第10話:変わらないもの

カンカンカンカンと踏切の音が鳴る線路沿いの道路を2人は歩いている

ビュウと、もうすぐ真冬になる頃の10月の冷たい風が仁と智恵子に吹き付ける

「寒いな、もう一枚くらい着て来ればよかったか」

太陽は雲がかかっており、その光を2人にはわずかにしか光が射してくれない

「そうね、今日は晴れるって言ってたけど、こんな感じなのかしら?」

そう言うと智恵子は仁の肘をつかんでくる

うん?という表情を浮かべた後、仁は肘をL字型に曲げ右手をコートのポケットに入れた

そうすると腕を組んで二人で歩く姿となる

「たまには正がいない時が有っても良いのかもね」

親子3人で歩く時は、真ん中の息子の両手を両親が握る

出かけるときはそうでも、帰り道では息子が父親の背中であることが多かったが、いつもとは違う光景だ


家を出て20分ほどが経つと目的地であったそば処に着く

老舗と呼ばれる店で、店が建ってから30年は超えるらしい、土の壁、藁ぶきの屋根道路の反対側は大きな窓ガラスで採光がとってあり、小さいながらも趣のある庭がそこからは見える

カウンターが10席程度と、座敷テーブルが6席やや間隔をあけて並べられている広めの店であり5年ほど前に改装したという内装は、年月を感じさせない清潔感をもたらせていた。

昼前という事で、店には何組かの客がいるばかりで空いているようだった、12時を超えるころには客足も伸びてくるのであろう

2人は窓際の座敷テーブルに案内され、2人に緑茶が出されるとなにを食べようかとメニュー表を開いた

「来たことは有るのか?この店に」

仁は始めてくる店だ

「あるよ、正が幼稚園に入ってからちょっとしてから。タカヒコ君のママとサっちゃんのママと一緒に」

よく聞く名前だタカヒコ君もサっちゃんも知らないが正の幼稚園のママ友達だそうだ、

知らないところで妻も色々しているんだなと感心したようにへぇ、と頷く

暫くし注文を頼むためにすみませんと店員を呼ぶ

仁は天婦羅そばと、智恵子は鴨南蛮そばをそれぞれ頼み、二人でとぬか漬けを一つ注文して後は食後のデザートと思ったところで、智恵子はまた後で注文すれば良いんじゃないの?と止められた

かしこまりましたと、仁と同年代位の男性店員が注文を確認し席を後にする

「なんだか、こうやって二人になるのも久しぶりな気がするな。正が生まれてからは何かと忙しかったからな」

「そうだね、まだ私が働いていたころはよくこうやって食事をしていたけど、結婚すると中々時間も取れなくなってたからね」

そんな会話をしていると程なくして注文した商品がテーブルに届けられる

商品は大きく湯気が立っており、寒いこの日にとってはありがたいものであった


「それで、結局どうすることにしたの?」

食事中智恵子が口を開く

「仕事の事?」

そうと相槌を打つ

「どうするべきか悩んでいるんだけど、会社からも良くしてもらっているからな、復帰するように考えてはいるよ」

智恵子はまたそうと今度は少し感情を下げたように相槌を打つ

「なんだ?智恵子はあんまり賛成じゃないのか?」

妻の思わせぶりな態度に仁はあれ?とした表情をする、てっきり賛成してくれるものかと思っていた

あのねと、智恵子は箸を止め、昼時で混雑してきた店の中2,3瞬の後言葉を出す

「仁さん…ええと、仁さんね。あんまり元気がなかったの、会社で上手く行ってなかったんじゃなかったかってちょっと思ってたの。それって部署異動してからの事で、そのことが関係してるのかなって思ったらあんまり手を挙げて賛成するって言うのも出来なくなって」

山井が言っていた事と同じだった、やはり前の仁はなんらかしらの悩みを仕事の中で抱えていたようだ

「山井もそう言ってたな、なんだか暗い顔でいたときが多かったって」

「山井さん、懐かしいわね元気なのかしら。どんなことをしていたとか聞いた?」

「いや、あいつも部署が違ってからは毎日のように話をしてたわけじゃないみたいだったしね、ただそんな風に見えたって言ってただけだよ」

そう、とまた智恵子は相槌を打つと

「ねぇそんなに急いで働こうとしなくても良いんじゃない?お金なら当面は問題ないわけだし、いざとなったら私もまた働きに出ればいいだけだもの。少し休暇を貰ったら?それが認められないなら辞めちゃえばいいわよ」

心底仁の気遣いをしてくれているようで、その言葉が心にしみた

「そう…だな…どうしようか。まぁ、じっくり考えてみるよ」

上手く言葉が出ずに返答に窮してしまう

「あなたの人生だもの、どうするかを決めるのはあなたで良いわよ。でも何か決まったら私に必ず教えてね」

そう智恵子は言った

それきり二人の会話は止まってしまい、蕎麦をすする音だけが二人の間には流れた

自分には過ぎたる妻だな。

ふと、仁の胸に熱いものがこみ上げるのを感じる


―ありがとうございました、またお越しくださいませ

食事を終えた2人の後ろ姿に店員が声を見送りの声を掛ける

「これから、どうする?」

仁が智恵子にそう話を時計を見ると13時13分

「正のお迎えまで少し時間あるけど、どうしようかなお買い物もしたいし」

「って言っても、買い物してる時間もないんじゃないか?2時には迎えに行かないといけないんだろ」

「そうね、どうしようかしら」

と言うと、何か閃いたようだ

「仁さんが、お買い物行ってきてよ。私正のお迎えに行くから」

分業しようとの提案だった

「ああ、良いよ。でも俺が迎えに行った方がいいんじゃないか?何買ってくれば良いとかわからないよ」

「いいわよ、適当に今日のお夕飯の分何か買ってきてくれればいいから。そうだ!なんなら仁さんが今日のお夕飯作ってよ、それなら困らないでしょ?」

えぇと驚いている普段料理をしない夫に、妻はその番を任せる

「はい、決まりね。じゃあお夕飯なに作ってくれるか楽しみにしてるから、よろしくね」

そう言うと家の方へ歩き始めてしまった

おい、と引き留める間もなく10メートル20メートル先へと妻は歩いていく

まいったな、どうするか料理などまともに何年もしていない


とりあえずスーパーへ向かってから考えるか、何が良いか

等と考え、駅の反対側にあるスーパーマッケットへと向かう

駅前はごった返しており、老若男女問わず様々な人が歩いている

変わらないなこの町も、引っ越してきてから何年か経つが、新しく店が建つわけでも何か目新しい事件が起こるわけでもない、夏の花火大会には足が見えなくなるほど人で埋もれるがそれ以外の時は、どこにでもある住宅地の中にある駅前の光景になる

何を作るか?あんまり手の込んだものを作って失敗してしまっては元も子もないし、かと言って簡単な料理しか作れないと思われるのも癪だ

さてどうするか、そう思いながら歩くと人ごみの中に、見覚えのある姿がちらっと視界の隅に入る

一瞬見間違えかと思い、良くその男を見直す

間違えない

60台の男性、仁より一回り小さい体つき、

頭には白いものが目立つ、

少し垂れ下がった眼と鷲鼻が特徴

良く知っている男だ

つい先日生成されたばかりの仁に厳しい言葉を浴びせた男

名は小久保努

彼の父親である

晴れ上がった太陽の光が彼だけを射しているように見えた

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