第9話:日常
少し時系列で話をまとめてみよう
10月25日の昼前小久保仁は会社に行ってから数日後、自宅のリビングで役所へ提出する書類の束を見ながら紙にここ2ケ月の動向のまとめを書いていた
8月12日クローン遺伝子情報登録
8月15日新部署への異動を言い渡される
9月16日仁と翔が出会っている
9月25日並木道で死亡しているところを女性に見つけられる
10月5日生成に関して問題なしとして警察から許可が下りる
10月15日クローン生成
前の仁が死亡するまでの約一カ月半の事を知らなくてはならないな
かつての自分の動向への疑問に得も言われぬ感覚を味わっていた
だが、今の自分はこれからの生活を考えていかなければならぬ、幸いにして貯蓄は幾分かはあるが、それでもいつまでも働きもせずにいるわけにはいかない
大人しくかつての職場に戻り仕事をさせてい貰うのがベストなのだろうか?
そう思っていると
妻の智恵子が声を掛けてくる
「書類書けてる?提出期限とかあるんだっけ?」
「特に期限はないらしいね、基本的には任意の提出書類になるから、ただ出しておかないと後々面倒なことになった時が大変らしいって兄貴も言ってたよ」
「面倒なこと?」
「権利関係とか財産の事とかちゃんと俺に継承されない場合があるらしい。でも今回は、死亡届とかを出してないからそんなには問題ないらしいが、それでもやる事やっておかないと何かと気持ち悪いだろ」
兄の言葉を思い出す
クローンは従前の人間の立場をそのまま継承することができるが、実際は遺伝子登録から生成までの期間の齟齬がある。そこで、何をしていたのかを知らなければ全く知らない権利や義務を押し付けられる
だから、それをあらかじめ知っておかなければならぬと
「そう、仁さんはしっかりしてるわね。何か手伝えることある?大体わかる範囲のことは話したと思うけど」
「そうだなぁ…」
と、空白が目立つ書類に目を落とすがどうにも思いつかない
「大丈夫だよ、少しずつ書いていくさ。もうわからないところはわからないで良いって兄貴も言ってたから、さっと書いてさっさと役所に持っていくよ」
黒のボールペンをとんと木製のリビングテーブルに置き、強張った背筋を伸ばす
そうしてから一つ提案をしてみる
「今日は、正の迎えは何時くらいになるんだ?時間があるなら、昼はどっか外で飯でも食いに行かないか?」
息子の正は幼稚園へ通っており朝見送りに出した、この数日間妻には苦労ばかり掛けている、たまには労わなければいけないし、自分もずっと家にこもっているのも気が滅入る
「いまから?そうね…」
と壁に掛けてある時計を見ると10時51分
「正は2時に迎えに行けばいいから良いわよ。どこに行こうかしら。久しぶりに出かけられるから嬉しい」
そうか、提案して良かったと思う
用意をしてくるからどこに行くか考えておいてねと、妻はパタパタとリビングを出ていく
どこに行くか、それを考えるのはいつも悩む。一人で食事をするなら何でも良いのだが相手がいるとなるとそうも行かない。とは言え、正の迎えの事も考えるとそう遠くへも行けないし
と、携帯電話を開き近くの食事処を紹介しているサイトを開く
そこで幾つか店をピックアップして置く、和食懐石、イタリアン、そば処、ネパール料理屋等
近所と言えども知らない店が多いな各店の評判などをサイト上で見、20分ほどすると智恵子が身支度を整えやってくる、薄めの化粧、Vネックの薄いピンクのニット、黒のパンツでお気に入りだというコートを片手に持っている
「どう?お店決まった?」
「近場の店をいくつか探しておいたよ、どうしようか?」
とサイトを見せる
あー、ここは駄目美味しくない、ここは接客が良くなかったといくつかの店に妻はバツ印を付ける
どうやら、自分が知らない間にいくつかの店を回っているようだ
結局歩いて20分ほどの駅から少し離れたそば処にしようかという事で落ち着いた
11時半を壁時計がさす頃、二人は家を後にした
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