第4話:その男からの話
仁と翔が、市役所への手続きの話を始めてから3時間が経った
これから何をするのか、提出物や権利のことを兄は詳しく話してくれた、
「しかし随分よく知ってるんだね、お役所勤めだとこんなことまで勉強するの?」
「まさか、俺は下水道部だぜ。市民課の元後輩に色々聞いて、詳しい資料を取り寄せたりして、調べたんだよ。ここ何週間かは、そいつに頼りっぱなしだったよ。なんにもわからないとこから始めたからな、まだ素人に毛が生えた程度だが間違ってはいないはずだ」
と翔は仁の問いに答える
「そうか、悪いな…うん、ありがとう。苦労掛けさせたね」
労う弟を兄は制するように言う
「そう言うな、お前のクローン生成が出来るって聞いた時は、喜んだもんさ。これくらい何てことはない、他に力になってやれそうなこともなかったし、俺自身も勉強になったから気にすんな。それより大変なのはこれからだぞ」
兄が持ってきた案内書は、ところどころ折り目が付き付箋が貼ってあり、何度も読み返された後があった。三百頁にはなろうかという本を読みこんでくれたのだろう
「とは言え、俺も完璧に分かってない部分もある、分からない部分は答えられるようにする。何かあったら、また聞いてくれ。とりあえず話はこんなもんだ。なんか聞いておきたいことはあるか?」
「一応大丈夫だ、ありがとう、何かあったらまた聞くよ。特に書類事項に関しては案内書見てもいまいちわからない部分が多いからな」
「そうしてくれ、なんでもいいぞ別に手続きに関する事じゃなくてもいい、仕事の事でも周りの事でも、なにか悩み事でもなんでも言ってくれ」
にっと翔の口元が笑う
「頼りにさせてもらうよ、今はなにから手を付けていいかもわからないからね。それより腹減らないか?智恵子がなんか昼飯作ってくれてるから、食っていってくれよ。」
「良いのか?じゃあ、団欒のとこ悪いが頂いていくか。智恵子さんは飯がうまいからな」
ぽんぽんと自分の肩を叩き、うーんと唸りながら二人して伸びをする
「奈緒さんも料理が上手じゃないか、昔家に遊びに行ったときローストビーフとか作ってくれてて凄い美味かったよ」
奈緒とは翔の妻である、結婚して八年がたち、二人の娘と四人で郊外の一軒家に住んでいる
「あいつは、客が来たり、イベント事では張り切るからな。俺も独身時代すっかり、そこに騙されて、結婚してから気付かされたよ。あいつの普段の料理に…」
翔の顔が曇る
「味付けとかが合わないだけじゃないのか?下手なわけじゃないだろ?」
「そうじゃない独創性が高すぎるんだ、美味いときは美味いんだが、不味いときは不味い。その落差が激しいんだ、それなのに、あいつは何でも美味い美味いって言って食べるから、娘たちもつられて美味い美味いって言うんだ。俺だけ不味いとは言えないだろ」
「良いことじゃないか、子供の好き嫌いがなくなるぞ」
くくっと笑う、自分の前ではしっかりしている兄が姉さん女房には尻に敷かれているんだなと思えて可笑しくなった
客間からダイニングキッチンへの扉を開き、部屋を出る
トイレ借りるぞと翔はトイレへと行った
そうすると、据え置きの固定電話が鳴る
「仁さん出てくれる?今手が離せないの」
智恵子が料理をしながら、キッチンから声を掛ける。台所で火を使っているようだ
仁は電話に近づき、着信相手の名前を見る
【小久保聡携帯】
と彼の弟の名が、電話の液晶画面に映る、
一昨日電話を入れたときは電話に出ず、昨日も連絡がなく。またこちらから連絡をしようと思っていたところ弟の方から連絡が来た
カチャッとコードレスフォンの受話器を取る
「もしもし聡か?」
(もしもし、ああ兄ちゃんか!?仁兄ちゃんなのかよ?)
「ああ、仁だよ。小久保仁だよ、どうしたんだよ?連絡しただろ、留守電聞いてないのか?」
(あー、少し前に壊れてさ、今日修理から帰ってきたんだよ連絡遅れてごめんな。つーかさ、マジでちゃんと出来たんだ。大丈夫なの?元気)
能天気な明るい声が電話から響く
「元気だよ、お陰様でな。お前はどうなんだ、元気にしてるのか?なんかあったのかって心配したぞ、連絡来ないから」
(ごめんごめん、この2,3日に兄ちゃんのクローンが生まれるって聞いてたけど、日取り分からなかっただろ。そんな時にケータイ壊れちゃって連絡できなくなっちゃってさ、あれって工場に送らないと直してもらえないんだよなー)
「だったら、智恵子なり兄貴なりお袋なりに連絡しろよ。お袋も連絡付かないって言ったらどうしたのかって心配してたぞ。俺も今携帯無くしてて連絡できないんだけどな」
(そうか、それで智恵子ちゃんからの電話だったんだ。人のケータイ番号とか覚えてないから悪かったよ。いやでも、兄ちゃん元気そうで本当よかったよ。今日は何してんの?)
