第七話 行政担当官は、常に上司の指示命令に従う。

 ヤマファの父親、ロランドから見て祖父にあたるシュタインウェイ・キーヴァードは、娘が戦場から連れ帰った男を見ても、顔色一つ変えなかった。

「で、要するに君は何が言いたいのかね?」

 シュタインウェイは、腕組みしてそう言い放つ。

 カシヲ――当時はまだそれだけしか名乗る名がなかったロランドの父親は、いまだ身体の表面の四分の一がこんがりといい具合に焼けた状態で、こう答えた。

「つまりですね。私は娘さんの容赦のないところに惚れたんです」

「他に何か、もっと良い言い方があるとは思わないのかね?」

「あるのかもしれませんが、俺には出来ません。感じたことを感じたまま伝えることしか、俺は学んできませんでしたから」

「君、それは学ぶとは言わないのではないかね?」

「俺の故郷は戦乱続きでまともに文字すら読めない奴らがごろごろしていました。なにしろ戦の手伝いをするしか、生き残るすべがないってんですから」

「ふうむ――で、ヤマファ。お前、このたきぎの燃え残りのような男のどこが良いのだ?」

「それはもう、壊れにくいところですわ」

 カシヲの隣で瞳を輝かせながら、ヤマファは即答した。

「これくらいでないと、私は安心して夫婦喧嘩が出来ません。もちろん、喧嘩する時は周囲にちゃんと気を配り、絶対に迷惑はかけませんけど」

「ちゃんと気を配る、という言葉の意味がおかしくはないかね?」

「あら、それは単なる見解の相違ですわ」

 そこで、それまでシュタインウェイの隣でにこにこ笑いながら成り行きを見守っていたキャワイ・キーヴァード――ロランドから見て祖母にあたる女性が口を開いた。

「まあ、よろしいじゃありませんか。この様子ですと、二人とも別な相手と結婚したら、多大な迷惑を相手の方にかけそうな感じですし」

「それはおよそ結婚を許す時の理由とは思えない台詞セリフではないかね?」

「細かいことは気にしなくても良いではありませんか。ほら、貴方だって私の両親に挨拶に来た時に――」

「ああ、分かった分かった。結婚を認めるからこの話はここまでにしてくれ!」

 シュタインウェイがそれまでの落ち着きをかなぐり捨てて、そう叫ぶ。

 カシヲとヤマファは顔を見合わせて笑った。実にいい笑顔だった。

 それを見たシュタインウェイが、大きく息を吐きながら言った。

「お前達は周囲の隣人に迷惑をかけないかもしれないが、子供達には大きな影響を与えそうで怖い」

 それを聞いたカシヲとヤマファは、

「「そんなことないです」」

 と声をシンクロさせて答えた。

 ヤマファが右手を伸ばして、発言をカシヲに譲る。

「俺は、頭のほうはからきしですが、身体のほうを鍛えてみせます」

 そして、彼はヤマファに目配せする。

「私は体力に自信のあるほうではありませんが、躾には厳しいので問題ありません」

「いやいや、お前達の話を聞いているとどう考えても軍隊式の教育にしか聞こえない。適者生存、弱肉強食のことわりで、仮に一卵性の双子が生まれたとしても、適応の仕方次第でその性格が完全に真逆になりそうな気がするのだが」

「真逆だなんてありえませんわ。それはまあ、ちょっとぐらい違いがあったほうが楽しいとは思いますけど」

 ヤマファがそう断言する。

 シュタインウェイはそれ以上何も言わなかったが、娘の言う「ちょっとぐらいの違い」に内心大きな不安を感じていた。


 そして、その不安はものの見事に的中することとなる。


 *


 新人歓迎会の翌日、ロランドは特にコルグに邪魔されることなく、目覚まし水晶で起床した。

 顔を洗い、母親が焼き上げたパンを食べ、予定通りの時間に準備万端で家を出る。

 自分の足で所定の通勤経路を歩き、想定したよりも少しだけ早い時間に王宮正門を通過した。

 実に普通に、実に順調に、一日が始まってゆく。

 ロランドは人気のない廊下を人事第六課の執務室に向かって歩きながら、このような日がいつまでも続くことを願わずにはいられなかった。

 人事第六課執務室の扉を、軽くノックしてからゆっくりと押し開く。

 そして、先に着いて、既に仕事の準備を始めていたアリエッタと眼が合った。

「おはようございます、アリエッタさん」

(おはようございます、ロランドさん)

