第2話:うなぎと疑問
「お父さんのあの態度はないわよね、昔からそう自分の気に入らないことがあるとすぐにへそを曲げるの」
紗枝は、30年を超える夫婦生活を送ってきた夫への不満を口にしながら、分厚いうなぎの乗ったうな重を口に運ぶ。
「いい、仁は何も悪いことをしてないの。ああいうのはこれからもあると思うわよ。やっぱり偏見ってあるもの、そういうのをいちいち気にしちゃだめよ。智恵子さんもほら、いつまでも暗い顔しないの、ご飯冷めちゃうわよ」
施設を出た後、仁と智恵子・紗枝は息子の正を抱え四人で施設から20分ほど車で走ったうなぎ屋に来ていた。四人掛けの座敷テーブルに、仁と智恵子が並び間に正を座らせ、向かいに母が座る。
食欲はなかったが、母はたくさん食べろと、うな重の特上を仁にその他にも、揚げ物・お吸い物・冷ややっこなどを豪快に頼んだ。自分は運転があるから飲めないが酒は飲まないか?とも仁に尋ねたが、それは拒否した。
智恵子も食欲が無いようだったが、並のうな重を頼みそれを少しずつ口に運び、時折ぐずる息子の世話をしていた。
仁は父の心配をしていた、初めて見る父の姿が恐ろしくもあったが、同時に話をしなくてはならないとも考えていた
「お袋、親父の事だけどさ、やっぱり色々話さないといけないと思うんだ」
その心配を母に言う
「いいのいいの、ああなったらちょっとの事じゃ聞かないわよ。今話をしても、聞きやしないわよ」
長年連れ添った仲であるからだろうか、母は父の心境を察しているように言った
「でも、ずっとああ言う風な態度でいられるのも、良くないだろ。今からでも電話だけでもしたほうが良いかと思うんだ」
「さっき車に乗る前にしたわよ、電話に出やしないの。せっかく皆でご飯食べるって言うのに」
「そうなのか…」
母の神経の太さがうらやましくも感じた
「まぁ、そうは言ってもね、お父さんもお父さんで複雑な思いだとは思うわよ。この前まで仁がいなくなって、この世の終わりみたいな顔してたのに、今日また顔を見れたんだからね。仁のクローンが出来るって話を聞いた時も信じられないって言ってたもの」
そう言ってから、紗枝はうなぎのかば焼きを口に運ぶ。
そうか、と仁が呟くと正がぽんぽんと膝を叩いてくる。
「お前も急にでかくなったな…と言っても俺にとってだけどな」
言いながら息子の頭をなでる、正は父を不思議そうに見つめる
「そうだよね二ケ月経ってるからね、大きく感じるよね。あっという間に大きくなっていくから」
まだ暗い表情ではいるが、智恵子は微笑みながら正に視線を落とす
そして、思い出したように仁に切り出した
「そう言えば、聡さんと翔さんにも連絡しないとね。今日あたりが誕生の日だって二人には言っていたけど、また話もしないと」
聡は仁の二歳年下の弟、翔は三歳年上の兄である。
聡は普段は自動車の整備工場で働いている二十七歳独身、車好きで休日には自慢の愛車でドライブに出かける。翔は三十二歳で三歳上の姉さん女房と、今年六歳と四歳になる娘二人と住んでいる役所勤めの公務員だ。二人とも今は仁の実家からは離れて暮らしている
「うん、俺も思ってたよ。携帯借してくれるか?とりあえず電話しておくよ」
兄弟へ、後は自分の職場へも後々連絡しなければいけないなと思いつつ、智恵子から携帯電話を借り、妻に操作をしてもらい、周りの客に迷惑の掛からないように席を外して、まず兄に電話を掛ける。
四回コールが鳴った後に、翔の声が聞こえる
(もしもし、智恵子さん?)
携帯電話の持ち主の名を兄は呼ぶ
「いや、俺だよ。仁だよ。翔兄さんか?智恵子の携帯借りて電話をしているよ」
一瞬の間があってから兄の喜びの声が聞こえる
(おぉ、仁か!上手くいったのか!?元気なのか?)
「ああ、どうにもまだ実感がわかないんだけどな。一応は元気だよ、上手くいったらしい」
(そうかぁ、良かったな。もう退院したのか?悪かったな迎えに行けなくて)
「大丈夫だよありがとう、仕事も大変だろうし、日にちも正確にはわからないだろうからさ。それになんか照れくさいしな平気だよ」
それもそうだと、兄は笑いながら返してくれた
(今は、智恵子さんと一緒か?)
「ああ、お袋も一緒にいるよ。飯を食ってる」
(そうか、また俺も一回そっちに行くよ。色々話したいこともあるしな、その時飯でも食おうか)
「そうだな、役所の手続きとか俺も色々聞きたいし。暇なときに久しぶりに会おうよ」
(ああ…そうだな、またそのうち予定を伝えるよ)
少し兄の声が言い淀んだ気がした
(まぁ、今日は色々疲れただろ?聡には連絡したのか?)
「いや、まだこの電話終わったらするつもりだよ。先に翔兄さんから連絡したから」
(そうか、あいつも心配してたからな連絡してやれよ。仁の連絡先が決まったらまた連絡くれよ。そのときまたゆっくり話そう)
「そうだな、携帯買ったらまた連絡するよ」
そう言った話をし電話を切った
そして、携帯電話の連絡帳から弟の名前を見つけ聡へ電話を掛ける。呼び出し音十回ほどなる、しかし電話口に聡が出ることはなく、留守番電話サービスへと繋がった。
まだ仕事中だろうか?そう仁は思ったが、留守番電話に今の状態と、心配はない、そのうち兄弟三人で食事をしようと言う内容を吹き込み電話を切り席へと戻った
「聡に繋がらないの?」
戻ってきた仁に紗枝が問う
「そうみたいだ、一応留守電にはメッセージ入れておいたよ」
「そう…まだお仕事中かしらね?」
「そうかもしれないね」
そう言ってから、残っている食事を続けた
食事が終わり、会計を済ませる。それなりの金額ではあったが紗枝が財布から、さっと紙幣を出し、いいからいいからと智恵子を制する
ありがとうございましたと、店員の声元気な声に送られ家路へとつく事になる
仁と智恵子と正は母の実家から、車で三十分程の所の賃貸マンションに住んでいる。駅からはやや遠いが、マンションの周りにはスーパー、薬局、家電販売店等があり住む分には何ら不便がない。そこへ母の車で送ってくれることとなった。
運転を仁がすると申し出たが、今日は疲れただろうからゆっくりしろと母が断り運転席に座る、その言葉に甘え後部座席に仁が正を抱え智恵子と乗り込む。
カーナビゲーションを付け仁たちのマンションを目的地に設定すると、所要時間一時間と表示が出た。紗枝は車を暗くなった道へと走りださせる。
仁はシートに深々と座りふぅ…と一息ついた
暗い道を走りながら眠っている自分の子供を抱きながら、様々なことに思いを巡らせた。父親との仲、兄との約束、弟との連絡、職場への復帰、そして自分がスキャニングを受けてから二か月の間に何が起こったのかを
そして、ふと思う。いや、正確には思っていたが考えていなかったことだ、そして誰もが自分には語っていないことだ
(前の俺はどうして、死んだんだ…?)
明日にでも誰かに聞いてみよう。そう思いながら、窓を流れる街灯の明かりを眺めていた
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