第3話:時計の針は動いている
クローン誕生に関する制限等を規定する法
3条
1項:クローン生成された人間は、生成されると同時に生存権・基本的人権を持つ
2項:生成された人間は死亡した人間の、戸籍・財産・権利を継承する。
3項:生成された人間はの資格、称号はクローンデータ登録時の物を適用する。ただし、死亡した人間が生成までの期間に取得した資格、称号はこれを無効とし、生成された人間に適用しない
4項:死亡した人間の相続権はこれを無効とする
5項:前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。
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生成されたクローンは、その日から人としての人生を歩む事となる、しかしながら遺伝子情報を登録した時と、生成された時期の本人の環境にはどうしても齟齬が生じる。
そのため継承される権利等を規定しているのがこの三条である
基本的には所有権や物権や債権等をを含めた財産及び親権その他権利のほとんどは死んだ人間からクローンへと継承される。その際、負債を無くす刑罰を逃れるなどの有利な継承を無くすため、これらの多くを拒むことはクローン生成された人間にはできない。
一方で、スキャニングを受けたときに所持していた免許や、資格は死んだ人間には関係なくスキャニングを受けたときのままそれを保持することができる。
新に仁が誕生してから二日が経った10月17日土曜日。薄手のコートに身を包み、役所勤めをしている兄の翔が分厚い書類を持って仁の住むマンションへとやってきたのは、午前10時の事だった。
客間のテーブルに智恵子はコーヒーと小分けされたクッキーを並べると、邪魔にならないようにと正を連れて席を外す。
兄は役所で渡しているという書類記入の案内を開き、淡々と仁にクローン法の制度についての話をした。暫く話を聞いていた仁が言う
「つまり前の俺が借金背負って死んでても、チャラにならない。人殺しして捕まっても、それもチャラにならないって事か…全く身に覚えの無い話で、そんな物背負わなきゃいけないのか…」
「今のところ、そういう制度になってるんだよ。特に刑罰のほうは未だに最高裁までもつれる位の話になってる」
「車の免許は、これ使えるんだよね」
財布に入っている免許を取り出す
「ああ、遺伝子情報登録するときに既に取得している技能だからな、それは可能だ。だがもしこの二ケ月で前のお前がなにかしら資格なり免許をは取得していても、いまのお前にはそれを使うことはできない」
「まぁ、そうだよね。前の俺が猛勉強してひと月で弁護士資格取ってても俺には法律の一つわからないしね」
自嘲気味に笑う
「そうぼやくな、これからそう言ったことを調べなきゃいかん、この二ケ月でお前に何があったのか、事細かにな」
「いっそ、宝くじでも当ててくれてれば良かったのにね前の俺。そうすりゃその金も俺に入ったんでしょ?」
「そう言う事になるな、前のお前の財産は、そっくりそのまま今のお前に流れる」
「そういう事ね、それでともかく、具体的に何をすればいいんだ?そう言うの調べるのはお役所仕事なんじゃないのか?」
「大半はそうだ、だが実際は本人や家族からの申請に頼る部分もある。ある例では相続権の無効を主張しなくて、土地がそっくりそのまま親戚の物のままだったなんて話もある」
「なるほど、色々大変なんだな。だけど何十枚あるんだこれ?」
テーブルの上の書類をぱらぱらと仁はをめくる
「全部で四十三枚だ、中には記入内容が分からないものもあるだろう。それを調べていかなきゃならん」
「前の俺の、血液型に健康状態、婚姻関係に勤め先と就学先、長期滞在した場所に買った高価な商品に生活環境、請け負っていた代理権、委任権限…?なんなんだこれこんなに調べなきゃいけないのか?趣味と特技とかの欄とかまであるんじゃないか?」
「まぁ、任意の部分が大きいからな、智恵子さんに聞けばわかるものもあるだろ。まず聞いてみろ。それでも分からないものは空欄でいいし。わかったら事後届け出も出来るから大丈夫だ」
「わかったよ、了解だ後で聞いてみるよ」
そこで、ふぅと兄が大きく息を吐く
「で、どうだ実際?生活は?」
「うーん、そうだな…なにが?」
すこし、言葉を仁は濁す
「色々さ、正も大きくなってるし、職場も二ケ月とは言え環境が変わっている、周りの見る目もあるし大変な部分も沢山あるだろ、なによりおまえ自身も戸惑ってないか?」
淡々と話していた兄が少し憤りを見せながら言う
「会社に連絡したら、まだ顔を出さなくて良いって言われたよ。同僚の話じゃ俺をまた雇用するか上が揉めてるらしい。一回は死亡扱いになった訳だから、どういう風にすれば良いのか今一つ決めかねてるらしいんだ」
仁が務めていたのは、山海保険という保険会社である。そこで仁は保険取引の販売、営業の仕事を行っていた
「死亡したのは三週間前か、確かに難しいのかもしれんな…一応再雇用の規定もあるようなんだが、従うかは会社次第な部分があるからな」
「でも正直会社は戻れなくてもいいと思ってる。就職先探すのは大変かもしれないが、新しいことやるのもいい。それよりも…今は、自分や家族の事を一度見直さなきゃならないと思ってるよ」
そこで翔は膝に置いていた腕を組み、少しうつむいた
「親父と揉めたんだってな、お袋から聞いたよ」
「揉めたって程じゃないさ、一方的に色々言われただけだ。今はそっとしとけってお袋には言われたから連絡はしてないけど、そのうちまたするさ」
「そうか…親父も意固地だからな、一度振り上げた拳の降ろしどころが分からないんじゃないか?」
静かな部屋に時計の秒針の音が五回響くと仁は口を開く
「いや…そうでもないかもな、何というかそういう感じじゃなかった」
「どういう事だ?」
少し首をひねって仁は考える
「上手く説明できないが、親父にとって小久保仁は前の俺なんだ。今の俺じゃない、俺は姿形だけそっくりな別人なのさ、そんな風に思ってるんだ。そんな気がする」
ふぅ…とまた兄が一息付く
「根が深そうだな…親父にとっては」
「そうだな…」
無言で二人は仁の愛妻が淹れた、コーヒーを飲んだ
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