 どちらからともなく挨拶をする。ただ、お互いの言葉に何となく気恥ずかしさが含まれていた。

 昨日の晩、静かに涙を流し始めたアリエッタを、ロランドが膝枕でいたわった。

 その後、特に何も言わず時間だけが過ぎ、アリエッタが落ち着いたところで店を出て、話をしながらアリエッタの借りている部屋まで送っていって、ロランドは真っ直ぐ家に帰った。

 それだけのことである。

 しかし、なんだか二人は「二人だけの秘密」を共有したかのような気分になった。 

「あの後、ちゃんと眠れましたか」

(はい、いつもよりも気分良く。逆方向なのにわざわざ送って頂いて、本当に有り難うございました)

 そのまま、なんとなく無言で見つめあう。

 特に意味はない。意味はないのだが――何か意味があるように思えてならない。

 気恥ずかしさが、ほんのりとした暖かさに変わってゆくような気がする。

 そこにゴルディウスが勢い良く扉を開けて入ってきた。部屋の中に流れる空気に気がついた彼は、大声で言い放つ。

「おお新人、早速アリエッタといい雰囲気じゃないか! ギンズブルックの令嬢と二股とは、手の早い男だな!」

「あの、ちょっとゴルディウスさん。何言ってるんですか。そんなことじゃないんで――」

 ロランドは、隣に立っているアリエッタの布のあちらこちらが、内側から鋭利なもので押し上げられたようになっているところを見て、慌ててゴルディウスのほうを向いて釈明しようとした。

 するとその時、廊下をベルファが足早に通り過ぎていくのが見えた。確実にゴルディウスの大声が聞こえていたタイミングである。

 ――ああ、俺の平凡な一日が早くも終わりを告げてしまった。

 ロランドはそんなことを考えたが、彼はそれがまだ序の口であったことに、後で気づかされることになる。


 *


「採用選考のお手伝い――ですか?」

 ロランドは、朝一番でヴィルヌイが彼の顔を見るや否や言い放った一言に、即座に反応した。

「そもそも私自身がまだ配属されて二日目なのですが、それでも構わないのですか」

「ああ、全然構わんよ」

 ヴィルヌイはこともなげに言う。

「これが王立大卒の定期採用だったら、人事第五課の定例業務なので我々の出る幕ではないのだが、ドゥーランから依頼があったのは中途採用だ」

「はあ」

 そう言われても、ロランドにはその違いが良く分からない。ただ、良く分からないということが良く分かって頂けたのか、ヴィルヌイは苦笑すると説明を始めた。

「王国は実力主義を標榜ひょうぼうしており、それゆえ人材については幅広く募集している。これは知っているな」

「はい。学校で閲覧した求人要綱にもそう書かれていました」

「そうか。では、中途採用にはいくつか種類があることは分かるか」

「その――いえ、それは分かりません」

 一応考えてみたものの、大学の授業ではそこまで実務的なことは教わらなかった。

「では、その種類から説明しよう」

 ヴィルヌイは、部屋の中に設置されていた巨大な水晶盤の前に移動する。

「さて、まず一つ目は『王国職業紹介所』からの求人斡旋ルートだ」

 ヴィルヌイがそう言うと、水晶盤に『王国職業紹介所』という文字が浮かび上がる。発言者の意識に反応して、内容を整理するタイプだ。

「このルートからの紹介は実に玉石混交で、手間がかかる。理由は分かるかな」

「はあ、それは公的サービスの宿命みたいなもので、職業紹介所が求職者のやる気を優先してそのまま何も考えずに送り込んでくるから、採用者側が選考過程の中で適性を十分に見極めなければいけないからです」

