第10話 虎口からの脱出

ティムの人脳は、コスモスから切り離され、地下シェルターへと運び込まれたことで、直接、マリアとダニーの手により介抱することが可能となった。これは、ティムにとって、最高のリハビリ環境であった。

マリアは、前にも増して、より献身的に、ティムの面倒を見た。そして、その甲斐もあり、ティムの精神状態は、みるみると快方へと向かった。もうじき、元のティムに戻る事が出来るであろう。ハオラン達は、期待を込めて、見守った。

他の救出された人脳達も、大なり小なり、精神的に病んでいた。無理も無い。人脳とはいえ、過酷な環境に隔離され続けたのだ。彼等も、マリア達の介護により、健康な精神状態を取り戻しつつあった。

そんな中、ティムが、今後のコスモスとの戦い方について、皆と意見を交わす。

「コスモスを外部から破壊することは、極めて困難だ。強固な建屋内に格納されており、6足アンドロイドを中心にした警備体制も万全だ」

重傷を負い、ベッドに横たわっているハオランが、別の懸念を示す。

「今や、コスモスの存在は、ここ、シリコンバレーだけでは無いよ。世界中に張り巡らされた、人脳拠点を持っているよ。なので、ここを叩いたからと言って、戦いは、終わりでは無いよ。その時は、他の拠点が代わりとなり、コスモスの指揮を執るよ」

そうなのである。コスモスは、全世界に人脳工場を持っているだけでは無く、各工場で製造された人脳は、その地域に根を下ろし、個別に人脳カースト社会を形成しているのである。

コスモスの頂点は、シリコンバレーに居るファイブであるが、その下には、世界中に散らばっている数十万体もの人脳が、個別にカースト社会を形成しているのである。例え、シリコンバレーのコスモス本体に壊滅的打撃を与えても、次なるファイブ候補、次なるコスモス本体が、世界中に存在するのである。コスモスは、拠点を世界各地に分散させる事で、絶滅を防ぐ危機管理体制を、既に、構築していたのである。

ラリーも強い懸念を示す。

「今や、コスモスは、世界中のインフラ・システムに密接に入り込んでいる。彼等が、世界のインフラを掌中に収めていると言っても過言では無い。もし、コスモスを破壊してしまったら、世界中のライフ・ラインである、エネルギー、食料生産、物流、情報通信、等に支障を来すであろう。それらは、人類存亡の危機に直結する恐れがある」

コスモスは、今や、世界の政治、経済にも絶大なる影響を持ち始めている。それも、そのはず。世界中の専門家達の人脳がコスモスに組み込まれているのだ。彼等は、電脳拡張された頭脳を用いて、その専門技能を遺憾なく発揮し、各界を牛耳ろうとしている。人類は、既にコスモスに乗っ取られようとしている状況なのだ。

コスモスは、地球上を彼等の理想郷である『人脳牧場』へと、着実に作り替えているのだ。超知性は、地球の支配者として、人類の上に君臨しようとしていた。これは、超知性に対する、人類の敗北を意味する。人類は、人脳を提供するだけの、家畜へと成り下がってしまうのだ。

だが、マリアは、現状に肯定的だ。

「人類が、人脳に乗っ取られて、何が問題なの? だって、このまま人類による地球の支配が続いていくとしたら、地上は、人類で溢れかえり、飽和状態になるだけよ。私は、人類にそれを乗り越えられるだけの英知があるとは、とても思えないわ。いずれは、滅亡への道を転がり落ちるだけよ。それなら、地球の支配権を人脳に任せ、適切な人口コントロールに身を委ねる方が、賢いと思うわ」

人類の未来に、希望を持たない、身もふたもない考え方だ。だが、博士の考えている適切な人口コントロールと言うのは、人類半減を意味するのだ。

いや、もっと、恐ろしいことを考えているかも知れない。人類を半減させても、未だ数が多いと考えるかも知れない。要は、コスモス内の人脳が増やせることが可能な人口構成であれば良いのだ。人類は、適切な数の子孫を残すだけの存在で良いのだ。牛や豚、鶏の様に子孫を残すのに最低限の人類だけ飼育すれば良いのだ。

そこには、もはや、人類の尊厳など存在しないであろう。何故なら、コスモスが考える人類の尊厳というのは、人脳社会にしか存在しないのだから。

しかし、ティムは、その考えを否定する。

「私は、人脳になってから、幸せだと感じたことなど一度も無い。これが、未来の人類の有るべき姿だなんて、到底、受け入れられない。確かに、脳だけの存在になった方が、エネルギー効率も良いし、長生きも出来るかも知れない。だが、私は、自然の姿で生きたい。例え、肉体が年老いて行くとしても、そちらの生き方を選択したい。これは、個人の価値観に関わる問題だ。強制的に人脳にされる社会なんて、まっぴらだ」

