第13話 粕谷の話

男は壇上に立つと、まっすぐと聴衆の方を向きよく通る声で話を始めた


「えー、はじめまして。私は粕谷というものです。まず始めに、私は皆さんとは少し違い賛成反対の立場ではありません。正確に言えば、反対でもあり賛成でもあるという事です」

それはそうだろうな、制度の一部は賛成でも、その他の部分に反対という或いはその逆という考えは決して少数ではない。むしろ、大多数がそうではないか?と仁は思った

「なぜなら、私自身がクローン生成された人間であるからです」

ざわっとした空気が会場に流れる

仁はそれ以上に心にざわつくものがあり、思わず声が出そうになった

「ですから、私がクローンとして生まれてきた日々からの話を今日はして、みなさまがどう思うかという形で話をしたいと思います」

そう前置きをすると粕谷は話を始めた


―私が生成された日は、4年前の8月の半ばでした。クローン登録をしたのが3月で5ケ月という差があります。

まず、私が生成されてから目を覚ますと、研究所の職員が目の前にいました。

意識ははっきりしているか?目は見えるか?音は聞こえるか?等と質問を受け、それらに答えていると、


最後に職員は右手の指を握っているが感覚はあるか?と聞かれました。

最初はわかりませんでした。そこで、いえわかりませんと答えると、

今度は足の指を触っているがわかるか?と聞かれました。

微かにですが感覚があり。はい、少し鈍いですがわかりますと答えますと、

そうですかと職員は言いました。


自分の置かれている状況に困惑しましたが、

その後職員は私がクローン生成された人間であるという事を説明してくれ、

また検査もするから少し休んでくれと、小さな部屋に通され。そこで検査が来るのを待ちました。

その間手足の感覚が鈍いなと思いながら、手を握って開いてみたり、足を揉んでみたりと何度もしてみました

3時間ほど時間が経つと、先ほどの職員が私を呼びに来て検査が行われました。血液を採られたり、視力や聴力のテストを受けたり、職員の質問を受けたりと時間にすれば小一時間といったところだったでしょうか

その中で、職員に不具合はあるか?と聞かれたため、

手足が特に右手の感覚が鈍いと答えると、

どの程度か?とその状態を聞かれました

歩いたり物を持ったりするのには支障はないが、薄手の手袋をつけているようです、と言うと

生成されてか少しの間そう言った症状が見られる場合がある、体がまだ慣れていないんだろう、あまりにも酷いようだったら神経外科に行くことをお勧めする

と職員は答えました

そんなものなのか、これから慣れるだろうと私は思い、施設を後にします


世間は私にとっては昨日まで春先で桜も咲こうかという時期から、セミの声がうるさい真夏になっていました

まるで浦島太郎だなとも思いましたが、徐々に家族の支えもあり社会へと復帰をしていきました

元居た職場も、温かく私を迎え入れてくれ、五か月の差がある世界に馴染むことにそう時間はかかりませんでした

ですが、一方であの手足の鈍さは治ることがなく、時には痺れるような感覚に襲われることもありました。

それでも私は日々の生活が忙しく、そのうちに治るだろうと思っていました

そうして11月も終わりの頃、会社への通勤途中の道で右腕に違和感を覚えました

表現としてはギプスを付けているような感覚と言えるでしょうか。あの骨折したときに腕に着けるギプスです

試しに左手で、右腕を叩いてみました。痛くはありませんでした、感覚がないとわかりました。これは流石に良くないと思い、会社に電話をし休みをもらいその日は神経外科の病院へと行きます―


えー…とそこで粕谷は一息つき話を続ける

仁は固唾をのんで話の続きを聞く


―恐怖でした、自分の体が自分の物でないような感覚は、ただただ恐怖しかありませんでした

病院で診察を受けると、脊髄に疾患があり神経が麻痺している可能性があるとの診断結果を受けました

そこで、クローン生成との関係性は有るのか?と医師に問うと

はっきりしたことはわからない、クローンによる作用の物なのか、それとも先天的なものなのかは今の医学では判断がつかないとの旨を伝えられました

私は突然の出来事にやりきれない思いを抱え、その事を家族や職場にも伝えます

家族も職場の人間も酷く心配してくれ、また優しくしてくれました


それでもやはり私はクローン生成に問題が有ったのではないのかと、疑念と怒りを抱き私を生成したクローン施設に直接出向き問い合わせました

ですが、技術的な問題はなく、生成に関しては万全を期しているので、その疾患に関してクローン技術に不備が原因とは考えづらい

との事でした

悔しかったです…

家に帰ってから、やり場のない怒りを覚え自室で机を叩きました

叩いた手は痛くはありませんでした、ただただ大きな音が部屋中に響き、家族に心配を掛けました


それから、約5年の月日が経っています、リハビリは続けていますが、症状は改善されず、逆にご覧の通り今度は脚が思うように動かなくなってきています

一時期は裁判を行おうかとまで考えましたが、医学的な確証が得られない限り、施設を訴えても勝利はないだろうと、弁護士には言われました―


そこで粕谷は一呼吸整え、再び語りだす

会場はシンと静まり、話を聞いている

努も同様に、腕を組み座っている、どう思いながら話を聞いているのだろう?と後ろから眺めている仁は気にもなった


―皆さんご存知でしょうか?クローン生成に瑕疵があった場合、それを賠償する責任が有るという事を

ですが、現在それを証明する手段が非常に乏しいです

そして、万が一瑕疵が証明されても、生成されたクローンは生き続けなければなりません

また、クローン生成で明らかに生成に失敗をした場合であっても、施設側はその個体を破棄…する事は許されていません

生成された時から、クローンは人として扱われ、それを破棄することは殺害と同意義になってしまうからです

法的には、二重生成の禁止の一つの事項としても扱われているらしいです

わかりますか?もし、生成されたクローンが明らかな失敗…例えば片腕がないまま生成されたとしても、その人はその人生を歩み続けなければなりません

私は、この疾患がクローン生成が原因であるかはわかりません。ですが、もしそうであるなら、このやり場のない気持ちをぶつけられたかと思うと、悔しさが少しはまぎれたのだと思います―


さて、とそこで粕谷は少し声のトーンが変わった


―ここまで、お聞きになられると、反対の立場じゃないか?と思われる方もいるかもしれませんが

考えてみれば、5年前の日に本来私は死亡してここには立っていなかったはずなのです、

それを考えれば、クローン生成されいまだ私という個体がいることは喜ぶべきことなのだと思います

私は決して今の人生に絶望しているというわけではありません

終わっていたはずの人生を続けられているというなら、これほど良いこともないでしょう

ですが、やはりこの体がもっと自由に動けたら、この杖を必要としない身体であったなら、と思うときは有ります

皆様にも、そういった思いを抱えている人間がいるのだなと思っていただければ幸いです―


と、締めくくり粕谷の話は終わった


粕谷がマイクを司会者に渡すと、司会者は粕谷さんお話をありがとうございましたと、礼を言い

「では、質疑応答に入りたいと思います、なにか粕谷さんにご質問のある方は挙手をお願いします」

と言う

会場から数名の手が上がる

それでは、そちらの方と司会者が一人の男を指名する

あ、と思わず仁は口を開いた

指名されたのは努であった

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