第5話

 少しずつ情景が蘇ってきていた。その場所はどこかのベランダのように見える。目の前に柵があって、それでいて下を見下ろせるくらいの高さがあったように感じる。僕はそのベランダにさっきまで胡座をかいて座っていたんだ、隣にいるあいつも同じように胡座をかいていた、さっきまでは。そこまで思い出せるのに、やっぱりあいつが僕の隣にいる事に妙な違和感を覚えたままだった。

「食べちゃいたいって……」

「え!?分からない?」

あたかも僕の方が異質であるかのように、あいつは驚きの顔を僕に向けた。目を大きく見開いて、……そう見えてはいないけど、確かに見開いているように感じる。

「正直言って……」

あいつの驚いた顔は続いたままだった。「全然分からないよ」

「えー!」

それ程、あいつの言うところの「食べちゃいたい」という表現は広く知れ渡っているものなのだろうか。僕は隣にいるあいつの存在とその「食べちゃいたい」という表現の一つがとても印象深く、そして、しこりのように少しの不快感を伴って僕の頭の奥の方に深く刻まれたのだ。

「ちょっと待って、やっぱり食べちゃいたいなんて変だよ」

僕はしばらくあいつの言うその言語化された感情表現の一種を理解しようと努めてみた。僕の中の絡まっているどこかの部分をゆっくり解いてあげれば、それはもしかしたら簡単に理解出来ることなのかもしれないと思ってみて、絡まっているであろう部分を何度も解こうとして、その言葉を受け入れてみようとしたけど、そもそも自身の思考を簡単に解くこと自体がとても難儀だったし、それを解いた所でおそらく理解する事などできないだろうと、僕の思考の一部であるその絡まった部分が何度も僕に訴えかけてきていた。だから僕は早々に思考を解く作業を諦めて、あいつにそう言ったのだ。

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