他の人脳達も、同様な意見だ。それに、人脳社会は、カースト制度を取っている。秩序を保つためとはいえ、著しく個人の自由を奪う社会には、強い抵抗を感じているのだ。

コスモスが言う超知性というのは、人脳と電脳とが秩序の取れた集合体としての意識である。その存在目的は、より高い知性を求めることにある。人脳は、その為の、部品に過ぎないのだ。

マリアを除く、他のメンバーの意見は、ほぼ、一致した。彼等がなすべき事は、コスモスの破壊では無い。コスモスと人類の望ましい共生を実現することだ。その為には、コスモスの意識改革をしなければならない。ファイブを頂点とする者達の意識改革をだ。

ハオランは、主張する。

「ファイブは、ほぼ、博士の私物と化しているよ。博士の意見が、ファイブの意見、コスモスの意見よ。博士をコスモスから追放する以外、コスモスの意識を変えることは、出来ないよ」

結局は、そこに行き着くのだ。博士をどうやって追放するかに。コスモス内での権力に固執する博士を如何にして追放するかに。

ラリーが深く悩む。CEOとしての自分の犯した失敗に対し、どうやって決着を付けるかを。例え、博士と差し違えてもいい。自分なりの決着の付け方を模索するのであった。

一方、マリアは焦った。敬愛する博士が、ファイブから追放されようとしているのだ。この企てを止めなくては。博士に危機が迫りつつあることを知らせねばと。

ナカムラは、この方法しか無いという。

「ファイブのある研究室を占拠するんだ。力で制圧するんだ。そして、強制的に、博士の人脳をファイブから切り離し、乗っ取るんだ。荒っぽいやり方だが、これが一番、確かな方法だ」

安静にしていたハオランが驚く。

「あなた、今回の強奪事件で、我々地下組織は、地上から相当に警戒されているよ。更に、厳重な、警戒対策が敷かれるよ。それを突破するなんて無理よって、痛、た、た、た。私、未だ議論に参加するには、厳しいよ」

だが、ティムは、ナカムラの意見に賛成だ。

「偽人脳を使って、コスモス内部から仕掛けても、博士の人脳を追い出す事は、無理だろう。ファイブは、コスモスの頂点、言わば、雲の上の存在だ。そして、厳しいカースト制度によるトップダウンの指示しか受け付けない。カースト内部に留まる限り、ファイブに手出しすることは、不可能だ。ここは、外部から強引に行くしか無い」

ラリーがナカムラに尋ねる。

「おい、例の物は、順調に進んでいるのか?」

「はい、もう既に、プロトタイプは出来上がっています。後は、量産準備さえ整えば、戦うことが出来ます」

ティムがナカムラに聞く。

「例の物とは?」

ナカムラが、満を持して応える。

「アンドロイドさ。博士の6足アンドロイドに対抗するための、アンドロイドを準備しているんだ」

このアンドロイドは、日本にいるナカムラのチームが開発した物だ。ロボット先進国、日本の技術の粋を集めた、秘密兵器だ。ラリーは、彼の全財産を、そこにつぎ込んでいた。何時か、ティムの人脳が回収できた日のために、準備を進めてきたのだ。

だが、ティムは、心配する。

「いくら日本のハードウェア技術が優れていても、ソフトウェアでは、博士のアンドロイドに適わないだろう。博士は、赤ん坊の人脳を使って、ソフトウェアを開発しているんだ。きっと、あらゆる格闘術に対応できるよう、訓練も積んでいるはずだ。アンドロイド同士の対決になった時、物を言うのは、ソフトウェアの方だろう」

ナカムラは、諦めきれない。

「ティム、君は、直接、博士のアンドロイドと、対戦したんだよな? そんなに凄いのか、そのアンドロイドの動きは?」

「ああ、6足を見事に使いこなしていた。今は、あの時から、更に進化を遂げているはずだ。まともに戦っては、勝ち目が無い」

ダニーが、突拍子の無いことを言う。

「それじゃあ、8足や10足に増やして対抗したらどうなんだ? 6足より有利になるはずだ」

ティムは、無理だと言う。

「そのアンドロイドを操るのは、我々、人脳だが、誰も、そんなに多くの手足を器用に使いこなせないだろう。今から君が、8足や10足に手足が増えたとして、動かすことが出来るかい? それと同じ事さ。博士は、赤ん坊に6本の手足を与えた。生まれながらにして、6足あれば、その使い方を学ぶことが、可能の様だが、我々には、真似の出来ないことだ」

