第10話

 彼女の名はさくらと言った。さくらはずっととある教会の神父に育てられたのだという。

 彼女はずっと彼を父として信じ、疑わなかった。しかし、彼女が十八になった時、神父は病に倒れた。彼は今際の際に彼女が実は養女であると語った。

 十八年前、神父の教会に一人の若い女性が乳飲み子を抱えて転がり込んできた。恋人の子供を身篭ったものの、妊娠したと知ると相手の男は姿を消した。生活に困り、住んでいた所も追い出され、行くところをなくして困り果てていた。教会の明かりを見つけて発作的に転がり込んだのだという。

 神父は親子を温かく迎え入れた。

 生気を取り戻した女性は人生をやり直したいという。だが、子供を連れたままでは仕事をするのもままならない。二人で生活を始めようにも、今のままでは何ともならない。神父は事情を聞いて子供を預かる事にした。女は生活の目処が立ったら必ず迎えにくると言い残して去っていった。

 だが、それから十八年、女性は帰ってこなかった。最初の頃はあった手紙や電話もいつしか途絶え、今や消息も分からなくなっていた。生きているのかどうかも分からない。生きていても迎えに来られない、何かしらの事情があるのかもしれない。神父は母親の名前を言わずに、ただ、母を恨んではいけないと、生きていればいつか会えるとだけ言い残して亡くなった。

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