「そこは教育の範囲内なのか。しかし、随分と辛らつな見方だな」

「教授の受け売りです」

「そうか。まあ、それでおおむね間違ってはいない。それでは二つ目。『人材紹介業者による斡旋』だが、分かるか?」

「いえ、それは教育の範囲外でした」

「ふむ、王立大学の質も落ちたものだ。まあ良い。人材紹介業者というのは採用者から求人内容を聞き取って、それに当てはまりそうな人材を探してくる業者のことだ。全国展開している業者と、地域固有の業者がある。これのメリットは分かるか」

「はあ。教育の範囲外ですが回答します。本人のこれまでの経歴を下に、これまでの採用実績と照らし合わせて、採用水準に達しているかどうかを業者側で判断してくれるため、手間が省ける点でしょうか」

「ほう、なかなか鋭い。その見解で概ね間違いはない。ただ、補足しておきたい点もある。人材紹介業者にも二種類の形式があるという点だ。これはどうかな」

「はい、その――なんとなくで構いませんでしょうか?」

「構わない。言ってみろ」

 ロランドは小さく息を吸ってから答える。

「先程、課長は人材を幅広く募集していると仰いました。ということは、求めている人材のスキルもかなり幅があるものと推測します。職業紹介所はその求職者の質が不安定であることから、王国行政機関の比較的軽い作業のところの人材を募集することには対応できるかもしれませんが、地方軍兵士のような経験が物を言う世界には対応できないと思います。そこで、熟練した経験者を採用するための手段として、人材紹介業者が使われるものと考えました。しかし、それでも採用時のスキルに大きな差が生じるケースがあります」

 ロランドはここで一度話を区切る。ヴィルヌイが小さく頭を縦に振ったので、彼は話を続けた。

「通常の兵士であれば、過去の経験から判断しても問題はないでしょう。さほど神経質にならなくてもすむ筈です。ところが地方軍において高度な戦闘能力を有する者が必要になった場合や、行政機関における高度技術者、その分野の第一人者が必要になった場合においては、ただ人材が紹介されてくるのを待っていては時期を失う危険性があります。ですから、希望していない者を希望させる方法もありえると考えました。つまり、高度な技能を持った求職者を紹介する業者と、高度な技能を持っているが在職していてその気がない者を、なんとかして転職させる業者です」

 ロランドは再び話を区切る。

 ヴィルヌイは大きく頷いて、言った。

「素晴らしい。ほぼ満点だ。君が考えた通りで間違いないよ」

「有り難うございます。ところで、ということは今日の中途採用というのは、その人材紹介業者による斡旋のいずれかのパターンでしょうか」

 ロランドがそう確認すると、ヴィルヌイはにやりと笑って頭を横に振った。

「いや違う。また別のルートの話だ。これは王国採用選考の特別枠の話だから、私から説明しようじゃないか――」

 ヴィルヌイは、そこでまたにやりと笑う。

「――それは、キャリア・チャレンジ・プログラムと呼ばれるものだ」


 王国職業紹介所経由の採用や、人材紹介業者経由の採用は、一般的な人事制度の範疇で行われる。

 それに対して、その枠に当てはまらない者の採用を行う場合があり、それに対応するためにチェレンボーンが考え出した手法がキャリア・チャレンジ・プログラムだった。

 理屈は簡単である。

 要するに「現職にある者よりも優位にあることを採用担当者に認めさせることが出来れば、その現職の者よりも高い処遇で採用する」――そう確約するものだった。


「これに応募する者に対しては、一切の経歴を求めない。人格的に問題がある者であっても実力さえ備えていれば問題ない。そういうことになっている。さて、ここで質問するが、このような手段で採用されるのはどんな種類の人間だろうか」

 ヴィルヌイが試すような瞳でそう言ったので、ロランドは腕組みをして考えた。

「ええと、まず通常の人事制度の範疇外であることが明らかですから、組織の中に位置づけられている職務は対象外と思います。地方軍将校とか。彼らは人望もその職務の必要条件ですから、外から来た者がその点において優位性を証明することが非常に難しいと考えられます。すると、組織の中には位置づけられない者であって、その技能が卓越している存在ということになりますが、それに当てはまる者といえば――」

