第19話 何をどうする
鹿島は様々な情報をくれた、自分の下らない素人の質問をしっかりと丁寧に答えてくれた。もちろん、仕事という側面もあるだろうが、それ以上に自分に対するその対応に好感が持てた
車のキーのドア開閉ボタンを押すと、ガチャと車のドアが開く音がし、ドアが開いた合図を示すヘッドランプが付く。仁はドアを開き、助手席のシートの上にカバンをほおり投げ、運転席シートに深々座り込むと、天井を見上げながら深々と溜息をついた
これからどうする
死因は本当に分からないみたいだ、捜査のプロである警察がそう断定しているし。何の知恵もない、自分に何が出来るのだろう、恐らくそれを調べるのは不可能であろう
何をしなければならないのか?
普通に考えれば誰もがそういう様に、しなければならないのは社会復帰だ。家族や自分の将来も含めそれが、まず第一だ
だが、なにをしたいのかと自分に問えば、このモヤモヤする気持ちを消したい。それが一番に来る
「聡か…」
一人ボツリと呟く
なにか分からないが聡は恐らく何ら隠し事をしている
それがなにか、聞くのは簡単だ
今から、電話の一本でも入れて、何を隠しているんだと聞けばいいだろう
だが、果たしてそれに弟は正直に答えてくれるだろうか?重大な事であればあるほど隠していたいだろうし、ただの自分の勘違いであるかもしれない
それにもまして恐ろしかった、弟が隠している何かを無理に聞き出す事
それによって、家族の関係が壊れてしまうのではないか
弟は自分を慮って何かを隠しているのかもしれない、それを穿り出すように聞くのはただただ悪戯に混乱を招くだけではないのだろうか?
やはり、こんなことやめて会社に戻るべきか
会社か…そういえば、俺は会社で何をしていたのだろう。クローン保険の仕事をしていたのはわかったが、実際にどういう仕事をしていて、なにを思っていたのか分からない
誰かに聞いてみよう、そう思い携帯電話を起動させる
連絡先の「仕事」の欄を開き、誰に連絡しようか迷ったが、結局同期の山井に連絡を取ることにした。付き合いも長く、最も気軽に話を聞きやすい男だと思ったからだ
少し話を聞きたいことがあるから、電話できないか?なんならこっちから会いに行くと言う内容のメールを送ると、意外なことに1分と経たないうちに山井からの電話が来た
(もしもし、山井です。どうしました?)
闊達な声が電話の向こうから聞こえてくる
「仕事中?悪いね、なんだったらまた後で掛けなおすけど?」
(ああ、大丈夫ですよ。そんなに長い話じゃないなら答えられますけど、なんでしょう?)
「そうだな…少し長い話になるかもしれない。簡潔に言えば俺…前の俺がどういう仕事をしていたのかを聞きたいんだ。具体的に何をやっていたのかとか」
うーんと電話越しに考える声が聞こえる
(部署も違いますしね、具体的に何をってなるとちょっとわからないですけど…何か知りたいことがあるんですか?)
「いや、何かってわけじゃないんだけど漠然と何をしていたのか知りたくてね。ほら、なんか悩んでたって言ってたでしょ」
先日の会社での会話を思い出す
(ああ、なるほど。ただ、僕から話せることはほとんどないですよ。そうですねぇ…小久保さんが良ければ誰かクローン部の人に聞いてみます?佐藤課長とか、手塚さんとか)
「僕は良いけれど。そうだな、なんかちょっと悪いけど、聞いてみてもらえる?あんまり深く突っ込まなくて、世間話程度に聞いてくれればいいから」
(良いですよ、全然それ位なら。お昼休憩の時にでも聞いてみますよ)
「ありがと、今度ラーメンでも奢るよ」
(本当ですか、ご馳走になります。じゃあ北浜屋の特盛全乗せでお願いしますね)
「わかったよ、その代わりよろしくね」
苦笑しながら、返答する。北浜屋はやたら量の多いので有名な店だ、仁などは普通盛りでも食べきるので精一杯なくらいで、行くときは小盛りで頼む
(じゃあ、また後でメールか電話しますよ)
「わかった待ってるよ」
そう言って電話を切った
車のエンジンを掛けると、暖房が入り冷たかった車内に温風を吹かせる
同時に、カーラジオが付く来る時とは違いお昼前の情報番組をやっていた
(ご紹介するのは犬窪市の名産、レンコンのからし漬けです、全国的にも有名…)
そんな声を聞きながら、警察署を後にした
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