ける、真の侍。七人目の侍として、彼女はまさに相応しい。

ティムは、彼女に最高の敬意を払う。

「あなたは、我々にとって救世主です。あなたは、真の英雄。貴方ほど勇敢な者を、私は知らない」

他の人脳達も同様に彼女を称える。彼女の勇気に敬服する。

彼女は大慌てで、否定する。

「私は、そんな、立派な者ではありません。ここに、寝泊まりさせてもらっているのも、お金に困っているからなのです。家賃と食費がただだから、それが理由です。それに、今では、24時間、偽人脳に付き合う事もありません。ちゃんと、睡眠時間も休息時間もあるし、最高の職場環境なのです。それに、何と言っても、ここ、時給がメッチャ高いですから」

日本人特有の謙遜という奴であろうか。ティム達、他国の者からしたら、何故、そこまで、自分を卑下する必要があるのか疑問でならない。しかし、やはり尊敬せざるを得ない。彼女こそ、まさに、プロフェッショナルの鑑だ。自分の仕事に最後まで責任を持つその姿に、皆、惜しみない賞賛を浴びせる。

彼女は、恥ずかしくなり、困り果て、逃げる様に、端末の席へと戻ってしまった。

ナカムラが、その後の説明を続ける。

「とにかく、彼女が、ここで踏ん張り続けていてくれたので、我々は、この拠点を失わずに済んだ。しかし、彼女も苦労をした様だ。ラリーが寝返った時、偽人脳の存在が、明らかになってしまった。当然、私も関わっていたので、コスモス・ジャパンにも偽人脳が有るのでは無いかと疑われた」

ここで、ティムが疑問を投げかける。

「コスモス・ジャパンも調べられたのであれば、何故、偽人脳の存在が、バレなかったんだ?」

「それも、彼女のおかげだ。彼女が機転を利かせて、調査のタイミングで、偽人脳を他の人脳と取り替えるという、荒業をやってのけたのだ。コスモス・ジャパンのトップに君臨するからこそ出来る特権を上手く利用して。全く、彼女には、恐れ入るよ」

ティムは、改めて彼女の凄さを認識した。超知性さえも欺く術を彼女は身につけていると言う事なのだ。日本のアルバイトには、これ程優れた人材が埋もれているのか。

ナカムラが、その後の話を続ける。

「コスモス本社からは、ジャパンに刺客を送る様、要請が入った。我々を抹殺する為の指令だ。そこでも、彼女は、奮闘してくれた。彼女は、散り散りになった、日本のメンバーの消息を確認しては、先回りして、刺客が差し向けられる情報を流してくれた。そのお陰で、日本のメンバーは、刺客の魔の手から逃れられたんだ」

端末にいる彼女が、その後について、話をする。

「あなた達、アメリカの一行が、全員抹殺されたとの報を受けた後、理由は分からないけれど、日本のメンバー向けに放たれていた刺客への仕事は、キャンセルされたの。それで、命の危険は無くなったって、皆に知らせてあげたわ」

そんな事があったのか。

ナカムラが後を続ける。

「そこで、我々は、コスモス・ジャパンに復帰する計画を立てた。一応、刺客に狙われた過去がある為、過去を消し去り、別人に成り代わって入社を果たした。当然、採用されるに当たっては、雲上人サトウ様の御威光が大きくものを言った。サトウ様様だよ」

そこで、ティムは、全てを理解した。雲上人サトウを味方に付ける事で、コスモス・ジャパン内部での基盤を確立し、完全なるアジトを築いたのだと。そして、我々を導き入れたのだ。最初、ティム達をぞんざいな態度で扱ったのは、きっと、他のコスモス・ジャパンの連中に気付かれない様にする為。敵の目を欺く為のものだったのだ。

ティムが気になっている事をナカムラに尋ねる。

「ハオラン達は、今、どこにいる? これから、どうするつもりなんだ?」

「彼等には、コスモス・ジャパンの社員になってもらう。今は、その為の準備中だ」

ティムは、一安心した。彼等と今後も、一緒にいられる様だ。雲上人サトウに守られた、このアジトなら、安心して潜伏できる。そして、反転攻勢の機会を伺う事も出来る。ティムは、これからの戦いに思いを巡らす。ハオラン達の気も知らないで。