 そこでロランドは息を呑む。

「――もしかして、勇者?」

「その通りだよ、ロランド君。今日の採用選考は『勇者候補者の中途採用』に関するものだ」


 *


 その『勇者候補者』は、王宮の外れに設けられた武闘場の真ん中に、不満そうな顔をして立っていた。

「最初から言ってるだろ。時間の無駄だからさっさと勇者様を出せって」

 彼はうんざりした声でそう言う。

 それを獣の鋭い眼で見つめながら、人事第五課長のドゥーランが状況を説明する。

「ここまで王国近衛軍の軍曹から部隊長クラスまでが、ことごとく彼の剣によって倒されました。殺しはしなかったものの、数ヶ月は安静が必要なほどの重症です。本人は『それぐらいの手加減しか出来ない』と言っています」

「ほう。それは随分とでかい口を叩くものだ。勇者らしくない」

「朝一番に王宮正門に現れてから、ずっとあの調子です。採用面接の最中も『自分がどのくらい優れているのか』の自慢話に終始しました。私の経験からすると小物に過ぎないのですが、実技選考に入ってからの動きは、確かに抜群です」

 そこでドゥーランは大きく息を吐く。

「しかし、どうしても解せません」

「お前の気持ちはよく分かる。薬物か魔法による増幅ブーストで、調子に乗っているようにしか見えない」

「その通りです。しかし、魔法遣いによる事前の健康診断では、薬物による亢進反応も、魔法による増強作用も、感知されませんでした」

「ふうむ。それでは、あの背中にある武器はどうなんだ?」

「もちろん調べましたが、登録されている魔法道具の類には合致しませんでした」

 二人はそこで腕組みをしながら顔を見合わせる。

 その様子を傍で見ていたロランドは、今の会話を頭の中で整理していた。

『勇者』というのは、王国内でも格別の称号である。

 現在在籍している数は十二名。いずれもその能力において、他を凌駕している。

 この『勇者』には一つだけ条件がある。それは「何か別の力を借りているわけではない」という点である。

 他の力で勇者並の働きをしたとしても、その能力は個人に依存していないことになる。だから、認められないのだ。

 過去において、勇者と認定された者が薬物依存者であったり、魔法による増幅ブーストを受けた者であったり、マイナーな魔法道具を持ち出してきた者だったりしたため、事後に問題となったことがある。

 そこで採用選考の段階で、その可能性を潰しておく必要があった。今のところ、あの勇者候補者にはいずれの可能性も見つかっていないという。

 ヴィルヌイが腕組みを解いて言った。

「じゃあ話は簡単だ。今、王宮内にいる勇者を連れてきて対決させればよい」 

 すると、ドゥーランがさらに渋い顔になる。

 完全に人の命を狙った野獣の目だ。

「それが、今王宮内にいる勇者は『赤色の死神』だけなんだよ」

「おお、そいつは……」

 物に動じないヴィルヌイが、珍しいことに絶句した。

 ドゥーランがさらに話を続ける。

「しかも彼は面倒な手術の最中なんだ。まだまだ時間がかかるから、それまではあの餓鬼みたいな発言を我慢しなければならない」

「どのくらいかかりそうなんだ」

「あと四時間」

「それは無理だ。私が代わりに出て行きたくなるほどに長い」

「だろう?」

 そしてまた二人は勇者候補者を見つめる。

 しばらくしてヴィルヌイは、ロランド達のほうを振り返った。

 その時、ロランドの隣ではゴルディウスが剣の手入れをしていたので、ロランドはてっきり彼が呼ばれるものと考えたが、ヴィルヌイの視線が真っ直ぐロランドのほうを見つめていることに気がついて、愕然とする。

