第21話 山井の話
仁の元に山井からの電話がかかってきたのは、12時45分
仁は家に帰り、智恵子とともに昼食がちょうど終わった頃だった
電話がかかってくると、席を立ちリビングで山井と会話を始めた
(もしもし、小久保さんですか。お疲れ様です。)
「お疲れ様、わざわざ休憩時間にありがとう」
仁の会社では12~13の間が一時間休憩になっている
(いえ、ざっとですけどクローン営業の人と話をしましたよ。佐藤課長も少し話出来ましたし)
山井が言うには、昼食時に営業五課通称クローン営業課へ行き、仁の事について話を聞いた。当初面識のある手塚という男と話をしていたらしいが、横にいた五課の佐藤課長も加わり一緒に話が出来たらしい
「そっか、それで何を聞いたの?」
(小久保さんが何を聞いてくれってのも特になかったんで、今度復帰するかもしれない小久保さんどんな感じで働いてたんですか?って感じで軽く聞きましたよ。そしたら、まぁ何というか…)
「何?」
(言っちゃ悪いんですけど、普通でした。手塚君も佐藤課長も、熱心に真面目に良く働いてくれていたって、それ位で…まぁ、流石にたまに細かいミスはしたみたいですけど、なにか大事になるようなことをしでかしたって話は無かったですね。なんか、小久保さんのクローン保険の適用が不当目な部分があって大変だったとか、小久保さんに関しては仕事の事よりもそっちの方が多かったですよ)
仁は山海保険のクローン保険に加入しており、保険の適用に関しての審査はまた違う課の仕事になるが、営業課でも無関係だと言うわけではなく、なにかと営業課でも動いた
「でも、なんか悩んでたとか言ってたじゃない?」
(ああ、それは言ってましたね。なんかのミスをした次の日に、暗い顔で出てきた日は何回か有ったけど、仕事に支障をきたすようなことはなかったから、とくに気にはしていなかったとか)
「そうか…なにか、悪く言ってなかった?俺の事、小さなことでも」
(そうですね、むしろいい評価と言うか褒めてましたよ。なんかの勉強会だか、講習会とかに通ってたみたいです、社内で資格を取るのに必要な勉強とかは有りますけど、それ以外にもそう言うのに熱心に通ってたみたいです。佐藤課長がそう言うのにも相談受けてたそうです。手塚君もそんな感じで割とうまくはやってたみたいです、なんかすみません自分の勝手な思い違いだったのかもしれませんね)
少し拍子抜けをした、仕事が上手くいってなくて、それで周りに迷惑をかけていた、それが元でクローン営業内で孤立していたのではないだろうか?と言う不安が薄れた
むしろそれを疑っていた自分の小ささを恥じた
「それ位?後は、何か…あったりしなかった?どこかおかしなことをしていたとか?どんな講習会に出ていたとか」
(おかしなこと?)
「ああ、いやなんでもないや。俺も俺で変に気にしすぎなのかな?」
(そうかもしれませんね、こう言うのもなんですけど、思い切って聞いてしまってよかったのかもしれませんね。自分も自分ですっきりしましたし)
山井は山井で仁にも周りにも気を使っているようだった、同僚がうまくいってない時に気を遣ってくれる。そう言う優しい男だった
(講習会は、確か斎藤とかいう人の講習会に行ってたとか佐藤課長は言ってましたね、詳しくは知りませんが、クローン関連の研究者だか教授だか)
「斎藤?どういう人なんだろ」
クローン技術に関する人物の名前など、仁には数えるほどしか知らない
(自分も知らないですね、ただそう言う名前が出てきただけで)
「うーん、なるほどね。わざわざありがとう、時間取らせて悪かったね」
(はーい、また会社に来るようになるの待ってますよ。その時は、奢ってもらいますからね北浜屋、忘れてませんから)
「了解したよ、じゃあ」
そう言って電話を切った
仕事では悩んでいなかったのか?山井の話を聞いた分では順調に仕事をこなしていたようだった、では小久保仁は一体何を悩んでいたのだろうか
「電話終わった?山井さんから?」
智恵子が声を掛けてくる
「ああ、終わったよ。少しね、仕事の話をしていた」
そう、と言いながら食事の後片付けを智恵子はしている
「決めたの?復帰するかしないか」
キッチンに皿を運びながらそう聞いてくる
「一応返事するのはもう少し先だから、それまでには決めるけど復帰しようかなと思ってきた」
「わかったわ、どっちにするかは任せるけど、良い方向になると良いわね」
妻の優しい言葉が身に染みた
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