第89話 けじめ


『さて、勇者よ。我を滅ぼすのか? それとも尼のように封印するのか?』


 がに股で気を失ったカエルのような姿のみよちゃんの寝姿が、あまりにも見苦しいので、タローにキャンプのセットの中から毛布を貸してもらい、みよちゃんにかぶせる。うん、これで見たくないところまで見ることはないだろう。


 そんなことをやりつつ、みよちゃんが起きるのを待っている俺たちに、一度肩に乗った魔王が俺の前に降り、おもむろに問いかける。


『……だから我を消すがいい、勇者』


 魔王は、自分で自分を消滅させることはできないらしい。

 再び強力な災いとなって蘇るからだ、と言っていた。

 だから勇者である俺の手で、魔王を消滅させないといけない。

 それは昔からの決まりだそうだ。日本の昔話にもあるように、桃太郎や金太郎みたいに、化け物を滅ぼすのは主役である勇者だと決まっている、と魔王は説明する。


 俺は魔王をジッと見る。ぱっと見は真っ黒なねこに見える魔王。瞳は赤いが、以前のような邪悪な雰囲気はなくなっていた。



『シアンとかいう龍族の娘も、結果的に消滅させたのは我だ』


 俺は、シアンの名を聞くだけで泣きそうになるので、グッと奥歯を噛み締めてこらえる。シアンがいなくなった喪失感は、何物にも変えられない。


 でも……。


「魔王を消滅させるとか封印するって、どうしてもしなきゃいけないものなのか」

『……人で言うところの、けじめ、とやらなのだろう? 勇者よ』


 俺は、シアンのことを考えたら、そりゃ魔王を消滅させるのが本望だと思う。シアンは、この土地を護る地主神の仕事を妹に任せ俺の剣と一体となって、自我がなくなった状態になっているんだと思うし。

 でも、それでいいのか? 全てがそれで解決できるのか?


 力を失った魔王はトンっと床に降り、俺の前でおすわりをし、項垂れる。しばらく悩んだあと、俺は剣をもたげ、ゆっくりと構え、魔王に向かって剣を下ろした。


「和哉っ!」


 ミカゲが一部始終を黙って見ていた。そして魔王を滅ぼさんとする俺のことを制するように声を出すが、すでに俺の剣は、床に深々と突き刺さっていた。



『…………なぜだ』


 剣は、ねこになった魔王の脇腹をかすり、数本の毛を舞い上がらせる。


「いまのが、けじめ――でいいんじゃないかな。……そりゃシアンの敵を取りたいって思ってものすごく悩んだよ。でも魔王を滅ぼしたからって、シアンが帰ってくることは……ないから」


『……そうか』


 ぽたりと、魔王の目から涙が落ちる。

 そして、途方にくれたような顔で魔王は俺を見上げた。


「和哉」


 ミカゲに背中を押されて、俺は魔王に言う。


「うん。おいで。魔王。一緒にいよう」


 いいのか。魔王は躊躇するけど、俺はそんな魔王を抱き上げ、肩に乗せる。おずおずとだけど魔王は安心したように、俺のほっぺたに、そっと顔を擦り寄せてきた。

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