「いや、その、それはないでしょう。いくらなんでも私にあんな奴の相手が出来るはずが――」

「ロランド・キーヴァード」

 ヴィルヌイの何時になく真剣な声に、ロランドの背筋が伸びる。

「人事第六課長、ヴィルヌイ・イアハートがなんじに命じる。勇者選考実技試験において、候補者の技の真偽を確かめよ」

 王立大学でさんざん頭に叩き込まれた行政担当官の心得の一つ――行政担当官は、常に上司の指示命令に従う。

 ロランドは渋々言った。

「……承りました」

 するとヴィルヌイが表情を崩して、こう言った。

「まあ頑張りたまえ。君が倒れたらゴルディウスがなんとかしてくれるだろう。それに、これは業務上災害だから大手を振って療養に専念できるぞ」

「はあ、有り難うございます」


 *


 勇者候補者――ロンドはすっかりうんざりしていた。

 自分の実力は既に充分に理解出来たはずであるのに、一向に試験終了の声がかからない。 

 武闘場の端に腕組みをして立っている凶暴な顔をした獣族犬系統の男と、その隣にいる黒髪、鋭角耳という妖精族の女が、今日の採用責任者であることは明らかであったから、

 ――これ以上間延びするのであれば、あの二人に切り込んでやろうか。

 と半分本気で考えていたところであった。すると、女のほうが後ろを振り向く。その先には片目の潰れた獣族の男が立っていたから、その男が最終選考の相手だとロンドは思った。

 ――まあ、俺は負けないけどな。

 先程までの戦いですっかり要領は分かっていた。最後の戦いになるのであれば、集中力をもう一度高めておいたほうがよかろう。ロンドは眼をつぶって天を仰ぐと、大きく息を吐く。

 そして、自分の正面にいるはずの最終決戦の相手を見つめた。


 なんだか線の細い若造が、重そうに剣を持って立っている。


 *


 ロランドは男が完全に激怒していることを理解した。

 当たり前である。なんだか集中するための準備作業を行った後、静かに眼を開けて相手を見つめたら、自分が立っていたのだ。その気持ちは良く分かる。

「なんだよお前はぁ? 餓鬼の遣いじゃないんだぜぇ、この期に及んでなんなんだよ! 人を馬鹿にしているのかぁ!!」

 地面を強く踏みつけながら彼は喚く。その姿がいかにも小物だったので、ロランドは微妙な顔をした。すると、男はそれに気がつく。

「あああ、お前今、笑っただろぉ」

「いや、笑ってません」

「いいや笑ったねぇ! 絶対に笑ったねぇ!!」

「ですから、笑っていません」

「そんな台詞セリフで俺が騙されると思っているのかぁ! この『閃光の秘剣』のロンド様がぁ!!」

『閃光の秘剣』――その名前と目の前の男の姿のあまりの落差に、ロランドはさすがに噴き出す。

「あああああ、ほら笑ったじゃないか!!!」

「ああ、すいません、すいません、あまりにも名前がその……」

 勢いでそう言ってしまってから、ロランドはしまったと思ったがもう遅い。

 ロンドの顔は赤を通り越して、どす黒く変色していた。

「こ、こ、こ、こ……」

 言葉にならない声をあげながら、彼は震える手で背中に背負った剣を抜く。

「こ、こ、この、ふざけた餓鬼がぁ! さっきまでは手加減していたけど、お前には本気を出すからなぁ!!」

 完全に怒り心頭に発している。もう何を言っても無駄に違いない。

 ロランドは溜息をついて、改めて相手の姿を見つめ――そして気がついた。


 男が手にしている剣の根元、束よりも上のところに、何だか最近見たことがあるような鮮やかな赤い線がある。


「ちょっと待った」

 ロランドは右手を上げて、男を制した。

「な、な、な、なんなんだよ。なんだっていうんだよ!」

「気が変わった」

「ああん?」

 男はロランドの言葉にさらに激昂げっこうした。

「なんだよ、なんなんだよ、なんだっていうんだよ。こっこまで来て、やぱりやめましたって、そういうことかよ、餓鬼がぁ!!」

「いや、そうじゃなくて」

 ロランドはあくまでも冷静だった。

「ちゃんと準備するから、少しだけ待って欲しいんだけど」


 そう言った後、彼はおもむろに武闘場の真ん中で服を脱ぎ始める。

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