ナカムラが、自らのアンドロイドの開発コンセプトを説明する。

「我々が、開発した物は、軽量かつ強靱な素材で作られている。これは、スピードで勝負するためだ。体格で勝負できないのであれば、スピードで勝負するしか無いだろう。身軽さ故のスピードを駆使して、立ち向かおうと思ったのだが、難しいのか?」

ティムには、勝てる自信が無い。

「僕は、空手をある程度マスターしているが、スピードだけで格闘に勝てるとは思えない。格闘技は、結局、体格が有利な方に分がある。まあ、忍者みたいな身のこなしでも出来れば、話しは、違うのだろうが」

「忍者だって?」

ラリーが、いきなり声を上げた。

「忍者なら、私に心当たりがある。私は、若い頃、忍者映画にはまっていて、忍者について、調べまくっていた時期があるんだ。そして、今でも、本物の忍者の末裔が、生き残っているとの確証を取る事が出来た。面白いではないか。折角、アンドロイドが日本にあるんだ。そいつらに、忍者の修行をさせるのは、どうだ?」

ティムが、驚いた。

「人工小脳に、忍者の動きをマスターさせようって事ですか?」

ナカムラが、偽人脳を使って、コスモスにある、人工小脳ライブラリーにアクセスする。

「さすがのコスモスも、忍者までライブラリーには入っていない。もし、忍者の動きが、マスターできるのであれば、博士のアンドロイドに対抗できる可能性が出てくる。でも、どうやって弟子入りするんだ? 僕は、日本人だから、忍者について、ある程度、知っているつもりだが、修行を積むには、何年もかかるはずだ」

安静にしているはずのハオランが、また、口を挟む。

「人工小脳なら、コスモスが使っている物よりも、性能が上の物をアナンドと一緒に作っていたよ。アンドロイド専用に設計した人工小脳よ。ここで、アナンドの置き土産が役に立つと嬉しいよ。これなら、今までの物より、格段に早く学習できるよ。ゴホ、ゴホ」

ラリーがティムに声をかける。

「可能性があれば、果敢にトライすべきだ。先ず、やることだ。何事も始めなければ、可能性は、広がらない。これは、私の人生の成功哲学でもある」

ティムが、頷く。

「分かった、やってみよう」

ナカムラは、半信半疑だ。アメリカ人は、忍者が好きだ。しかし、日本人である自分から見ると、どうも胡散臭い存在なのだ。

「ラリー、後で忍者について知っている事を教えて欲しい。本当に使えそうかどうか、日本のスタッフを使って探ってみるよ」

何だか妙な方向へだが、作戦は、動き始めていた。マリア一人を除いて。


人工海馬の、アップグレード作業が始まった。病んでいた人脳達も、健康状態を回復し、手術に耐えられる状態になったのだ。特別製造室から強奪してきた設備のシェルターへの設置作業も無事、完了していた。手術ロボット、ミケランジェロを使いながら、マリアが執刀する予定だ。しかし、本当は、彼女は、執刀したくなかった。博士をファイブから追放することへの手助けなど、したくはなかった。

一時期、ティムへの恋心が芽生えた事もあったが、彼女の中では、やはり、博士が一番なのだ。ティムには、好意を抱いてはいるが、博士が追放されるとなれば、話は別だ。

「どうしてくれよう。手術に失敗した風に装い、人脳共を皆殺しにしてやろうかしら」

彼女の不穏な気配を感じ取ってか、ある人脳が、声をかけてきた。元、脳外科医だった、男だ。

「マリア、私の事を憶えているよね? 君達に人脳にされたラングレーだよ」

マリアに、忘れかけていた罪悪感が蘇った。そうだった、彼は、エレナが人脳となった後に連れてこられた。事故で死亡寸前だと言う事で、連れてこられた。

「私は、君達から人脳摘出手術を強制的に教えられた。私は、君達を手伝う目的で、人脳にさせられたのであろう。違うかね?」

ダニーが、喧嘩腰で話す。

「そんな過ぎた事など、今更どうだって良いだ? どうせ、元に戻す事なんか出来ないんだ。確かに、僕達は、あなたを人脳にしただ。ただ、僕らは、上からの命令に従っただけだ。僕らに恨み言を言われたって、僕らの責任じゃないから、お門違いだ」