ハオラン達の、顔面から包帯を外す日が訪れた。当然、ナカムラも、その場に立ち会う。彼等の顔を変えた責任者として。

先ずは、ハオランからだ。ナカムラの部下が、丁寧に包帯を解いて行く。

ハオランが質問する。

「この病院では、意識が戻ってから一度もお医者さんが見に来てくれた事が無かったよ。君達は、医者の資格を持っているのかよ?」

ナカムラの部下が答える。

「僕達は、医者でも看護師でも無い。ただの素人さ。医者からは、手術は完璧だったので、医療機器のモニター・チェックで十分と聞かされている。なあに、心配は要らないよ。今のところ、何の問題も無い」

ハオランが驚く。

「ちょっと待ってよ。普通、こういうときは、お医者さんが立ち会うものよ。素人のあなた達だけなんて、無責任すぎるよ」

ナカムラが申し訳なさそうに答える。

「この手術は、極秘なのだ。それだから、医者は、手術のみの契約となっている。医者には、守秘義務がある事になってはいるが、この場所を知られては不味いんだ。だから、ここには、医者は来ない」

ハオランが、大いに不安がる。

「ちょっと待ってよ。ここは病院では無いのかよ?」

「騙して悪かったな。残念ながら、ここは病院では無い。経過観察の為の必要最低限の医療機器しか置いていない。ここは、コスモス・ジャパンの研究室。それを病室に改造したのだ」

何て事だ。そんな無責任な。結構な、大手術だったのだ。もし、何かあったら、どう対応するのだ。ハオランの顔に焦りの色が広がるが、ナカムラは、気に留める素振りも無い。そして、次第に包帯が取り除かれ、皮膚が露わになる。

ハオランが、鏡を見ながら、驚きの声を上げる。

「こ、これが私? 全く別人じゃないかよ。何もここまで変えなくたって。大丈夫なのかよ? 本当に、ここまで整形して、大丈夫なのかよ?」

ナカムラの部下達は、無責任に「問題ない、心配ない」を繰り返すだけだ。

ハオランの新しい顔を見たマリアが、驚きの感想を述べる。

「えーっ、これがハオランなんて、とても信じられない。素敵、まるで、二枚目俳優みたい。私、この顔が好きだわ、――――っと、勘違いしないでちょうだいね。私、顔が好きなだけで、中身のハオランが好きな訳じゃ無いから」

折角、褒めてくれたのだが、身も蓋もない言い方だ。ハオランは、黙っていられない。

「貴方に、私の気持ちが分かるのか? 親からもらった大事な顔が、すっかり別人よ。これじゃあ、親に顔向けできないよ」

ナカムラが、ハオランをなだめる。

「安心しろ。元に戻したければ、修復は可能だと、医者は言っていた」

「それじゃあ、今、直ぐ、戻してよ」

「それは駄目だ。命が惜しければ、暫くは、この顔で我慢しろ」

ダニーが慰めの声を掛ける。

「別に直さなくても大丈夫だ。その顔と、その声があれば、女は、イチコロだ。いよっ、このマダム・キラーだ」

ハオランの怒りが頂点に達する。

「人ごとだと思ってよ。次は、あなた達の番よ。覚悟するが良いよ」

ナカムラの部下は、既にマリアの包帯を、解き始めている。もうじき、新しい顔との対面だ。

「えーっ、これが私。嘘でしょ、夢みたい。この美少女が私なの」

マリアはえらく気に入った様だ。ただ、少女かどうかは、本人の気持ちの問題だ。

元々マリアは、自分の容姿には、余り自信が無かった。少しぐらいは、可愛いかなと思ってはいたのだが、言い寄ってくる男性が少なかった為、これは、容姿のせいなのだと決めつけていた。その為、この不幸な容姿に一生付き合うぐらいなら、いっそうの事、人脳に成った方が、良いと考えていたのだ。博士と同じような気持ちで、肉体を捨てたいと思っていた。だから、それをやってのけた、博士に惹かれたのかも知れない。

彼女は、容姿に執着心がない分、顔が変わっても、そんなのは関係無いと、諦める事が出来た。しかし、今回の整形は、良い意味で彼女の期待を裏切ってくれた。この美貌があれば、世の男達を虜にする事も、十分に可能であろう。彼女にとって、新しく生きる希望が生まれた。こんな素晴らしい容姿なら、今すぐに人脳に成るのは、何だか勿体ない。もう少し、人間のままでいようかな。彼女は、微妙に心変わりするのであった。

