第14話 父の背中

起立し司会者から、マイクが渡された努は口を開いた

仁の背中にジワリと汗がにじむ

「お話拝聴いたしました、大変なご苦労をされているようですね。えー、私が粕谷さんにお聞きしたい事は2点あります。よろしいでしょうか?」

と、司会者に問う

「構いませんよ、あまり長引かない程度にお願いいたします」

司会者が答える

「ありがとうございます、まず1点目はご家族に関してです、先ほどのお話では非常に温かくあなたを迎えてくれ、サポートをしてくれたように感じました。具体的にはどう言う風にあなたに接してくれたのかをお教えいただければ幸いです。」

粕谷がそれに答える

「はい、まずそうですね…私がクローンとして産まれた後は社旗復帰の為に尽力をしてくれました。会社への連絡や、役所への手続き、親戚への挨拶などですね。特に私は独身なので、両親と姉…ええと姉夫婦と言った方がいいですね。生活の基盤が出来るまでは両親と一緒に暮らし、私が社会へと再び出れるようにサポートをしてくれました。また、私の疾患が発覚してからは、その事に対して大層嘆き、クローン生成が原因だと怒りを覚えていたようです。父よりは母が裁判を起こそうと行動してくれましたね。後は、私を診てくれる病院を探してくれたり、一緒に病院へ行ってくれたりと、なにかと力になってくれました。その事は今でも感謝の念を絶えません」

一頻り粕谷は答え

「なるほど、ありがとうございます。ではそういったご家族の温かさは、クローンが生成される前から有りましたか?」

会場がざわっとした雰囲気になる

それを介さず粕谷は少しうーんと考え答える

「そうですね…確かに、そう言われれば生成前は決して家族が密になっていると言う環境ではなかったとは思います。私も一社会人として独り立ちしていましたし、歳も30を越えていますからね、それほど家族と一緒になって何かをすると言う時間はなかったですね。父も仕事を持っていますし、私が仕事を始めてからはずっとそんな環境でした。」

ただ、と粕谷は続ける

「父は家族に何かあった時、やはり団結するのだなとよく父は言ってますね。なにか危機や災難や病気などが有った時はそうなるのではないでしょうか?」

まっすぐと背筋を伸ばしたまま粕谷は答える、年齢は兄と同じくらいで有ろうが、言葉と経験が語る深さを仁は感じた


「お答えありがとうございます、不躾な質問を失礼いたしました。では、もう一点よろしいでしょうか?」

「はい」

「粕谷さんの今後の人生に関してです、これからどう生き何をして行きたいのか?なにか展望があればお聞きしたいです」

はい、と返事をしてからまた少し粕谷は考えるように右下に視線を落としてから答える

「そうですね、何と聞かれると中々難しいですが…実は私趣味がありまして、山登りなんですけどね、幼い頃はボーイスカウトに所属して、大学では登山部に入っていて、会社で働くようになってからも休日には日本の有名な山はかなり登りました。海外の何千メートルもあるような山を登ったことはないんですけどね」

自分の事を話し少し照れたように粕谷は笑う

「高かろうが低かろうがどの山に登っても頂上から見る景色は格別でして、そこで一緒に登った仲間と笑いあうのが人生の一つの楽しみでした。ですが…今はこの通り中々山に登るのも難しくなりまして」

粕谷はそう笑顔で続ける

「100名山ってご存知ですかね?ざっくり言うと日本にある山で有名な100個の山なんですけど、私はそれを62山登頂してるんですよ。後38山、それを登頂するのが一つの目標ではあります」

仁には父の表情は見えない、背中だけが見える。粕谷の笑顔は父にはどう映っているのか?

「なるほど…素晴らしい目標だと思います。それを達成されるの一つの目標だと」

「ええ、そうなりますね。その為…だけでもないですがその為にリハビリも続けてますし、また登れる山を探したり登った時の事を考えたりしてますよ。ですが、それだけでも無いんですよね。まだ結婚もしてないですから、まだ恋愛もしたいですし、実績を残せるような仕事もしたいですし、絵も描いてみたいですし、海外に旅行にも行ってみたいです。」

そう言ってから、粕谷は続ける

「多分、皆さまの中にはこう思ってらっしゃる方が居るのではないでしょうか?クローン生成に失敗してかわいそうな人生を送っている男だと、今後の人生も暗い展望しかないのだと。私の人生、もしかしたら明日命がなくなるかもしれません。この身体がもっと自由に動いたら、と嘆いていた日々もありますし、今もそう思うときも多々有ります。でもきっとそれはその人の想い一つでどうとでも変わるものなのだと思います。まだまだ私にはやりたいことが沢山あります、そう思いながら生き続けることが一つの目標ですね」

そう粕谷が解答を終えると、会場からパラパラと拍手が起こる

そうすると、会場のあちらこちらから拍手が起こりやがては会場全体から拍手喝采が粕谷に送られた

驚いたようにありがとうございます、と粕谷が頭を下げる

そうしてから何十秒かすると、拍手が収まり。再び努が話す

「貴重なお言葉ありがとうございました、では私の質問を終えさせていただきます。私も山は好きでして、いつか粕谷さんともご一緒させていただければと思います」

と頭を下げた

是非と粕谷は笑顔で答えた


「えー、粕谷さんありがとうございました。では次に何かご質問、ご意見のある方は挙手をお願いします」

司会者がそう進行を続ける

仁は、両手をぐっと組み腹の前に置き、ただただ下を眺めその後の粕谷の話を聞いていた

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