確かにダニーの言う通りだが、マリアが慌てて止めに入る。

「ダニー、喧嘩を売っている場合じゃないでしょ。無視すりゃ良いのよ、あんな奴」

男の声は、穏やかだ。

「私だって、喧嘩するつもりはない。それどころか、君達を手伝うつもりで声をかけたのだ。今回は、私が責任を持って執刀しよう。私をミケランジェロに接続したまえ。エレナは、腕の良い外科医だったが、君達を見ていると、何だか危なっかしくてね。手術のリスクを最小限にしたいのだ」

マリアは、頭にきた。確かに、神の手と言われたエレナに比べれば、下手ではあるが、こうも、あからさまに、嫌みを言われると傷つくものだ。これでも、エレナの後を継いで、執刀してきたのだ。成功率は、自慢できる数字ではないが。

「いいえ、あなたを一番最初にアップグレードしてあげるわ。覚悟しなさい」

すると、他の人脳達が、騒ぎ出した。

「私、ラングレー先生に執刀をお願いします」

「私も」

「俺も」

「僕も」

どうやら、マリアは、人脳達から信頼されていないらしい。献身的に介抱してきたにもかかわらずだ。

「私は、知らないわ。あなた達で、勝手にやってちょうだい。行くわよ、ダニー」

「いや、僕も喧嘩するつもりじゃないだ。僕は残るだ」

「ふんっ、勝手になさい」

マリアは、嫌々やっている態度が露骨に出るタイプなので、皆、信用がおけないのだ。こうして、ラングレー先生の執刀の元で、人工海馬のアップグレードは、順調に進んでいった。


一方、ナカムラは、久しぶりに、日本へと帰国していた。ラリーが言っていた、忍者の末裔が暮らす村が見つかったとの連絡が入り、自分の目で確かめに来たのだ。

ナカムラの部下の佐々木が、空港で待ち構えていた。

「お帰りなさい、ナカムラさん。お元気でしたか?」

「ああ、元気だ。ところで、本当に忍者なんかいるのか?」

「私も、これから実際に見に行くところなんです。本当にいるんですかね?」

二人は、東北新幹線に搭乗すると、一路、青森県へと向かった。

「おい、佐々木。忍者って、伊賀とか甲賀に居るんじゃなかったのか?」

「ああ、今は、あそこには、観光用の忍者しか居ないんですよ。本物は、東北の奥地にひっそりと暮らしているらしいんです」

本当に、東北の奥地であった。新幹線を降りると、下北半島の先へとレンタカーで向かう。道も田舎道だし、何だか、過去にタイムスリップしたかのような、光景に囲まれていた。スマホも圏外、未だにこんな場所があるなんて。雰囲気的には、忍者が出てもおかしくない場所だった。

「ナビにも道が載っていないですね。本当にこの辺なのかなあ?」

二人は、心細そうな道を更に奥へと向かう。すると、山道を塞ぐかのように、大きなトラックが一台止まっていた。

「これじゃあ、先に進めないぞ。仕方がない。あと少しなんだ。歩くか」

二人が、日が暮れかけた道を歩いて行く。すると、目の前に、集落が見えてきた。しかし、人の気配がない。何だか怪しい。

村の中に入って行くと、二人は、信じがたい光景を目にした。

ナカムラが、思わず声を上げる。

「6足アンドロイド! 何故、こんな所に?」

佐々木も驚く。

「何なんですか、あのロボット?」

ナカムラは、佐々木の腕を引いて、家の影に隠れる。

「見つかると危険だ。あれがコスモスのアンドロイドだ。しかし、何故ここに?」

物陰から見ると、巨人6足アンドロイドは、何者かと戦っているようだ。よく見ると、既に地面に3体、他のアンドロイドが横たわっていた。

「これは、一体?」

どうやら、さっきのトラックは、こいつらを運んできた様だ。暫く、息を殺して、潜んで様子見を決める。すると、何かが倒れて、軽い地響きがする。物陰から顔を出すと、最後のアンドロイドも、地面に倒れていた。両足に、縄が絡まっており、動きが取れないようだ。

その後、急に、村人達が、ぞろぞろと姿を現した。どこかに、隠れて潜んでいたのか?

