第17話 疑心

警察署内に入ると、平日だというのに多くの人が、受付に居た

大体の人が車の関係で来ているらしく、入り口脇の書類を書く机の上で立ちながら、何かを記入したりしている

受付の職員に刑事課の鹿島と会う約束をしているのだがどうすればよいのかと尋ねると、刑事課は2階に登って廊下の奥にあると聞かされ、そこへと向かう

緑の床ビニールの階段を上り、刑事課へと向かう。普通に生活していたらまず来ない場所だな、1階の喧騒とはかけ離れ廊下はシンと静まり返っている

廊下一番奥の刑事課とか書かれたドアは閉まっており、ノックをし中へと入る

「失礼します」

部屋の中には15人程の署員がおり、数名の眼がこちらに向く。そうして入り口付近の体格の良い刑事が席を立ちこちらへ明るく挨拶をしてくる

「おはようございます、どうなさいましたか?」

「あ、先日お電話しました小久保というものです。鹿島さんとお約束をしてまして」

「ああ、はい、鹿島ですかわかりました、今呼んできますね。少々お待ちください」

踵を返し、部屋の奥へと進んでいく

思ったより広い部屋だな、小学校の教室を2つくっつけた位の大きさにはなるであろうか?多くの机には、刑事と思われる署員が座って仕事をしている。

そう思っていると、先ほどの体格のいい男は部屋の奥の席に座っている鹿島と思われる男に声を掛ける。鹿島はその声を受けると、顔をこちらへ向け、会釈をするとちょっと待ってくれと言うように、右手を軽く上げ。それからしゃがみ込んむ、机の引き出しを開けた様だった

体格のいい男は自分の席へと戻ってき、

「今すぐ来ますんでね、書類探してるみたいなんでちょっと待ってください」

と言って、自分の仕事に戻ったようだった


少しすると、鹿島は書類を見つけたようで、小走りでこちらに来る

コールブラウンのスーツの前ボタンは外れており、グレーのネクタイは少し緩めており仕事中という感じの服装で、顔にはしわが目立ち頭の髪はやや薄くなってきている仁よりはわずかに背の低い50代位の男だ

いかにもベテラン刑事だなとの第一印象を仁は持った

「いやぁ、すみませんお待たせしました私が鹿島です。小久保さん、今日はわざわざご足労いただきありがとうございます。」

片手に書類の束を持ちながら、ぺこりと頭を下げる

仁の事件に関する書類だろう

「いえ、こちらこそお時間いただきありがとうございます」

「えーと、どうしようかな。ここで話してもいいんですけど、応接室空いてそうですし、そっちに行きますか」

「はい、私はどっちでも構いませんけど」

「じゃあ、移動しますか」

服装を整えながら鹿島は仁を案内する


2人は刑事課を出て、2部屋はなれた応接室と書かれた部屋へと入っていく

外の廊下とはうって変わり白いタイルの床、向かい合って並べれたソファの間には低めのガラステーブル、大きな窓ガラスからは日光が照らしこんでいる

「まぁ、どうぞお座りください」

そう、ソファに座るように勧めてくる

仁が勧められるままソファに座ると、対面する形で鹿島もソファに座り書類をテーブルの上に置く

少し窮屈だな、悪いことをして取り調べをされるわけでもないのに警察署で刑事と2人で話をする、ドラマのワンシーンみたいじゃないか

別段緊張する理由もないはずなのだが、仁はそう思った

どの道、ここまで来たんだから聞けることは聞いておこう

「先日お電話でも少しお話ししましたが、事件の大体の事はご家族から伺ってると思います。今日はどう言ったことをお聞きになりたいのでしょう?」

「色々あるんですけど、何から聞けばいいかな?あらかじめ考えておいたんですけど、なんか緊張しちゃって」

ははっと鹿島は笑う

「そら、皆さんそう言われますよ、普段は刑事なんて物騒なもんと話すなんてことは滅多にないですからねぇ、どうぞお気楽に。あ、なんか飲みますか?部屋出たところに自動販売機もあるんでなにかお持ちしますよ、コーヒーでも紅茶でも」

