第8話 先は長い

―クローン保険、30年前にクローン法が出来てから徐々にその数を増やした保険

通常死亡原因が他殺や、過失致死でない場合は、クローン生成に関わる諸費用の負担は、生成されたクローンとなる。

費用に関しては、かなり高額で高級外車が1台新車で買えるほどの費用が掛かる。その費用に対して掛けられる保険だ

とは言え必ずその全額が支払われるわけではなく。生成に関わる費用は、死亡者の状況にもより、負担部部が出てくる。死亡原因になんらかしら、死亡者の過失がなかったかは調べられた上で、その負担割合が出てくるのだ

みずから危険行動をし結果死に至った、危険地帯に足を踏み入れ死亡した、違法行為を行い生成された、または違法行為を行うために死亡した等、その行為に応じて負担割合が計算される。そして、自殺の場合は保険は一切下りない

任意の保険ではあるが、クローン登録者の98%は何らかしらのクローン保険に加入している。いまや大手の保険会社ならばどこでも取り扱っている商品である

それについての仕事を前の仁は行っていたと言う


3人が会議室に入ってから20分程が流れた。

「では、話は大体終わりだ。後は君の判断を待つことにするよ。なぁに会社の事は大丈夫だ、君も暫くゆっくり考えてから結論を出すといい。働く気があるなら有休を申請してくれれば、使えるようにもしよう。それで構いませんかね?時任さん」

間部長は、時任部長にそう言い話を締めくくろうとする

「それで構いませんよ、小久保さん次第という事で、後は何か質問はありますか?」

いえ、特にはと仁は答える

二人の話を聞いている間、仁は会社に復帰するかを迷っていた。新しい部署、新しい仕事、新しい仲間、ただでさえ環境が変わっている中。前と同じようにここで働けるだろうか?

それに、自分がクローンであると皆が知っている。

それならば、いっそほかの会社で働いた方が良いのではないだろうか、とは言え家族の事を考えればそう易々と慣れた職場を離れるわけにもいかない

そう考えていると、席を立ちながら間部長が声を掛けてくる。

「私も若いころは、あれこれと悩みがあり悩んだもんだ。君も悩むといい、それから答えを出すといいさ。なぁに後になって思えば、それが良かったと思える時が来るさ」

はい、と首をわずかに縦に下げる

「ただ、私個人の意見を言わせてもらうなら、君が復帰するというなら歓迎するよ。沢入君も、佐藤君も君の事をサポートしてくれるだろうし、もちろん私もそうする。嫁さんもいるんだろ、うちの会社で働いていた子だったか?他に働くつてもないなら嫁さんのためにも戻ってくると良い」

年の功というやつであろうか、自分の悩みにしっかりと答えてくれる

「ありがとうございます、一度妻とも話してみます。その上でどうするか決めても良いでしょうか?」

「そうすると良い、待っているよ」

そう言うと、合図のように1時のキーンコンカーンコンと休憩時間終了の鐘がなる

「もう1時か、どうするこのまま帰るか?一度部署に顔を出して行くかい?」

どうしようか、と悩むがさっきは同僚にもしっかり挨拶をしていなかったなと思い、営業部へ行くと答える


4階のエレベーターの前で、では気を付けてと時任は自分の仕事場の人事部へと帰っていく。

間とは一緒にエレベーターで1階まで行き営業部の部屋まで入っていった。

営業部で二人は沢入の前まで行き、事の顛末について間部長が喋る。

なるほどわかりましたと沢入は間に頷くと、仁に向かい

「まだ復帰を決めたわけじゃないんだね。君も難しいところだろうからね、また少ししたら話をしてくれ、何かあれば連絡してもらえれば話は聞くしね」

とにこやかな笑顔

いつもの調子の優しい上司だ

沢入と時任に今後の対応も含め礼を言い、今日は家に帰ろうかとすると

同僚の山井も声を掛けてくる

「おつかれさまでした、これからどうするんです?どうせなら、また2課に戻ってくればいいって、この前も課長とも話してたんですよ。まだ、こっちに居たときに遺伝子情報登録したんですよね。」

随分はっきりという、こちらもいつもの調子だ

「それも含めて考えてみるよ、今日は話をして貰ってそれから決めてもいいと返事をくれたんでね」

それにと小声で話す

「大きな声じゃ言えないですけど、正直5課ではあんまり上手くいってなかったみたいですよ…なんだか元気なかったです」

「え、そうなのか?どうして」

「いや、なんだか小久保さん元気がない日が多かったですよ。新しい仕事に慣れてなかっただけかもしれませんけど、結構佐藤課長に小言言われてるような所見ましたし、どうなのかな?」

へぇ、と答えてもピンとこない、佐藤課長の事はあまり知らないが性格が合わなかったのだろうか

「そうだ、なにか話とかしたか?前の俺の動向を知らないといけないんだ。なんでもいいんだけど、なんかどこかに出かけるとか、物を買うとかそんな話でも」

うーんと山井は思い出すように口を結ぶ

「そうですね、なにかあったかな。会っても仕事の話ばっかりしかしてなかった気もしますけど、5課で覚えなきゃいけないことが多いとか、新しい客の対応が難しいみたいな話をしてましたかね…」

「悩んでたみたいだった?」

「どうですかね、自分と話してるときはいつも通りでしたよ。ボヤきみたいな物で大変そうだなとは、感じましたけど、それは最初は新しい仕事始めれば誰でもそうかなと思ってました。」

「そうか、どんな仕事してたんだろうかな?」

「基本的には営業に回ってたみたいですよ。外回りが多かったみたいですね、5課の人にも聞いてみますか?」

「いや、今仕事中だろ流石に悪いよ。また、何か必要だったら山井の事頼るかもしれないけどいいかな?」

「はい、任せてください、今日はこの後どうするんですか?」

二つ返事をしてくれる頼れる同僚が嬉しかった

「ありがとう、今日のところは少しぶらぶら、街を見てから家に帰るよ。後は嫁にも話をしたいし」

「そうですか、まぁまだ時間も早いし、色々見てきたら良いんじゃないですか?2ケ月前だと、駅の裏側に新しいタイ料理の店とか出来ましたよ。結構うまいって評判です。」

そうすると、山井宛の電話があると、他の同僚が声を掛ける

「すみませんじゃあまた。どうするか決まったら連絡ください」

あぁ、ありがとうまた何かあったら世話になるかもと言って

仁は会社を後にすることにした


事の顛末を妻にも報告する、詳しくは家に帰ってから話すとも伝えた

会社から会社の最寄りの駅までの帰り道、少し前まではセミの声が煩かったはずの歩道はすっかり冬景色となり、来るときには気が付かなかった街並みの変化に気付く

洋服屋は夏物が冬物になり、何時も通っていた喫茶店のかき氷の販売は無くなっている。公園の木々も青々としていた葉もすっかりと色を落としていた。

ちょっとした浦島太郎だな

ふっと、笑う。大して変わりのないはず街並み

良く知っているはずの、知らない世界、自分は如何していくべきなのか

妻に相談してみよう、兄にも両親にも同僚にも恵まれてるんだ。自分だけで解決しなくて良い

そう思いながら、足早に何時も通っている駅へと向かった

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