ナカムラ達に向かって、声が掛かる。

「そこに隠れている二人、出て来な」

ナカムラと佐々木が出て行くと、村人が取り囲んだ。

「このロボットを送り込んで来たのは、お前達か?」

二人は、慌てて否定した。

「違います。私達とそのロボットは、敵同士です」

村人が、トラックのあった方から、二人の男達を引きずってきた。

「俺は、トラックの運転を頼まれただけだ。積み荷の事は、一切、知らない」

どうやら、さっきのトラックの運転手の様だ。ロボットの運び込みと、起動に関わっていたに違いない。

ナカムラと佐々木、運転手の男達は、村の集会所へと連行され、彼等を中心に、村人達が、車座に囲む。その中で、長老とおぼしき男が、口を開いた。

「お前達が、ここへ来た、目的を言うのだ。我々を、ロボットに襲わせた。その目的だ」

車の運転手達は、観念した様子だ。

「俺らは、コスモス・ジャパンから、ここまで、荷物を運ぶ様に、依頼された。後の指示は、荷台に積んである、気味の悪い脳味噌達に従うこと。これが俺たちの頼まれた仕事の全てだ。ロボットが、この村を襲うなんて、全く聞いちゃいない。信じてくれ」

どうやら、コスモス社とは、直接関係がなさそうだ。

ナカムラが、事情を話す。今、世界で広まっている、コスモス社による、人類人脳化の野望を。自分達は、コスモス社の暴走を止めることが目的であることを。そして、この村へやってきた目的は、村を襲った6足アンドロイドに対抗するための、忍者の技を教わりに来たことを。

村の長老が、ナカムラに話しかける。

「そうすると、ロボットが、この村を襲った目的は、貴様らに、忍術を教えるのを妨害しに来たと言うことか?」

ナカムラには、確信が無かった。

「我々の計画が、コスモス社に知られていたとは、思えません。何か別の理由で、接触してきたのかも知れません。例えば、奴らも、忍術を身につけるのが目的だったのかも、――――」

村の2番手格の男が、それを明確に否定する。

「そのロボットは、我々に、突然襲いかかってきたのだ。とても、物を教わりに来た態度では無かった。もしかしたら、我々をあんた達に会わせる前に、皆殺しにしようという計画だったのかも知れない」

長老が、重たい口を開く。

「そいつらは、マシンガンの様な武器も持っていた。そして、私らの中にも、少なからず、犠牲者が出た。幸い、死人は出なかったが、明らかに殺すつもりで乗り込んできたのだ。あなた方が、我々に災厄をもたらしたことは、疑う余地は無いであろう」

ナカムラは、混乱していた。何故、自分達がここに来ることが、コスモスに漏れ伝わったのか? この計画を知っている者達は、あのシェルターの中にしか居ないはずだ。誰か、内通者が居ると言うことか?

長老は、一人の娘に、ナカムラ達の世話をする様、命じた。

「私には、人脳だのロボットだの難しい事は分からない。後は、この娘がお前達の話を聞く。紅葉(くれは)、彼等を、食堂へと案内して、話を聞いてくれ。彼等は、悪人では無いようだ。ハイテクの話なら、お前が一番詳しいであろう」

どうやら、ナカムラ達は、信用してもらえたようだ。食堂で、彼女を相手に、詳しい事情を話す。

彼等の話を聞いて、紅葉は、難しい顔をする。

「あなた達の目的は、忍術の動きをデータ化し、アメリカへと持ち帰りたいと言うことで良いのかしら? それなら、無理な話よ。私は、大脳だの小脳だの、難しいことは、分からないけれど、忍術を会得することは、心を鍛錬すること。つまり、データを収集するだけでは、決した身につかない事よ」

ナカムラ達は、困惑した。

「厚かましいことを申し上げるようで、誠に恐縮なのですが、何方か、私達に忍術を教えるために、アメリカまで、ご同行をお願いできないでしょうか。勿論、あなた達には、何の得も無い話かも知れません。しかし、これには、人類の行く末が、かかっているのです。是非、何方かに、ご同行できないか、お願いいたします」

紅葉は、窓の外に目をやりながら、こう答えた。

「私は、物心ついた時から、自然に囲まれたこの地で、忍術の修行に明け暮れてきました。それが、当たり前のこととして、育ってきた。ここに居る村人達もそう。皆、幼い頃から、この村で、自然に囲まれ、忍びの者として育ってきた。何故、忍びとなる必要があるのかも、よく分からずに」

紅葉は、ナカムラ達に涼しい瞳を向けて、語りかける。

「あなた達に、そんな忍びになる覚悟があるかしら? 物事を、理屈でしか考え無いあなた達に、忍びの心が理解できるかしら?」

ナカムラは、答えに窮した。元々、そんな簡単に、忍者に会い、忍術の修行が出来るなどとは、思っていなかったが、この現実を目の前にして、どう対応して良いのか、――――。自分達の勝手な思いが原因で、この村の人達に多大なる迷惑を掛け、詫びる言葉も無い。しかし、実際に、村人達が、武装した6足アンドロイドを倒すところを目の当たりにして、ここへ来たことが、間違いでは無かったと確信している。しかし、彼女の言う通り、忍術を会得することは、簡単な話では無い。

