第6話

「変?」

「ああ、変だよ。食べちゃいたいなんて感情にはならないよ」

「そうかな?」

思っていた以上に反発の声が少ない事に、僕は満足いかなかった。自分の思考を超えた言語表現だったから、僕がそれを納得できるまであいつには反発の声を上げて欲しかった。それにも関わらず、僕があいつに向けた疑問は暖簾に腕押ししているくらい手応えのないもので、僕は一瞬一人で喋っているのではないかとさえ思ってしまう程だ。

「……そうか、俺は変なのかな」

違う。僕はただあいつを否定したかったのではなく、理解したかっただけなのだ。それなのに、あいつは自分の発した言葉でさえ疑ってしまうのだ。それならば、最初からそんなことを言うべきではないと思ってしまう。あいつだって僕がこんなにも突っ込んでくるとは思っていなかったのかもしれないが、感情を含んだ言葉というものは、人の感情を動かす。少なくとも、僕はあいつの言ったその言葉で、今、こんなにもモヤモヤとしているのだ。

「いや……」

僕はそう言って言葉を濁した。自分の表現に諦めそうになってしまっているあいつにどう対処したらいいのか分からなくなってしまっていた。

「俺は……おかしくないだろう」

僕が一人悩んでいたことが馬鹿になってしまう程、あいつはなんともないという顔をしてそう言った。

「俺じゃない。お前がおかしい。食べちゃいたいって感覚にならないお前の方がおかしいんだ」

と言い切ったのだ。一度感情表現を諦めようとしたあいつを見ているからか、僕はそれ以上その事について突っ込む気にならなかった。僕の中では全くと言っていい程理解には遠く及ばなかったし、むしろさっきよりもしこりは大きさを増していたようにも感じられた。それでも、これより先にこの話を持ち込むことの方が危険に感じられ、僕は小さく口を開けて

「ああ、そうか」

と言った。理解したと言いたくはないという最後の抵抗をしたつもりで、そうあいつに向かって言った。

「ああ!そうだよ!」

あいつは何かを深く納得したように、大きく頷いた後に、僕に笑顔を見せた。もちろん、あいつの顔は今でも思い出す事ができないから、笑顔だったような気がするだけなのだけれど。

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