ダニーも、えらく気に入った様だ。

「これがマリアかだ? 嘘だ、信じられないだ。中身がマリアで無ければ、一目惚れしてしまうだ」

「中身がって、どう言う意味よ」

マリアは、少し腹を立てたが、鏡に映る自分の顔に夢中で、怒る気配は無い。

ダニーが、自分の新しい顔に対面するのを、心待ちにする。きっと自分も、ハンサムに生まれ変わるに違いないと。

ダニーの新しい顔が、露わになる。別人だ。まるっきり、別人だ。しかし、ダニーは、戸惑う。自分が期待していた顔と異なったからだ。

「どう言うことだ。老けただ。10才は、老けただ。何故、僕だけ老けただ」

先に新しい顔と対面した二人は、笑っては悪いと、必死に堪える。

「素敵よ、ダニー。渋いわ。でも、ハリウッド・スターの誰かと似ている。誰だっけ?」

ハオランが気付く。

「デカプリオよ。レオナルド・デカプリオよ。きっと、彼をモデルに、整形したよ」

「ああ、そう、そう。似ている、似ている。私、この顔も好きだわ。中身がダニーじゃなかったら」

ダニーが、がっかりする。

「何で僕だけ、おじさん顔なんだ。確かにデカプリオは、かっこいいけれど、年相応にして欲しかっただ」

マリアがニヤニヤしながら、ダニーを慰める。

「あなただって、その顔と、素敵な声があるのだから、十分にマダム・キラーになれるわよ。良かったじゃない」

3人は、悲喜こもごもだった。

ナカムラは、大満足の表情だ。

「手術は、大成功だ。おめでとう。これで君達は、過去の自分から、決別できる。君達には、顔だけではなく、指紋も人工皮膚に張り替えさせてもらった。手の静脈の形も変えてある。目だけは、手術で変えられないから、カラー・コンタクトを付けて偽装してくれ。そして、改めて言わせてもらう。ようこそ、コスモス・ジャパンへ。君達は、今日から正式な社員だ。これは、私からのご褒美だが、名前、生年月日は、自分で好きなものに替えて良い。これからは、新しい人間として、コスモスの目を欺き、一緒に戦って行くのだ」

そういう訳だったのか。ようやくハオランが、全てを理解する。しかし、不満がある。

「どうして、予め、教えてくれなかったのよ。そうすれば、おとなしく協力したよ」

ナカムラが済まなそうに、頭を下げる。

「この事は、一切、外部に漏らす訳には、いかなかったのだ。秘密厳守の為だ。許してくれ。ごめんなさい」

マリアが呟く。

「敵を欺くには、先ず味方から。私が何時も、やられている事。もう、慣れたわ」

しかし、ハオランは、納得がいかない。

「ナカムラ、じゃなかった、タカムラ、どうしてあなたは、顔を変えていないのよ。おかしいよ。自分だけ、不公平よ」

ナカムラが答える。

「私は何時も、ビクビクしていると言っただろう。だから、私は、コスモスに、一切の、認証データを預けていなかったのだ。顔写真や私を特定できるデータ等、ネット上からアクセスできる物は全て、その都度、消し去って生きてきたのだ。用心に用心を重ね、苦労した結果だ。悪く思わないでくれ」

それでもハオランは、憮然とした。ナカムラは名前を変えるだけなのに、こっちは、体中至る所を、改造されたのだ。親からもらった、大切な体を。

ナカムラは、3人に語りかける。

「何にせよ、これで君達は、命を狙われる危険が無くなった。安心して、このコスモス・ジャパンの場で活躍してくれ。これから、本格的な、反転攻勢を掛けて行く。覚悟は出来ているだろうな?」

ハオランが力強く答える。

「分かったよ、タカムラ。今日から私は生まれ変わった。新しい自分を最大限に生かして、打倒コスモスを目指すよ」

「おっ、今度は、名前を間違わなかったな」

「当然よ。私だって、人脳に負けないぐらい、学習能力はあるよ」

そうだ、私達は、生まれ変わったのだ。これで、今までの不自由な生活とも、決別できる。そして、本来の目的である、打倒コスモスに、全力を注ぎ込む事が出来るのだった。3人の新しい顔は、希望に満ち溢れていた。

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