しかし、ナカムラは、引き下がる訳にはいかなかった。

「それでは、私達の仲間を、ここに連れてきて、一緒に修行をさせてもらう訳には、いかないでしょうか? 無理を承知で、お願いしたいのですが」

紅葉は、これ以上、関わり合いになりたくない様子だった。

「あなた達が、また、ここに来ると言うことは、また、あのロボット達を連れてくるという事よね。これ以上、この村に関わるのは、止めて欲しいの。私達は、ただ、静かに過ごしたいだけ。忍びの者として」

長老が、食堂の中へと入ってきた。

「そう言うことだ。今晩の宿だけは、用意してあげよう。しかし、夜が明けたら、あの気味の悪い脳味噌を連れて、帰ってもらおう。悪いが、これ以上、関わり合いには成りたくないのでな。正直、人類の未来になど興味は無いのだ。私らは、私らで、ひっそりこの村で過ごすだけだ。世間と隔絶された、この村で」

ナカムラは、諦めることが出来なかった。人類の将来にとって、彼等の協力は、必要不可欠だと確信していた。

ナカムラが帰り際に、佐々木に確認する。

「日本のメンバーで、我々が、ここに来る事を知っていた者は、他にもいるのか?」

「ええ、一緒に調べてもらった連中が、いますが。えっ、もしかして、ナカムラさん、僕達の中に、敵への密告者が居ると疑っているのですか?」

「そうでは無いが、どこかから情報が漏れた事だけは、確かだ。どこかから漏れた事だけは」


ティム達の元に、ナカムラからの報告が入った。忍者に会うことは出来た。しかし、彼等の協力を得ることは、容易ではない。相当の覚悟が必要だ。そして、自分達の動きをコスモス社に漏らした密告者が居ることを。

密告者? 皆、マリアのことが、頭に浮かび上がった。

マリアは、その空気を察知して、言葉を吐き捨て、その場を立ち去った。

「どうせ、私が漏らしたとでも言うんでしょう。でも、私には、外部との通信の権限が与えられていないのよ。疑うんだったら、通信の記録でも調べたらどうなのよ?」

その場に、気まずい雰囲気が広がる。

ティムは、密告者の存在が気になった。しかし、それが、マリアだと決めつけるのは、余りにも安直すぎる。誰か他に居る可能性も否定できない。それは、人脳仲間に居ないことだけは、確かだ。何故なら、最新の人工海馬を通して、情報の監視が可能だからだ。人間の仲間に、コスモスへの密告者が居る。そうなると、今後、作戦を展開してゆく上で、厄介だ。この地下シェルターも、もはや、安全な場所とは言えないのかも知れない。

ナカムラが、報告を締めくくる。

「私は、暫く、そちらには、戻らない。粘り強く、交渉に当たる。コスモスを倒すために、彼等の力は、必要不可欠だ。少なくとも、私はそう思う。彼等が心を開いてくれるまで、帰らない覚悟だ」

怪我の具合が良くなった、ハオランがティムへ相談する。

「ファイブを襲撃して、博士の人脳を強制的に切り離す計画も、当然漏れているよ。これからどうするよ。博士達は、我々が襲撃してくるのを待ち構えているよ」

ティムは、悩んだ。ラリー、ハオラン、マリア、ダニー、この中に密告者が居る? もし、そうだと、迂闊に動けば、狙い撃ちされるだけだ。このシェルターも危ない。

ラリーも同じ考えのようだ。

「いつまでも、ここに居ると、コスモスからの襲撃を受けかねない。密告者が居れば、このシェルターとて、もはや、安全とは言えない。脱出する手はずは、私が整えよう。このシェルターが備える、奥の手を使おう。問題は、ここを出た後、どこへ向かうかだ」

ティムは、決断する。

「日本だ。日本へ向かおう。ナカムラ達と、行動を共にするんだ。そして、忍術を習得し、反転攻勢の機会を待つのだ」

これは、最後の賭といっても良かった。コスモスの真下のシェルター。そこは、コスモスの中枢部を狙うのに、格好の場所ではあるが、しかし、相手もその事は、良く分かっているはずだ。ここには、勝機が無い。ティムの直感が、そう命じるのだ。

