第11話 父と母


時は遡り仁が生成された日、紗枝が家に帰ると夫は家にはいなかった

携帯電話に電話をかけてみても夫は出なかった

紗枝はリビングで夫の帰りを待った

夫が帰ってきたのはその日が終わり時計が1時を指した深夜

家の鍵がガチャリと開く音がし、玄関へ紗枝が行くと

酒を飲んできたであろう夫の姿があった

「おかえりなさい、どこへ行ってたの」

「…起きてたのか」

「ええ」

「…どうだった、あいつは」

「元気よ、お父さんの事も心配してたわ」

「そうか」

「大丈夫なの?酔ってる?」

「少しな」

「そう、お水飲む?」

「いや、大丈夫だ…」

ポツリポツリと言葉を紡ぎ、靴を脱いで家に上がる

紗枝は努のコートを背後から脱がし背中越しに話す

「仁がね、お父さんと話をしたいって言ってたわ」

「そうか」

「私は今は辞めておきなさい言っておいた」

「…そうか」

「お風呂入る?少しはお酒が抜けるわよ」

「いや、今日は寝るよ。少し疲れた」

安心したような声で努はそう答えた


それから10日が過ぎ仁が父親の姿を駅前の人ごみの中見つけた日の朝

夫と2人で寝ている寝室で小久保紗枝は目を覚ました

目覚まし時計を鳴らさなくても、計ったように6時にはきっちりと起きる

敷布団とかけ布団をたたみ、部屋の隅へと重ねその上に枕を乗せる

寝室を出て、リビングへ行き暖房をつけ

ついでにテレビをつけ、朝のニュース番組を見る

ちょうど、今日の天気についてニュースキャスター2人が話をしていた

―今日は一日全国的に晴れるでしょうが、肌寒い風が吹くでしょう。皆さま防寒をしっかりとしてお出かけください

そう、晴れるなら今日お布団干してしまおうかしら?

と、思いながら朝の日課にしている、体操を始める

年を取って足腰が弱ってしまうのは困る、そう思ってから5年毎日欠かさずに行っている。何とか大学の教授先生がテレビで言っていた老化防止の体操だ

体操自体は3分もすると終わるが、朝の運動としてその日一日を過ごすのにはちょうど良い

体操が終わると、キッチンへ向かい冷蔵庫を開け、昨晩作った小さな鍋に入っている筑前煮、味噌と豆腐と長ネギそして卵を取り出す

鍋をそのまま火にかけ、豆腐と長ネギを切り味噌汁を作る

そうしていると、昨晩タイマー予約をした炊飯器が、米が炊けた合図のピーと言うアラームを鳴らす

ほぼ同じ時に目を覚ました彼女の夫が寝室からリビングへとやってきた


「おはようございます」

だし巻き卵を作るために、ボウルの中で卵をかき混ぜながら紗枝は挨拶をする

「ああ、おはよう」

努はそう返し、パジャマ姿のまま新聞を取りに玄関を開け門の傍へのポストへと向かう

新聞を取ってきた努は、家のシャッターをガラガラと開け、朝のまぶしい日差しが家に入り込む

「今日は外は寒い?風が強いらしいけど」

「そうでもないな、昨日よりはあったかくなりそうだ」

「そう、後でお布団干そうかと思うから、シーツと枕カバー外しておいてね」

ああ、わかったと言いながら食卓の自分の席に努は座り新聞を広げる

努が1面に目を通し終えたころ食卓に2人分の朝食が並ぶ

5人が座れる食卓に2人分だけの食事が並ぶようになってもう何年も経つ

いただきます

食卓に2人が座り夫婦にとっての朝が始まる

テレビのニュースでは、その日の星座での運勢占いを行っている

―今日の1日一番運勢が良いのはおとめ座の方です。そして最下位は魚座のあなた。思わぬところで意外な落とし穴があるので注意してください

「あら、あたし6位だわ、お父さんは3位ね。なんだかパッとしない順位よね、良いんだか悪いんだか、どうせなら1位かビリならわかりやすいわよね」

「この番組も長いな、もうちょっと違う編成にしないのか?いつも同じようなことを言ってるな」

「何言ってるの、こう言うのはずっと同じだからいいのよ、またいつもの朝が来たって思えるじゃない」

「そうか、俺みたいな考えの視聴者もいるんじゃないか?たまには違う物を見たいって」

「そうかもね、テレビ局に意見を送ってみたら?ありきたりなのばっかり流さないで、違う企画やってみろって」

「今度また思ったら送ってみるよ」

子供たちがこの家を出て行ってから何年かの間、夫婦で朝交わしてきたやり取りが行われる

「今日はどうするの?どこか行く?」

「少し出かける、隣町へな」

「あら、珍しいわね何しに行くの?」

「ちょっとな、母さんも来るか?これだ」

と、1枚のパンフレットを渡してくる

「…そう、私は辞めておくわ。今日は料理教室がある日だし。何時ごろ出掛けるの?」

週に1回紗枝は近くで、料理研究家をやっている先生の所へ近所の主婦と一緒に通っている

「11時位だ」

「そう、じゃあお昼ご飯はどうするの?少し食べてから行く?」

「いや、外で適当に食べるよ」

「わかったわ、晩御飯までには帰ってくるわね。もし要らないようだったまた電話してね」

「ああ、そうするよ。ご馳走様」

そう言って、朝食の済んだ食器を流し台へと持っていく


あの人は、あの人なりに悩んでいるのよね、仁に関して

一人食卓に残った紗枝は思った

そりゃあ、私だって息子がクローンだってのは本音を言えばそうであってほしくなかった

両手を挙げて喜ぶことが出来ない気持ちもわかるわ

自分のおなかを痛めて産んだ子が、普通になんの問題もない人生を歩んでほしかった

でも仕方ないじゃない、それがどんな形であれ、あの子が戻ってきたんだもの

あの子を考えたらこれからの長い人生、私達が認めてあげなくちゃ

あの子は生き続けるんだもの、いつまでもそれを悔やむような真似をしてもしょうがないじゃない

もっと現実を見なくちゃダメなのよ

あの人も割り切れずにいるのかしら?

だから、こんな会合に出席するってこと?


―クローン誕生について考える会

努が見せたパンフレットにはその案内について書かれていた

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