「いえ、お構いなく、大丈夫ですよ」

丁重に断る、鹿島の気さくな話し方は気を楽にさせてくれた

人生の場数が違うのだろう、この人物は信頼出来そうだ、と感じさせる雰囲気を持っている


「それじゃあ、いくつか聞きたいことの一つなんですけれども、以前の自分…小久保仁の死亡原因についてです。どうにも、おかしいなと思うことが自分では多々ありまして」

「はい、ちょっと待ってくださいね」

仁には見えないように机から書類を取りパラパラとページをめくる、

「亡くなられていたのは、9月25日20時頃瀬野川町の道路の隅で座っているところを、女性に発見され、救急車で搬送された。その後搬送先の病院で、心停止を確認され20時35分医師が死亡と認定。で、その後司法解剖が行われ、急性心不全とされた。突然死と警察からはしてますね、死亡推定時刻は18~19時の間、最後に見かけられたのは会社を出ていく山海保険の受付嬢の女性が18時に退社していく小久保さんを見ています」

時系列で順を追って形式的に説明をする

「ええ、それは兄から聞かされました、ただおかしくないですか?」

「おかしいと言うと?」

「普段瀬野川町なんて、私は滅多にいかないんですよ、それに持病持ちでもなく身体の悪い部分も無いんです。それが急に心不全を起こしたって。なんだか納得できなくて…」

少なくともクローン登録時の自分は五体満足の健康体だった

「見つかった場所はともかく、急に心臓が止まるのが急性心不全ですからね、原因は何であったのかと言うのは、今のところ不明でしてね。その辺は我々も頭を悩ませるところでして、突然死としてしまってるんですよ…市役所に提出される内容でしたらそれで大丈夫かと思います」

「突然死と兄も言ってましたが、結局突然死って言うのはなんなんでしょう?」

「うーん、突然死の定義と言うと広くありましてね…極端に分けると原因が分かっているものと分からないもの、前者はなんらかしらの原因があって24時間以内に死亡が確認されたものですね、心疾患だったり脳出血だったり。そして、今回小久保さんに当て嵌まるのは後者ですね、原因が不明だがお亡くなりになられた。」

「それは、司法解剖された後もわからなかったと?」

「そうですね、大きな外傷も無く、何か苦しんだ跡もなく、毒物が発見された、強烈な刺激やストレスを受けた等も発見されず、ただ心臓が停止していたと言う状態です。我々の方でも何か手掛かりがないかと、死亡現場を捜査はしたんですが、何も発見されずで、これです」

と両手を挙げ首を振って見せた、お手上げだと言わんとしているようだ

「それで、ご納得いただけないでしょうか?」そう付け加える

「納得…と言うより、死因が不明と決定した後も捜査を続けられたんですか?」

何か腑に落ちない、そう思って仁は尋ねる

「警察ってのはややこしいもんでしてね、本来突然死なんて断定をしてしまうのは、死因がなんにもわからないから、わからないで通しちまおうって内容のもんなんですよ。そればっかになってしまうと、上からの小言が煩くなっちまうもんでして、なにか手掛かりがないかって、探すんですね。申し訳ないがそんな理由です」

やれやれ、といった表情で鹿島は腕を組む

「なるほど…警察の方も大変ですね、私も上司に小言ばかり言われてましたよ」

「どこも一緒なんですなぁ、私も今は言う立場でもあり言われる立場なんですけど」


ははっと今度は二人して笑う、

だが、仁は鹿島の言葉に完全に納得しているようではなかった。まだ聞かなければいけないことがある、

「現場には本当に何もなかったんですか?」

「ええ、私も行きましたが猫一匹」

「なにかが、落ちていたとか」

「ええ、なにかお探しの物でもあるんですか?」

「携帯電話です、以前の私が持っていた携帯電話。それが無いんです」

「ちょっと待ってくださいね」

そう言って、また書類をペラペラと捲る

「えー、亡くなられた小久保さんが所持していた物、財布…財布の中身は金銭とカードの類、運転免許証、保険証、交通定期券、クローン生成意思表示カード、その他にはボールペン、仕事用であろう黒のカバン、カバンの中身は筆記用具の類、えーとボールペン、サインペン、蛍光ペンが3色赤と青と緑、シャープペン、消しゴム、A4のノート、手帳、後は仕事用の書類、遺書の類や筆跡も無し。現場にも…」

また違うページを捲る

「何もなし…ですね。確かに携帯電話は無いようです。仕事場かお家にお忘れになられていたとか?」

「いえ、それも無かったです。変じゃないですか?普通ビジネスマンにとっては携帯電話は必須アイテムです。無くしたならすぐに代替機を取り寄せるなり、新しく電話を契約したりするでしょう」