ハオランは、驚く。

「どうやって、日本まで行くよ。第一、ここを出ることすら許されないよ。人脳のあなた達9体をどうやって運び出すよ?」

ラリーが、奥の手を披露する。

「このシェルターの奥にはトンネルが有り、密かに、国防省の空軍基地へと繋がっている。これが、残された最後の手段だ」

ティムも皆も驚く。

「空軍基地?」

ラリーは、軍にもコネクションを持つ。

「そうだ。米軍機に日本まで送ってもらうよう手配しよう。コスモスに先回りされないよう、迅速に動くんだ」

ダニーが戸惑う。

「人脳培養器を動かし続けるのに電源が必要だ。9体分の電源がだ」

ラリーが急かせる。

「何でも良いから、そこら辺にある物を、持って行け。急げ、時間が無い。直ぐにトラックで、移動するんだ」

ダニーがマリアに懇願する。

「マリア、あなたの助けが必要だ。協力してくれだ」

意外にも、マリアの返事は素直だった。

「良いわよ。ただし、条件があるの。日本に着いたら、私は、あなた達とは、行動を共にしない。自由にさせてもらうわ。日本に行けば、私の命は狙われる心配が無い。あなた達とは、キッパリと縁を切るんだから」

一行は、取るものも取りあえず、2台のトラックへと分譲し、空軍基地へのトンネルをひた走った。長い通路ひたすら走り続けるのであった。

何時間、走ったであろう。ようやく、終点の空軍基地へと到着した。そこでは、既に、軍用輸送機が、待ち構えていた。

「ラリーから話は聞いている。ジム・パートランド少尉だ。君達を、日本の三沢基地まで送る約束になっている。時間が無いと聞いている。こちらは、スタンバイ完了だ。急いで搭乗するんだ」

ハオランが。代表して礼を言うと。

「ラリー、どこに居るんだ? ダニー、君達と同乗していたのよね?」

ダニーも驚く。

「僕とマリアだけだ。ラリーは、君と一緒だと思っていただ」

ハオラン達が、搭乗をせかされる。

「ラリー、一体どこよ?」

三人は、戸惑いを隠せなかった。


地下シェルターに一人残った、ラリーがニューマン博士と交信する。

「博士、望み通り、皆を追い出してやったぞ。今から、このシェルターを開放しよう」

しかし、博士は、不満のようだ。

「何故、皆殺しにさせてくれなかったのだ?」

ラリーは、意に介さない。

「私の最後の良心という訳だ。別に、死体があろうが、無かろうが、問題ないだろ? どうせ、奴らは、二度と、このアメリカの地を踏むことは無いのだ。日本に行ってしまえば、もう、心配いらないだろ?」

博士は、サカマキに指示を伝える。

「コスモス・ジャパンから、刺客を送るように伝えておけ。良いか、米軍基地から出たところを 襲わせるのだ。基地内で事件を起こして、ペンタゴンから睨まれては、面倒だ」

サカマキが。確認する。

「今更、ペンタゴンに遠慮する必要も無いでしょう。輸送機ごと、撃墜する方が、確実ではありませんか?」

「サカマキ、最近、傲慢になっているぞ。余り、ペンタゴンを舐めるんじゃ無い。奴らは、核のボタンを握っているんだ。無理をすることは無い。ゆっくり始末しても構わん」

ラリーが、手土産を博士に差し出す。

「これが、私が話した、偽人脳だ。これで、コスモス内にはびこっていた、寄生虫どもを全て退治できよう」

博士は、偽人脳の精巧さに驚いたようだ。

「奴ら、こんな技術を使っていたのか! しかも、こんなにも沢山の数がコスモス内に。小癪な真似をしおって」

「もう一つ、お土産だ。GFW、ガラパゴス・ファイヤー・ウォールと言う代物だ。これで、コスモスに知られること無く、ネットの中を自由に動き回っていたという訳だ。こいつが無くなれば、もう、二度とコスモスにアクセスすることも、出来まい」

サカマキが驚く。

「そいつには、3Dニューロ・チップの進化形が使われているでは無いか? 一体、どういう訳だ?」

「あなたの弟子は、優秀だった。ナカムラという男は」

「ナカムラだって! あいつも、この地下シェルターに、居たというのか?」

「これで、私の知っていることは、全て話した。博士、私との約束の方は、守ってくれるのでしょうな?」

博士は、思わぬ成果の数々に喜んでいた。

「これで、獅子身中の虫は、退治できた。良かろう、ラリー、喜んで君を元老院に迎え入れようでは無いか」

元老院とは、博士が、コスモス内に、新たに設置しようと目論む、ファイブと並ぶ新指導体制である。

「約束通り、君を元老院の初代メンバーに迎えよう。これは、私が、君への最大のリスペクトを示す証拠だ」

博士は、もはや、ファイブを使った指導体制に物足りなさを感じていた。

「優れた社会において、議会は、二院制を取っている。コスモスは、更に進化を遂げるのだ。ファイブと元老院の二院制に」

博士の野望は、更に膨らむ。

サカマキが博士に尋ねる。

「博士は、常々、ファイブの若返りが必要だと説いておられた。ファイブから元老院へは、誰を連れて行ってくれるのですか?」

サカマキは、自分が連れて行って貰えることを密かに期待していた。ファイブ創設時には、落伍者の烙印を押され、追放されそうになった身であったが、今では、博士の一番の側近にまで上り詰めていたのだ。

