第5話

 翌日、二人はまた同じ川原を訪れた。運良く、同じ猫に会える事を祈って。今度は荷物の中に猫の好きそうなおもちゃや猫缶、かつおぶしなどを入れていた。だが、かの猫の姿はなかなか見えなかった。

「いないねー…」

「今日は来ないのかなぁ。」

二人は川原の土手に腰掛けて草むらを見ていた。昨日、黒猫を見た所だ。

今日はその草むらはただ、風になびくばかりだ。蝶々も何匹か飛び交ってはいるものの、それを狙うハンターの姿は今日は見えない。

「とりあえず、お昼休憩にしちゃおう。」

ヒナはそう言ってバスケットを取り出した。今日もサンドイッチである。もしかしたら、その中に猫を引き寄せた匂いなどがあるかもしれないと、ヒナは敢えて同じメニューで作ってきた。

「あら、おいしそうですねぇ。」

丁度食べ始めた瞬間に、二人の背後から女性の声が聞こえた。振り向くと、買い物袋を乗せた自転車が止まっている。

「加奈さん。」

二人の声がハモった。桜邸のメイド、加奈である。

「さすが双子、ですね。息がぴったり。」

加奈はそう言って笑った。自転車を止めて降りると二人の横に座った。

「進んでます?ミィちゃん探し。」

その彼女にルナは紙コップに注いだお茶を渡した。幸いにも彼女が座ったのはルナの隣であったため、ヒナとは距離がある。そのため、ヒナは少し怯えていても、逃げるところまではしなかった。

「昨日、ここの川原でみかけたんですよ。ミィちゃんらしき黒猫。」

「そうなんですね。それで、張り込みですか。」

「まぁ、そんなところです。」

「加奈さんの方は、何か思い出したこととかありませんか?彰子夫人が思い出したことでも…」

加奈は何かを考えている風に黙り込んでいた。最初は何かを思い出そうとしているのかと思い、ルナは黙ってその様子を見ていた。だが、生来せっかちな性質であるルナはそうそう待ってはいられなかった。

「あの…加奈さん?」

「えっ?あ、ああ。そうね。何も、無いわ。」

そう言うと加奈はわたわたとお茶を飲み干して立ち上がった。

「じゃ、私、仕事があるので、これで!」

そう言い残して颯爽と自転車で去っていった。

「…何か…ありそうよね…この事件。」

「うん。」

二人は最初に依頼を受けた時の感じを思い出していた。あの時は彰子夫人のただならぬ様子が気になった。そう思えば。

「加奈さんは…何だかあまりミィちゃんの事を心配してないみたいに見えるんだけど…」

ルナはそう零した。以前にミィの情報を聞いた時も、加奈は冷静だった。自分の飼い猫ではないからかもしれないが、少なくともメイドとして仕えている彰子夫人はかなり悲しんでいた。

「二人の間に温度差があるよね。仲が悪いとか?」

ヒナが聞いた。

「それは無いと思う。彰子夫人が悲しんでいる時に加奈さんが寄り添って慰めていたから。あれが演技だとしたら役者になれると思うけど。」

そう言ってルナは笑った。

「でも、とりあえず、ミィちゃんは見かけられたんだから…」

「うん。ミィちゃんを確保してからでいいかもしれないわね。」

「うん。」

「よし!頑張ってミィちゃんを確保よ!」

おー、と勇ましく叫んだルナの足元でにゃーという声が聞こえた。

「あーもう、早くミィちゃんを見つけなきゃって思ったら、幻聴まで聞こえるし!」

「…ルナ…幻聴じゃないよ…」

そう言って足元を指差すヒナの指の先に、尻尾の先が白い、黒猫が居た。

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