「今は、兄貴が家に来てくれて役所関係の事を説明してくれてたよ、で、今から飯でも食おうかなって所でお前から電話がかかってきたとこだ」
そこでトイレから翔が出てくる
「聡からか?」
翔からの問いにうんと、仁は首を縦に降る
(何?翔兄ちゃんも一緒にいるの?良いなぁ、俺も一緒に行けばよかった、翔兄ちゃんに久々に会いたいよ)
「そうだなー俺も久々に聡に会いたいな、今度は兄弟三人で飲みにでも行くか。って言っても中々予定会わないしな。また正月とかになってしまうか。お前は今日は仕事じゃないのか?」
自動車整備工場で働く聡は土日祝日も仕事の日であることが多い、よくこの時間に連絡をかけれた物だと思った
(今日?今日は休みだよ、えーと家にいてケータイの修理が終わってそれ開けて留守電聞いたら兄ちゃんのメッセージが入ってたからさ、まず家に電話してみたんだ。飲みに行くなら奢ってくれる?)
「それは兄貴に頼んでくれよ、長男なんだから」
と言ってから、受話器を手で押さえ近くにいた兄に話しかける
「なぁ兄貴?聡が酒奢ってくれってさ」
少し口元が笑いながら、翔が手を伸ばす。受話器を寄越せという合図だ
(あれ翔兄ちゃんに頼めば奢ってくれんの?おーい)
翔に受話器を渡すと、そんな声が電話の向こうから聞こえる
もしもしと受話器を受け取った兄は、連絡が遅いとか、心配かけるなとか、酒代位自分で出せとか、一通り小言を言っている。
真面目な長男の翔、
大人しい次男の仁、
明るく元気な三男の聡
小久保家の三人兄弟が、会ったの正月以来で、電話越しとは言え久々に三人で話したと仁は思い笑みがこぼれる
そしてそこでふと、おかしいな…
と気付く
さっき、聡はなんて言った?
(翔兄ちゃんに久々に会いたいよ)
兄ちゃんに?一つの疑問がよぎる
聡と翔が電話越しに話をしている、兄の小言も終わったようだ
「じゃあ、話はこれで終わりだ、お前もたまにはこっちに帰ってこい、わかったな?後なんかあるか仁?」
と、翔は仁に尋ねる
ちょっといいか?と受話器を受け取ると、弟に声を掛ける
「なぁ、聡…さっきお前。兄貴に久々に会いたいって言ったよな」
(ん?あぁ…言ったね、正月以来会ってないから)
元気なはずの弟の声が小さくなる
「俺は?俺もお前に正月以来だぞ会ったのは、さっきの言い方だと、俺は違うみたいじゃないか」
一瞬沈黙が流れる
(その…なんていうんだ?まいったな…前の仁兄ちゃん?って言えばいいのか?先月俺会ってるんだよ…だからつい、久々な感じがしなくてね。車の一年点検にうちの工場来たんだ)
「お前の工場って…?俺の家から車で二時間はかかるだろ?なんで?」
(なんか、久々に顔見せに来たとか言ってたよ、ちょっと話をしたくらいだけど、日曜だったからドライブがてら来たんじゃないかな?俺も驚いたよ)
普段自家用車は買い物か近場で、乗り回すくらいしか仁は使わない。二時間以上運転する等旅行に行くとき位の物である。弟はドライブの趣味があるが、そんな遠出をするような趣味は自分にはない、
「そう…なのか、わかったちょっと気になっただけだから。悪かったな、なんか話してたか?前の俺は」
(うーん…別に…普通に元気なのか?とか彼女作れとか、そんな会話だったよ)
「智恵子とか一緒にじゃなく、一人で来てたのか?」
(そうみたいだったよ、仕事終わったら飯行こうかって誘ったけど、そのまま点検終わったら帰ったよ)
「そうか、これから前の俺の動向を調べなきゃいんだよ、なんか言ってたら教えてほしいと思ったんだがな…」
(そーなんだ、書類とか書くのに必要なやつ?別になんも話してなかったけどなぁーまぁなんか思い出したら連絡するよ)
「ああ、携帯買ったらまた連絡する。明日にでも買ってくるよ」
じゃあ、と電話を切る
「電話終わった?聡さんどうだった、元気なの?」
花柄の白いエプロンで手を拭きながら、智恵子が声を掛けてくる
料理も盛り付けが終わりテーブルには、クリームパスタと、オニオンスープ、小さく切ったガーリックトーストが置いてあり食事のいい香りが部屋に漂っている
「ああ、元気そうだったよ、やっと連絡がついたよ。朝から難しい話しずっと聞いてたから腹減ったよ。美味そうだな早く食べようか」
「そっか、良かった。連絡付かないから心配したんだよ。シャンパン飲む?」
と妻が言う
仁は兄と妻と息子の四人でテーブルを囲み、たわいもない話をしながら、少し遅めの昼食を取った
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