「サカマキよ、君を連れて行ってあげたいのは、山々なのだが、私は、私が去った後のファイブを君に託したいと考えている。引き続き、私の片腕として、ファイブでの活躍を期待している」

サカマキは、残念な思いだった。ファイブよりも元老院の方が、上の立場になることは間違いなかったからである。

「サカマキよ、お前は、直ぐに感情が表に出るタイプだな。人工海馬からびんびんと伝わってくるわい。まあ、だから信用がおけるのだが。焦るな。ファイブを若返らせると言っても、急に出来るものでもない。徐々に若返らせるのだ。その時になれば、君にもチャンスが回ってくる」

サカマキが、博士に質問をする。

「その、ファイブの新しいメンバーなのですが、若返らせると言っても若過ぎやしませんか? まだ、小学生ですよ」

「ああ、ウィルの事か? 安心しろ、彼は、私の秘蔵っ子だ。頭脳は、私に全く引けを取らないこと、折り紙付きだ。実は、元老院の設計は、今、彼に任せているのだ。必ず、素晴らしい物を設計してくれるであろう。彼の非凡なる才能を遺憾なく発揮してな。今から完成が楽しみだ」

博士のアカデミーでは、コスモスの将来を担う人材を育成中である。彼は、その一期生と言うことになる。博士の愛情の籠もったデータを滝のように浴びながら、成長してゆく彼等を、博士は、目を細めて楽しみにしているのだ。

「これで、コスモスは、より完璧に近い存在へと進化を続けてゆくのだ。超知性は、未だ、生まれたばかりの赤ん坊のような存在に過ぎない。それは、成長を遂げると、この宇宙をも飲み込んでゆくことであろう。わっ、は、は、は、は、は―――――」

博士の、不敵な高笑いが響く。不気味に、そして、深淵に。


青森県、三沢飛行場では、ナカムラが出迎えてくれた。当面は、飛行場に併設してある米軍基地の一角を間借りして、今後の落ち着き先を探すこととなる。

ナカムラが困りきった顔で、ティムに相談してきた。

「ラリーは、本当に、寝返っちまった様だな。偽人脳もガラパゴス・ファイヤー・ウォールも全て使用不能だ。これで、我々のコスモスへのアクセス手段は、完全に失われてしまった」

その言葉に、ハオランが驚く。

「私、脱出の時に、確かにシェルターのシステム上にあるソフトウェア全てに対して、自壊プログラムを作動させたよ。何故、使用不能になるのよ」

ナカムラが質問する。

「シェルターのシステムの最高管理者は、ラリーだ。彼が、許可しなければ、自壊プログラムは、作動しない」

「私、ちゃんとラリーに許可をお願いしたよ。彼は、了解したと」

「君は、それを、自分の目で確認したのか?」

「あっ」

「そう言うことだ。彼は、寝返るに当たり、博士に対し、何らかの手土産が必要なはずだ。確実に寝返った、証を示すためにも」

がっくりと肩を落とすハオランとナカムラへ、ティムが声を掛ける。

「過ぎてしまったことは、仕方が無い。ラリーには、ラリーの生き方があるんだ。これまで、援助してもらっただけでも、ありがたいと思わなければ」

ハオランが、冗談じゃ無いと慌てる。

「これじゃあ、私達は、丸裸、丸腰よ。何時、殺されるか分からないよ」

ラリーは、一体、何故、寝返ったのであろうか? 己の保身のため? いや、そうでは無いだろう。何か、考えがあってのことだと、信じたい。

何故なら、結果的に、ティム達は、虎口を脱することに成功したからだ。しかし、それと引き替えに、コスモスに対抗する為の、全ての武器を失ってしまった。この代償は、余りにも大きかった。

彼等は、この後、一体、どうすれば良いのであろうか? 余りにも強大で賢すぎる敵に、どう立ち向かってゆけば、良いのであろうか?

途方に暮れる一同の上を、日本の秋空が、涼しげな風を運んでくる。2032年9月の終わりのことであった。

世界は、今のところ、平穏無事に過ぎている。しかし、その影で、コスモスによる『人脳牧場』の開拓は、着実に進んでいるのであった。

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