うーんと鹿島は口をへの字に結ぶ

「確かに、それはそれでおかしいかもしれませんね。ただ、我々の方としては。それを探す算段があるわけではないんですよね。もちろん、見つければそれをご家族にはお渡しします。携帯電話が無くてお困りなんですか?」

違う的が外れている、

「そうじゃないです、無いこと自体がおかしいとは思いませんか?例えば、誰かが持ち去ったとか」

「誰かが持ち去った、なるほど…」

と鹿島は眉間にしわを寄せ

「では、それはなぜ?とお思いですか。どういった理由で誰かが小久保さんの持っている携帯電話を持って行ったと」

反対に質問を返してきた

「それは…そう例えば、通話記録を誰かに聞かれたくなかったとか、メールのやり取りを見られたくなかったとか」

「ふむ、つまり小久保さんの死に関して何らかしらの人間が関わっているとお考えなんですね、その者が、自分の不利にならないために携帯電話を持ち去ったと」

そうだ、そう考えるのが妥当だ。普段から肌身離さず持っている携帯電話を、前の自分が手放すはずがない、それが死ぬ前なのか死んだ後なのかわからないが、きっとそいつが仁から携帯電話を奪い、持っているはずだ

「その可能性も、あるとは思いませんか?誰かが携帯電話を奪った」

焦って話す仁に対して鹿島は冷静だ

「小久保さん、ちょっと冷静になって考えましょうか…万が一そう言った者がいたとしてもです、その人が亡くなった小久保さんをどうしたというんです。その人が犯した罪は精々窃盗がいいところです、携帯電話を小久保さんから盗んだ罪として」

確かに前の仁は突然死とされている、奪った犯人が殺したという理由も証拠も何一つない

「だけど、そいつがなにか知っている可能性があるでしょう」

「おっしゃる通りです、仮に居ればの話ですがね」

そう前置きをしてから、鹿島は子供に諭すように話を続ける

「いいですか、小久保さん警察が動くときは、まずその犯人の動機と証拠を見つけに掛かります。仮に持ち去った男、いや男とも限らないのでXとしておきましょうか。Xがなぜ携帯電話を持ち去ったか?自分の犯行を隠すため、では犯行目的はと考えると彼を殺害する事か、いやそれはあり得ない、彼は殺されていませんからね死因はわかりませんが少なくとも他殺ではない。そうなると、携帯電話を取る事が目的であったとなる。その為にXは小久保さんを付け回していたのでしょうか、彼が突然倒れる瞬間を狙ってずっと後を付け回していた。或いはXは偶然彼が倒れているところを発見し彼の望みであった携帯電話を手にすることが出来た。もちろんそれも考えにくい、彼がいつどこで倒れるかなんてXにはわかりませんからね」

ゆっくりと状況が分かるように鹿島は語りさらに続ける

「そうなると、物取りの線もあるがそれも考えにくい、彼の財布の中にはそれなりの金額が入っていましたからね。普通持っていくならまずそっちを狙うでしょう。寝ている男のポケットから財布をくすねてやろうと考えるはずです。さらにほかの可能性を考えれば、倒れる前に携帯電話は盗まれたのかもしれないが、その日に偶然彼が倒れたというのも考えにくいですしね」

ぐうの音も出ないほどの正論だ、垂らされていた蜘蛛の糸を切られたように仁は頷く

「確かに…おっしゃるとおりですね、少し考えすぎていたのかもしれません」

トーンの下がった声を仁は発する

「なぁに、誰でも何かおかしなことがあれば、何にでも疑心暗鬼になるものです。特に身近な出来事であればね。意外とひょっこり携帯電話もどこからか出てくるかもしれませんよ」

ただ、と付け加える

「小久保さんが言うように、携帯電話は少し気になりますねぇ。この事件とは関係ないかもしれませんが通話記録なんかを電話会社に聞いてみますよ、それでご納得いただけないでしょうか?」

切られたはずの糸が完全には切れていなかった、そんな一縷の望みを鹿島は仁に与えてくれた

「ありがとうございます、よろしくお願いします」

救われたように仁は深々と頭を下げる


「とりあえず、最初のご質問はそれでよろしいでしょうか?まだ何かあればお答えしますが」

仁が警察署に来てから30分近くが経とうとしている

広い応接間で仁は次の質問を鹿島にぶつけた

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